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第百三十九話 推しのセラフィナ様に尊死!?〜マイラの妹、あまりにも純粋〜

 この人が―――。

 リリアは扉の前に立ったまま、目の前の少女をまじまじと見つめた。


 淡い栗色の髪が、窓から差す光をやわらかく受けて揺れる。

 深い緑色の瞳は、確かに姉のマイラと同じ色だ。


 だが……似ている、とは思わなかった。

 マイラの眼差しには、いつもどこか油断ならない鋭さがあった。

 笑っていても、それは抜き身の剣が陽光を反射しているかのような、隙のない光。


 それに比べ、目の前の少女――エレシアは。

 朗らかに笑う。その表情は、どこまでも柔らかく、触れれば壊れそうなほど繊細で。

 “可憐”という言葉がこれほど似合う人を、リリアは今まで見たことがなかった。


「こんにちは。リリア・エルメアです」

 笑顔を作り、できるだけ穏やかな声で名乗る。


 エレシアの笑みが、さらに花が開くように深まった。


「リリアさん、ですね。ようこそ、学舎へ」

 エレシアはそう言って、両手を軽く胸の前で重ね、小さくお辞儀をした。仕草のひとつひとつが、礼儀正しく、それでいて押し付けがましくない。


「改めて、エレシア・レイフィールです。……よかった」

「え?」


 安心したように微笑むエレシアにリリアが首をかしげると、彼女はくすりと微笑んだ。


「同室の方がいらっしゃると聞いてドキドキしていましたの。怖い方だったらどうしようって」


 リリアは笑顔を返しながらも、胸の奥にわずかなざわめきを抱えていた。


 ――この子が、あのマイラの妹……?

 魔導公会からの刺客として現れ、ドラゴンのアウロラグナや、魔王ライゼさえ抹殺しようとしたあの危険な女。その血を分けた妹が、目の前でこんなにも無邪気に笑っているなんて……。


 自分の中で事実と印象がかけ離れすぎていて、すぐには受け入れられない。


 リリアは一瞬の迷いを隠し、柔らかく微笑んだ。

「じゃあ、怖い人じゃなくてよかったね」


「はい。本当に……あの、分からないことがあったら何でも聞いてくださいね」

 エレシアは安心したように目を細める。その穏やかな声色に、リリアの警戒心がほんの少しだけ和らいだ。


「うん。ありがとう。これからよろしくね、エレシアさん」

「ええ。よろしくお願いします、リリアさん」


 二人は軽く握手を交わす。

 その瞬間、表向きの笑顔の裏で、リリアはひとつの決意を固めていた。

(……この子のこと、ちゃんと見極めなくちゃ)


「リリアさんって……冒険者なんですよね?」

 エレシアが、遠慮がちに、それでも興味を抑えきれない声音で尋ねてきた。


「うん、そうだよ」

 頷くと、彼女はすぐさま身を乗り出す。


「じゃあ……魔物と戦ったことがあるんですか?」

「あるよ」

「どんな魔物ですか? どうやって戦ったんですか? 魔法ですか? 武器は?」


 次々と浴びせられる質問に、リリアは少し笑ってしまう。

 けれど、その表情は決して鬱陶しさではなく、純粋な興味に押された微笑みだ。


「んー……この前はオークの群れと戦ったよ」

「え!オークってあの………人間の女の人さらって赤ちゃん産ませちゃうって魔物ですか!?」

「ぶっ!」


 顔を赤らめながら叫ぶエレシアにリリアは驚きのあまり吹き出してしまった。


「どこで聞いたのそんなの!?」

「え………物語の定番ですよね。違うんですか?」

「そういうのないよ」

「そうなんですか!?」


 また叫ぶ。

 リリアは苦笑する。

(悪い子じゃなさそうだなあ)


