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第百三十七話 魔力制御試験とアトラ様の穴あけ事件

 屋外試験場。石畳の上を初夏の風が抜ける。

 リリアは目を閉じ、静かに息を整えた。意識を魔力に沈める。

 両の掌の間に、拳ほどの光球がふわりと浮かび上がる。

 試験官の声が飛ぶ。


「横に──はい、上へ」


 光は指示に従い、滑らかに移動した。

 制御は完璧だ。ロブ仕込みの基礎は揺らがない。


 セラフィナ、カイ、フィリア、ファルク──誰も危なげなく魔力を操っていく。

 そして、最後にエドガーが深く息を吸い込むと──掌に、淡い光がぽうっと灯った。


「……おお」


 セラフィナが小さく息を呑む。


「エドガー、あなたも魔力の顕現ができるようになったのですね」


 エドガーは肩をすくめる。


「俺だけ魔法が使えないのが、ちょっと情けなくてな。まあ、お前たちに比べれば、ささやかなもんだけど」


「それでも凄いことですわ。一生魔法を使えずに終える方など、いくらでもおりますのに」


 その声音に揶揄の色はなく、純粋な賛辞がこもっていた。

 エドガーは気恥ずかしそうに笑い、セラフィナは微笑みを返す。


 ──と、その時。


 ドガァァァァァァァァンッ!!


 轟音と共に、地面が盛大に抉れた。

 視線が一斉にそちらへ向く。


 そこには、腰を抜かした女性試験官と……その前に仁王立ちするアトラの姿があった。


「これでよいのか?」


「は、はい……………」


 試験官の震える声。石畳には人ひとり沈み込めそうな大穴。


 セラフィナ、エドガー、フィリアは、息を合わせたように深いため息を吐く。

 「またか」とでも言いたげに。


 一方、ファルクはぽかんと口を開けたまま、金魚のように瞬きを繰り返していた。初めて見るアトラの魔力に、脳が処理を拒んでいるらしい。


 これでもアトラが加減している。

 彼女が本気を出せば山ひとつ消滅させることもたやすいことはファルク以外は分かっているのだが。


「アトラ様! やり過ぎです!」


 リリアの鋭い声が試験場に響く。


「すまんて。そう怒るな」


 アトラは気まずそうに頭をかいた。

 どうやら──リリアにだけは、頭が上がらないらしい。




「あのアホは………」


 学長室の窓辺。試験場を見下ろしながら、ロブが呆れ半分に呟いた。

 ゼランとライゼ、セレニアも似たような顔をしている。――やっぱりな、とでも言いたげに。


 ただ一人、初めてその光景を目にするハーグレイブは、落ち着き払っていた。窓の外で大穴を穿つアトラを見ても、眉一つ動かさない。


「……彼女も魔族で?」


 視線は外に向けたまま。だが、わずかに滲む感情があった。――ライゼに向けた、刺すような敵愾心。


「正確には違うが、まあ、人間じゃないという意味では正解だ」


 ロブの短い答えに、ハーグレイブがゆっくりと顔を向ける。その目は、言葉の裏を探るように細められていた。


「……人間ではない、か」


「問題あるか?」


 ロブが切り返すと、ハーグレイブは背筋を伸ばし、毅然とした声音を返す。


「いいえ。むしろ歓迎すべきことです」


 その顔には、他種族を見下す色はなかった。


「魔導学舎は、エルフにもドワーフにも魔族にも――あらゆる種族に門戸を開いている。ただ……人間の魔法技術は、どうしても他種族に劣る。だから、人間以外の生徒は少ないのが現状です。あのような才能が入学し、学ぶべきものが増えるのは、喜ばしいこと」


