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第27話 海老男、弟子を導き覚醒の兆し

「吸って……」

 すー。

「吐いて……」

 はー。

「吸って……」

 すー。

「吐いて……」

 はー。


 ロブの落ち着いた声に合わせ、リリアはゆっくりと呼吸を繰り返す。

 馬車は柔らかな春の陽気の中を進んでいた。窓の外には若草の匂いと暖かな風。車輪のリズムに揺られながら、リリアはそっと瞳を閉じる。


 身体に触れる衣服の感触。耳に届く馬のいななきと車輪の音。ロブやゼランの呼吸までが、まるで心に染み渡るようだった。


 気付けば自分の内側へ、深く深く沈み込んでいくような感覚。まどろみの中を漂う心地よさが広がっていく。


 そんな中、ロブの声が優しく響いた。


「両腕を前に出して、手のひらを胸の前で向かい合わせろ。間隔はリンゴ一つ分。意識を手のひらに集中だ」


 リリアは言われた通り、そっと手のひらを向かい合わせる。

 すると、不思議な温かさがじんわりと感じられた。


「手は温かいか?」

「……はい。温かいです」


 ふいに尋ねられ、微睡んでいた意識が戻る。リリアは率直に答えた。


「よし、そのまま光をイメージするんだ。手のひらの間に、光る球体が生まれる。はっきりと、鮮明にな」


 ロブの声に導かれるように、リリアは心の中で光る球体を描いた。

 金色の粒子が渦巻き、きらきらと輝きながら集まっていく。


 イメージが形を帯びると同時に、手のひらの熱が増していくのを感じる。

 焚き火に手をかざしたような、けれど痛みのない熱さだった。


 熱だけがじんわりと肌に染み込んでいく。不思議と怖さはなく、むしろ心地よい。

 心の内でその光を育てていると、ロブが告げた。


「手はそのままだ。三つ数えるから、ゆっくり目を開けろ。3……2……1」


 ロブのカウントに合わせて、そっと目を開ける。


 そして、見た。


 自分の両手のひらの間に、ふわりと浮かぶ光の塊を。


「わ……これ……!」


 目を見開き、思わず声がこぼれる。


「落ち着け。それが魔素マナだ」


 ロブの冷静な声が、現実感を与えてくれた。

 そっと視線を向ければ、ロブが穏やかな眼差しでこちらを見つめている。

 隣ではゼランが、驚きのあまり口を開けたまま固まっていた。


「これが……魔素マナ……」


 胸の奥から、熱い何かがこみ上げてくる。

 自分にも魔力が使える。そんな歓びが、身体中を満たしていく。

 だがその光は、徐々に形を崩しはじめた。


「あっ……!」

 

 崩れていく光に、思わず手を伸ばす。けれど光の玉は儚く霧散し、消えてしまう。


 魔素の熱が失われた手のひらに、ぽっかりと空虚な感覚が残る。


 その寂しさを噛みしめていると、ロブが穏やかに声をかけた。


「初めてにしちゃ上出来だ。今後はその光をいつでも出せるようにし、持続させるトレーニングを続けるぞ。目標は三十分だ」

「三十分……!? 長いですね」

「最初は一分すらきついだろうが、慣れれば必ず伸びる。時間がある時は、欠かさずやれ」

「はいっ!」


 リリアは強く頷いた。悔しさもあったが、それ以上に次への意欲が湧いてくる。


「さて、兄弟子。妹弟子の素質はどうだ?」


 ロブがにやりとゼランに視線を向ける。

 ゼランは驚きのまま固まっていたが、やがて全身で叫んだ。


「どうだじゃねぇよ!! これが初めてだって? リリアちゃん、本当に初めてなのか!?」

「あ、はい。瞑想はしてましたけど、魔素マナの現象化トレーニングは初めてです」

「マジか………」

「リリアは記憶力がいいからな。魔石から魔素マナの密度も読み取ってたし、精神の集中を重点的にやればすぐ現象化ができると思ってたんだ」


 ロブはさも当然という風に得意げに笑う。


「初めてにしちゃ上出来? いやいやいやいや……それどころじゃねぇぞ! 普通ならそこまでたどり着くのに早くて三ヶ月だ!三ヶ月!それが今、馬車の中で!?俺の修行時代なんて一年はかかったぞ!!」

