第35話 海老男、王都で糸を引く(後編)
「それで、ロブさん。私にこの話をした真意をお聞かせ願えますか?」
眼鏡の奥の瞳が鈍く光る。
商人としての本気の眼だ。
ロブがこんな話を持ちかける以上、そこには互いに利のある提案が隠れていると踏んでいるのだろう。
ロブは先ほどまでの真剣な表情を少しだけ和らげ、緩やかな笑みを浮かべた。
「セイラン村の魔石の管理を任せたい」
「ほう?」
ウィルが軽く首を傾げる。
「すでに他の商会と契約されているのでは?」
「今回の紅竜団襲撃でな。契約相手の強欲さと警備の杜撰さが白日の下に晒された。セイラン側が取引相手の変更を申し出れば、公会も無視はできん」
ロブは肩をすくめ、続ける。
「ゼランもその点を突いてくれた。公会がもし拒めば、『裏がある』と勘繰られるだろう。今の契約相手は、切り捨てられる運命だ」
「……トカゲの尻尾切りですか」
ウィルが嘆息する。
自分たちに疑いの目が向かないよう、公会は息のかかった商会を噛ませ犬に使った。
いざとなれば、その商会にすべての責任を押し付けるつもりだったのだろう。
「しかし、魔導公会の目論見ではセイラン村の魔石はさほど採れないはず。結局のところ、今ある分も公会の手に渡るでしょうし、我々にメリットがあるとは思えませんが……」
ウィルの疑念はもっともだった。
その言葉を最後まで言い終える前に、ロブが静かに口を挟む。
「魔石の起源は、覚えているか?」
話の流れを断たれ、一瞬戸惑いを見せるウィルだったが、すぐに気を取り直して頷いた。
「ええ、もちろん」
ウィルは軽く息を整えると、思考を言葉に乗せてゆっくりと語り始めた。
まるで過去の記録をなぞるように、記憶を辿る。
かつて、この世界には――太陽神ヘリオスの軍勢と、深淵より現れた悪魔の軍勢が戦ったという。
それは、今から遥か昔、天と地がまだ近かった時代のこと。
人の姿を借りた神々が地上を歩み、世界を守護していた時代だ。
太陽神ヘリオスは、地上に光と秩序をもたらす存在として崇められていた。
彼の率いる軍勢は、天空より降り立ち、悪しき力に侵された大地を浄化せんと戦を起こしたのだ。
戦火は長く、熾烈を極めた。
だが、決着のときは来た。ヘリオスの軍勢は勝利を収めたものの、多くの犠牲を払い、深手を負ったと伝えられている。
そして彼らは、地上の役目を終え、再び天へと帰還した。
その戦の折、地水火風――四大の精霊王がヘリオスに協力し、それぞれの配下の精霊たちに命じて「魔石」を生み出させた。
魔石は、精霊たちの力の結晶であり、戦を支えるエネルギー源として用いられていたという。
だが、戦が終わり、神も精霊も姿を消した今――
残されたのは、彼らが生み出した“魔石”だけ。
地中深く、あるいは海の底に、今なお精霊の残響が宿るその結晶が眠っていると、民の間では信じられている。
「これが、魔導公会が説明している魔石の起源です」
ウィルは静かに視線を落とし、わずかに息を吐いた。
「そうだったな。で、俺が教えた方は覚えているか?」
ロブが軽く笑みを浮かべながら問いかける。
「当然です。なかなか刺激的な内容でしたからね」
ウィルは軽く息を整えると、記憶をなぞるように語り始めた。
「あなたから聞いたのは、公会が伝える神話とはまるで違う話でした」
慎重に言葉を選びながら、ウィルは言葉を紡ぐ。
「その……魔石を生み出していた精霊。その正体は古代文明が生み出した兵器。通称を”魔石炉”。正式には、エム……シー……シー。確か、そういう響きだったと記憶しています」
ウィルの舌には馴染まない音の並び。
異国の呪文のように響くその名称は、かつて太陽神ヘリオスの軍勢が生み出した兵器の名だ。
MCC。
正式には「Magical Crystal Creator」。
