第百三十五話 王都レガリア到着──魔導学舎と、別れの時と、巨乳の制服
王都レガリアへ向かう馬車の車内。
その一角で、アトラは車窓に張りついて、まるで観光客のようにはしゃいでいた。
「おお〜〜っ! 見よ、あれが噂の蒸気風呂か!? 巨大すぎて建物から煙が出ておる!」
「ただの工場だと思いますよ、アトラ様……」
カイが小声で訂正すると、アトラは「ふむ……」と鼻を鳴らし、なおも目を輝かせたままだ。
「それにしても、すごいのう……。わしの記憶にあるこの地は、荒れ果てた灰の平原じゃったというのに……たった二百年でここまで人の営みが広がるとは。大したものじゃ」
三千年の時を生きる古代竜。その目に映る景色は、弟子たちとはまったく違う意味を持つ。
それでも、アトラが嬉しそうにしていると、なぜか車内の空気は少しだけ柔らかくなる。
だが、もう一つの別れも近づいていた。
「私は、ここで一度、故郷に戻るわ」
セレニアがそう言って、微笑む。
その声音は静かで、どこか慈愛に満ちていた。
「あなたたちのこれからの学園生活、楽しみにしている。……特にフィリア、あなたのね」
彼女はそう言って、娘のフィリアを見つめる。
フィリアは視線を逸らして、「別に……」と呟いたが、長いまつ毛の奥の翠の瞳が揺れていた。
「俺たちも、学舎までだな」
ゼランが腕を組んで言うと、隣のライゼが肩を竦めた。
「ほんとはもっと見届けたいんだけどね。あんたたち、わりとすぐ事件を起こしそうだし?」
冗談めかして笑ったライゼの目もまた、真剣だった。
「セラフィナの父上に挨拶だけは通してから、それぞれの持ち場に戻るわ。さすがにギルマスがこれ以上自分のギルドを留守に出来ないしね。……何かあればすぐに連絡して」
「はい。お気遣い、感謝いたします」
セラフィナは目を閉じたまま静かに答えた。その横顔には緊張の色もなく、優雅にすら見える。
だが、リリアは気づいていた。彼女の指先が、ひっそりと膝の上で組まれていることに。
(……緊張してるんだ。やっぱり)
リリア自身も、決して余裕があるわけではなかった。
初めての王都、初めての“学校”、そして──任務。
「なあ、ロブ師匠」
カイがぽつりと話しかける。
その声に、車内の空気がわずかに引き締まった。
「マイラの妹って、どんな子なんですか?」
ロブは窓の外に目を向けたまま、少し間を置いて答える。
「名前は、エレシア。リリアと同じ十四歳だ。今は魔導学舎の中等部に在籍してる」
「同じ中等部ってことは……リリアやアトラさまと同じ学年?」
「そうだ。フィリアも同じ二年だな」
「フィリアさんもですか?」
リリアが意外な顔をするとフィリアは銀色の髪を指に巻いてつまらなそうに言う。
「人間の歳だと十四歳だからね。カイやセラフィナより年下扱いなのは腹立つけど、そのエレシアって子を見守るなら同級生の方が都合いいし」
淡々と言っているが、自分に言い聞かせようとしているようにも見える。
最後にちらりとカイを見たのを、リリアは見逃さなかった。
「私は三年ですわ」
セラフィナが静かに補足する。
カイも「俺も三年……ってことは、エドガーは高等部一年だな」と続けた。
その時、ふとリリアの脳裏に、セラフィナの“婚約者”のことがよぎる。
(たしか……第一王子も、同じ高等部一年……)
エドガーの顔をちらりと見る。
彼は無言のまま、窓の外に目を向けていた。表情は硬い。
(同級生……か。気まずいとか、そういう次元じゃないかも)
次に何が起きるかなんて、誰にもわからない。
けれど、この旅が新たな生活の始まりであり、同時に任務の序章であることだけは、全員が肌で感じていた。
王城までの広い一本道。その中途にある魔導学舎アルトリア校は、すぐそこだった──。
◇
馬車から降りたリリアは、目前に広がる校舎の光景に思わず目を見張った。
「……わあ、すごい……!」
広場の中央には整備された噴水、周囲を取り囲むように石造りの校舎が並び、その奥には講堂や学生寮らしき建物も見えた。空は高く、陽光に煉瓦の屋根が柔らかく照り返している。
「冒険者ギルドも大きかったけど、ここはもっと大きい………何人くらいいるんだろう………」
「教師、職員だけで100人以上。生徒は中等部・高等部合わせて1000人というところですわね」
