第41話 海老男、かつての仲間と無双する
時は少し遡る。
ディアル商会の執務室でウィルと話を終えたロブは、のんびりと街中を散歩していた。
王都の喧騒はいつも通りで、人々は行き交い、露店の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
やがて足は自然と冒険者ギルドへと向かい、木製の重厚な扉を押し開けた。
中は変わらず活気に満ち、依頼掲示板の前では冒険者たちが談笑し、カウンターでは受付嬢が忙しなく対応している。
そんな中、ロブの視線がある光景を前にして止まった。
見覚えのない若い冒険者が、銀髪のエルフの女性にしつこく絡んでいる。彼は今朝、リリアに言いがかりをつけていた男だったが、ロブはそれを知る由もない。
エルフの女性は冷ややかな態度で男を無視していた。
それに怒った男が女エルフの腕を乱暴に掴む。
流石に女性が鋭い眼を向ける。
ロブはため息を吐いて二人に歩み寄る。
(知らないってのは恐ろしいね)
胸中で呟きながら男の肩に手をかける。
「やめとけよ」
声をかけると、男は振り向いて睨み返してきた。
「なんだてめぇ」
その後ろではエルフの美女がロブに軽く驚いた表情を投げている。
「俺は朝から機嫌が悪いんだ。邪魔すんじゃ――」
男が拳を振り上げ、殴りかかろうとしたその瞬間、ロブの手がわずかに動いた。男の身体は、まるで重力を失ったかのように宙を舞い、受け身もできぬまま床へと叩きつけられた。
「がっ……!」
男は呻きながら身をよじるが、すぐには立ち上がれない。
ロブは男の腕をねじ上げながら、エルフに顔を向けた。
「久しぶりだな。セレニア」
「本当に。20年ぶりかしら。ちっとも変わらないわね。ロブ」
「そりゃお互い様さ」
言って、もがく男を苦笑交じりに見下ろしていると、ギルドの奥から重い足音が響いた。
「何の騒ぎだ?」
統括ギルドマスターであるゼランが姿を現すと、場の空気が一瞬で張り詰める。
「ギルマス!」
周囲の冒険者たちがざわざわと声を上げる。
さらに数人が、銀髪の女性に目を向けた。
「あれ……セレニアさんじゃないか?」
「本物だ……!」
「まさか、あの金龍の……」
金龍とはS級冒険者の正式な呼び名だ。
現役の冒険者でこの階級にいるのは数人だけだった。
ざわつく声が広がり、注目はロブからセレニアへと移っていった。
ゼランはロブとセレニアを見渡して、にやりと笑う。
「この二人は俺の昔の仲間だ。ギルドに多大な貢献をしたこいつらになにか用か?」
その言葉に、男は目の色を変え、顔面蒼白となる。
「な、仲間……!? し、失礼しましたっ!」
男は声にならない悲鳴をあげて逃げ出していった。
「まったく。ナンパするにも相手をよく見ろってんだ」
ゼランが吐き捨てるように言うと、セレニアが少し呆れたように眉を寄せた。
「相変わらず、ああいうのに絡まれるのよね……」
「自分より遥かに年上だってのにな」
「……余計なこと言わないでくれる?」
軽く睨みつけるセレニアにロブはふっと笑い、セレニアもつられて微笑んだ。
セレニア・フィンブレイズ。
かつてロブとゼランと共にパーティーを組んでいた冒険者で、現在は滅多に姿を見せない伝説のような存在だった。
「今日はどうしたんだ?今更若造に混じって低級クエストを探しに来たわけじゃあるまい?」
金龍クラスの冒険者になると、掲示板に貼られているような依頼などに目をくれない。
彼らにはギルドや王自らが仕事を依頼する。
そんな案件をひとつこなすだけで数年は遊んで暮らせる報酬が舞い込んでくるのだ。
冒険者なら誰もが憧れる身分だった。
だから、セレニアがこの場にいるのは知っている者からすれば不思議なことだった。
セレニアは小さく笑い、口を開いた。
「娘が冒険者として研修に参加してるの」
セレニアの言葉に、ロブが目を細める。
「奇遇だな。俺の弟子も参加してる」
「弟子? ロブの? またゼランみたいにしごかれてるの? かわいそうに」
和やかに笑い合う三人。
その時、ギルドの扉が勢いよく開いた。
「失礼します!」
駆け込んできたのは、受付嬢のミーナだった。
「ギルマス! 緊急です! ミレーヌさんから伝信が届きました!」
「どうした」
「研修中の新人たちが、森でマンドラ・グロスに襲われていると……!」
空気が一気に張り詰めた。
「マンドラ・グロスだって?」
「B級の銀獅子だって束になっても敵わないやつだぞ………」
周りの冒険者達のざわめきが波のように広がる。
