第19話 春風と魔石と弟子入り宣言
春の陽気が心地よい。
あれほどの惨劇があったとは思えないほど、空は澄みわたり、柔らかな光が村を包んでいた。
「これ、ここに置いていいか?」
「ああ、お願いします」
肩に担いだ木箱を降ろすロブに青年——ヒューゴはうなずいた。
木箱の中には採掘された魔石がぎっしり詰まっている。
村の復興作業が進む中で、ロブは黙々と働いていた。
最初こそ遠慮していた村人たちも、いまではすっかりロブを労働力の一人として扱っている。
この日は、火を免れた旧倉庫に荷物を運び込む作業中だった。
「よし、ここまでは終わったな」
ロブは積み上がった木箱に視線を走らせる。
ふと、箱のひとつを開き、ひときわ黒く光る魔石を取り出した。
「……いい石だな」
「わかりますか!」
ヒューゴが目を輝かせる。
「一年位前にこの近くの山で偶然見つかったものなんです。量はあまり採れてませんけど、質はいいんです。魔導公会にもそれなりの値で卸してますよ!」
「ちなみに……いくらで取引してる?」
ヒューゴが耳元で小声で囁いたその金額に、ロブの眉がわずかに吊り上がった。
「……だいぶ安く買いたたかれてるな」
「えっ……!? マジですか……?」
青ざめるヒューゴを横目に、ロブは魔石を光にかざす。
思ったとおりだ。魔素の密度、構造ともに王都なら三倍で取引される上物だった。
(こんな良質の魔石を扱っていながら……。紅竜団が狙った理由はこれだけじゃないな)
ロブの脳裏に、あの焦げ付いた村の光景がよぎる。
単なる盗賊団にしては、あまりに組織的だった。
加えて——
ロブは歩き、小屋の外に出ると村の外へ視線を送る。
望遠鏡を覗き見るイメージを紡ぐ。すると視線の先、山のふもとの岩肌がはっきりと目に入った。
何気ない地層のひとつ。しかし、ロブの魔力感知能力が告げていた。
(……あそこだ。間違いない)
風に乗ってかすかに感じる脈動。魔石とは違う、もっと底知れないエネルギー。
——MCC。かつて文明を滅ぼしかけたエネルギー鉱石。
紅竜団の目的は、恐らくこれだ。いや、背後にいる者たちの狙いか。
「ヒューゴ」
「は、はいっ!」
「王都にディアル商会ってのがある。代表のヴィルを紹介する。俺の古い知り合いだ」
「えっ……! それって……!」
「正当な値で買ってくれる。安心しろ」
ヒューゴは目を輝かせ、深々と頭を下げた。
(まずは資金だ。村を守るにも選択肢を増やすにも、金は要る)
視線を戻すと、ちょうどリリアが魔石の整理を手伝っている姿が目に入った。
手際よく魔石を選別し、その特徴を的確に言い当てている。
「これ、第二層の鉱脈の石ですよね。表面が光沢強めで、密度は……たぶん1.48くらい?」
「……っ」
ロブの目が細くなる。
そっと歩み寄り、リリアの様子を伺う。
魔石の価値はその大きさと魔力の密度によって決まる。
価値は7つのランクに分類され、ランクが一つ違うだけで取引される値段が大きく違うので、魔石の選定間違いは絶対に許されない。
だから、大きさと密度は精密な選定技術と器具が必要になる。
ところが彼女はノギスで魔石の寸法を測らず目分量で判断し、専用の魔力比重計も使わずに手指の感触で密度を感じ、次々にレベル分けされた箱の中に魔石を放り込んでいた。
他の大人達が慎重に一個一個測っているのに比べて桁違いのスピードで仕訳けている姿に密かに感心しながら、彼女が分けた箱の魔石を一つ摘み上げる。
「ロ、ロブさん?」
こちらに気付いたリリアが上ずった声を上げるのが聞こえた。
先ほどと同じように魔石をかざし精神を集中する。
(Analysis《解析》)
魔石に込められた魔力をロブの脳が読み取る。
―――魔力比、1.48
リリアが言っていた数字とぴったり合致する。
リリアの作業机に置いてあったノギスを拝借し、当てると大きさもリリアが入れていたB級相当だった。
「あの、間違ってました?」
不安そうにこちらを見上げるリリアに気付き、微笑みを返す。
「いや、ぴったりだ。優秀だな」
そう言うとリリアが照れた素振りを見せる。
「大きさはともかく、魔力密度はなんでわかった?」
「え?それは、魔石を触るとなんとなく温かい感じが伝わってきて、その感じが強いほどランクが高くなるので、それで判断してました。あっ、最初からそうじゃないですよ?最初はちゃんと比重計で魔力の密度を測って、手触りの感触を確かめて、覚えてからやりました」
早口で説明するリリアは怒られると思っていたのかもしれない。
彼女の説明を聞きながら隣に立っているヒューゴを見ると、彼はぽかんとした表情を浮かべていた。
「ヒューゴ、お前にできるか?」
