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第37話 冒険者の流儀〜新人たちの初陣、戦場に咲く一矢と一閃〜

 森の奥深く、昼下がりの陽光が木々の隙間からこぼれ落ちる。

 

 柔らかな光とは裏腹に、空気にはぴんと張りつめた緊張感が満ちていた。


 カストールが手を上げて、列を止める。


「出るぞ。前方、茂みの奥だ」


 その声に、先輩冒険者たちが一斉に構えを取った。


 ダリオは腰の短剣を両手に握り、身を低くする。


 ミレーヌはレイピアを抜き、軽やかな足取りで間合いを測る。


 ゲルドはすでに弓を引き絞り、鋭い視線で茂みを狙っていた。


 音もなく茂みが揺れ、二体の魔物が姿を現す。

 毛並みの荒い狼だ。

 獰猛な牙を剥き出しにしながら、唸り声を上げている。


「ダスクウルフだ!」


 カストールが叫ぶと同時に、ゲルドの矢が一閃した。

 放たれた矢はまるで風を裂くように魔物の眉間に突き刺さり、その場で一体が地に伏す。


「一体減った! 続け!」


 ミレーヌがレイピアで魔物の側面に踏み込み、鋭く突き立てる。

 だが、魔物はしぶとく身をよじらせ、反撃の牙をむいた。


 瞬間、ダリオが滑り込むように斬撃を浴びせかける。


 連携のとれた攻撃が決まり、ダスクウルフは苦しげに呻きながら倒れ伏した。


 緊張していた空気が、ふっと緩む。

 カストールは戦況を確認しつつ、魔物の死骸を見下ろした。


「よし、被害なしだ。新人たち、よく目に焼き付けておけ。これが実戦だ」


 その声にリリアは息を呑み、じっと魔物を見つめた。

 ごくりと喉が鳴る。


(これが……冒険者の戦い)


 動悸が速まる。

 先輩冒険者たちは魔物を相手に、一歩も引かずに立ち向かっていた。

 すごい技量だと素直に感心する。


 けれど――


(でも、ロブさんだったら……)


 ふと、心の奥からそんな思いが湧き上がる。

 ロブなら、一瞬で終わらせていたのではないだろうか。

 ゲルドの矢が放たれるよりも早く、魔物が動く間もなく。


 いや、もしかしたら、魔物が姿を現すより前に気配を察知し、手を打っていたかもしれない。


 リリアの脳裏に、まだ鮮明に残るロブの存在がよぎる。

 無駄のない動き。敵の動きを読み切る鋭さ。

 そして、圧倒的な力強さ。


(先輩方もすごいけれど……やっぱり、ロブさんは別格だな)


 思わず胸の内で呟いてしまう。

 しかし、すぐにそんな考えを振り払った。


(だめだだめだ。比べちゃいけない。私は新人なんだ。冒険者はみんな先輩なんだから)