 そう思いつつ気を取り直して話をつづけた。


「でも、危険なのに変わりないかな。力は強いし硬いうえに数がすごくて、油断するとすぐ囲まれるの」

「わあ……!」

「だから仲間と役割を決めて、私は前に出て注意を引きつける役。後ろから弓や魔法で援護してもらってね」

「すごい……!」


 答えるたびにエレシアの深い緑の瞳がきらきらと輝きを増していく。その反応は年相応の少女らしい、真っ直ぐな憧れそのものだった。


「私のお姉さまは魔導士なんですけど、魔物と戦うこともあるそうなんです。冒険者の方と一緒に旅に出ることもあるって……」

 その口調には、誇らしさと同時に羨望が混じっていた。


「私も、いろんなところに行ってみたいんです」


 ――魔導士は本来、魔導公会に属して研究に従事するのが普通だ。外に出て実戦をこなす者はごく少ない。

 セラフィナから聞いたその常識と照らせば、マイラがどれほど珍しい存在だったか分かる。


 だが、平民出身であるがゆえに、公会にとって危険な任務を押し付けやすい――そんな冷たい扱いを受けてきたのだろう。


 リリアはその事実を胸の奥に沈め、表には出さず、ただ柔らかく微笑んだ。

「……すごいね」


 エレシアはその言葉を嬉しそうに受け取り、再び瞳を輝かせた。

 その笑顔は、あまりにも眩しく、そして――あの姉の影を微塵も感じさせなかった。

 

 しかし、ロブやセラフィナも、マイラの頼みが罠である可能性を捨ててはいなかった。

 そうだとすれば――リリアたちはすでに敵の懐に飛び込んでいる。

 エレシアの人懐っこさも、計算ずくの演技かもしれない。


 それでもリリアは、好感を覚える気持ちと、胸の奥の警戒を両方抱えたまま、彼女の笑顔を見つめていた。


 そんな空気を破るように、扉がノックされ開く。

「リリアさん」

 顔を覗かせたのはセラフィナ、その後ろにフィリア、さらに能天気な笑みを浮かべたアトラが続く。

 それぞれが部屋に荷物を置き終え、リリアを連れ出しに来たらしい。


 エレシアの視線が、セラフィナに吸い寄せられた。

 次の瞬間――


「三年生のセラフィナ様!? 戻ってこられたのですか!?」


ぱあっと瞳を輝かせる。

唐突なテンションに、リリアは瞬きを忘れる。


「ええ。あなたは?」

セラフィナが首を傾げ、上品に問いかける。


「失礼しました。エレシア・レイフィールと申します。リリアさんと同室なんです」


「エレシア……」

 セラフィナの表情が一瞬だけ揺れた。

 背後で、フィリアがわずかに眉をひそめる。


「儂も編入生じゃ。よろしくな!」

アトラが相変わらずの笑顔で場をゆるませた。


セラフィナはすぐに表情を整え、柔らかな笑みを浮かべる。

「またこちらに戻ってきましたの。リリアさんは同じ師匠の下で魔法を学ぶ同志です。よろしくお願いしますね」

完璧な貴族の礼とともに、にっこりと。


その瞬間――エレシアは直立したまま、糸が切れたように後ろに倒れ込んだ。

「わっ!」

慌ててリリアが抱きとめる。


「推しのセラフィナ様に……笑顔でよろしくって……」

途切れ途切れに、恍惚とした声。


「推し?」

思わず聞き返すリリア。


「幸せ………」

 言うなりエレシアは、そのまますとんと意識を手放した。


「……本当に、あのマイラの妹?」

沈黙の中、呆れ半分、ため息混じりにフィリアがぽつりとつぶやいた。


 リリアも同じ感想を抱いていたが、とりあえず今思うのは―――


「悪い子じゃないみたいです」


 と言うことだった。

 それには三人とも大きく頷いた。

【リリアの妄想ノート】

……エレシアさん、想像以上に人懐っこくて可愛いです。

でも、セラフィナさんに「よろしくお願いします」って笑顔を向けられた瞬間、糸が切れたみたいに後ろにバタンって倒れるなんて……本気で“推し”だったんですね。

あのマイラさんの妹とは思えないほど、純粋でピュア……うらやましいくらいです。

……いや、別に私だってロブさんに笑顔を向けられたぐらいで倒れたりはしませんよ?(強がり)


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