第39話 魔核を貫く、雷と炎の槍
目の前のマンドラ・グロスが本格的に動き出した瞬間、森の空気が一変した。
ぬめるような音とともに無数の触手がうねり、地面を抉る。鋭さを増したそれらは、ただの植物ではない。まるで意志を持った生き物のようだった。
リリアは息を詰め、前線を見つめた。
ダリオが盾を構えて突進し、一本の触手を受け止める。
「うおおっ!」
衝突の衝撃で地面が割れ、周囲の木の葉が揺れた。直後、ミレーヌが駆け込んでレイピアを突き立てる。鋭い一撃――のはずだった。
だが。
「……再生してる!?」
斬られた触手は瞬く間に再生し、何事もなかったかのように再び地を這い始める。
ゲルドの放った矢も、まるで通じない。硬化した表皮に弾かれ、枝に突き刺さるばかりだった。
(こんな魔物………どうすれば!)
リリアは足元が震えるのを感じながら、必死に耐えていた。
そのとき、澄んだ声が空気を切り裂く。
「我が名に応じ、護りの円環よ――すべての災いを拒み、傷なき聖域を形作れ。
穢れを退け、暴威を退け、静謐の光を今ここに。結界展開――魔障結界!」
振り返ると、セラフィナが杖を高く掲げ、魔法陣を展開していた。淡い光が空気に満ち、空間にふわりと浮かび上がった円陣が光を弾きながら回転する。
やがて光の弧が形を成し、リリアたち新人の周囲を守るように結界が張られる。
「……今の、魔障結界!? 高等魔法よ、あれ……」
少し離れた位置にいたミレーヌが、思わず声を漏らした。
その表情には驚きと戸惑いが浮かんでいた。
戦場で即座に高位の防御魔法を展開できる魔導士は、そうそういない。ましてや、まだ新人の身で――
「ただのお嬢様じゃない、ってことか……」
呟くミレーヌの目に、初めて敬意の色が宿る。
「みなさま、決してこの光の範囲から離れてはなりませんわ。わたくしが、守ってみせます」
その毅然とした声に、リリアは思わず見とれた。
白金の髪が風に揺れ、凛と立つ姿は、まるで戦場に咲く気高き花のようだった。
(……わたしも、魔法が使えれば)
今のリリアでは魔力が足りない。
―――もどかしい。
誰かを守れるように、強くなりたい――そう思う自分が、心の奥に確かにいた。
しかし、結界があるとはいえ、前衛は押されていた。触手の動きはますます速く、鋭くなっていく。
蔓のひとつが地を這い、防壁に激突する。
光が弾け、防壁がぎりぎりと音を立てて耐える。
(このままじゃ、持たない……!)
リリアの視線は、自然とひとりの少年に向いていた。
水色の髪の――カイ。
彼は一歩、結界の外へ進み出ていた。表情は静かで、わずかな迷いも見せない。
「……弱点はどこだ」
その声は、誰にも聞き逃せないほど冷静だった。
カストールは一瞬目を細め、しかしすぐに答える。
「中央の花弁の奥だ。本体が隠れてる。魔核を破壊すれば動きは止まる。ただし、表皮がとにかく硬い。並の攻撃じゃ届かねぇ」
カイは短くうなずいた。
「雷は通るか?」
「雷……?やめとけ。マンドラ・グロスは風系に強い耐性がある。雷じゃ、ダメージは浅い。使うなら火系の魔法だ」
その言葉に、リリアは思わずセラフィナを見つめた。
彼女は炎の魔法を使っていた。
「セラフィナさんなら……!」
期待の言葉が口を突いて出る。
今も防壁を維持しながら、魔力の制御に集中しているセラフィナは顔をわずかにしかめ口を開く。
「私の火系の魔法は炎撃弾―――初級呪文ですわ。高い防御力を誇るマンドラ・グロスには通じませんわ」
触手が再び地面を這う音が響き、防壁が軋みを上げる。
そのたびに、魔力の光が淡く揺れる。
カイは決意したように言葉を紡ぐ。
「俺の魔法で増幅させる。君が合図をくれればタイミングを合わせる」
セラフィナが一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに頷く。
「了解ですわ。では……」
「燃え盛れ、我が掌に集いし紅蓮の種子よ――炎撃弾!」
炎の球が放たれると同時に、カイが詠唱を省略し、鋭く指を振る。
「風圧散布」
爆発の衝撃を中心に集中させ、セラフィナの火球を一点に押し込む。
重ね掛けられた魔力が、蔓の合間をすり抜けて花弁の中心へ突き刺さった。
――ドォン!
