第33話 冒険者の誇りと階級制度、始まりの教室で
窓から差し込むやわらかな光が、木造の講義室を穏やかに照らしていた。
机の上に手を置き、リリアは小さく深呼吸する。背筋を伸ばし、胸の高鳴りを抑えるように。
(緊張する……でも、ちゃんと覚えなきゃ)
教壇に立つのは、ギルド職員のミーナ。昨日は優しい笑顔で迎えてくれていたが、今日は眼鏡の奥の瞳が凛としていて、昨日とはまるで別人のように見えた。
「皆さん、こんにちは。改めて冒険者ギルドへようこそ。冒険者ギルド職員のミーナです」
ミーナが穏やかに微笑む。けれど、その声にはしっかりとした芯が感じられた。
教室がぴんと張りつめた空気に包まれる。
「これから、ギルドの総則と階級制度についてお話しします。とても大切な内容ですから、しっかり覚えてくださいね」
ミーナが指を鳴らすと、魔導板に光が走り、『冒険者ギルドの基本理念』という文字が浮かび上がった。
「ギルドの根幹となるのは、三つの原則です」
1.誠実
2.信義
3.共存
「まずひとつ目。誠実なる者は信頼を得ます。依頼主と契約を交わした以上、報酬の大小にかかわらず誠実に職務を遂行しなければなりません」
リリアは一文字も漏らすまいとノートに書き写す。
隣ではセラフィナが余裕たっぷりにペンを走らせている。優雅でいて、筆記速度も驚くほど速い。
その向こうには、がっしりとした体格のエドガーが、真剣な表情で魔導板を見つめていた。力強くペンを握る姿に、彼らしさがにじみ出ている。
「ふたつ目。信義を守る者は仲間を得ます。冒険者は互いに尊重し、支え合うことでより高みを目指すのです」
リリアはふと横目でセラフィナを見る。
金色のサイドテールが、窓から差し込む光を受けてふわりと輝いていた。
気品あふれるその姿は、どこをどう見ても育ちの良いお嬢様そのものだ。
けれど、それだけでは片付けられない何かが、リリアの胸の奥をくすぐった。
(……初めて会ったのに、なんだろう。この感覚)
セラフィナが優雅にペンを走らせるたび、遠い昔にどこかで見たような、そんな既視感にも似たものが胸をよぎる。
けれど思い出そうとすると、まるで霧がかかったようにぼやけてしまう。
次に、リリアの視線はがっしりとした体格のエドガーへと移った。
迷いなく魔導板を見つめるその真剣な横顔。
ごつい指でペンを握りしめる様子が、どこか頼もしさすら感じさせた。
(エドガーさんも、初めて会った気がしない……)
胸の奥が不思議と温かくなる。
まるで何度も同じ時を過ごしてきたかのように、自然と彼らがいる景色に馴染んでいる自分がいた。
それがなぜなのか、リリアにはわからなかった。
けれど確かなことはひとつだけ。
彼らと一緒にいる未来が、どこかで約束されていたような気がしたのだ。
(……まるで、ずっと前から一緒だったみたい)
そして視線をふと横にずらすと、涼やかな水色の髪の少年が静かにノートを取っているのが目に入った。
淡い水色の瞳は魔導板を見つめているはずなのに、どこか遠くを見つめているようにも感じられる。
(あの人も……やっぱりどこか、他の人とは違う)
初めて見るはずなのに、見知らぬはずなのに。
リリアの胸の奥で、小さな引っかかりがざわめいた。
(セラフィナさんやエドガーさんと同じ……いえ、それ以上に不思議な感覚)
胸の内がそわそわと落ち着かなくなる。
(やっぱり他の人とは少し違う気がする……)
理由なんてわからない。ただの直感だった。
けれど胸の奥に小さな違和感と、ほんのりとした既視感のようなものが残る。
少年の佇まいは静かで、余計なものをまとわない純粋さすら感じられるのに、不思議と目が離せない。
彼がノートに視線を落とすその横顔に、どこかロブの面影が重なる気がした。
(ロブさんと、似てる……)
ふとよぎる思いに、自分でも驚きながら胸が高鳴る。
でも何が似ているのかは、うまく言葉にできなかった。ただひとつ言えるのは、無関係だと思えないほどの“何か”が、そこにあるということ。
(考えすぎかな。でも……気になる)
そっと視線を戻しながらも、リリアの胸の奥に芽生えた小さな引っかかりは、消えることはなかった。
「最後に、共存を求める者は世界を守ります。力は暴力ではなく、世界を守るために使わなければなりません」
ミーナは一つひとつの言葉に力を込め、真っすぐな目で教室を見渡す。
リリアも、その真剣な瞳に、さっきまでの思索を振り切り真剣な視線を返した。
「これら三つの原則は、冒険者としての誇りであり、覚悟です。皆さんもしっかり胸に刻んでくださいね」
リリアはこくんと頷き、ノートを握る手に力を込めた。
(私も、きっと……!)
