第百三十六話 魔導学舎・編入試験開始!七人目の受験生と、精霊王の記憶
「ところで」
ハーグレイブがゆっくりとロブから弟子たちへと視線を流す。
「そちらの提出書類には、ギルドからの編入試験希望者は六名とありましたが――」
言葉の余韻を残したまま、静かに眉を寄せる。
その空気を切ったのはゼランだった。咳払い一つ、少しばかり居心地悪そうに肩をすくめてから、
「……その、よければなんだが。追加でもう一人、試験を受けさせてやってくれないか」
「追加?」
訝しむように目を細めたハーグレイブの前に、ひときわ高い声が飛び込んできた。
「儂じゃ!」
勢いよく手を挙げたのは、アトラである。
妙に跳ねながら、全身でアピール。見た目は十四、五歳の少女。だが、立ち振る舞いと胸元の動きが完全にそれを裏切っている。
跳ねるたびに、重力の存在を主張する豊かな果実が揺れる揺れる。
リリアは反射的に目を逸らしたリオネルの赤面を見て、なんとも言えない表情になった。
(……あれで無自覚なんだからタチが悪い……)
「この方も、冒険者なのですか?」
ハーグレイブは戸惑いを隠さず問いかける。
「そういうことにしておいてくれ!」
アトラは元気よく、何のてらいもなくそう返した。満面の笑顔、悪気ゼロ。本人は大真面目である。
学長はしばし無言のまま、アトラを見つめていたが、やがてロブ、ゼラン、ライゼ、そしてもう一度ロブへと視線を巡らせた。
「……わかりました」
淡々とした声音で言葉をつなぐ。
「どちらにしろ、試験に合格しなければ我が校の門戸は開かれません。受けるだけなら、問題はないでしょう」
突き放すようなその口ぶりに、セラフィナの眉がぴくりと跳ねた。
「まあ、言われなくても受かりますけれど」
小さく呟くその声音に、リリアはそっとため息をもらした。
(うん、やっぱりちょっとピリピリしてる……)
かくして、編入試験を受けるのは六人ではなく七人に。
波乱の予感は、すでに始まっていた。
◇
試験用に用意された部屋に入ると、すでに一人の少年が中にいた。
プラチナブロンドの髪が朝日を受けてきらめいている。衣服は皺ひとつなく整えられ、椅子に腰掛けた姿勢も見本のように真っ直ぐだった。
「リリアさん! 皆さん、おはようございます!」
深紅の瞳がぱっと輝く。笑顔はどこまでも無垢で、まるで聖堂の壁画から抜け出してきたようだった。
「……眩しい……」
カイが目を細め、手をかざす。
反射的な動作だったが、誰もツッコミを入れなかったのは、それが的確な感想だったからだ。
「ファルク君! 今日は頑張ろうね!」
リリアが手を振ると、ファルクは嬉しそうにこくりとうなずいた。
「はいっ!皆さんと一緒に受けられるなんて光栄です!」
その声に、セラフィナとフィリアも思わず表情を和らげる。
だが、エドガーだけは黙ったまま、ファルクの真正面の席に腰を下ろした。
試験部屋に入ってしばらく、談笑の空気にロブの低い声が割って入る。
「……一人で、よく通してもらえたな」
視線は、ファルクの真っ直ぐすぎる笑顔に向けられていた。
「魔導学舎は、生徒と教員以外の立ち入りは基本的に厳禁のはずだ。俺たちが来る前に、どうやって学内に?」
その問いに、ファルクは一瞬だけ瞬きをして、やや困ったように頬をかいた。
「えっと……本当は門の前でリリアさん達と合流するはずだったんです。許可証は、ライゼギルマスが持ってるので……」
「じゃあ、どうやって入ったんだ?」
「ええと……僕、正門にいたところをたまたま通りかかった教員の方が声をかけてくださって……そのときに事情を話したら、“試験の受験生なら問題ない”って、そのまま案内してくれました」
「……それ、普通通らねぇぞ」
ロブがわずかに眉をひそめる。横で聞いていたゼランも
「あー……」
と苦笑を漏らした。
「……まあ、受付の職員が“天使光線”に目潰しくらったってとこじゃねえか?」
リリアが噴きそうになるのをこらえて横目でファルクを見ると、当の本人は何が悪いのか分からないというように首を傾げていた。
結果として通してもらえた以上、抗議するわけにもいかない。だが、ロブの目がわずかに鋭くなったことに、リリアは気づいていた。
(……ロブさん。もしかして、ちょっとだけ疑ってる……?)