ゼランが険しい表情で唸った。
「なんだって……? あれは瘴気の深い場所にしか現れないはずだ」
ゼランはすぐに周囲の冒険者たちに向き直り、声を張り上げた。
「金龍と白狼クラスの冒険者を集めろ! 討伐隊を編成する!」
その言葉にギルド内がざわつく中、ロブが静かに口を開いた。
「待て、ゼラン」
その一言に、ゼランの動きが止まる。
「魔族の領域にしか出ないような魔物が、王都のすぐ近くに現れる………偶然か? 違う。これは陽動だ」
「……陽動?」
「本命はギルド本部、もしくは王宮だ。屈強な冒険者たちを森に誘導して、その隙に――」
ゼランの表情が引き締まる。
「警備が手薄になったところを突くってわけか……!」
「そういうことだ。討伐隊は出すな。そいつらは本部と王宮の護りにつかせろ。ここは俺とセレニアで行く」
セレニアに視線を送ると、彼女も静かに頷いた。
ゼランは顎をしゃくってニヤリと笑う。
「なら、俺も行く」
「統括直々に現場に向かうのか?陣頭指揮はどうするんだ」
「そんなもん別のギルマスに任せときゃいい。久しぶりに、パーティー再結成と行こうじゃねぇか」
「相変わらず、軽いな」
そう言いながらも、ロブも口元に笑みを浮かべた。
セレニアもやれやれと肩をすくめながらカウンターに立てかけていた弓筒を肩に背負う。
すぐに三人は準備を整えると、ギルドの裏口から外へ出た。
ロブが立ち止まり二人に目配せをすると、ゼランもセレニアも承知したと頷き周りを伺う。
周囲には人影はない。
ロブが目を閉じ、リリアの魔力を探る。
ほどなく、彼の脳裏にリリアの魔力の残渣が浮かぶ。
「……見つけた」
脳内の座標を頼りに右手を掲げ、空間を裂くように呪文を唱える。
「空間転移術式《Transitus Spatii》」
歪んだ光の向こうに、森の風景が浮かぶ。
「相変わらず便利な呪文だ」
感心するゼランの声が聞こえる。
ロブ、セレニア、ゼランの三人は躊躇なくその中へ飛び込んだ。
そして――
一陣の風が舞い、転移の残滓がその場にふわりと残る。
移動の間、わずかに漂う浮遊感と耳鳴り――それが収まるよりも早く、視界が開けた。
重力に引き戻され、大地を踏みしめる。
さっきまでの王都の風景は一変し、鬱蒼とした森の中に三人は佇んでいた。
セレニアの長い耳がピクリと動く。
「こっちよ」
森の狩人たるエルフの聴覚は人間とは比べ物にならないほど優れている。
迷いなく駆けだすセレニアに続いてロブとゼランも走り出した。
そして、そこでロブが目にしたのは、信じがたい光景だった。
リリアが、囚われた仲間を前に、右手を翳し、呪文を詠唱していた。
彼女の口から紡ぎ出されるその詠唱に眼を剝く。
―――まさか、あれは………一度だけ聞いた呪文を覚えたってのか!?
ロブは胸中で呻っていた。
紅い魔法陣がリリアの足元に広がり、マンドラ・グロスと数体のゴーレムの足元から――正確には影から黒い焔が飛び出し魔物を包み込む。
「おいおいマジか…………あれは、ロブ、あんたが言ってたエリザの魔法じゃないのか……?」
「……影焔業火…………」
呆然としたゼランの問いかけに答えるその声は掠れていた。
渡しておいた魔石を使ったのだろうが、それでもあの魔法を使うには相当なイメージと集中力がいる。
リリアがあの魔法の術式を理解しているはずがない。
ーーーそれをイメージと記憶で補ったのかよ………。
口元がわなわなと笑みの形に震える。
弟子の大いなる才能に心が躍っているのを認めざるを得なかった。
彼女が放ったその一撃は、マンドラ・グロスと周囲のゴーレムを一瞬で焼き尽くしていった。
燃え上がる黒い焔。
仲間を傷つけず、敵だけを焼き尽くす奇跡の魔法。
リリアが崩れ落ち、黒いローブを纏った仮面の魔族が彼女に問いかけるのを聞きながら、ロブは歩き、傷ついた冒険者たちと、自らの弟子へと近づいた。
「……よく頑張ったな、リリア」
涙を流すリリアに誇らしい気持ちで労りの言葉を投げた。
リリアが肩で息をしながら起き上がると、駆け寄ってくる足音があった。
「リリアさん、大丈夫ですの?」
セラフィナだった。髪は乱れ、息も切れている。それでも心配そうにリリアを覗き込む。
「……はい、なんとか……」
リリアがうなずくと、セラフィナはその視線の先――三人の人物に目をやった。
「……あの方が、リリアさんのお師匠様ですのね?」
再びうなずくリリア。言葉にできない誇らしさが胸に満ちる。
しかし、その安堵を打ち破るように重く低い詠唱が響く。
