第百三十四話 進学と巨乳の呪い──魔導学舎、波乱の入学前夜
「改めてだが、お前らには数日後、王都の魔導学舎で“編入試験”を受けてもらう」
ロブの言葉に、弟子たちの空気がわずかに動いた。
朝食を終えた後のリビング。湯気の消えかけたマグと、空になった皿がテーブルに並ぶ。
リリアは表情を引き締めつつ、しかし目を輝かせて問い返す。
「制服とかあるんですか?」
「気にするの、そこかよ……」
カイが思わずぼやく。その隣では、セラフィナがあからさまに顔を曇らせていた。
エドガーもまた、無言で眉をひそめている。
ゼランが椅子の背にもたれながら補足を挟む。
「筆記と面接、それと実技試験な。ま、実力は保証済みだが、あそこは“手続き”にうるさい。通過儀礼だと思っとけ」
「ふん……通過儀礼、ですか。気楽に言ってくださいますわね」
セラフィナの声音には明確な棘があった。場がわずかに沈むが、彼女はそれ以上言わずに目を伏せる。
ロブは無言で立ち上がり、リリアの肩にぽんと手を置いた。
「リリア。お前は“学校”は初めてだな。浮かれるなとは言わんが、気は引き締めていけ」
「はいっ、ロブさんっ!」
元気よく返事を返すリリアの後ろで、カイが小声で独り言をこぼす。
「……魔法学園か。なろう系テンプレの王道だな……」
「なろうけい?ってなに?また前世の話?」
フィリアが小首を傾げて訊ねる。その仕草が妙に可愛らしくて、カイは視線を逸らしつつ答える。
「うん、まあ……前の世界ではよくある物語の展開で。転生した主人公が学園に入って、色んなイベントやらヒロインが登場したりフラグが立ったり……」
「ヒロインは分かるけど……フラグ?」
「うん。そういう“お約束”みたいなやつがあるんだよ」
カイの解説を興味深げに聞いているフィリアの様子を、ロブがじっと見ていた。
その視線に気づいたフィリアは、ちらと睨み返す。
「……なによ、その顔」
「いや、珍しいなって思ってな。いつものお前なら自分の知らない話をするなって怒るのに」
「べ、別にいいでしょ。ちょっと興味が出ただけよ。深い意味なんてないし……」
慌てて顔をそむけるフィリアに、カイが口元を緩めて笑った。
そんな二人の様子を見ながら、リリアは首を傾げる。
(……やっぱり、なんか今朝から距離近くなってる気がする……)
そう思ったところで、ゼランが咳払いし、空気を引き締めるように言った。
「一応、事前に忠告しとくが……魔導学舎の教義は“四大精霊の理論”が前提だ。ナノマシン理論は口にするな。変人扱いされるのがオチだ」
ゼランの真剣な表情に、セラフィナが頷く。
「それが賢明ですわ。頭の硬い懐古主義者には、あの理論は毒にしかなりませんもの」
言いながら、声には確かな棘がこもっていた。続けざまに、彼女は冷たく言い切る。
「特に……あの男には」
言葉に込められた敵意に、リリアが目を丸くした。
「それって、セラフィナさんのお父さん……ですよね?魔導学舎の学長っていう」
「ええ、その通りですわ。時代の変化を拒む、視野の狭い古臭い男です」
実の父を痛烈に批判するセラフィナに、エドガーが口を挟む。
「いい加減、仲直りしたらどうなんだ」
「別に“喧嘩”している訳ではありませんのよ。あれが“うちの親子関係”ですの」
言い切るセラフィナに、エドガーは眉をひそめたまま黙るしかなかった。
険悪とも取れる空気の中で、リリアだけが妙な緊張感に戸惑っていた。
「どちらにしても、お前の親父さんとは一度、きっちり話をつけておく必要があるだろうな」
ロブは腕を組み、セラフィナに視線を向けた。
「お前自身も、言いたいことがあるだろう。思っていることは吐き出してこい」
その声音に責める色はなく、淡々とした事実の指摘だけだった。
セラフィナは強い意志のこもった瞳で頷いた。
「言われずともそのつもりですわ」
ロブも頷きを返す。
「それと……お前たちの目的は、決して“勉強”じゃない。忘れるな」
「……マイラの妹を守るためよね」
フィリアが、静かに口を開いた。
ロブはうなずくこともせず、微かに視線を下ろす。
魔導公会から差し向けられた刺客──蒼翼竜のアウロラグナを討つため、マイラは動いた。