「えっ!? そ、そんなに!?」


 リリアが驚いて目を見開く。


「そりゃお前が格闘技や剣術にかまけて魔法のトレーニングをさぼってたからだろ」


 ロブが冷めた表情で言うと、ゼランはうっと胸を押さえた。


「いやぁ、俺は瞑想とか呼吸法とかじっとしてなきゃいかん修業は性に合わんでな」

「結局、魔法そっちのけで闘気ブレイズの修業ばっかりやってたな。俺の言うことろくに聞きゃあしねえ。そりゃスパルタにもなるぜ」

「だからって限度があるだろ?朝から晩まで鬼の修業で夜しか眠れなかったぞ!」

「昼は起きとけ」

 

 呆れた口調で続ける。


「お前が隙あらば勝手に冒険者の仕事請け負って魔物討伐に出るから、こいついつか死ぬなと思って修業漬けの生活送らせてやったんだ。内容もお前の好きな肉体鍛錬中心にしてやったんだろうが」

「今度はその修業で何度も死にかけたわ!」

「ちゃんと絶妙に死ぬ一歩手前で終わるように加減してたぞ」

「めちゃくちゃなんだよ!あんたは!」

「そ、そんなに厳しかったんですか?」


 大仰に昔を語るゼランの様子を見て、リリアは自分もそんな修行をさせられるのかと、ぞっとした。


 その不安を感じ取ったのかゼランがここぞとばかりにリリアに迫る。

 

「そうだぞ!」

 

 ゼランはぐいっと身を乗り出し、リリアの目の前に顔を寄せた。


魔素マナを扱えるようになったら、次は地獄の肉体鍛錬が待ってるんだ!朝は夜明けと同時に叩き起こされて、まずは全力疾走十周!それが終わったらひたすら素振り五千回!昼飯?そんなもんは終わったあとだ!」

「ひ、五千回!?」


 リリアが目を丸くする。驚きすぎて声が裏返ってしまった。


「まだ終わらねえぞ!」


 ゼランはさらに続ける。すでに得意げな顔だ。


「午後は重りをつけて筋力トレーニングだ! 腕立て伏せ千回、腹筋千回、背筋千回、スクワットも千回だ!最後に魔素を体に巡らせる練習で気絶寸前まで持っていく!これを毎日続けるんだよ!!」

「ま、毎日ですか……?」


 リリアの顔が青ざめていく。まるで魔物でも見るかのような怯えた瞳だ。


「毎日だ!」


 ゼランは断言した。


「でなきゃ、闘気ブレイズなんて使えるようにならねえ! ……とまあ、俺はそうやって鍛えられたわけだ」

「いや、それはお前が勝手に突っ走って無茶した結果だろうが」


 呆れたようにロブが割り込む。


「最初からあんな無茶な鍛え方をリリアにやらせるつもりはない。基礎から順序立てて、ちゃんと段階を踏ませる」

「ええっ!?」


 ゼランが、あからさまに不満そうな声を上げた。


「俺のときは地獄だったのに、なんでリリアちゃんは優遇すんだよ!」

「リリアは素直だからな。お前とは違う」


 ロブは淡々と言い放つ。


「それにリリアは魔法の素質が高い。焦らずとも成長する。無茶をさせるより、しっかり育てたほうが伸びる」

「ぐぬぬ……この女尊男卑野郎……」


 二人の軽妙なやりとりを聞いていたリリアは、ふと気になって口を挟んだ。


「あの、ブレイズって何ですか? ヴォルフと戦っているときも言ってましたよね」

「ああ、説明してなかったな」


 ロブがゆっくりと話し始める。


闘気ブレイズというのは、魔素を体内で循環させて身体を強化する技術だ。魔法が外側に向けて放つエネルギーだとすれば、ブレイズは内側で燃やすエネルギーと言えるかな」

「内側で……燃やす?」

「ああ。肉体を動かす時に、血管に血液が巡るように魔素を巡らせるんだ。魔法と違って複雑な術式を必要としない分、直感的に使いやすい。身体能力を大幅に引き上げられるから、特に格闘や剣術などの前衛に適している。魔法は日常生活にも使えるが、こっちは戦闘時に本領発揮するから闘気=ブレイズなんて呼ばれてる。応用で体の表面に闘気ブレイズを纏うことで攻撃から身を守ったり、自分の攻撃力を増加させることもできる」

「あ、それで。ロブさんに剣が刺さらなかったり、剣を輪切りにしたりできたんですね」


 ロブの過去の戦闘を思い出す。

 確かにロブもヴォルフも、リリアの常識の外の戦いをしていた。


「その通り。闘気ブレイズは練れば練るほど強力になっていく。達人なら遠くまで魔素の塊を打ち出すこともできるようになるんだ」


 リリアは瞳を輝かせながら、何度も頷いた。


「私もその闘気ブレイズを使えるようになりますか?」


 目をキラキラさせる弟子にロブは苦笑して返す。


「ああ、訓練すれば使えるようになるさ」


 その答えにリリアは自分の未来の姿を想像した。


 魔法も闘気も使いこなす冒険者。

 カッコいい!