大気中から魔力を含んだ微細なエネルギーを集め、特殊な技術によって結晶化させる。
それこそが魔石炉の正体だった。
地脈などに頼らず、大気中から常時エネルギーを取り込む仕組みは、かつての文明の粋を集めた技術。
ナノマシン技術と融合することで、高効率かつ安定した魔石生成を可能にしていた。
「エムシーシーとは、魔石を生み出すための、古代の精密な装置。大気から魔力を集め、特殊な技術で結晶化させる……魔石を"作る"装置だったと」
ウィルの語りは淡々としつつも、奥底に熱を孕んでいる。
「つまり、魔石は自然にできたものではなく、意図的に生み出されたもの。エムシーシーによって、必要な数、必要な性質を持つ魔石が作られていた」
視線を伏せるウィルの眼鏡に、室内の光が鈍く映る。
「そして、エムシーシーは戦争の道具でした。魔石という兵站を供給し続ける、まさに軍勢の生命線。その大部分は戦争末期に破壊され、あるいは地中に沈んだ……」
「そのとおりだ」
静かに、ロブが声を重ねる。
「だが、それだけじゃない。魔石炉は等級ごとに製造能力が異なっていた」
ロブの指が、机上の魔石をゆっくりとなぞる。
「並の魔石を大量生産する魔石炉は数が多く、各地で採掘される魔石のほとんどはそこからのものだ。だが、高位の魔石を作るには、それ専用の魔石炉が必要だった」
ロブの声が徐々に低く、重みを増していく。
「最大級の魔石を作り出す魔石炉もまた存在した。戦争の末期、その炉も撃墜され、どこかに沈んだとされている」
ウィルが思わず息を呑み、問いかける。
「その最大級の魔石を作り出す魔石炉が……セイランの近くに眠っている?」
ロブはゆっくりと頷いた。
「俺の読みではな。公会は機能停止したと思っているが……やつらの知識ではそこまでだ。実際には、その魔石炉はまだ生きている。今もなお、地下で魔石を作り続けているはずだ」
室内に静寂が落ちる。
誰もいない密室の中、ロブの言葉だけが重く響いた。
「では、我が商会がセイランと契約を結べば、大量の、世界最大級の魔石が採掘できる………」
ウィルの声がわずかに震えた。
無理もない。今まさに彼の眼前には、商人としての経験の中でも最大の機会が転がっている。
「魔導公会は私のことを笑うでしょうね。踏みならされた鉱脈にまだ光る石を探す愚か者だと」
「そうだ。だが、その実、魔石を大量に採掘しながら流通量をコントロールする」
ロブが落ち着いた声で続ける。
「そうして魔石の希少性を保ちながら、細く長く利益を生み出す。ディアル商会とセイラン村、双方の利益を作り出す構図だ」
「……素晴らしく、ずるい商法ですね」
ウィルが感嘆とも皮肉ともつかぬ声を漏らす。
だが、その顔には商人としての歓喜が滲んでいた。
「大昔にな、そこらの石ころを珍しい宝石だと騙って、百年も高値で売り続けたやつがいてな。……そいつの真似をする」
ロブは悪戯っぽく口元を緩め、わずかに笑みを浮かべた。
ウィルも釣られて笑うが、すぐに疑問を口にする。
「ですが、少々疑問です」
ウィルがゆっくりと眼鏡のブリッジに指を添える。
問いかける声は冷静だが、その奥底には確かな興味が滲んでいた。
「何がだ?」
ロブが軽く首を傾げる。
「ロブさん、あなたは魔法関連のビジネスには消極的でした。それがなぜ今回は?」
「理由はふたつある」
ロブは即答した。迷いのない声だった。
「ひとつは、増え続ける魔石を地上に出したい。本来、この世界には存在しないはずの代物だ。二千年の間に膨大な数に膨れ上がった魔石が、地殻にどんな影響を及ぼすか分からないからな。可能な限り、取り除いておきたい」
「……なるほど」
ウィルは頷きつつ、沈思するように視線を落とす。
まるで地殻を侵す魔石の姿を想像するかのように。
「二つ目は?」