「這い出でよ、瘴気に馴染む醜き芽……我が血に応じ、地より咲き誇れ――」
仮面の魔族が、黒いローブを風に揺らしながら両手を広げる。
地面が揺れ、瘴気が渦を巻くように立ち昇った。
泥と腐葉の混じった地面が盛り上がり、そこから――次々と姿を現すマンドラ・グロス。
「ま、また……!? 嘘でしょ……!」
ミレーヌの悲壮な叫びが聞こえる。
地から這い出る魔物は際限なく増えていく。
「一体で全滅寸前だったってのに、こんなの勝てるわけねえじゃねえか!」
ダリオが蒼ざめ絶叫する。ゲルドは無言で弓を引くも、腕が震えていた。
焦りと恐怖の色が冒険者たちの表情に広がっていく。
だが―――。
カストールは、剣の柄に手を添えたまま、ゆっくりと息を吐き、仲間たちに向けて低く言った。
「絶望するのはまだ早ぇ。こっちにもいるぜ――本物の“化け物”ってやつがな」
その言葉に、視線がロブたち三人に向けられる。
カストールが低く呻る。
「伝説のパーティーのお出ましだ。よく見とけよ、あの三人の戦いを。次元の違いってやつを知るには最高の機会だ」
その声には、どこか羨望すらにじんでいた。
ゼランが腰の剣を静かに抜き放つ。
「裂風牙昇斬!」
蒼い光となった斬撃が飛翔し、数体のマンドラ・グロスを横一文字に斬り裂く。
一刀のもとに両断され、魔物たちは悲鳴を上げる暇もなく崩れ落ちた。
続いてセレニアが弓を構え、魔力を練る。
「穿て、聖煌連星弓!」
彼女が放った光の矢は、空中で数十にも分裂し、流星群のような軌跡を描いて飛翔する。
その一つ一つが、マンドラ・グロスの魔核を正確に打ち抜き、風穴を開けていった。
魔核を打ち抜かれたマンドラ・グロスがすべて、音を立てて倒れる。
そして、ロブが軽く右手を掲げる。
「弟子の後で恐縮だが、便利な魔法なんでな。俺も使わせてもらう」
指を軽く鳴らす。
マンドラ・グロスの足元――その影から黒い焔が立ち上がる。
瞬間、残された魔物たちは焔に呑まれた。
リリアの放ったものよりもはるかに大きく、強大な焔だった。
敵だけを選び、味方には一切の傷ひとつ負わせず、すべての魔物が黒き焔に包まれて崩れ落ちる。
熱気と静寂が入り混じる中――誰もがその場に立ち尽くしていた。
そして――ようやく口を開いたのはセラフィナだった。
「この密度の魔法制御、精密な術式、強大な魔力………しかも無詠唱!?すべてが別次元ですわ……!」
続いて、エドガーが呆然と呟く。
「う、嘘だろ……何だよあれ……」
最後に、カイがぽつりと口を開く。
「チート過ぎるだろ。こんな漫画みたいな無双……」
カイの聞きなれぬ呟きはリリアの耳にも入っていたが、彼女はそれよりも目の前の光景に目を奪われていた。
師匠とその仲間の背中を見つめながら、心の奥で震える何かを感じていた。
――これが、金龍クラスの冒険者たち。
桁違いの強さと、それを当然のように使いこなす圧倒的な余裕。
それは恐怖ではなく、憧れに近い感情だった。
(いつか、あの背中に並び立てるように――)
リリアの胸の奥に、小さな決意の種が芽生えていた。
【 リリアの妄想ノート】
♦お師匠様の戦闘、強すぎ問題♦
ロブさん、セレニアさん、ゼランさん……
え、何あれ?強すぎん?
セレニアさんの矢が空を舞って、流れ星みたいに光った瞬間、思わず「キレイ……」って口から出ちゃいました。
ゼランさんの剣もヤバい。ブレイズってホント凄い!!風が「バシュッ!」ってして敵が「ズバッ!」て吹き飛んでたよ!?
あと、二人とも技の名前かっこよすぎぃ!!
そしてロブさん……最後に出してきたシャドウフレアが、私のやつより数倍強かったんですけど!?
私のシャドウフレア……まだまだ赤ちゃんだったんだね……
(でも、いつかきっと、隣に立てるように頑張るから――見ててね)
【 あとがき】
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
第40話、いかがでしたでしょうか。
今回は、ロブたち伝説のトリオが久々の集結&本気の戦闘を披露してくれました。
個人的には、ゼランの技名をつけるのがめちゃくちゃ楽しかったです(笑)
リリアの奮闘も引き続き応援してやってくださいね!
そして、カイの謎の呟き―――。
彼の秘密が次回明らかになります(バレバレ)。
感想・ブクマ、大歓迎です!
いただけると、ロブもセレニアも喜びます!(たぶん)
それでは、次回もよろしくお願いします!