 希望に胸を膨らませているとゼランが水を指すようなことを口にする。


「まぁ、ロブみたいに魔法もブレイズも極めてる奴はかなり珍しいんだがな。普通はどっちか片方だけでも習得するのに精一杯だ」

「え………そうなんですね」


 ゼランはロブにちらりと視線を送り、肩をすくめる。

 ロブは軽く笑みを浮かべた。


「ロブさん、やっぱりすごい人なんですね」

「まあ、長生きしてるからな」


 謙遜と言うよりは本当にそう思っているだけのように嫌味を感じない。


 改めてこの「海老男」を名乗る師匠の底知れなさを感じた。


「私、本当にロブさんみたいな冒険者になれるでしょうか………ちょっと自信なくなってきました」


 リリアが俯き、かすかな声で呟く。

 拳が、わずかに震えている。


 ロブは静かにリリアを見つめ、ふっと短く息をつくと、淡々と口を開いた。


「できるできないじゃない。やるんだ」


 リリアの瞳が揺れる。


「俺の弟子なら今度から、“やる”、そして“できる”と言え」


 まっすぐで、重い言葉だった。


「なりたい、なれたらいいななんて言葉は口にするな。そんな曖昧な気持ちじゃ、夢には届かない」


 リリアははっと息を呑み、顔を上げる。


「俺みたいな冒険者になりたいなら、今、ここで“なる”と宣言しろ。なれるまでやり続けろ。それが目標に辿り着く、たったひとつの道だ」


 その言葉に、リリアはぎゅっと拳を握る。

 胸の奥がじんと熱くなっていた。


「……はい!やります!絶対に、なります! ロブさんみたいな冒険者に!」


 その力強い声に、ゼランが目を細める。

 ふっと懐かしむように笑った。


「久しぶりに聞いたな、その言葉。俺もその教えだけは守って、ギルマスになれたよ」


 ロブはちらりとゼランに目を向け、淡々と返す。


「……本当に他は守らなかったよな、お前は」


 肩をすくめるようにして、ゼランが笑う。


「いや、感謝してるんだぜ、本当! 俺が今こうして生きてるのは、あんたのおかげだからな」


 その飄々とした笑みを見て、ロブはほんのわずかに口角を上げる。


「……じゃあ続きだ。魔法の勉強のおさらいだ」


 リリアは大きく頷き、目を輝かせる。

 もう迷いはなかった。



【リリアの妄想ノート】


「わたし……なります! ロブさんみたいな冒険者に!」


 ……と意気込んだものの、ロブさんの弟子になるって、こんなに厳しいんですか!?

  でも、ロブさんの言葉、すっごく胸に響きました。


  できるできないじゃない、やるんだ――うぅぅ、ロブさんってやっぱりカッコよすぎです……。


  ゼランさんも言ってましたけど、ロブさんの教えって本当に人生の道しるべですね。 (いつかロブさんに「なかなかやるようになったな」って褒められたいな……むふふふふ)


【作者のあとがき】


 27話、お読みいただきありがとうございます! 今回の話では、リリアが一歩踏み出す「覚悟」の瞬間を描きました。


  ロブの台詞、ゼランとの掛け合いも含め、読者の皆さんにも何か感じていただけたら嬉しいです。


「できるできないじゃない。やるんだ」

この言葉は、作者としても座右の銘のひとつです。


 創作を続けるうえで何度も救われた言葉を、リリアの決意と共に込めました。


 これからリリアは本格的に冒険者への道を歩み始めます! 成長していく姿を、どうぞ見守ってやってください。


【感想・ブクマのお願い】


もし「応援したいな」と思っていただけたら、ぜひ感想やブクマで背中を押していただけると励みになります! 皆さまの一言一言が、リリアの成長と物語の推進力になっています。ありがとうございます!


次回もぜひお楽しみに!

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