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第145話 剣に貴賎なし。海老男、弟子の勝利にほくそ笑む

 さて、初日のあれだ。

 怪談じみた魔物の武勇伝(?)をぶち上げ、教室の空気を冷やしきったロブは──もうすでに学舎内で「変わり者の珍獣」扱いにされていた。

 実戦での魔法の使い方、それも効率や生存率に直結する部分を教えるのが彼の仕事らしいが、この魔導学舎では「新しい魔法を生み出すことこそ至高」という風潮が骨の髄まで染みついている。

 実戦魔法なんて、古臭いし格好悪い──そんな空気だ。


 この時点で、ロブへの期待がどれくらいのものかは推して知るべし。

 だが本人は、そんなもの気にも留めず淡々と授業に臨む。むしろ、評価が低い方がやりやすいとでも言いたげな背中だった。


 二日目の今日は──高等部の剣術指南。

「いきなり魔法関係ないじゃん」と、リリアが聞けば間違いなくツッコミを入れるところだが、ちゃんと理由はある。


 魔導学舎の母体である魔導公会は、魔法にまつわる商業をほぼ独占している。

 魔法研究・開発から始まり、魔道具や魔石、魔法武具、魔法薬の製造販売、さらに戦闘や護衛任務に従事する魔導士や魔法使いの派遣まで──その守備範囲はやたら広い。

 中でも人材派遣はギルドや王国からの依頼が多く、危険な現場仕事も珍しくない。


 だから、いくら「魔法研究こそ花形」と軽んじられていても、現場に出る魔法使いの戦闘力向上は避けて通れない課題だ。

 ちなみに公会でいう“魔導士”は研究職、“魔法使い”は現場の実務職という分け方をする。


 必然的に、現場で戦う魔法使いには最低限の肉弾戦の技術が求められる。

 剣術クラスはそのために存在し、将来的には魔法剣士や魔剣といった魔法武具を扱う魔導戦士に育つことがほぼ決まっている。命懸けの職業ゆえ、そこに配属されるのは平民出身者が大半だ。


