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第26話  旅立ち、春風に乗せて

 村の空が、やわらかな金色に染まっていた。


 朝霧がゆっくりと晴れていく中、ロブとリリアは村の入口に立っていた。背には小さな荷物、胸には大きな決意。


 家族との別れの時が、迫っていた。


「……本当に、行くんだな」


 父・ゲイルの声は低く、けれど温かかった。


 リリアはこみ上げるものを押し殺すように、ぎゅっと拳を握りしめる。迷いはない。怖さは、ある。でもそのすべてを、いまここで乗り越えると決めていた。


「うん。わたし、行くよ」


 まっすぐ前を見据えながら答える。その声はかすかに震えていたが、心は揺らがなかった。


「もし途中でつらくなったら、いつでも帰ってこい」


「帰らないよ」


 リリアの声は優しく、それでいて強かった。


「だって……帰ってくる時は、ちゃんと胸を張って帰りたいから」


 ゲイルはふっと目を細め、何も言わずに娘の頭をそっと撫でる。その手は、これまで守り続けてくれた父の温もりそのものだった。


「……そうか。なら、何も言うまい」


 その横で、母・マリアが目を潤ませながら、そっとリリアの手を握る。母の手はあたたかくて、優しくて、心がほどけそうになる。


「お弁当、ちゃんと途中で食べなさいね。甘いのも入れておいたから」


「うん、ありがとう……お母さん」


 リリアは母の手を強く握り返す。離したくなかった。でも、旅立たなきゃいけない。母のぬくもりが愛おしくて、名残惜しくて、胸がぎゅっと痛んだ。


「ロブさんも、どうかよろしくお願いしますね」


「はい。全力で、一人前の冒険者に育ててみせます」


「ふふ……冒険者としてだけじゃなくていいのよ?」


「えっと………それはどういう………」


「ちょっとぉぉぉ!? またその話するのぉ!?」


 顔を真っ赤にするリリアの前に、姉・エレナがぐっと拳を突き出した。手はほんのわずかに震えていたが、それでも笑顔を崩さずにいてくれる。


「……リリア。あんた、強くなって帰ってきなさい。泣いてる暇なんてないからね」


「うん……! 絶対、負けない」


 リリアは拳を握り返した。エレナの拳が、温かかった。言葉以上に、姉の想いが伝わってくる。


「よし!」


 エレナは力強く頷き、次の瞬間、にっこりとロブに向き直る。


「で、ロブさん?」


「……わかってます。“手を出したら殺す”、でしょう?」


「正解!合格!」


 ロブはぴしっと姿勢を正し、敬礼する勢いで返した。思わず、リリアの喉からふふっと笑いが漏れる。


「ふふっ……なんだか、ほんとに旅立つんだって感じ」


 名残惜しそうに家族を見つめながら、リリアは一歩、そしてもう一歩と踏み出す。足元がふるえていた。でも、前を向いていた。

 春の風が、やさしく彼女の背を押していた。


(わたし、絶対に……強くなって帰ってくるから)