リリアの疑問にセラフィナが答える。
「そんなに………セイランなんて村人全員足しても100人ちょっとなのに」
リリアは改めて王都の大きさと魔導学舎の格式の高さに感心した。
出迎えに現れたのは、若い男の教員だった。眼鏡をかけた赤茶の髪の青年で、少しだけ猫背気味だが、気さくそうな笑みを浮かべている。
「遠路ご苦労さまでした。ご案内を担当します、リオネル=グレンと申します」
「出迎え感謝する。もう一人来るはずなんだが」
「金髪に赤い瞳の少年ですよね?その方なら先に学舎内にお通ししています」
「そうだったか。なら、俺たちも案内してもらおうか」
ゼランが言うと、リオネルは頷き、敷地内へとロブ達を迎え入れた。
リオネルに先導され、ロブ達は校舎に足を踏み入れる。石造りの校舎は古めかしくもよく手入れされており、磨かれた床が真新しい靴音を反響させていた。
「うんうん、制服姿の生徒がいっぱいおる!青春じゃな!」
アトラは一人だけ場違いなはしゃぎ方をしている。
「お前な……」
ロブが小さくため息をついた。
「すみません……あの人、止められないんです……」
カイがこっそり教員に謝ったが、リオネルは苦笑いしながら首を横に振った。
「……ああいう方も、まあ、いらっしゃいます」
やがて、一行は学長室の前にたどり着く。
リオネルが軽くノックし、扉を開けた。
重厚な扉の前で立ち止まると、教員は静かにノックをし、声をかける。
「学長、お連れしました」
「通してくれ」
奥から落ち着いた声が返ると、扉が開かれる。
部屋に入った一行を迎えたのは、長身痩躯の紳士だった。
整えられた金髪、鋭さを感じさせながらも品のあるエメラルドグリーンの瞳。セラフィナと明らかに共通点を感じさせる容貌だった。
「ようこそ。私はハーグレイヴ・ルクスリエル。この学舎の学長を務めております」
柔らかい口調とともに、紳士はロブたちへと丁重な一礼を示す。
「ロブ殿。セラフィナを託してから、ご苦労をおかけしました」
「別に。引き受けた以上のことはしていないさ。むしろ優秀で助かる」
ロブは微笑で返す。
「改めて、お礼を申し上げます。娘が貴殿のような人物に導かれていたことは、父としても幸運でした」
その言葉を聞いて、セラフィナはリリアの隣で僅かに鼻を鳴らした。
出来るだけ父親と目を合わせまいとしているのが伺えた。
続いてハーグレイブは、ゼラン、ライゼ、セレニアに順に視線を向ける。
「統括ゼラン殿、北の魔王にしてギルド支部長のライゼ殿。ようこそお越しくださいました」
「まあ、お仕事ついでってやつだよ」
「こちらこそ。学院の皆さまの働きには、いつも敬意を抱いております」
軽く応じるゼランと、端正に礼を返すライゼ。
ただ、リリアはハーグレイブの視線がライゼに映った時、僅かに瞳が揺れるのを捉えていた。
彼女が魔族であることへの警戒が無意識ににじみ出ていたのだろう。
そして、ハーグレイブの視線がセレニアに至る。
「……まさか、建国時の英雄とお会いできるとは。光栄の至りです」
「そんな大層なものじゃないわ。今はただの保護者できてるだけだし」
そう言って微笑むセレニアに、ハーグレイブは深く頭を下げた。
リリアはそっとロブを盗み見る。
建国の英雄、という意味ではロブも同じはずだが、人間であるロブが二百年もの間、年も取らず存命であることなど想像がつくはずもない。
ロブは気を悪くした様子もなく二人のやりとりを見ていた。
その後、ハーグレイブはロブに向き直る。
「では、まずは諸々の確認と、今後の手続きについて──少しお時間をいただけますか?」
ロブは軽く頷き、続くやり取りへと移っていく。
【リリアの妄想ノート】
ついに王都レガリアに着きました! 魔導学舎、広すぎて目が回りそう……。それに、制服姿の人がいっぱいいて、なんだか本当に“新生活”って感じです。
アトラ様も制服が気になってたみたいですけど……残念でした。
その胸のサイズに合う制服はないそうです(断言)
え?オーダーメイド?
そんなものはありません(どーん!)
あの胸に勝てる日は来るのでしょうか……でも負けません! 気持ちでは!!
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