「では次に、冒険者の階級制度についてご説明します」
魔導板に階級の一覧が鮮やかに浮かび上がる。
冒険者ランク一覧
S 金龍
「最高位の伝説級冒険者です。公認されているのはほんの一握り。国家すら頼る存在です」
A 白狼
「強大な戦闘力を持ち、大規模討伐任務を担います。部隊を率いる指揮官格ですね」
B 銀獅子
「実力者が多く、国家規模の任務にも参加します。優秀な冒険者が揃っていますよ」
C 蒼鷹
「中堅冒険者として認められる階級です。依頼の幅がぐっと広がります」
D 紅熊
「新人を脱した証となる階級です。単独任務も増えてきますので油断せずに」
E 黒狐
「基本的な任務をこなせるレベル。パーティーの一員として行動することが多いでしょう」
F 灰梟
「駆け出しの新人。まずは軽作業や簡単な護衛任務で経験を積みます」
G 翠蛇
「冒険者はここからのスタートです。訓練と簡単な依頼から始めましょう」
「皆さんは翠蛇。つまりGランクです」
ミーナが優しい笑みを浮かべる。
「焦らず、一歩ずつ実績を積み重ねてください。昇格には依頼の成功だけでなく、技術試験や面接も必要です。力だけではなく、誠実さと信義を持って臨んでくださいね」
その言葉に、胸が熱くなる。
セラフィナは気品を崩さぬまま静かに頷き、エドガーは迷いのない瞳で前を向く。
涼やかな水色の髪の少年もまた、視線を魔導板に向けたまま、わずかに頷いた気がした。
「以上が、ギルドの基本理念と階級制度になります」
ミーナが説明を終えると、魔導板の光がふわりと消えた。室内が静まり返る。
「質問がある方は、遠慮なくどうぞ。疑問は今のうちに解消しておきましょうね」
そう優しく促したミーナだったが、誰もすぐには手を挙げなかった。
静けさの中で、リリアの心臓がどくん、と高鳴る。
(聞きたいことはある……けど、どうしよう)
迷っている間にも、ミーナが目をやさしく細める。誰にともなく教室を見渡し、手を挙げやすいように空気を和らげた。
「どんな些細なことでも構いませんよ。恥ずかしいことなんてありませんからね」
そのひと言に、リリアの背を押す何かがあった。
ぐっと胸の奥にあった不安を押しとどめ、ゆっくりと手を挙げる。
「はい、ではそちらの方」
ミーナがリリアを指名する。
「あの……」
リリアは少しだけ声を震わせながら、それでもしっかりとミーナを見つめた。
「階級が上がるには、依頼の成功だけでなく技術試験や面接が必要だと仰っていましたが……その内容はどんなものですか?」
ミーナはふっと微笑み、頷く。
「良い質問です。皆さんもぜひ覚えておいてくださいね」
教壇の魔導板が再び淡く光り、新たな文字が浮かび上がる。
『昇格条件』
実績点の累積
技術試験
面接試験
「まず、皆さんが日々こなす依頼には、それぞれ実績点が設定されています。依頼の達成度や貢献度によって点数が加算され、それが一定に達すると技術試験の対象となります」
リリアは一生懸命にノートを取る。
横目で見ると、セラフィナが流れるような筆致で書き留め、エドガーはペンを強く握りしめながら魔導板を見つめていた。
涼やかな水色の髪の少年は相変わらず静かに、だが漏らさず記録している。
「技術試験は、冒険者として必要な戦闘技術やサバイバル能力を評価するものです。試験官の前で実技を行い、合格すれば最終段階――面接試験に進みます」
ミーナの指先がすっと魔導板をなぞると、『面接』という文字が強調される。
「面接では、ギルド職員や上位ランクの冒険者が、あなたの判断力や責任感を問います。技術だけでなく、人としての在り方を見られるのです」
そこまで説明して、ミーナは教室を見渡す。
「冒険者は命を預け合う仕事です。仲間や依頼主に信頼される人でなければ、上の階級には上がれません。それはギルドの誇りでもあります」
その言葉に、リリアの胸がじんわりと熱くなる。
(信頼される冒険者に……なりたい)
「他に質問のある方はいらっしゃいますか?」
ミーナが教室を見回すと、別の新人がもぞもぞと手を挙げた。小柄な少年で、少し緊張した様子だった。
「あの……戦闘が苦手でも、昇格はできますか?」
「もちろんです」
ミーナがすぐに答える。
「依頼は戦闘だけではありません。調査や輸送、護衛など多岐に渡ります。戦闘以外で貢献すれば、その努力はきちんと評価されますよ」
少年がほっとしたように息をつき、頷いた。
「いい質問でしたね。他にもどうぞ」
ミーナの声に促され、次々と新人たちが質問を投げかけていく。
教室の空気が徐々にほぐれ、リリアも胸の内の緊張が和らいでいくのを感じた。
