第25話 海老男の弟子、決意を固める
「ロブさん、言われてた荷物の整理、終わりました!」
リリアは胸を張って、ロブに報告した。
言われていた瞑想もやり終えて、荷物もしっかりまとめた。任されたことをきちんとこなせた喜びが、身体の奥からじわじわと湧き上がってくる。
「おう、瞑想も終わったか?」
「はい!」
弾むように返事をして、リリアはぱたぱたと駆け寄る。
ようやく役に立てた気がして、胸が少しだけ誇らしくなった。自然と口元がほころぶ。
「……おいロブ」
声がして振り向くと、大柄な男が、じりじりとこちらへ詰め寄っていた。
「その子が、まさか……その、弟子……か?」
「……はい、わたしが弟子です!」
リリアが答えるより先に、ロブがあっさりと認める。
「うっそだろ……弟子って、弟子ってお前……」
男が目をぐりぐりこすっている。そんなに驚くことなのかな、とリリアは首を傾げた。
「え、荷物整理? 瞑想? え、ちょ、待て待て。それだけで修行終わりましたって言った!?」
「別にそれだけじゃない。飯を作って、道具を整備して、マントを洗って、寝床を確保して、敵の情報を調べて、俺の飲み水を汲んで――」
ロブがいつものように淡々と数え上げる。
「完全に下僕じゃねぇかぁぁぁぁ!!」
その大声に、リリアはぴくりと肩をすくめた。
「何言ってんだ。弟子の第一歩だろ」
「いや、ただの雑用係だろ!!」
「本人が満足してるからいいだろ」
リリアはこくんと頷く。
「俺の時は!? 俺の修行時代なんて、朝四時起きで滝に打たれ、昼は木刀で岩を割り、夜はモンスターの群れに放り込まれてたぞ!? それでも“まだまだ甘い”って言われたぞ!?」
「うん、それはやりすぎだったな。今思えば」
「いやいやいやいや、今思えば!? 今思えばって何!? あの地獄に意味なかったの!?」
「お前が生意気だったから余計に力が入っていたのは否めない」
「いや、それパワハラ!!」
男が喚き散らす横で、リリアはこっそりと微笑んだ。
会話は軽妙で、なんだか楽しそうですらある。ふたりのやりとりを見ていると、男がロブに対してとても信頼を置いているのがよくわかった。
「ありがとう、助かった。今日はもういいぞ」
「はい、ロブさん!」
元気よく返事をして、リリアは男に向かってぺこりとお辞儀した。
「こんにちは、リリア・エルメアです。ロブさんの……その、弟子です!」
男は、惚けたように言う。
「俺の……あの修行は……なんだったんだろうな……」
「おかげで強くなったろ?」
「お釣りが来るくらい酷かったっつってんだよ!!」
喚き散らす男に、リリアは不思議そうに小首を傾げた。
「えっと……その……ロブさんのお弟子さんだったんですか?」
「ま、まあ、そうだな。一応、な」
「じゃあ兄弟子さんですね! よろしくお願いします!」
ぱっと笑みを浮かべ、もう一度ぺこりと頭を下げる。
その瞬間だった。
「……あっ……」
男が口を開けたまま固まる。
まるで太陽に目が眩んだような顔で、呆然とリリアを見つめていた。
まっすぐで、何ひとつ曇りのない挨拶。
リリアはほんのり頬を染めながら、それでも心の中で決意を新たにする。
(わたしも、ロブさんの弟子として頑張らなきゃ……!)
