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第百四十三話 王子と剣士、火花と微笑と舞台挨拶

 レオニスとエドガーの視線が、静かにぶつかり合った。

 その瞬間、リリアは息を呑む。自然と視線がエドガーへ向かった。


 ――恐らく、彼はセラフィナを特別に想っている。

 口にしたことはなくても、特待生という肩書きを投げ捨て、何の見返りも求めずに彼女の退学に同行した。その行動こそが、彼の気持ちの証明だとリリアは感じていた。


 一方で、セラフィナにとってエドガーは、長らく「傍にいて当然の存在」だったはずだ。だが、彼への胸の内に自覚が芽生えた今は――どうなのだろう。

 一時は揺らいでいた魔法の集中力も、今はすっかり戻っている。

 それはきっと、彼女なりに心の整理がつき、答えを見つけたからに違いない。


 そこまで考えた時、レオニスがふとこちらへ向き直った。

 青い瞳がわずかに細まり、穏やかな光を帯びる。


「君たちが今日から編入する冒険者だね。話は聞いている」


 低く澄んだ声が、耳に心地よく響く。整った顔立ちと相まって、聞く者を自然と惹きつける力があった。


「ようこそ、魔導学舎へ。ここは全ての者を魔法の名の下に平等に扱う学び舎だ。生徒会長として、歓迎する」


 言葉の端々に、為政者の風格と包容力が同居している。

 次の瞬間、彼は王子でありながらためらいもなく片膝を突き、リリア、フィリア、アトラへ紳士の礼を捧げた。


「美しい淑女の皆さん。良き学園生活を」


 完璧な所作。柔らかな微笑み。

 そのまま立ち上がると、躊躇いのない動きで踵を返し、校舎へ向かう。

 背筋を伸ばして歩く姿は、ただの生徒会長ではなく、舞台の中央を進む主役のように絵になっていた。


 フィリアは半眼のままぼそりと言った。

「……なに、あの気障な女ったらし」


「ほう、淑女とは見る目があるのう」

 アトラの方はご満悦で頷く。


「あれが本物の王子様。カッコいいですね!」

 ファルクは目をキラキラさせ、素直すぎる感想を口にする。


「あの王子、一年生じゃなかったのか? それで生徒会長やってんのか?」

 疑問を投げたのはカイだった。


「魔導学舎の生徒会長は学年を問わず立候補できる。レオニス殿下は中等部に入った瞬間、生徒会長になった。圧倒的な得票率とカリスマで高等部の先輩を引きずり下ろしてな。優秀だから続投に文句を言う者もいない」

 淡々と答えるエドガー。だが、その声には妙に感情がなかった。いつもの彼らしくない、とリリアは感じる。


 微妙な空気が漂う中、ただ一人──


「はわわわわ……レオニス殿下が、私の間近に降臨なさるなんて……! 今日で私が積んできた徳は全部使い果たしたのでしょうか……」


 感動のあまり咽び、手を合わせているセラフィナ。

 ……この少女を守るために始まったはずの学園生活は、初日から予想外の方向へ舵を切り始めていた。




 そして、臨時の全校集会が始まった。

 校庭に整列した千人近い生徒を見下ろし、壇上のリリアは軽く目を回す。


(……人、多っ。ほんとにやってけるの、私)


 そんな不安をよそに、進行は粛々と進む。

 教頭が一歩前に出て、リリアたちを紹介した。


「彼らが、冒険者ギルドより我が魔導学舎に勉学のため派遣された若き冒険者の方々です。諸君と同年代ですが、魔物との戦いも経験し、実戦における魔法技術は学ぶべき点も多いでしょう。皆で切磋琢磨するように」


 ……まあ、教科書通りの無難なスピーチだ。

 だが、壇上から見下ろすと、生徒たちの視線には露骨な蔑みや好奇が混ざり、あちこちでひそひそ話が飛び交っているのが見えた。


 明らかに歓迎ムードではない。


(でも、イケメンには弱いのよね。あと美人にも)


 やっかみ半分の毒づきが頭をよぎる。

 ……もっとも、“美人”の中に自分をカウントしていないあたりが、リリアの妙に現実的なところだった。


「そして、こちらの二人は知っている者も多いだろう。勉強のため冒険者ギルドへ赴き、交換留学の期間を終えて帰ってきた、セラフィナ・ルクスリエル君とエドガー・ヴァレンタイン君だ。再び諸君と学びを共にすることになった。互いに研鑽するように」