「お前に、MCCを探し出してもらいたい」
「魔石炉を、ですか? 見つけてどうするつもりです?」
「破壊する」
ロブの声音は低く、重い。
その一言に、ウィルは息を呑んだ。
目を見開き、声もなくロブを見つめる。
「今度こそ完全に、機能を停止させる。あれはこの世界にあってはならないものだ。魔法を否定する気はない………。だが、魔法が世界を滅ぼしたのもまた、紛れもない事実だからな」
淡々と語るロブが、何故か疲れ果てた老人のようにウィルには映る。
長い付き合いの中で、彼は時々そんな空気を纏うことがあった。
「ロブさん……あなたは一体、どれほどの過去を背負っているのですか……」
ウィルの声は静かだったが、そこには畏怖に似た感情が滲んでいた。
「聞いたら後悔するかもしれないぞ?」
ロブが冗談めかして口角を上げる。
だがその笑みは、どこか無理に作られたように、ウィルには見えた。
一瞬だけ訪れた沈黙を、ウィルが破る。
「……わかりました。私も全面的に協力しましょう」
静かながらも、力強い決意の声だった。
【あとがきの前に皆様への告白】
※この文は活動報告にも全文を載せています。
いつも作品を読んでいただき、本当にありがとうございます。
『海老男』は、AIという頼れる相棒と共に物語を紡いでいます。
キャラクターの設定整理や伏線の構築、掛け合いのテンポなどはAIのサポートを受けつつも、
物語の根幹となる「感情の動き」や「キャラクターたちの魂」は、僕自身の手でしっかりと描いています。
AIはあくまで一緒に走る参謀のような存在です。
ですが、物語を届けるのは間違いなく僕の役目であり、責任です。
もしかしたら、「AIを使うのはちょっと……」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
そのお気持ちもとてもよくわかりますし、そうした考え方も大切にしたいと思っています。
だからこそ、僕はAI任せにはしません。
あくまで物語の温度、キャラクターの息遣いは人の手で丁寧に仕上げています。
読者のみなさんがこの作品を通じて何かを感じ、楽しんでいただけることが何よりの喜びです。
もしよければ、感想やブクマ、応援コメントなど、あなたの声をいただけたらとても励みになります。
「こんな展開が見たい」「こんなキャラクターが気になる」などのリクエストも、ぜひ気軽に教えてくださいね。
AIの相棒と一緒に、あなたの声を大切に受け止め、もっともっと面白い物語を目指していきます!
これからも『海老男』をよろしくお願いいたします。
↓以下、いつものあとがきです。
【あとがき】
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
今回は「海老男、王都で糸を引く(後編)」として、ロブとウィルの密談がついに核心へと踏み込みました。
魔石炉=MCCの正体、そしてセイラン村に眠る巨大な利権の正体が明らかになり、ロブの真意も語られた重要な一話でした。
静かな会話の裏で、国家規模の駆け引きが動き出しています。
ウィルの決断がどんな波紋を呼ぶのか、そしてロブがなぜそこまでして魔石炉を破壊しようとするのか。
彼が背負う過去と共に、次回以降さらに深掘りしていきます。
次はリリアの話に戻ります。
リリア成分が足りないという方、おまたせしてます(笑)
ちなみに、今回のやり取りで気づいた方もいるかもしれませんが、世界観の設定資料や登場人物紹介の第二弾も考えています!
「このキャラの過去が気になる」「魔石炉の仕組みをもっと詳しく!」などのご要望がありましたら、ぜひ感想欄で教えてくださいね。
感想、評価、ブックマークも大歓迎です!
引き続き『海老男』をよろしくお願いします!




