表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/153

第38話 雷の少年、その名はカイ・アークライト

 一同が再び歩き始めたのは、処理を終え、空気がわずかに落ち着いた後のことだった。


 だが、その雰囲気を断ち切るように、カストールの声が響く。


「――気を抜くな。ここから先は、さらに危険な領域だ」


 その一言に、新人たちはぴりりと背筋を伸ばした。


 緑深い森の中、木々は一段と密になり、陽光が届きにくくなっている。

 空気も湿り気を帯び、じわじわと肌に張り付くような重さがあった。


 「さっきの狼より強いのが出てくるんですか……?」


 誰かが小声で呟く。


 カストールは振り返らずに答えた。


「当たり前だ。俺たちが引率してるからといって、安全だと思うな。魔物はランクを選ばない。お前たちが新人だろうが子供だろうが、やつらにとってはただの獲物だ」


 その厳しい言葉に、誰も反論できなかった。

 むしろ、新人たちの目に走ったのは――恐れと、ほんの少しの覚悟。


「……でも、やるしかないですよね」


 リリアが小さくつぶやいたその声は、仲間たちに届いたかどうかはわからない。


 けれど、その拳はしっかりと握られていた。


 その横でセラフィナが静かに歩を進め、目を伏せて囁く。


「魔素の濃度が……少し変わってきておりますわね。森が、ざわめいている……」


 言葉通り、森の空気にはどこか不穏なざわめきが混じっていた。


 まるで、何かが――待っているかのように。


 森の奥へと進むにつれ、空気はさらに重く、湿り気を増していった。

 頭上の木々は鬱蒼と茂り、昼間であるはずなのに、足元の影が濃くなる。


 「……?」


 リリアが足を止めた瞬間だった。


 ――バサバサッ!


 頭上の枝から、数羽の鳥が驚いたように飛び立った。

 続いて、茂みの中から何かが走り去る気配。


 それはウサギのような小動物で、後ろを振り返ることなく全力で森の奥へと逃げていった。


 「……獣たちが、逃げてる?」


 カストールが眉をひそめる。


 その異変はすぐに他の者たちも感じ取った。


 「空気が……変ですわ。何かが近づいてきております」


 セラフィナが小声で告げたとき、

 フィリアがぴたりと足を止めた。


 「――魔素の濃度が、急激に……高まってる」


 その言葉に、誰もが思わず周囲を見回す。


 視界の隅で、木の葉がざわめく。

 風は吹いていないのに、どこかざわついていた。まるで――何かが森そのものを揺らしているように。


 「くっ……!」


「全員、後ろに下がれ! これは――訓練用の魔物じゃない!」


 鋭く響いた声に、森の空気が一変する。

 叫んだのは、水色の髪を持つ少年だった。


 いつも控えめに列の後ろを歩いていたその彼が、今は真っ先に仲間の前に立ち、警告を叫んでいる。


 (この人……!)