 教頭の言葉に、リリアは小さく首をかしげた。


(……留学? あれって自主退学じゃなかったっけ)


 次の瞬間、頭の中に聞き慣れた声が響く。


『建前ですわ。学長の娘であるわたくしが自主退学して、しかも見下していた冒険者ギルドに渡ったのですもの。体面を保つために、ギルドと口裏を合わせたのでしょう』


『セラフィナさん?』


 顔には出さず、ポケットの中の通信用魔石の微かな魔力を確かめる。ロブにもらったものだ。


『今回お師匠様やリリアさんたちがすんなり学舎に入れたのも、この条件あってこそですわ。かねてからギルド側が提案していた交換留学を、変則的に実現させた形です。実質は“出戻りに冒険者が着いてきた”だけですが、正式に書面も交わされましたし、これで前例ができましたわ』


『……ゼラン統括の思惑通りってこと?』

 フィリアの声が横から割り込む。


『そういうことですわね』


『ほう、やるではないか。あの鼻たれ坊主』

 アトラは満足げに笑った。


 そこへ、低く落ち着いた声が割り込んだ。


『その辺の政治はゼランとライゼに任せとけ。お前らはエレシアの護衛と、自分の研鑽だけ考えろ』


 短く、濁りのない言い方だった。

 他のことは全部俺がやる──そう言外に告げる響きがあった。

 その一言で、リリアの胸の奥にあった硬い塊が、ほんの少しだけほどける。


「そして、特別講師を紹介する。冒険者ギルド銀獅子の称号を持つ冒険者、ロブスウェル・イングラッド先生だ。ロブスウェル先生。前へ」

 教頭の促しに、ロブがゆっくりと壇上へ歩み出る。

 黒髪に黒い上着、黒いマント──リリアたちには見慣れた格好だが、学舎の生徒たちには異質に映るのか、ざわつきが一段階強まった。

 ロブは一切気に留めず、壇上中央で足を止める。


「……ロブスウェル・イングラッドだ。俺は冒険者だ」

 淡々とした低い声が、広い校庭にすっと落ちる。

「教壇に立つのは慣れちゃいないが、魔物とやり合ってきた経験なら山ほどある。実戦で通用する戦い方を、お前たちに叩き込むつもりだ」

 無駄な笑みも飾りもなく、視線を左右に巡らせる。

「学舎で学べることと、外でしか学べないことは違う。俺が持ってるのは後者だ。必要だと思うなら、ついて来い」


 言い終えると同時に、ロブは踵を返し、また教頭の横に戻っていった。

 壇上に残されたのは、言葉よりも濃い圧と、場を支配する沈黙だけだった。


 ロブが壇を降りた直後、教頭が一歩前へ出た。

「続いて、学舎長より一言いただく」

 壇の奥から現れたのは、白髪混じりの金髪を後ろに撫でつけ、濃紺のローブを纏った長身の紳士──セラフィナの父、ハーグレイブ・ルクスリエルだ。

 その姿に、壇下の生徒たちが一斉に背筋を伸ばす。


 低く落ち着いた声が講堂に響く。

「本日から、諸君は新たな仲間と共に学ぶことになる。立場や経歴の違いに囚われず、互いに切磋琢磨してほしい。それが諸君自身の成長にも、この学舎の未来にも繋がる」


 表向きは穏やかで公正な言葉。

 しかし、列のあちこちから、冷ややかな視線や値踏みするような目が突き刺さってくる。

 中には、唇の端をわずかに歪める者もいた。


「以上だ。解散」

 その一声で全校集会は締めくくられ、椅子が引かれる音と共に、生徒たちが動き出す。

 新たな生活の場へと足を踏み入れたはずなのに、その空気は早くも重く、張り詰めていた。




【リリアの妄想ノート】


あのレオニス殿下、やっぱり只者じゃないです。

エドガーさんと視線を交わした瞬間の、あの静かな火花……

私、横で息を呑むしかありませんでした。

セラフィナさんの婚約者で、生徒会長で、王子様。

なのに、あんな完璧な紳士の礼までされちゃったら――

そりゃあ女子は目がハートになりますよ。

……いや、男子もかな?


でも、一番印象に残ったのはロブさんの挨拶。

飾りもお世辞もなく、「必要だと思うなら、ついて来い」って。

それだけで胸の中のモヤが少し晴れた気がしました。

……うん、やっぱり私、この人の弟子でよかった。


感想とブクマで、この火花と微笑の初日を一緒に見届けてください!

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