第百四十一話 最強の竜巫女様、信者爆誕!?学舎初日から波乱万丈
朝。
リリアは、寮のベッドの上で静かに目を開けた。
淡い陽射しが窓越しに差し込み、石造りの天井に微かな光のゆらぎを描いている。いつもの村の朝とは違う、ちょっぴり背筋が伸びる匂いのする空間。ここが学舎での新しい生活の始まりだと思うと、自然と胸が高鳴った。
ごそり、と身を起こして着替えを始めたところで、背後のベッドから布がはらりと揺れた。
「……ん……」
か細い声とともに、エレシアがむくりと起き上がる。寝癖がひと房だけ跳ねていたが、整った顔立ちに似合わず、どこかぬけた雰囲気がある。
「おはようございます、エレシアさん」
「ふわぁ……おはようございます、リリアさん……」
互いに挨拶を交わし、身支度を整える。
朝の空気はどこか緊張感に満ちていたが、それでも二人で並んで食堂へと向かい、軽い朝食を摂っているうちに、少しずつ肩の力も抜けていく。
そして制服へ着替え、寮のロビーに出たところで――
「あ、いた」
軽く手を上げて歩み寄ってきたのは、セラフィナ、フィリア、アトラの三人だった。
エレシアと並んだまま、リリアは思わず三人の姿に目を奪われる。
朝の陽光を受けて、彼女たちはまるで舞台に立つ女神のようだった。
金髪を丁寧に編み上げ、気品のある微笑を浮かべるセラフィナ。
エメラルドグリーンの瞳が宝石のように輝き、制服のラインすら淑女のドレスのように見えてしまう。
銀色の長髪に、涼しげな薄紫の瞳をたたえたフィリアは、無駄のないスラリとした肢体に、自然と目を引きつける気品があった。
立っているだけで、風景に“線”が生まれるような、そんな存在感だ。
そして――
黒髪に緑がかった金の瞳を持つ、小柄で豊かな胸元のアトラは、制服の上からでも分かる破壊力で、目を奪うどころか強制的に記憶に焼き付けてくる。
三人とも、まるで“世界が作り込んだ美少女”というべき完成度。
街で見かければ確実に振り返られる。集団で歩けば通行人が道を空けるレベルだ。
……いや、待って。これ、私たち、並んで歩いていいんですか?
リリアはそんなことを思いながら、ちらりと横を見る。
すると、エレシアもまた、目を潤ませていた。いや、正確には――
「セラフィナ様ぁ……今日も……尊い……!」
震える声でそんなことを呟いていた。
「さあ、参りましょうか」
セラフィナが一歩前に出ると、朝の光を背に浴び、制服の裾をふわりと揺らした。
「リリアさんとフィリアさん、そしてアトラ様にとっては学園生活の初日。他の生徒に負けぬよう、研鑽を積んでまいりましょう」
完璧な淑女の微笑み。まるで学園ポスターにそのまま採用できそうな決め台詞。
が――その隣ではアトラが大あくびをかましていた。
「ふぁ〜あ……まだ眠いのぉ。昨日、わくわくして眠れんかったんじゃ」
緊張と期待の第一声がこれである。リリアは苦笑しつつ、横のフィリアに声をかける。
「フィリアさんは眠れました? 私、ちょっと緊張しちゃって、なかなか寝つけなくて……」
「当たり前よ。朝までぐっすり」
即答である。間も迷いもゼロ。逆にすがすがしい。
だがそのすぐ横で、セラフィナがくすりと笑った。
「その割に、ベッドでごそごそと何度も寝返りを打っていらっしゃいましたけど」
「…………うるさいわね。それを見てたあんたも眠れなかったってことでしょうが」
「わ、わたくしは……今日一日を素晴らしい一日にするために、寝ながら瞑想していただけですわ」
妙に滑舌の良い言い訳だった。だが視線が泳いでいる。
リリアはそのやり取りを聞きながら、ふと気づく。
――ああ、みんなも、緊張してたんだ。
そう思うと、肩の力がすっと抜けた。
自然と笑みがこぼれ、声に出る。
「皆さん、頑張りましょうね」
その言葉に、セラフィナが一度だけ小さく頷き、フィリアはふん、と鼻を鳴らしつつも目元を緩めた。
アトラはあくびの続きで伸びをしながら、「おう!」と大きく答えた。
「ほ、ほんとうに……私が皆さんと一緒に登校してよろしいのですか……?」
エレシアが遠慮がちに、けれど目をきらきらさせながら尋ねてきた。
背筋はきっちり伸びているのに、心だけは小動物のように縮こまっている。
そんな彼女に、セラフィナは柔らかく微笑みかける。
「もちろんですわ。わたくし達は同じ学び舎で学ぶ学友。そこに上も下もありませんわ。それにリリアさんの同室ですもの。仲良くさせてくださいな」
――その笑顔は、女神級。もしくは推しの微笑み限定グッズ。
エレシアは一瞬で崩れ落ちそうになる。
「ああ……美しく、魔法の才にも優れていながら……心さえも気高く、美しい……尊い……!」
「エレシアさん、よだれ」
リリアがそっと指摘した。
「のわっ! お目汚しを! 申し訳ございませんっ!」
エレシアは慌ててハンカチを取り出し、顔面をごしごし拭き始めた。なぜか耳まで拭いている。
その様子に、フィリアが半眼で呟く。
「朝から騒がしいわね……一日持つのかしら」
たしかにこのテンションで丸一日保ったら、命の危機が来るかもしれない。
そんな中で、ふとリリアが首を傾げた。
「ところで、アトラ様は……同室の人と仲良くなれそうですか?」
