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第百四十四話 教室を支配した沈黙と、戦場の現実

ロブが壇上から降り、教員の待機席に戻る。

そこへ三人の教師が歩み寄ってきた。


一人は眼鏡をかけた赤茶の髪の若い男。

昨日、ロブ達を出迎えてくれたリオネルだ。


もう一人は黒髪をきっちり後ろでまとめた薄緑の瞳の女性。

年齢は二十代後半ほど。

こちらを品定めするような鋭い眼差しを向けてくる。


最後の一人は白髪に白い髭を蓄えた老紳士。

白いローブを纏い、まさに魔導士然とした人物だった。


ロブは三人を見据え、値踏みするように軽く頭を下げた。

「これからお世話になります」


昨日すでに挨拶は済ませてあるが、改めて言葉を添える。

余計な波風は立てたくない。


リオネルが一礼して返す。

「こちらこそよろしくお願いします、イングラッド先生。ギルドの方の冒険譚を聞くのが楽しみです」


お世辞でも皮肉でもない。

本気の言葉を、柔和な笑顔で伝えてくる。


隣の女教師が、背筋をまっすぐに伸ばしたまま涼しい顔で口を開いた。

確か、フローラと言ったはずだ。


「今日から私があなたのサポートにつきます。分からないことは私かリオネルに聞いてください」


「わかりました。フローラ……先生とお呼びしても?」


「ラクナグルです。フローラ・ラクナグル」


「わかりました。ラクナグル先生。改めてよろしく」


ロブが右手を差し出す。

だが、彼女は一瞥して顔を背けた。


ロブは一瞬だけ目を細めたが、それ以上は何も言わず手を下ろす。


最後に白髪の老紳士が一歩前に出た。

教師長を務める、キリンガ・マークウェルだ。


「なかなかの挨拶でしたな。生徒達に、新しい風を吹き込んでくれることを期待しておりますぞ」


白いひげの間から、柔らかな声が漏れる。

白い眉の下の錆色の瞳も、穏やかに細められていた。


教師陣のささやかな挨拶が終わった所で、集会は教頭の閉会の挨拶で締めくくられた。

講堂を出ると、ひんやりとした廊下の空気が肌に触れる。

フローラは一定の距離を保ち、足音だけが石床に小さく響いていた。


「……あらかじめ言っておきますが、私はあなたと親しくするつもりはありません」

視線は前を向いたまま、抑揚のない声。


ロブは眉ひとつ動かさない。

「別に構わん」


「この学舎の生徒は、将来の魔導公会を支える大事な人材です。あなたの言動ひとつが、彼らの価値を損ねることになりかねません」


歩みを止めずに、フローラは横目でロブの反応を探る。

「ですから、無用な挑発や反感を買うような振る舞いは、控えていただきたい」


「……まあ、俺は戦場で生き残る方法を教えるだけだ。耳を塞ぐやつまで守る気はない」


その返しに、フローラの眉がわずかに動く。

「だから困るのです。彼らは兵士でも傭兵でもない。魔導公会にとって有益な人材――それが第一条件ですから」


ロブは小さく鼻を鳴らした。

「生きて帰らなきゃ、有益も何もないだろう」


一瞬だけ沈黙が落ちる。

フローラは何も言い返さず、再び前を向く。

やがて教室の前で立ち止まり、淡々と告げた。


「こちらです」


涼しい声に促され、扉を開ける。


教室の中には、リリア、フィリア、アトラ、ファルク、そしてエレシアの姿があった。

全員の視線が、一斉にロブへ集まる。


フローラが教壇の横に立ち、軽く腕を組む。

「皆さん。今日からこの学年の戦闘実技を担当していただく、ロブスウェル・イングラッド先生です」

淡々とした声だが、ほんのわずかに探るような間があった。


それからロブへ視線を向ける。

「では、先生。自己紹介をお願いします」


ロブは教壇に立ち、軽く息を整える。

「冒険者ギルドの冒険者、ロブスウェル・イングラッドだ。階級は銀獅子、Bクラスだな。俺がお前らに教えことは、戦場で生き残るために必要なことだ」

短く、無駄のない言葉。


教室内の視線がロブに集まっていた。

その空気を破るように、後方から乾いた鼻笑いが響く。

椅子にふんぞり返る金髪の少年が、冷ややかな笑みを浮かべ、わざとらしく口を開く。


「戦場ですって? ここは学舎ですよ、先生。剣や槍を振り回すより、魔導理論を学んだ方がよほど有益じゃありませんか」


あからさまな挑発。

フローラが素早く視線を走らせ、鋭い声で名を呼ぶ。


「ジュリアン・クレイブ」


教室の空気が一瞬で張り詰めた。

「失礼ですよ。先生はこの学年の戦闘実技を任された方です」


ロブはわずかに肩をすくめる。

「いや、別に気にしてない」

その声音は本当に何も感じていないかのようで、挑発した少年の方が一瞬言葉を詰まらせた。


ロブは視線だけをジュリアンと呼ばれた生徒に向けた。

「なら、お前はずっと教室の中にいろ。外に出るなよ」