 言葉は率直だが、油断はない。


 ロブもまた、静かな瞳で学長を見返す。

 お互いの胸の内を覗き込むような、息の詰まる探り合いが、そこにあった。


 互いの探り合いに、ふっと別の声が差し込んだ。


「娘さんの感想はないのか?」


 ゼランだ。声音には特に含みはない。ただ、率直な興味としての問い。


 ハーグレイブは少しだけ視線を外に戻し、腕を組むでもなく顎を撫でながら答えた。


「……ルクスリエル家の者としては、及第点ギリギリというところでしょうか」


 その口調は淡々としていたが、微かな笑みの奥に――親としての甘さとも、学長としての冷厳さともつかない、複雑な色が宿っていた。


「まあ……ロブ殿の指導のおかげか、魔力の発現速度と収束の精度は格段に上がっている」


 ハーグレイブの評価に、ロブも短く頷く。

 弟子入りしたばかりの頃、セラフィナは膨大な魔力量と深い知識を持ちながらも、実戦で求められるスピードが決定的に欠けていた。

 これは魔導学舎の生徒に広く見られる弱点だった。研究や理論、術式の完成度ばかりに傾倒し、実戦での即応性を軽視する――学舎の悪癖の産物だ。


 しかし、冒険者として生きるなら、魔法の発現の速さと魔力の収束こそが命を左右する。

 ゆえにロブは、その二つを徹底的に鍛え上げることを、当然の責務として課してきた。


「我が家の人間が、冒険者として成長しているのは……本来は喜ぶべきことではない。だが――娘が、生き抜く力を着実に身につけていることは、素直に嬉しい」


 言葉とともに、ハーグレイブの表情がわずかに和らぐ。

 それは父親としての素直な顔だった。


「感謝します、ロブスウェル・イングラッド殿」


 深々と頭を下げる。

 その場にいた誰もが、彼がロブの貴族名を知っていること自体は当然だとわかっていた。

 だが、この場であえて口にするのは、半ばは貴族としての礼節、そしてもう半ばは――やはり警戒の色を隠さぬ、試すような響きだった。


「あなたが教師として入るのは二度目だと聞いています。その際は特に問題はなかったようですが……今回も、つつがなく教鞭を執っていただきたい」


 念を押すような響き。

 ロブはわずかに息を吐いた。


(……大変だな。肩書が多いと)


 上級貴族の当主に、学長に、そして父親――。そのどれもを使い分けて生きていかねばならない。

 そう口にしかけたが、飲み込む。

 それこそが、この男の流儀であり、矜持なのだと理解できたからだ。


 理解は示しつつも、ロブは自分の想いを包まずに放つ。


「俺は、魔法は誰でも使えるものだし、そうあるべきだと思っている。今回の機会は、学舎の生徒にも教師にも、その考えを示す場だと考えてる」


 そこで、ハーグレイブの目が鋭く細められた。


「あんたや、あんたの先祖が築いてきたものの重さも理解しているし、尊重もしている。だが――イングラッドの名を出した以上、俺が誰の想いを抱えてここに立っているかも、分かっているはずだ」


 ロブは、正面から視線をぶつけ返す。


「お互い、譲れないものはある。……だがそれを主張しながらでも、何かを変えていければと思っている」


 二人の間に、ひやりとした緊張が走った。

 言葉を結ぶロブに、ハーグレイブは何も返さない。

 ただ、わずかに頷いた――それは、承諾とも、静かな警告とも取れる仕草だった。


そして、その日の午後。

 試験官の若い教員が書類を手に現れ、にこやかに告げた。


「――全員、合格です」


「おおっ、やはりな! 儂の火力を見れば当然じゃ!」

 胸を張るアトラ。


「あれは火力じゃなくて単なる破壊活動です!」

 リリアが即座にツッコミを入れる。


「だってのう、試験官も腰を抜かして感動しておったし!」

「感動じゃなくて恐怖です!」


 場がわっと笑いに包まれる中、ファルクが両手をぎゅっと握りしめた。

「すごいです! 僕、本当に皆さんと同じ学舎に通えるんですね!」

 深紅の瞳が純度百パーセントの喜びで輝く。


「おお、少年よ。儂が制服姿の尊さを直々に教えてやろう!」

「……絶対変なこと教えないでくださいね!」

 リリアの再ツッコミに、ファルクはきょとんと首を傾げた。


 笑いと呆れが入り混じる中で、7人の進学は正式に決定した。

 学園での日々が、もうすぐ始まる。





【リリアの妄想ノート】

アトラ様、またやってくれました……。

あんな大穴あけて「これでよいのか?」って、よく言えますね。

しかも試験官の人、腰抜かしてましたよ!? 火力アピールのつもりだったのかもしれませんが、あれは破壊活動です。

でもまあ、無事に全員合格できたから……良しとしましょう。

これで私たち、とうとう学舎に通えるんですね。ロブさんにもっと褒めてもらえるよう、負けないように頑張ります。

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