だが失敗し、代償として妹の命が狙われることを恐れていた。
真実を語る代わりに、妹の命を守るため冒険者ギルドに助けを求めてきたのだ。
ゼランが腕を組みながら補足する。
「話の真偽はまだ確定していないが……マイラの妹が魔導学舎に通っているのは確かだ」
「もし話が本当なら……その子が狙われるのも、時間の問題ってことですわね」
セラフィナの声には張り詰めた緊張が宿っていた。
リリアは思わず息を呑んだ。
ライゼはそれきり言葉を続けず、表情を変えることもなく静かに黙っている。
その冷静さは、まるで事実を突きつけるようだった。
静かな沈黙が場を包む中で、ロブは弟子たちの顔を一人ひとり見渡す。
「いずれにせよ、向こうに着いたらまずは試験だ。実力を見せろ。あとでどう動くかは、それからだ」
弟子たちは、うなずいた。
誰もが浮ついた色を見せることなく、真剣な表情で応じた。
「しかし、学校か。ワクワクするのう」
アトラが頬を綻ばせ、輝く瞳でぽつりと呟いた。
その言葉に、リリアが思わず振り向く。
「アトラ様も、学舎に通うんですか?」
「もちろんじゃ!」
どこか誇らしげに胸を張るアトラ。その勢いに、リリアは目を瞬かせた。
「儂とロブは一緒におった方が何かと都合がいいでの」
言葉の意味に一瞬引っかかりを覚えつつも、カイが確認するように問う。
「教師として行くんですか?」
「むろん」
即答の後、少し間を置いて、
「生徒としてじゃ。制服着たい!」
と、さらっと爆弾を投下した。
「…………は?」
絶妙な間の後、空気が一瞬止まった。
「面白がってるだけだろう。お前は」
ロブが低く呆れたように吐き捨てる。
「あたしもそれ、ちょっと思ったわ……」
セレニアが困ったように笑いながら視線を逸らした。
「ですがアトラ様、その……その姿で生徒は、流石に……」
どこまで言っていいのか測りかねながら、ライゼがやんわりと指摘する。
「ん? 老けて見えるかの?」
首を傾げた次の瞬間、アトラの身体がふわりと光に包まれ、すうっと縮んでいった。
「では、これでどうじゃ?」
光が収まると、そこに立っていたのは十四、五歳ほどの少女。黒髪の先まで艶やかに整えられた、恐ろしく整った顔立ち。長く伸びた睫毛に翠がかった金の瞳、そして——変わらぬ圧倒的な存在感。
「……姿まで自由に変えられるんですの?」
セラフィナが思わず声を上げた。
「当然じゃ。ドラゴンに不可能なし!」
またも堂々と胸を張るアトラ。
その“胸”は……縮んだはずの体にまったく釣り合っていない。
「…………」
「ビジュアル的に、やばい……」
カイだけが、心の声を漏らしていた。
それは年齢的にも倫理的にも、あらゆる意味で、である。
(……なんでそこは縮まないの……?)
リリアが視線をそらしながら、心の中でそっと突っ込む。
体格も年齢も変化しているはずなのに、アトラの胸部だけは、堂々たるまま主張をやめない。何かの執念でもこもっているのかと思うほどだ。
「まじか、お前……」
ロブが額に手を当てて嘆息する。
どうやらその“ビジュアル”が招く未来の混乱をすでに想像してしまったらしい。
学園の教師陣、生徒、あるいは王都全体を巻き込んだトラブルが脳裏をよぎったのかもしれない。
そして——
波乱の予感を孕みながら、王都魔導学舎編、いよいよ幕を開ける。
次回、きらびやかな制服と魔導都市が、彼らを待ち受ける。
だが彼らの眼差しは、決して浮ついてなどいなかった。
——進学ではなく、戦いの火蓋が、いま静かに切られようとしている。
【リリアの妄想ノート】
アトラ様が制服を着る気満々だったのはびっくりでした……。しかも、なんで体は縮んでも胸は縮まないんですか!?理不尽すぎます!!
セラフィナさんもフィリアさんも美人でスタイルよくて……私は、ちょっとくらい悔しがってもいいですよね?(誰も見てないよね?)
でも、王都の魔導学舎……制服に身を包んで、ロブさんと並んで歩けたらって、ほんの少しだけ想像してしまいました。……なんでもないです。
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