だが、それを問い返す前にロブはすぐに話題を切り上げ、壁際に目を向ける。
「……まあいい。試験に集中しろ。合格できなきゃ、何の意味もない」
淡々とした口調にファルクは姿勢を正し、
「はいっ!」
と元気よく返事をした。
純粋で、まっすぐなその瞳に、誰もが自然と笑みを返していた。
◇
試験室には、七つの席が並んでいた。
リリア、セラフィナ、エドガー、カイ、フィリア、アトラ、そしてファルク。
この日のために準備された特別試験教室に、彼らは静かに腰を下ろしている。
机の上には羽ペンと答案用紙。開始を告げる鐘が鳴ると、筆記試験が一斉に始まった。
内容は、魔法理論全般。
四大精霊に関する発動理論から、属性干渉の計算式、魔力濃度による精度変動まで。
ざっと見る限り、ロブから事前に叩き込まれていた知識の範囲内だった。
(ふんふん……これはイグニスの同位相干渉……こっちは、アクアの共鳴位階……)
魔法陣の構造式も、詠唱省略時の条件も、すらすらと筆が進む。
セラフィナやカイ、フィリアも順調そうだ。ファルクは……真剣な横顔で迷いの色すらない。
逆に、前方の席で唸っているのはエドガーだった。
(あー……やっぱり筆記は苦手かも)
見慣れた背中が微かに揺れていた。彼の名誉のために言えば、問題が難しいのだ。
むしろ、ここまできちんと向き合っている姿勢は誇らしくもあった。
だが、試験内容そのものよりも――もっと気になる存在がひとり。
「ほう、炎の精霊王はイグニス……あのわんぱく小僧が出世したのう。アクアぁ? あのあばずれめ、ずいぶんイメージ違うぞい……」
答案用紙を眺めながら、満足げにうなずくアトラ。
その声はご丁寧に、周囲の誰よりもよく通った。
試験官の教師がぴくりと反応し、手元の羽ペンを止めた。
「……受験中の私語はお控えください」
「おお、すまぬ。つい懐かしくてのう。この年になると昔話が止まらんのじゃ、ほっほっほ」
答えてる内容も、喋り方も、すべてが規格外。
リリアは目の前の問題用紙に視線を戻しながら、静かにため息をついた。
(……問題より、アトラ様の方が気になって……)
がんばれ自分、と心の中で言い聞かせつつ、リリアは再びペンを走らせる。
試験は、まだ始まったばかりだ。
だが、リリアのペンが止まったのは、アトラの声が理由ではなかった。
(……あれ?)
問題文を見て、ふと違和感が胸に残った。いや、問題そのものではない。
自分がそれを解いている、その事実にだった。
ロブから教えられた魔法理論は、いわゆる一般魔法の枠に収まらない。
彼が口にしていたのは、「ナノマシンの量子振動に基づいた魔法の定理」。
それは四大精霊の存在すら否定する、完全な近代科学体系だったはずだ。
(なのに……)
目の前の設問は、精霊の属性階層と魔力波動の理論構造。
普通の冒険者なら苦戦するこの設問も、自分はすらすらと解けていた。
つまり、ロブは四大精霊の“否定派”でありながら、
この神話起源の魔法体系すらも、すでに完全に理解しきっていたことになる。
(そもそも、アトラ様が言ってた……“イグニス”と“アクア”って……)
試験中に「わんぱく小僧」だの「あばずれ」だの呼ばれていたその名こそ、
古代より伝わる炎と水の精霊王の名──神話上の存在のはずだった。
二千年前。
それが四大精霊神話の始まりとされる時代。
それは同時にロブがヘリオスオーバーマインドを破壊した、人類の新たな始まりの時代でもある。
魔法科学が全盛だったその時代に精霊王と呼ばれる人間がいたとしたら―――。
(ロブさんは……その“精霊王たち”と、本当に会ったことがある……?)
突拍子もない疑問。しかし、アトラの様子やロブの博識ぶりを思えば、
あり得ないとは言い切れない。その可能性が、じわりと胸を圧迫した。
机に向かいながらも、リリアの意識は問題用紙の先を見ていた。
試験が終わったら、絶対に訊こう。
この“物語の始まり”みたいな問いを──
(きっとこの問題の中にも、ロブさんの体験と知識がある)
心に芽生えた問いを押し込め、リリアは再び羽ペンを走らせた。
【リリアの妄想ノート】
試験が、始まりました。
緊張してたのに……アトラ様がまたやってくれました。
まさかの受験生追加エントリー!しかも、元気よく「儂じゃ!」って……。
飛ぶな飛ぶな!!
あの揺れ方!無自覚!!
リオネル先生、真っ赤でしたよ!?(というか私も目のやり場が……!)
試験の最中も、あの胸元が邪魔す――じゃなくて、声が大きくてもう集中できませんっ!
精霊王のことも気になるし、ロブさんの過去も気になるし……。
……私も、いつかロブさんと精霊王とか並んで語れるくらい、すごい魔導士になりたいな。
というか、ロブさんと二人きりでゆっくり話す時間が欲しい、です……なんでもないです!
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