「おお、あやつは会った瞬間から儂の信奉者になりおったぞ。今朝も儂を見るなり『眼福眼福……』と手を合わせて拝んでおった」
「……またダボシャツ一枚でうろついてたんじゃないでしょうね」
リリアの声にピシリと棘が走った。視線もにわかに鋭くなる。
「へ? 部屋でくらい、よいではないか。パンツはちゃんと履いとるぞ?」
「常識です!」
リリアのツッコミが炸裂した。
制服の裾を押さえながら、アトラはそろりと後ずさる。
すっかりリリアに頭が上がらなくなった様子だ。
「あの……」
歩き出した矢先、エレシアがおずおずと口を開いた。視線はアトラに向いているが、どこか遠巻きに扱っているような間合いだ。
「アトラ……様?は、他種族の方なのですか? 皆さん“様”付で呼んでいらっしゃいますけど……高貴な立場の方で……」
言葉を選びながら、恐る恐る口にする。リリアたちのアトラに対する接し方を見て、自分はどう振る舞えばよいか判断に迷っている様子だった。
するとアトラは、指を一本ぴっと立てて言った。
「うん? 儂はドラゴンじゃ」
「ぶっ!?」
一斉に吹き出す三人。リリア、セラフィナ、フィリア、見事にハモる。
「ど、ドラゴン……?」
エレシアの瞳が、点になる。思考停止というやつだ。
「アトラ様ぁぁぁぁぁぁっ!?」
叫び声とともに、リリアが制服の襟をがしっと掴んでアトラに詰め寄った。
「ちょ、なに堂々と言っちゃってるんですか!?」
「よいではないか。ロブも口止めせんかったし。こやつが魔導公会の犬じゃったら、餌でも振りまいておけば尻尾を出すじゃろう?」
まるで猫があくびするような調子で、アトラはぬけぬけと言う。
「だからといって、こうもあっさりうそぶいていては、学舎内で内情を探ることもできなくなりますわ!」
セラフィナが声を抑えつつも、怒気混じりにまくしたてる。
「それにドラゴンだとバレたら、魔導公会だけじゃなく王国からも、素材目当てに刺客が来るかもしれないんですよ?」
フィリアも小声で続け、アトラの耳元で静かに警告する。
しかし、アトラは耳の穴を小指でほじりながら、ぽつりと。
「返り討ちにすればよいではないか」
「そういう問題じゃないんですよ! アトラ様は大丈夫でも、私たちが人質に取られたりしたら――」
リリアもたしなめるように言うが、アトラはにへらと笑って。
「おぬしらなら大丈夫じゃろ」
……この信頼、どこかズレている。
「Sランク冒険者に匹敵する魔導士や王国騎士もいると聞きます。彼らに狙われれば、未熟者のわたくし達など相手になりませんわ」
セラフィナの忠告に、アトラはやや面倒そうに「そうかのう……」とぼやく。
そんなやり取りを小声で重ねる四人に、恐る恐る声をかけてくるエレシア。
「あのう……ドラゴンって、ほんとうに……?」
リリアは慌てて、完全なる出鱈目を口にした。
「ど、ドラゴンを神として崇める教団の、巫女、的な!? 巫女を依り代として信徒が拝む戒律があって、アトラ様はそこの最強巫女の後継者なんです!」
すらすらと湧き出る嘘八百。自分で言ってて「ないわ」と思うほど無理がある。
――さすがにムリか、とリリアが観念しかけたそのとき。
「なるほど!」
エレシアがぽんと手を叩いた。
「最強の生物であるドラゴンを神と崇める宗教、確かに存在すると聞いたことがあります!」
え?あるの?そんな教団。
リリアが逆に驚いた。
「お名前も原初の竜、アトラ・ザルヴァと同じですし! あの漆黒の髪、金の瞳、彫像のような美しさ、そして豊満な胸元――これはもう、最強の竜の器としか!」
完全に信じた。しかもテンションが上がっている。
「アトラ様、見れば見るほど神がかってますぅぅぅぅぅ! 推しが……また増えるぅぅぅぅっ!! 私も教団に入りたいです!!」
「今は信者は募集しとらんが、勝手に崇める分には構わんぞ。今度、ドラゴンの秘奥を授けて進ぜよう」
アトラがにこにこと頷くと、エレシアは「ありがたき幸せ!」と両手を合わせて拝み始めた。
その盛り上がりを、リリア・セラフィナ・フィリアの三人は、完全に置いてけぼりで見ていた。
「……学校行く前から疲れた」
リリアがぼそりと呟く。
「もう帰りたいですわ」
「私も」
セラフィナとフィリアも、深い溜息を吐いた。
【リリアの妄想ノート】
学園生活、始まりました!
朝の集合風景で、皆さんが眩しすぎて、私はもう太陽に焼かれるモグラみたいになってました……。
特にアトラ様はあの制服姿でも破壊力抜群。胸元がっ……って、違う違う。
あの人、ついに正体をバラしました。
「儂はドラゴンじゃ」って。
ちょっと待ってください!
初日から機密情報を爆弾のように投下するのはやめてくださいっ!
リカバリするこっちの身にもなって!!
……でも、アトラ様は信頼してくれてるんですよね。
「おぬしらなら大丈夫じゃろ」って。
その言葉、ちゃんと受け止めます。
責任も覚悟も全部持って、私は学舎でも頑張ります。
あ、ちなみに『不老の戦士《海老男》』、現在Amazon KindleでKDP出版中です!
KDP限定の書き下ろしエピソードも入ってますので、ぜひ感想とブクマもよろしくお願いしますっ!