爆音と共に花弁が爆ぜ、粘液のような汁が飛び散る。
「効いてるぞ!」
カストールが叫ぶ。その中心――花弁の奥に、黒く脈動する魔核がうっすらと見えた。
だが、マンドラ・グロスもそのままでは終わらない。
全ての触手が怒り狂ったように暴れ出し、バリアに連続して打ちつけられる。
「ぐっ……! 魔力の消耗が……!」
セラフィナの額に汗が滲む。
全員分の防護結界を張りながら攻撃魔法まで放ったのだ。熟練の魔法使いでもそうできるものではないが、魔力には限界がある。
リリアは震える手で短剣を握りしめた。
戦いの中で、自分だけが何もできない。それが悔しかった。
(……わたしにできること……何か……!)
触手が一斉に襲いかかる――その瞬間。
リリアが、結界の内側から一歩踏み出した。
「リリア!? 戻ってこい!」
カストールの叫びも耳に届いていた。だが、足は止まらなかった。
「私が囮になります!」
大声で叫ぶと、マンドラ・グロスの方へと駆け出す。
その姿に、誰よりも先に反応したのは、ゲルドだった。
「くそっ、狙いは任せろ!」
背後から放たれた矢が、リリアに迫る触手の一つを正確に貫き、進行をわずかに止める。
その直後――
「俺も行くぞ!フィリア、援護頼む!」
エドガーが剣を抜いて飛び出す。
「……了解。背中は任せて」
フィリアが弓を番え、冷ややかな視線でマンドラ・グロスを見据える。
矢先は、リリアの向かう先とエドガーが駆け抜ける動線を正確に補完していた。
二人の囮によって、マンドラ・グロスは明らかに動きを乱す。
正面に回ったリリアとエドガーへ、触手が一斉に集中した瞬間――
フィリアとゲルドの矢が、左右から交差するように放たれた。
一本は上空からの蔓を削ぎ落とし、もう一本は花弁の中心へ深く突き刺さる。
「今よ!」
その声と同時に、カイが走る。
迷いのない足取り、鋭い眼差し。まるで雷そのもののようだった。
わずかに露出した魔核を目がけて、彼は詠唱を走らせる。
「重雷槍!」
雷を束ねたような巨大な槍が、音もなく手のひらに出現した。
「駄目だ!風属性じゃ、威力が落ちる!」
カストールの叫びが響く。
カイ自身にもためらいが見られる。恐らくあれが彼の最強の呪文なのだろう。
それでも相性の合わない敵には通じない可能性が高い。
しかし、その時凛とした鋭い声が聞こえた。
「ならば、わたくしの炎をお使いなさい!」
セラフィナが、防護結界を解除する。光の円環が消え去り、代わりに杖の先に炎が灯る。
「我が炎よ、彼の雷と共鳴せよ――融合魔法《炎雷連携術式》!」
灼熱の奔流がカイの雷の槍に巻きつくように重なり、その光は一瞬で森の色を焼き尽くすように輝いた。
カイがそのまま、突き出す。
「炎雷槍!」
カイの手から放たれた槍が閃光と化し、一直線にマンドラ・グロスへと飛翔する。
槍は狙いたがわず魔核へ突き刺さり――マンドラ・グロスの中心で、大爆発を起こす。
轟音が森を揺らした。
「っ……!」
全員が目を覆う。
眩い光のあと、音もなく崩れ落ちる巨体。
触手は動きを止め、地に叩きつけられるように倒れた。
その中心には、砕けた魔核と、ただの焼け焦げた大木が横たわっていた。
「……やった、倒した……!」
誰かが、そう呟いた。
リリアが地に膝をついたその瞬間、森の奥から、不気味な声が響いた。
「……フン、せっかくの眷属が……下等な人間どもめ」
ゾクリとするほど冷たい声に、リリアの肌が粟立った。
【あとがき】
今回、リリアが奮闘中のため妄想ノートはお休みです。
実地研修が、思わぬ本番に変わっていく展開。
今回はカイとセラフィナの連携が決まり、仲間たちと力を合わせてマンドラ・グロスを撃破する回となりました。
リリアにとっては、仲間の活躍を間近で見ながら、今の自分に何ができるのかを強く意識する時間でもありました。
焦りや悔しさ、その中に芽生えた「私も誰かを守れるようになりたい」という想いが、次回につながります。
そしてラスト、戦いはまだ終わっていません。
赤い魔石と、リリアの決意が、次の一歩を導きます。
読んでいただき、ありがとうございました。
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