 心の中でそう誓いながら、リリアはしっかりと歩き出した。



 春の風が、やさしく彼女の背を押していた。


 そして―――


「おーい、こっちこっちー!」


 村の出口。ゼランが仁王立ちし、馬車の横から手を振っていた。


「……無駄に目立つな。護送隊のリーダーがはしゃいでるんじゃない」


「いや、ほら! ここに今、“海老男とその弟子、王都に参上!”って立て札あれば完璧じゃね?」


「叩き折るだけだ、そんな札」


「冷たいなお前! せっかく弟子ができたんだから、もっとこう、“旅は道連れ師弟旅!”みたいなノリ出してけよ!」


「出さんでいい。旅は静かに、目立たず、だ」


「なんだよ、風情がないなあ……。これから冒険者になるための旅立ちなんだからでリリアちゃんに“冒険者ポーズ”でもやってもらおうぜ!」


「やらせるか!!」


 ロブの容赦ないツッコミが炸裂する横で、リリアは小首をかしげた。


「……冒険者ポーズって、なんですか?」


 その言葉に、ゼランの目がキラーンと光った。


「よくぞ聞いてくれましたリリアちゃん!」


 妙なテンションで叫ぶと、ゼランは馬車の横に立っていた荷台の上にひょいと飛び乗った。


「まずこうして、足を開く!」


 大きく足を広げ腰を右に捻る。


「次に、右手を腰だめにして、左手は右斜め上に真っ直ぐ突き出す!」


 ビシィッと天を指しながら、無駄にキメ顔を作るゼラン。


「そしてこの顔ッ! “王都へ、いざ出陣!!”みたいな感じでドヤッと決めるッ!」


「おい!それどっかで見たことあるぞ!今すぐやめろ!怒られるぞ!」


 ロブが思わず叫ぶ。


 リリアはぽかんとしたあと、控えめに拍手をした。


「……かっこいいです。あの、何かの変身の儀式みたいでした」


「そう! これは冒険者の魂を表す儀式でもあるのだよ!」


「適当に言ってるだろお前!!」


 村の子どもたち数人が遠巻きに見てくすくす笑い始めた。


 ロブは深いため息をついて、ゼランの襟首を引っ張った。


「降りろ」


「ちょ、待っ、まだ二号ポーズが――」


「やらせねーよ!」


「あはは……ロブさんって、ゼランさんといると声が大きくなりますね」


「こいつがはしゃぎすぎるせいだ」


 大袈裟にため息を吐いているとゼランの懲りないハイテンションがまた始まった。


「さあさあ、お二人とも! 道中は長いんだから、早く乗って! 車内にはなんと、豪華特製・干し肉三種セットをご用意しておりまーす!」


「それ俺の昼飯だろうが!」


「お前の干し肉美味いんだわ。今度レシピ教えて」


「金取るぞ?」

「えー」


「そのガタイでえーとか言うな。気持ち悪い」


「ひどっ!」


「なんでこんなのがギルマスやってんだ………」


「うん!冒険者ギルド七不思議のひとつだ!」


「自分で言うな」


 三人は、言い合いながらも笑顔で馬車に乗り込んだ。


 リリアは最後に、窓から顔を出して家族に大きく手を振った。


「行ってきます――!」


 春風の中、馬車は笑い声とツッコミを乗せて、王都への道を走り出した。


 ……ちなみにそのあと、ゼランはしれっと二号ポーズとやらをやったが、誰にも気づかれなかった。






 リリアは窓から見える景色を、しばらく名残惜しそうに見つめていたが、ふと視線を落とし、小さく呟いた。


「……ロブさん」


「ん?」


「本当に……わたし、冒険者になれるでしょうか」


 その声はかすかに震えていた。


「初めての街で、知らない人たちと……ギルドの試験もあるって聞いたし。迷惑かけないかなって……」


 少しの間、馬車の中に静けさが落ちる。


 やがて口を開いたのはゼランだった。


「……その不安、持ってて正解だよ」


 いつもの軽口とは違う、低く落ち着いた声。


「新人冒険者のうち、一年以内にギルド登録が抹消されるのは全体の六割。そのうちの九割は、“死亡”によるものだ」


 リリアが息をのむ。隣でロブも黙って耳を傾けていた。


「甘い気持ちで生き残れる世界じゃない。だから不安を持つのは当然だ。むしろ、それを持たずに突っ込んでいくやつの方が危ない」


 ゼランはまっすぐ前を見据えたまま、言葉を続けた。


「でもな、恐れて、それでも前に進もうとする奴だけが生き残る。“覚悟があるか”って話だ。……その目を見りゃ、少なくとも、お前さんはまっすぐだと思う」


「……ゼランさん……」


 リリアの声がかすかに震えたとき、ロブが静かに口を開いた。


「俺が一人で村に行こうとした時のこと、覚えてるか?」


「え……」


「あの時、お前は自分もついて行くって言ったよな。殺されるかもしれないのに、勇気を振り絞って俺についてきた。あの時の強さがあれば大丈夫だ」


 リリアは目を見開き、ゆっくりとロブを見つめる。


「……でも、私、まだ何もできなくて……すぐ怖くなって……」


「それでも構わない」


 ロブはやわらかい目で、彼女に向かって言った。


「今できないことが、これからできるようになればいい。人は、そうやって変わっていく。だから、お前はそれでいい」


「……ロブさん……」


 リリアの目に、光が宿る。


 そして、しんみりした空気をぶち壊すように、ゼランが手を叩いた。


「はいはい! いい話終了〜〜!」


 いきなりの茶々に、ロブが顔をしかめる。


「なんだ」


「いや〜〜まさかロブの口から人は変われるとか聞けるとは思わなかった!昔から一番変わらない奴が!」