 自分に言い聞かせるように拳を握りしめる。


 そのとき、カストールが短く指示を飛ばした。


「ダリオ、ミレーヌ。処理に入れ」


「了解!」


 二人は慣れた手つきで魔物の死骸に取りかかる。

 ダリオが短剣を抜き直し、毛並みをかき分けるように皮を裂いていく。

 ミレーヌは手早く内臓を取り出し、魔物の血が地面に広がらないように処置していった。


「魔物の処理も戦いの一部だ。戦いの余熱が冷めないうちに、必ず終わらせる。放置していれば他の魔物を呼ぶからな。これが冒険者の流儀だ」


 カストールが新人たちに目を向けながら説明する。


 リリアは思わず息をのんだ。

 死骸の処理も含めて、これが冒険者の仕事なのだと痛感する。


「これが冒険者の流儀………覚えておかなくちゃ……」


 リリアは小さくつぶやいた。


 間もなく、処理が終わる。


 カストールが確認しながらうなずくと、再び新人たちの方へ向き直った。


「次はお前たちの番だ。覚悟はいいか?」


 カストールの問いかけに、緊張で顔をこわばらせながらも、全員がうなずいた。


「はい!」


 リリアも精一杯声を張り上げる。


 その瞬間、茂みががさりと揺れた。

 新人たちが一斉に目を向ける。


 二体のダスクウルフが牙を剥き、唸り声を上げながら飛び出してきた。

 鋭い爪が大地を抉り、赤く輝く瞳が新人たちを捕らえる。


「俺が囮になる!」


 一歩、前へ。

 力強い声とともに、エドガーが颯爽と駆け出す。

 恐れなど微塵も見せないその背中に、新人たちの視線が吸い寄せられた。


「こっちだ、来いよ!」


 挑発するように叫びながら剣を構えるエドガーに、一体のダスクウルフが狙いを定めて襲いかかる。


 剥き出しの牙がエドガーの剣に食い込み、火花が散った。

 ギリギリと鉄と牙が擦れる音が響き渡る。


「っ……!」


 必死に押し返すエドガーの隙を縫い、銀の閃光が走る。

 エルフの少女が放った矢が、正確に魔物の首筋を射抜いた。


 苦しげな呻き声を上げたダスクウルフを見据え、セラフィナが詠唱を始める。


「燃え盛れ、我が掌に集いし紅蓮の種子よ——炎撃弾フレア・バレット!」


 優雅な手つきで杖を掲げるセラフィナの声は、どこまでも澄んでいた。


 杖先から放たれた紅蓮の弾丸が唸りを上げ、一直線に魔物へと飛ぶ。

 次の瞬間、ダスクウルフの胸元で炎が炸裂し、焼け焦げた肉の匂いが立ちこめた。


「おお………新人の割になかなかの魔法だ」


 カストールが思わず唸る。

 先輩冒険者たちも、驚きと感心の入り混じった視線をセラフィナに向ける。


 だが、もう一体の魔物が残っていた。

 少年冒険者に狙いを定め、牙を剥きながら跳びかかる。


「うわぁっ!」


 少年が恐怖に顔を強張らせる。


「だめええっ!」


 リリアが飛び出した。

 両手で短剣を固く握りしめ、魔物の脇腹めがけて渾身の力で突き立てる。


「やっ!」


 刃が肉を裂き、確かな手応えが伝わる。

 魔物が怒りの咆哮を上げたその瞬間、エドガーが間髪入れずに追撃する。


「これで終わりだ!」


 叫びとともに振り下ろした剣が、ダスクウルフの首筋に深々と突き刺さる。

 魔物は呻き声を上げると同時に崩れ落ち、完全に動かなくなった。


「……倒した!」


 リリアが息を弾ませながら声を上げる。

 緊張の糸がふっと緩み、新人たちの顔にも安堵の色が広がった。


 だが、ここで気を抜いてはいけない。

 先輩冒険者たちの鋭い視線がそれを教えてくれる。


 すぐさま新人たちは、処理へと取りかかった。





 魔物の処理を終えた新人たちは、ようやくひと息ついていた。

 胸をなで下ろす者、冷や汗をぬぐう者、戦いの余韻がそこかしこに残っている。


「ありがとう。助かった」


 エドガーが一歩近づき、エルフの少女に頭を下げる。

 その表情は戦いの時とは違い、どこか柔らかい。


 少女は涼やかな銀髪を揺らしながら、わずかに視線をそらす。


「別にあなたのためじゃないわ。あの時がチャンスだと思ったから。それだけよ」


 凛とした声でそう告げると、くるりと踵を返してその場を離れていく。

 冷たい言葉とは裏腹に、その矢は間違いなくエドガーを救う一撃だった。


「君、名前は?」


 背中越しにエドガーが問いかける。


「フィリア」


 少女は振り返ることなく、そのままさらりと名乗った。


 エドガーはその短い返答に苦笑する。


 そのやり取りを横目で見ていたリリアは、興奮した面持ちでセラフィナに駆け寄った。


「セラフィナさん、あの魔法すごいですね! わたし、魔力が足りなくて炎撃弾フレア・バレットを撃てないんです」


 戦いの緊張がほどけたからか、それとも素直な驚きからか、声が弾んでいた。

 リリアは両目を輝かせてセラフィナを見上げた。


「あら、そうなんですの? でも、リリア様も勇敢でしてよ」


 セラフィナは微笑みながら優雅に応える。

 気品のある態度は変わらないものの、その言葉には親しみが込められていた。