男はしばらく呆けたあと、ぽつりと呟いた。
「この世界に……こんなピュアな子がいるなんてな……」
その言葉に、リリアはまたにっこりと笑って頭を下げるのだった。
「な、なんだこの爽やかさ……俺、今なら過去の自分を許せる気がする……」
「お前の過去に何があった」
ロブが淡々とツッコむと、男はハッと我に返る。
「おっと、いかんいかん。で、リリアちゃん。今さらだけど俺の名前はゼラン。ギルドでちょっと偉いやつやってる」
「ギルド……?」
リリアはぱちぱちと瞬きをしてから、素直に尋ねた。
「えっと、ギルドの方ってことは……ギルドマスターさん、とかですか?」
「うん、まあそんなところだな。正確には――統括本部のギルドマスター」
「…………えぇぇえええっ!?!?!?」
大声に、鳥が一斉に飛び立つ。
「と、統括本部!? 一番上の!? 本物のギルドの頂点の人!?」
「まぁ、たしかに俺より上はいないな」
「えっ、えっ、さっき普通に兄弟子さんとか呼んじゃいました!? えっ、めちゃくちゃ偉い人だったんですね!? ごめんなさい! すみませんでしたっ!」
「ちょっ、やめて!? 急にかしこまらないで!? 距離ができると俺、泣くから!」
ゼランが必死に手を振ってなだめる。
「俺のことはギルド界の清涼剤って覚えてくれよな? みんな癒されるんだからさ!」
「鏡見て言え。筋肉だるま」
「ひどっ!!」
リリアはあたふたしながら、再びゼランに頭を下げた。
「本当にすみません、偉い方だとは知らなくて……っ!」
「いやもういいって! むしろその素直さがいいのよ、うん。癒し。わかる? 師匠? 癒しって大事」
「お前は暑苦しいだけだ」
リリアは、ようやく落ち着きを取り戻してから、ふとロブの方へ顔を向ける。
「ところで、ロブさんって……おいくつなんですか?」
「唐突だな」
水を向けられ、ロブは苦笑する。
「いや、だって前から気になってたんです。三十年前に黒龍団と戦ったって言ってたし、その……ゼランさんは四十代………ですよね? 間違ってたらごめんなさい」
「大丈夫。合ってる」
ゼランが頷き、リリアは続ける。
「そのゼランさんの師匠ということは、ゼランさんより年上ってことですよね?」
「まあ、そうだな」
「それじゃあ何歳なんですか?」
その問いに、ロブは一拍置いて、少しばかり苦笑しながら答えた。
「百歳以上だとだけ言っておく」
「……っっ!? ひゃ、ひゃく……!?」
リリアは声もなく口をぱくぱくとさせた。
「百って……い、一世紀ですよ!? え、ロブさん、魔族とか……精霊とか……?」
「人間だ」
「に、人間で百歳って……あ、お肌つやつやすぎませんか!? え、魔法? 秘薬!?」
「ナノマ……いや、健康的な生活をしてるだけだ」
「ごまかしたな!? 今なんかごまかしましたよね!?」
ゼランがニヤニヤしながら肘でロブをつついた。
「まーたそうやってとぼけやがる。教えてやりゃあいいじゃねえか。リリアちゃんも知りたいよな?」
こくりとうなずく。
ゼランはどうもロブの過去を知っているようだった。
自分に教えてもらえないのを寂しく感じてしまう。
無意識に顔が曇ってしまっていたらしく、ロブは咳ばらいをひとつすると困った顔で苦笑した。
「後でちゃんと教えてやるよ。だが、今はその時じゃない」
「なんだよ勿体ぶって」
「こっちにも事情があるんだよ。それに、どうせ言うなら色々まとめて教えてやりたい」
「……まだ何か秘密があるんですか?」
「まあな」
「ロブさんてほんとに謎だらけなんですね」
リリアは今さらながら、ロブの底知れなさに言葉をなくした。
落ち着き払った口調。とても人間とは思えない戦闘技術。
そして、ギルドの頂点に立つ男にすら軽口を叩けるほどの存在感。
(……すごい。やっぱり、ロブさんはただ者じゃない)
この数日で何度もそう思ってきたはずだった。けれど、改めて知るその事実は、想像以上に重く――そして、どこか誇らしかった。
「……やっぱり、ロブさんって、すごい人だったんですね」
「すごくはない。ただ、少し長く生きてるだけだ」
ロブは淡々とそう答えたが、リリアは首を横に振った。
「いえ。わたしにとっては、あこがれの存在です」
その言葉に、ロブのまぶたがわずかに揺れた。
「だから、わたし……きっと強くなります。ロブさんの弟子として、ちゃんと胸を張れるくらいに。絶対に!」
ぎゅっと拳を握るリリアの表情は、いつになく凛としていた。
その宣言を聞いたロブは嬉しそうにリリアの頭を撫でた。
そして、リリアは後日、ロブに秘密を明かされるのだが、それが世界の常識を揺るがすものだとは思いもしなかった。
【リリアの妄想ノート】
ゼラン兄弟子さんって、ギルドの偉い方だったんですね!えへへ、なんだかお兄ちゃんみたいで頼もしいです!
でもそれよりロブさん、年齢ごまかしましたよね?絶対ごまかしましたよね!?
ナノマ……って何ですか!あと脱皮したら若返るって、もしかしてロブさん、本当にエビだったりしませんよね!?
わたしの師匠がエビ……ううん、それでもカッコいいです!たぶん!
【作者あとがき】
お読みいただきありがとうございます!
リリア視点で、彼女の決意とロブとの師弟関係をしっかり描けた回になりました。
最初渋く登場したゼランが後半で豹変しちゃいましたね。
普段は大人なのにロブといる時はああなっちゃうんですよ。
優秀なんですよ?多分。
まあ、ゼランの人格崩壊に関してはやりすぎかと思いながらも楽しく筆が進みました(笑)
次回はついに、リリアとロブが村を出発します。
いよいよ旅の始まりです。お楽しみに!
次回更新は【23:30】予定です!