一瞬、空気が止まった。

生徒の笑みが固まり、周囲から小さな笑い声が漏れる。


ジュリアンの顔が紅潮し、悔しそうに口を引き結ぶのが見えた。


それを見ていた弟子達の反応と言えば、


アトラは机に肘をつき、にやにやとロブを見ている。

リリアは苦笑いを浮かべ、

フィリアは椅子にもたれ先行きを見守り、


予想していた展開に特に心配そうな雰囲気はなかった。

一方で、弟子ではないファルクは目を輝かせ、

エレシアは眉を寄せていた。


ロブは教壇の前に腰を下ろさず、そのまま立ったまま話を始めた。

「今日の授業は座学だ。教科書はいらん。俺の話を聞け」


ざわめきが再び広がる。

フローラは一瞬だけ眉を上げたが、止める気配はない。


「まず覚えておけ。魔物に遭遇したら――逃げろ」


短い一言に、生徒たちがぽかんとする。

「戦えじゃないのか?」という声があちこちから漏れた。


ロブは首を横に振った。

「不必要に戦うな。逃げられるなら全力で逃げろ。それが一番生存率が高い。戦うのは、逃げられないと判断した時だけだ」


すると、先ほど挑発してきたジュリアンが、仕返しとばかりにまたも鼻で笑った。

「そんな腰抜けの授業、受ける価値ありますかね」

すると、数人の生徒も同調するようにクスクス笑いだす。


フローラが口を開きかけた、その瞬間――


ドンッ!


ロブの掌が机を叩き、教室全体が揺れた気がした。

その衝撃音に、生徒たちは一斉に息を呑む。


「驚いただろう?」

ロブの声は低く、だが教室の隅々まで届く。

「魔物は人間を獲物としか思っていない。遭遇したら、まず間違いなく襲ってくると思え。今の俺みたいに注目を集めた瞬間、背後から別の個体に襲われるなんてのは日常茶飯事だ。あいつらも頭を使う。人間の方が利口だなんて思い上がるな。その慢心が命を奪う」


静まり返った中、ロブはさらに続ける。

「実際、中堅の冒険者が死ぬ原因の多くは、格下だと侮った魔物に殺されるケースだ」


そこから話は、狡猾な魔物の事例へ移った。

ロブは教壇から生徒たちを見回し、声を落として語り出した。

「たとえば──ゴブリンだ。あいつらは一匹一匹なら大した脅威じゃない。だが群れになると話は別だ。仲間同士で声を掛け合い、狙いを定めた獲物を一斉に囲い込む。逃げ場をなくしてから襲いかかるのが常套手段だ」

淡々とした口調だが、ひとつひとつの言葉が重く響く。

「素手で人間を組み伏せ、骨が折れるまで殴り、蹴り、牙で噛みちぎる。男はその場で殺され、食われることもある。女は……生きたまま弄び物にされる。泣こうが喚こうが、群れ全員の欲を満たすまで終わらない」

ロブは視線を逸らさず続けた。

「一度捕まれば、助かる見込みはほとんどない。だからこそ、雑魚だと油断して接近するな。見つけたら真っ先に逃げろ。それが生き残るための最善策だ」


その臨場感あふれる描写に、生徒たちの顔色が一気に青ざめていく。

椅子の背もたれに沈み込み、息を呑む者。目を伏せ、手を強く握りしめる者。小さく喉を鳴らし、今にも吐き気を催しそうに唇を噛む者もいた。

教室全体に、さっきまでの軽口や笑いが嘘のように消え、湿った緊張だけがじわりと広がっていく。


リリアはやれやれといった顔をし呆れている。


アトラは

「おお、ゴブリンどももずる賢いからのう。不味いし素材にも使えるものが少ないから冒険者としても旨味が少ないんじゃよなあ」


と笑いながら言うが、幸いそれを聞いているのはリリアとフィリアだけだった。


そのフィリアといえば周囲の反応に、机に突っ伏して笑いをこらえている。


ファルクとエレシアは、他の生徒と青い顔で、がたがた震えていた。


「こういう雑魚と呼ばれる相手でも油断するな。むしろ見つけたら真っ先に逃げろ。いいな」


ロブが言い切った時、教室はまるで葬式のような静けさに包まれた。


「どうした?」


本気で不思議そうに首を傾げるロブ。


フローラが咳払いをし、苦い顔で口を開いた。

「……生徒はまだ未成熟です。そういう生々しい話は、今後は控えてください」


ロブはやりすぎたかと心の中で少しだけ反省した。


だが、その日の放課後には──

「もっと怖い魔物の話をしてほしい」と、生徒たちから要望が相次ぎ、教師陣が頭を抱えることになるのだった。

【リリアの妄想ノート】

ロブさん、初日から全力すぎます。

あの机を叩く音、教室中の空気が一瞬で凍りました。

ゴブリンの話なんて、あんな生々しい描写……

正直、私もちょっと背中がゾクッとしました。


でも、生き残るための言葉なんだってわかってます。

……ああいうところ、やっぱり格好いい。

戦場の現実を知ってる人の言葉は、重さが違います。


感想とブクマで、この静けさと衝撃を共有してください!



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