「そ、そうですか? えへへへ」


 リリアが頬を紅潮させながら照れくさそうに笑う。


「あの……」


 遠慮がちな声がかかり、リリアが振り向くと、さっき魔物に襲われかけていた少年冒険者が立っていた。


 少年は十二〜十三歳ほどだろうか。

 風に揺れるプラチナブロンドの髪に、ルビーのように鮮やかな深紅の瞳。


 上質な黒と赤の装束に金糸の縁取りが映え、首元の真紅の宝石が目を引く。


 整った顔立ちはどこか非現実的で、一瞬で視線を奪われるほどだった。

 まるで絵画から抜け出してきたような美しさだ。


 リリアは少年の顔を見て、はっとした。


 この少年は朝の座学で、戦闘が苦手でも昇格できるのかと質問していた子だった。


「さっきは助けていただいて、ありがとうございます」


 少年は朗らかに微笑んだ。

 その手には見覚えのある小袋が握られている。


「えっ? それ……!」


 視線を向けたリリアに気づくと、少年は手にした小袋をそっと差し出した。


「戦っている間に落とされたようでした」

「ありがとうございます! 拾ってくださったんですね」


 リリアが元気よく微笑むと、少年は少し顔を紅潮させ、照れたように言った。


「僕、ファルクといいます。よろしくお願いします」

「わたしはリリアです。こちらこそよろしくお願いします!」


 リリアがぱっと笑顔を咲かせて答えると、ファルクはもう一度微笑んだ。


 その笑顔に、リリアの胸が思わず高鳴った。


「よし、全員注目」


 処理を終えたのを見届けたカストールがよく響く声で皆の視線を集める。


 厳しい目で全員を見渡したあと、ゆっくりと口を開く。


「今回の戦い、全員よくやった」


 その声に、新人たちの表情が引き締まる。

 カストールはひと呼吸置いてから、一人ひとりに目を向ける。


「まずエドガー。お前は囮を買って出て、魔物の攻撃を真正面から受け止めた。並の新人なら尻込みして当然の場面で、一歩も退かなかった胆力は評価に値する」


 エドガーは肩の力を抜きつつ、わずかに胸を張った。

 誇らしさと照れが入り混じったような顔で、短くうなずく。


「フィリア。あの状況で冷静に的を射抜いた技量と判断力は見事だった。獲物の動きを読み、正確に急所を狙えるのは本物の証拠だ」


 カストールの視線を受けながら、フィリアはふいっと視線を逸らす。

 だが、その頬がかすかに紅潮しているのをリリアは見逃さなかった。


「次にセラフィナ。魔法の威力と精度、とても新人の域を超えていた。炎撃弾フレア・バレット、あれだけの一撃を放てるのは素晴らしい素質だ」

「光栄ですわ」


 セラフィナは優雅に一礼し、ふわりと笑みを浮かべる。


 気品と自信に満ちたその姿は、まるで貴族の舞踏会での一幕のようだった。


「最後にリリア」


 カストールの声に、リリアがびくりと肩を跳ねさせる。

 緊張しながらカストールを見上げると、彼はしっかりとした口調で続けた。


「お前は仲間を救うため、ためらわずに飛び込んだ。魔物の脇腹に短剣を突き立てる判断と勇気は賞賛に値する。見事だったぞ」


「は、はいっ!」


 リリアは顔を赤らめながらも、嬉しそうに返事をする。


 胸に刻み込むように、リリアはそっと拳を握りしめた。

 これが、冒険者としての第一歩なのだと信じて。


【リリアの妄想ノート】


 今日の研修は……なんだか、すごかった!


 先輩冒険者たちの動きはもちろんだけど、自分たちの番になったとき、エドガーさんもセラフィナさんもすごく頼もしくて。フィリアさんの矢も、迷いがなくてかっこよかったなぁ。


 それにしても、セラフィナさんの炎撃弾フレア・バレット、本当にすごかった! わたし、魔力が足りなくてまだ撃てないけど……いつか絶対撃てるようになりたいな!


 そうだ。ファルクくんともちゃんとお話できた。名前も聞けたし、小袋も拾ってもらって……えへへ、ちょっとだけ嬉しかったかも。


 でも、やっぱりいちばんは――ロブさん!


 わたしも、もっともっと強くならなくちゃ。あの人に、追いつけるように!


【あとがき】


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


 第37話では、ついにリリアたち新人組が実戦デビューしました。エドガーやセラフィナ、フィリアもそれぞれの力を発揮して、見どころの多い戦いになったかと思います。


 そして、今回から新キャラクター「ファルク」が登場しましたね。リリアの胸がちょっぴり高鳴ったりと、物語に新しい風を吹き込んでくれそうです。


 次回はさらに冒険者としての経験を積み重ねていく展開を予定しています。リリアたちの成長を、ぜひこれからも見守ってください!


 もしよろしければ、感想やブックマークをいただけると励みになります。お気軽に一言でもいただけたら、とても嬉しいです!


 それでは、また次回お会いしましょう!


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