「他に質問のある方はいらっしゃいますか?」
ミーナが教室を見回したとき、すらりとした金髪の少女が手を挙げた。セラフィナだった。
「ミーナさん。依頼の内容に応じて、魔法や戦術を変える必要があると思いますけれど、それらの指導はギルドで受けられますの?」
その問いに、ミーナは微笑みながら頷く。
「はい、セラフィナさん。ギルドでは定期的に技術研修や講習が行われています。魔法の制御や戦術面の講義も用意されていますので、ぜひ活用してくださいね」
「ありがとうございますわ」
セラフィナが優雅に微笑む。完璧な姿勢でノートに書き留めるその姿は、まるで貴族の令嬢そのものだった。
続いて、大柄な少年が手を挙げる。エドガーだった。
「依頼中に遭遇する魔物は、必ず討伐しなければいけないのか?」
現場を見据えたような実践的な質問だった。ミーナは少しだけ考えてから答える。
「良い質問ですね、エドガーさん。基本的に依頼の達成が優先されます。遭遇した魔物が依頼の目的と無関係であれば、無理に戦う必要はありません」
ミーナはそこで言葉を区切り、教室を見渡す。
「ただし、周囲の安全が脅かされると判断した場合は、討伐を推奨します。その際の報酬は、討伐証拠品をギルドに提出すれば、ギルドから正規の報酬が支払われます。危険を冒して命を賭けた結果ですから、当然の権利として受け取ってくださいね」
エドガーはしっかりと頷き、拳を握る。
リリアも一緒になってメモを取りながら、その答えに納得していた。
ふと、静かな動きが視界に入る。
涼やかな水色の髪の少年が、ためらいがちに手を挙げていた。ミーナは穏やかに頷いて促す。
「はい、そちらの方」
「……依頼中に見つけた魔道具や魔法薬は……見つけた冒険者のものになるのですか?」
声は静かだったが、はっきりとした響きがあった。
教室がわずかにざわめき、ミーナが丁寧に頷く。
「こちらも大事な質問ですね」
ミーナは魔導板に新しい項目を映し出す。
『発見物の扱い』
原則として、依頼中に発見した物品は依頼主に帰属
ただし、報酬外の発見物はギルドを通じて評価額を査定し、発見者に還元
「原則として、依頼中に発見したものは依頼主に帰属します。ただし、依頼に明記されていない発見物についてはギルドが正式に査定し、評価額に応じた報酬として発見者に還元されます」
魔導板に浮かぶ文字を見つめながら、リリアは胸をなでおろす。
(……きちんと仕組みがあるんだ)
水色の髪の少年も、無言で小さく頷き、静かに手を下ろした。
ミーナは教室を見渡し、少しだけ微笑む。
「皆さん、とても良い質問ばかりでしたね。こうして疑問を持つ姿勢が、冒険者として大切な成長につながります」
ミーナの声は、最後にひときわ温かみを帯びる。
「未知の世界に踏み出すのは怖いことです。でも、皆さんはもう一歩を踏み出しました。この教室から外に出たら、あなたたちは正式な冒険者です。誇りを持ってくださいね」
そのひと言に、胸が熱くなる。
リリアはそっと胸元に手を当てた。心臓が、次の一歩を踏み出す準備をしている。
(誇りを持つ……わたしも、必ず)
こうして、新人研修の座学は幕を閉じた。
【リリアの妄想ノート】
……ううん、やっぱり気になる。
水色の髪のあの人。名前はまだ知らないけれど、なんだかロブさんと似ている気がするの。
目つきとか、雰囲気とか、そういうのとは違うんだけど……でも、どこか。
まるで遠い昔から一緒にいたみたいな、そんな不思議な感じ。
わたしの勘違いなのかな? でも、もしそうだとしても。
気になってしまうのは、仕方ないよね……。
あと、セラフィナさんもエドガーさんも、みんなちゃんと質問しててすごかったなぁ。
わたしも負けてられないよ! 頑張るぞっ!
【あとがき】
ここまでお読みいただきありがとうございます。
第33話では、リリアたちが冒険者ギルドの座学講義を受ける場面を描きました。
冒険者としての誇りと階級制度、そしてミーナの凛とした講師ぶり……リリアと一緒に緊張しながらも、一歩踏み出す瞬間を楽しんでいただけたでしょうか。
今回は、冒険者の階級を考えるのがとても楽しかったです。
それぞれのランクに意味を込めて設定してみました。皆さんにも、お気に入りの階級が見つかれば嬉しいです。
そして次回は、ロブが一人で水面下の活躍をするお話になります。
表には出ない彼の動きが、どんな風に物語に影響していくのか。ぜひ楽しみにしていてください。
もし楽しんでいただけたら、感想、評価、ブックマークをいただけると励みになります。
皆さんの応援が、次のお話を書く力になります。これからもよろしくお願いします。