 ゆえに──貴族が幅を利かせる学舎内では、彼らは底辺扱いされる。


 そんなクラスに、ロブは今日、高等部一年生の剣術科目に特別講師として顔を出していた──と言っても、今回は少し趣が違う。


 相手はエドガーの所属する剣術クラスだけではない。王族や大貴族の子息が揃う花形コース──魔導第一席級プライマリークラスとの合同授業だ。

 普段は魔法理論や研究に没頭している彼らが剣を握る機会など滅多にないが、合同となれば話は別。

 中でも、学舎きっての有名人である第一王子もこの場に立つことになり、剣術クラスの生徒たちには妙な緊張と闘志が入り混じった空気が漂っていた。


 ロブは木剣が打ち合う音を聞きながら、演習場の端に立っていた。

 剣術クラスの少年と、魔導第一席級プライマリークラスの貴族生徒が対峙している。


 一見すれば熱戦だ。だが、ロブの目には甘さしか映らない。

 剣術クラスの少年は、踏み込みも間合いも申し分ない。だが、決定打のたびに妙に腰が引ける。

 対する貴族の生徒は、へらへらと笑いながら木剣を振るう。防御も攻撃も雑だが、相手が本気を出していないせいで形になっている。


 ──実力は明らかに剣術クラスの方が上だ。

 それでも、平民は貴族に泥を塗らない──そんな暗黙の了解が、この場の空気にべったりと貼りついている。


「……これでいいのか」

 ロブは隣の男に問いかけた。剣術クラス担当の教師、ラークだ。三十代半ば、日に焼けた顔に苦い色を浮かべる。

「……あまり波風は立てたくないんですよ」

 短くそう答えた声には、諦めが混じっていた。彼も平民出身だ。立場を思えば無理もない。


 ふと視線を動かせば、反対側で腕を組む魔導第一席級プライマリークラスの教師がいた。サイラード──細身の若い男で、服の仕立てからして金の匂いがする。

 彼は口を開かず、ただ視線だけで剣術クラスの少年に「わきまえろ」と命じていた。


 ロブは小さく息を吐き、ぼそりとつぶやいた。

「……気に入らんな」


「何が気に入らないのですか、イングラッド先生」

 背後から静かな声が落ちてきた。振り向けば、いつの間にかフローラが立っていた。金の飾りを控えめにあしらった教師服のまま、腕を組んでこちらを見ている。

「……何故ここに?」

「見学ですよ。あなたが余計なことをしないか、気になりまして」

 澄ました声と冷たい視線。昨日からずっと、彼女の中でロブは“要注意人物”というラベルを貼られているらしい。

「俺は何もしないよ。貴族が平民にでかい顔してるのは、四千年前から変わらんしな」

 軽口のつもりだったが、フローラは質の悪い冗談と受け取ったのか、眉をひそめる。

「……」

「俺は何もしない。ただ、貴族様の権威が通じない男が生徒にいるからな」

 ロブがふっと笑みを浮かべ、顎で示した先――そこでは、エドガーとレオニスが向かい合っていた。


 木剣を構える二人の間に、緊張が張り詰めていた。

 エドガーは真っ直ぐな眼差しで相手を見据え、余計な言葉も表情も挟まない。対するレオニスは、王族らしい余裕を崩さず、薄く笑みを浮かべていた。

「……やっぱり王子殿下が相手ですか」

 フローラの声色には、わずかに誇らしげな響きが混じる。

「レオニス・アルトリア。王都で剣と魔法、両方の才を認められた第一王子です」

 淡々と説明するが、その瞳は弟子を見守る師のようでもあった。

 ロブは木剣の先端から足の運びまで、一切目を逸らさず観察する。

「面白い組み合わせだな」

「……余計な口出しは無用です」

「分かってるさ」

 そう答えながらも、ロブの視線は戦いの始まりを待ち続けていた。

 やがてラークが一歩前に出て、試合開始の合図を放つ――。


 開始の合図と同時に、二人の足が床を蹴った。

 レオニスは大きく踏み込み、王族らしい型通りの鋭い一撃を繰り出す。速さも力も申し分ない。だが、エドガーは一歩も退かず、刃を受け止めた瞬間に半歩ずらし、力をいなす。

 乾いた木剣の衝突音が響き、観客の息が止まる。

「ほう……やるな」

 王子の口元がわずかに緩む。その目が本気の色を帯びた。

 二撃、三撃と続く連打。エドガーは全てを正面から受けず、受け流しとカウンターで応じる。

 剣術クラスの生徒たちは固唾を呑んで見守り、魔導第一席級プライマリークラスの貴族たちは顔を引きつらせていた。

 フローラも黙ってはいられず、視線を鋭くする。

「……彼、本気で殿下と渡り合っている」

「渡り合う? まだ余裕があるように見えるがな」

 ロブは腕を組み、静かに呟く。

 その時、レオニスの木剣がわずかに軌道を変え、力を乗せた斜め斬りが迫る。

 エドガーは一瞬も迷わず、踏み込み返して受け止めた。二人の木剣が軋み、床板がきしむほどの圧力が走る――。


 押し合う木剣から伝わる力は互角。だが次の瞬間、エドガーがほんの僅かに剣を滑らせ、レオニスの力を外へ逃がす。

 体勢を崩された王子の脇腹に、木剣の切っ先が吸い込まれるように止まった。

「そこまで!」

 ラークの制止が響き、場内の空気が一気に弛緩する。

 レオニスはわずかに息を吐き、崩れた姿勢を正した。

「見事だ、エドガー。……まさかこの場で、ここまでやる者がいるとは」

 その声音に怒気はなく、むしろ愉快そうな響きが混じっていた。

 エドガーは礼をしつつも、余計な言葉は付けない。

 沈黙のまま戻るその背中を、ロブは満足げに目で追った。

「……あれが、貴族様の権威が通じない男ってわけね」

 フローラの視線が横に流れる。

 ロブは肩をすくめただけで答えた。

 その横顔は、いつになく口元が緩んでいた。


  ロブは歩き出し、場を離れようとするレオニスとすれ違いざまに、低く吐き捨てるように言った。

「本気で戦って負けて、悔しいようだな」

 足が止まる。レオニスは振り向かず、唇を強く噛みしめた。わずかな沈黙のあと、そのまま背を向けて歩き去っていく。


 ロブはその背を見送り、演習場の中央へと進み出る。

 鋭い視線を巡らせ、魔導第一席級プライマリークラスの中から五人の貴族生徒を指で示した。

「お前ら、全員だ。俺と戦え」

 ざわめきが走る。


「実戦じゃ、一人で複数を相手にしなきゃならん場面もある。今日は、その対処法を教えてやる」

 淡々と告げたその声に、場の空気が一瞬で張り詰めた。生徒たちの喉がごくりと鳴る音さえ聞こえ、誰もが次に起こる光景を想像して息を呑んだ。











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