「で、出来ませんよ!」
思わずといった風にまくしたてる。
「そりゃ熟練の選定士なら見て触るだけで分かるでしょうけど、セイラン村は魔石の採掘を始めたばかりでベテランと言える人はいません。皆だって触っただけで比重なんて分からないですよ。ねえ?」
同意を求められ、作業を止めてこちらのやり取りに注目していた者たちも一斉にうなずいた。
今度はリリアがぽかんとする番だった。
その光景にロブは苦笑し、リリアを見下ろす。
ヒューゴの言う通り、普通の人間には見ただけでわかるはずがない。しかも、あの口ぶりだとランクごとの比重の割合も完璧に記憶している。
(イメージ記憶の持ち主……魔素も感じ取ってるな)
ロブは確信した。
魔法適性。しかも、生まれつきの天才型だ。
紅竜団との戦いの時も、リリアはロブの魔力やヴォルフの闘気の高まりを感じているようだった。
本人は漠然とした感覚で捉えていたようだが、教えられてもいない魔力感知が自然にできていたのだ。
(高い記憶力と感知能力。こりゃ、ちゃんとした修業を積めば大物になるぞ)
彼女の秘められた才能に、ロブは密かに期待を膨らませる。
と同時に不安も感じていた。
そこでふと、視線を感じ、そちらを見るとリリアが不安そうな顔をしていた。
「怒ってるんじゃない。感心してるのさ。才能あるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、本当だ」
「やった。え、えへへへへへ………」
はにかむリリアだったが、何かを思い出したように慌ててロブから目を逸らした。
実は、ここ数日リリアの様子がおかしい。
こうやって直面すると慌てて顔を背けるのだ。
普通に会話はしてくれるのだが、目を合わせてくれない。
まあ、ロブにも原因は分かってはいたのだが。
(14歳の女の子にキスは重大な問題だよな)
夢から覚めて起き上がり際の事故のキス。
ロブからすればただの偶然の事故で済む話だが、そんなもの、思春期真っ只中の女の子からすれば意識して当然のことだろう。
姉のエレナからもニヤニヤと無言のメッセージを感じるし、このことをどうしたものか、考えあぐねていた。
思案しているとヒューゴの感心する声が聞こえた。
「リリアちゃんすごいね。君なら魔石の選定士になれるよ」
「そう、ですか?」
「うん、選定士は能力で給与が上がるからリリアちゃんなら高給取りになれるんじゃないかな」
「え!まじか!」
「じゃあ俺も選定士の資格取ろうかな」
「私も!」
野次馬をしていしていた村の連中が盛り上がる。
しかし、リリアはうーん、と考え込んでいる。
「あれ?選定士、なりたくないの?」
「私、将来はもう決めてるので」
「え、そうなの?なに?魔導士とか魔法使い?」
「いえ」
ヒューゴの質問に首を振り、はっきりと答えた。
「ロブさんに弟子入りして冒険者になります」
「「「「「え!?」」」」
意外な答えに、全員が驚きの声を上げる。
その中にはロブも含まれていた。
ロブの反応を意外と見たのか、リリアはまたきょとんとした顔でこちらを見ている。
ロブは意を決してリリアに向き合い、口を開く。
「リリア、話がある」
【リリアの妄想ノート】
弟子入りって、やっぱり勇気がいる決断だよね。
でも、私はもう迷わない。だって、ロブさんが褒めてくれたから!
えへへ、すごく嬉しかったなあ。
魔石の仕分けだって、村のみんなに驚かれるくらいできちゃったし、やっぱり私には何かあるのかもしれない。
そう思うと、もっともっとロブさんに認めてもらいたくなっちゃうよね。
それにしても、あの事故キス……。
思い出すと顔が熱くなるし、つい目をそらしちゃうけど、でも今はがんばるとき。
村を守る力を手に入れるんだ。ロブさんと一緒に。
次は、ちゃんと「弟子にしてください!」って胸を張って言えるように……よし、がんばる!
【作者あとがき】
読んでくださりありがとうございます。
第19話は、リリアの才能開花と、ロブとの師弟関係への第一歩を描きました。
日常の中にさりげなく伏線を入れつつ、二人の関係が一歩進む回になったかと思います。
リリアの弟子入り宣言は、彼女の成長を象徴する大事なシーンなので、丁寧に描きました。
事故キスの余韻もありつつ、ロブの大人な反応と、リリアの揺れる気持ちが、物語にほのかな温かさを加えていると感じています。
次回は、さらに二人の関係が進展する場面をお届けする予定です。
朝7時の更新を予定していますので、ぜひお楽しみに。
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