 リリアは心の中で呟く。

 彼には正体不明の何かを感じていた。


 控えめで、でもどこか只者ではない雰囲気を持っていた彼――その異質さが、今は確信に変わりつつあった。


 「ダリオ、ミレーヌ、ゲルド! 前衛と後衛を固めろ! 新人たちは中央に集めて、円を組むように守れ!」


 カストールが鋭く命じる。

 その眼差しには冗談や余裕など微塵もなく、現役の冒険者としての本気の緊張が滲んでいた。


 「新人ども、聞け! ここからは実地研修じゃねぇ、実戦だ! 絶対に勝手な行動はするな!俺たちが指示するまで、その場を動くな!」


 その声に、新人たちは顔を強張らせながらもうなずいた。

 誰もが“何か”の接近を肌で感じていた。


 森の奥から、ぬめるような音が近づいてくる。


 ――ズズズ……ズズ……ッ。


 そして、枝をなぎ倒しながら迫る異様な気配。


 リリアも、セラフィナも、エドガーも、フィリアも、言葉なく視線を交わしながら身構える。


 突如、森の奥から“それ”は現れた。


 最初に聞こえたのは、ズルズル……ズズッ……と地面を這う湿った音。


 そして次に、空気を裂くような低い振動音が、背筋を這い上がる。


 「な、なんだあれは……!」


 誰かが声を上げた。


 木々をなぎ倒して姿を現したのは、異様な巨獣だった。


 全身が蔓と苔に覆われ、中心には巨大な花弁のような器官が蠢いている。

 そこから生えた無数の蔓状の触手が、意思を持つかのようにうねり、空気を切り裂いていた。


 「くっ……まさかここに……《蔓触獣〈マンドラ・グロス〉》だと!?」


 ゲルドが蒼白になりながら後退る。


 それは本来、瘴気の濃い湿地帯や廃墟にしか出現しないはずの魔物――

 蔓で獲物を絡め取り、魔素を吸い尽くす凶悪な存在だった。


「Dランク組、前衛を固めろ! 魔法職と新人は後方で防御に回れ!」


 カストールの怒号が森に響く。


「ミレーヌ、ギルドに伝信を飛ばせ! このクラスの魔物が出るなんて想定外だ、応援を要請する!」


「了解!」


 ミレーヌはすぐさま腰のポーチから伝信玉を取り出し、魔力を注いで詠唱を始める。


 カストールは新人たちの方に顔を向け、再び叫んだ。


「新人は固まって動くな! 絶対に勝手に動くなよ!」


 緊張が一気に張り詰める。

 リリアは、心臓の音が耳の奥で鳴り響くのを感じながら、無意識に視線を向けた。


 水色の髪の少年――あの少年が一歩、前に出ていた。


 その横顔は静かで、どこか覚悟を湛えていた。


 次の瞬間、ズバァンという破裂音とともに、一本の蔓が突風のように飛来した。


 「ミレーヌさん、下がって!」


 リリアの叫びよりも早く、蔓は鞭のようにしなり、ミレーヌの腰を絡め取った。


 「くっ、ちょっと……!?」


 レイピアを振るう間もなく、彼女の身体が浮き上がり、宙に引きずられる。


 同時に、逃げ遅れた新人の少年にも、別の蔓が襲いかかる。


 「う、うわあああっ!」


 新人の悲鳴が響いた。


 カストールが飛び出そうとした、その時だった。


 「雷針サンダー・スピア


 低く、静かな声が空気を裂いた。

 水色の髪の少年が指を弾く。


 次の瞬間、紫の稲光が一直線に駆け抜け、ミレーヌを締め上げていた触手を焼き切った。


 「きゃっ!」


 解放されたミレーヌが地面に転がり、すぐに起き上がる。


 「……サンキュ、助かったわ!」


 しかし、少年は何も応えず、すでに別の蔓へと意識を向けていた。


 続けざまに詠唱が走る。


雷鎖ライト・チェイン


 稲妻の鎖が唸りを上げ、もう一本の触手に巻きついた。

 絡め取られていた新人の少年の体が引き戻され、蔓が焼き切れると同時に、少年は地面に向けて落下する。


 「うわっ……!」


 それを見たダリオが駆け寄り、少年を抱き止める。


 「無事か!?――お前、今の……」


 ダリオが驚愕と感謝をにじませた声で、水色の髪の少年に問いかけた。


 少年は少しだけ顔を向けて、簡潔に名乗る。


 「……カイ。カイ・アークライト」


 その名を口にした時、静かだった彼の瞳に、一瞬だけ鋭い光が宿った。


 リリアは、稲妻のように走った魔法の残滓を見つめながら、はっと息を呑んだ。


(詠唱……してなかった)


 その姿が、彼女の脳裏に焼きついている人物と重なる。


 ――ロブ。


 無駄のない動きと、迷いのない力の行使。

 カイの放った魔法には、どこかあの師匠と同じ空気があった。


 その時、セラフィナがカイを見つめながら、小さく目を見開いた。


 「詠唱を……省略なさったのですか……?」


 驚きと尊敬の入り混じった声が、彼女の唇からこぼれる。


 カイは返事をしない。

 ただ、魔物の動きを静かに見据えたまま、次の一手に備えていた。

【リリアの妄想ノート】


ヤバい!


いや、ほんとにヤバいって!

魔物が強すぎて、これ研修じゃなくてほぼ実戦だよ!?


で、そこに現れたのが――

水色の髪の少年。雷の魔法。無詠唱。カッコいい。静かに名乗る『カイ・アークライト』


えっ、なにその名前。強キャラオーラ全開じゃん。


しかも! 触手に捕まった仲間を助けるって、どこの騎士様ですか!?

(わたしも巻きつかれればよかっ――ゲフンゲフン!)


あと、ロブさんをちょっと思い出しちゃった……。 あの落ち着いた魔法の使い方、ロブさんがいつもやってるやつだ。


もしかして……ロブさんと関係ある人?

それとも、わたしが知らないだけで、この世界には“強い人”がいっぱい……?


……負けてられないよ、わたしも。


ぜったい、あの人たちに追いついてみせるんだから!


【あとがき】


ここまで読んでいただきありがとうございます!


今回はついに――“あの少年”カイくんが動きましたね。

雷属性ってだけでも強キャラ感あるのに、無詠唱とか、完全にチート枠じゃないですか。


しかも本人めっちゃクールで寡黙。

これはセラフィナさんもリリアもザワつきますわ……(作者もザワついてます)。


触手魔物に新人たちが大ピンチ!からの、バチバチ稲妻での救出劇、

リリアも思わず「ロブさん……?」って重ねちゃうほどのかっこよさでした。


次回もさらにド派手に、そして熱く!進んでいきますのでお楽しみに!


ブクマ・感想、していただけるとめちゃくちゃ励みになります!

ちょっとでも「続き気になるな…」と思った方、ぜひ応援よろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