「やかましい」


「ついでに言うと今の流れ、感動してたリリアちゃんが“ロブさん……”って言ったところでぎゅっってハグしてくれたら最高だった!」


「するか!!」


「くっそぉ〜! ちょっとはサービス精神持てよ海老男!」


「うるせぇ黙れ!」


「ほらほらリリアちゃん、怖くなったら“師匠に抱きつけばOK”って覚えとこうな!」


「し、しませんよそんなこと……!」


 そんなやりとりが、笑い声とともに馬車に響く。


 リリアはその声を聞きながら、胸の不安が、少しずつほぐれていくのを感じていた。


 この旅のはじまりが、こんなふうに笑っていられること。

 それだけで、少しだけ勇気が湧いてくる。


 春の陽射しが、馬車の窓から差し込んでいた。


 それを浴びながら、リリアはそっとつぶやく。


「……がんばろう」


 旅は始まったばかり。

 少女と師匠、そしてうるさい元弟子を乗せて――





 夕暮れが、風に舞う砂埃と共に、赤く空を染めていた。


 荒廃した集落の一角。

 朽ちた屋敷の吹き抜けの間で、ガルドは片膝を立てて座りながら、魔道具の短槍を手入れしていた。

 風の精霊石を埋め込んだその槍は、彼の相棒とも言える存在だ。


 そこへ、足音も荒く部下が駆け込む。


「ガルド様! ヴォルフ隊との連絡が……途絶えました!」

「……ふむ」


 ガルドは鋭い視線を槍から上げる。

 澄んだ風のような瞳が、部下を射抜いた。


「最後の報告はいつだった?」

「三日前の出発の報告が最後です!その後、一切の連絡が……!」

「ふむ…………エリザからの連絡もなし、か」


 ガルドは短く息をつき、立ち上がる。

 その動きはしなやかで無駄がない。鍛え抜かれたしなやかな筋肉が、動きに合わせて滑らかに動く。


「ヴォルフがセイラン村の奴らにやられるとは思えん。……何者かが横槍を入れたと見るべきだな」


 風を読むかのように目を細め、窓の外を見やる。

 遠くの空に一陣の風が渦巻く。


「ガルド様、どうなさいますか」

「決まっているだろう」


 ガルドは涼やかな声で答えるが、その奥には燃えるような闘志が宿っていた。


「剣を交えるからこそ、相手の強さがわかる。正面から蹴散らすまでよ」


 腰の槍を軽く回すと、風が渦を巻いて吹き抜ける。

 それは、彼の戦いへの飽くなき渇望の現れだった。


「頭領に報告しておけ。紅竜団に牙を剥いた愚か者どもには、風を切り裂く我が刃でその命脈を断つ」

「はっ!」


 部下が身を震わせる。

 ガルドは、ふっと目を細めて笑った。


「たとえ悪党と呼ばれようとも……俺は誇りを持って戦う。正面から叩き潰すのが、武の道よ」


 最後にそう呟き、風を纏わせた槍を肩に担ぐ。

 背後の紅竜団の旗が、突風に煽られるように力強く翻った。


「用意しろ。風が鳴いている――戦いの時だ」


 沈みゆく陽が、風に霞みながら地平線に溶けていく。

 やがて来たる嵐を予感させるように、空は赤く染まり続けていた。






【リリアの妄想ノート】

今日はいよいよ村を出発の日!


なんだか胸がいっぱいで、ちょっとだけ泣きそうだったけど……お父さんもお母さんもお姉ちゃんも、みんな笑顔で送り出してくれたから、わたしも笑って行ってきますって言えたよ!


ロブさんと一緒に、きっと立派な冒険者になります。


ゼランさんは……えっと……ちょっと元気すぎるかもしれないけど! 

でも、楽しくて頼もしい人だなって思った!


冒険者ポーズ………なんだろう。

あれ見てると心がざわざわする………。


こっそり真似してみたらロブさんにバッチリ見られて、わたしより恥ずかしそうにしてた。


なんで?


王都はどんなところなんだろう? 早く行ってみたいなぁ。



【作者あとがき】

第1章、無事に完結です!

ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。リリアの旅は始まったばかりですが、すでにたくさんの出会いと成長がありました。

これから舞台は王都へ移り、さらに物語は動き出していきます。ロブとリリア、そしてゼランの珍道中(?)をぜひ楽しんでいただけると嬉しいです!


 また、新たな敵が現れます。不穏な空気が流れますが、彼はロブとどんな戦いを繰り広げるのか、こうご期待です。


 明日からは毎日21:30に更新しますので、引き続き応援よろしくお願いします!



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― 新着の感想 ―
リリアがロブさんを好きすぎるのが、心地よいですね! しかも二人は相思相愛であって♪♪ それと冒険者ポーズなどの細かな設定が、物語と登場人物を深めていて良いです。現地人の中二病設定、面白いです! しか…
第一章まで読ませていただきました。とても読み応えがあり、面白かったです! 最初は「海老男!?」というキャラクター名に、ギャグ強めなキャラなのかなと思っていたのですが、物語が進むにつれて、主人公のロ…
ここまで読みました! 主人公の能力、大本がエビのものとはとても思えないチートっぷりですね! 読んでいてそんなことまで出来るのかと何度も驚かされました!! たまたま受けた改造手術で不老不死になり、その…
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