第133話 エルフ少女の困惑。その気持ちに名前はまだない
「………わからない」
「え?」
カイは思わず聞き返した。聞こえていなかったわけではない。むしろ、はっきり聞こえていて……耳を疑った。
フィリアは顔を伏せたまま、小さく、ぽつりぽつりと呟く。
「あんたが──人を好きになることがわからないって言ったとき、なぜか腹が立ったの。……それから、あんたが女の子にチヤホヤされてたのを思い出して、また腹が立って、ムカムカして……」
眉間に皺を寄せ、ぎゅっとスプーンの柄を握りしめる。
「なんでこんなに腹立たしいのか、わからない……」
明らかに不快。それでいて、理由もわからずに困惑している。
カイは、完全に言葉をなくした。
「それに、あんたが男のくせに私より料理が上手いのも、人間なのに魔力が強いのも、私が苦労して覚えた閃気術を、簡単に……覚えたのも、頭にくる」
今度はやっかみだ。
「顔が良くて、持て囃されてるのに調子に乗らないとこも……。私が勝手に怒ってるだけなのに、あんたがそうやって“大人の対応”してくるのも……もう全部ムカつく! あんたの何もかもが腹立つのよ!」
「物凄い理不尽!」
ついにカイが叫んだ。呆れたとかじゃなく、心から叫んだ。
……不機嫌の原因が自分にあるのはわかった。わかったけど……それ以前の問題だ。
自分は「ちょっと嫌」って言っただけなのに、十倍返しをくらった気分だった。
「私より年下のくせに、子供を見るみたいに説教してくるのも癪なの!」
ああ、そういえばこの子、七十二歳だったな。
完全に忘れていた。
見た目も態度も年下すぎて、普通に同年代扱いしていた。反省は……する。が、対応に困るのは変わらない。
「えーっと、ごめん。……けど、それ、俺にはどうしようもなくない?」
言いながら、ちょっと情けない気持ちになった。挙げられた不満が、どれも是正しようのない事ばかりだ。
「とにかく……君が俺のこと、嫌いなのは、わかったよ」
自分で言って、自分が一番傷ついた。
ずっと一緒にいて、仲間として、最近では──まあ、嫌いじゃない、どころじゃなかったから。
──なのに。
「誰が嫌いって言ったのよ!」
ガバッとフィリアが顔を上げて、カイを睨んだ。涙がうっすら浮かんでる。
「君が、言ってたじゃん……!」
もう混乱。理屈がわからない。感情が振り回してくる。
「嫌いなわけ、ないのよ。でも……なのに……なんであんたのことが、こんなに嫌なのか……それがわからないの」
声が尻すぼみになっていく。震えて、潤んだ瞳で俯いた。
「自分が、気持ち悪いの。自分が……嫌なのよ……」
その言葉に、カイは返す言葉を探す。
見つからない。
それでも、口を開く。
「……じゃあ、俺、どうしたらいいの?」
「わからない」
また、それか。
会話は終わった。けれど、終わらないまま、ふたりの間に──静かな沈黙が落ちた。
カイは、フィリアの横顔を見ながら思った。
嫌われてるわけじゃない。少なくともそれだけは、確かだった。 だが、それじゃあ──なんで怒る?なんで、そんなにムキになる?
(……まさか)
頭の中に、浮かびかけた言葉にカイ自身が驚く。
その違和感は、最初にカイが“恋がわからない”と口にした瞬間から始まっていた。
女の子たちに囲まれていた、とか。 セラフィナと“魔法を合体”させていた、とか。 全部、女絡みのことだった。明らかに。
そこから導き出される答えは………。
(……焼きもち?俺に?)
カイは思わず目を瞬いた。 フィリアがそんな感情を持ってるようには、とても思えない。 それに──本人が、自分の感情を理解していないことは明白だった。
カイは改めて、目の前のフィリアという存在を見つめた。
エルフの血を引く少女。 ハーフエルフとして里では浮いていたらしく、ほとんど友達もいなかった。
「人付き合いが苦手」と、どこか他人事のように言っていた。
家族としか関わってこなかったぶん、わがままで自己中心的なところもある。
その一方で、リリアやセラフィナとはちゃんと打ち解けているし、ロブのことも「嫌い」と言いながら、少なくとも一定の敬意を払っているようには見えた。
戦いの場では周囲を的確にサポートし、判断力も高い。 多分──仲間思いで、誰よりも繊細な性格だ。
そして今、目の前にいる彼女は。 感情に振り回され、自分がどうしたいのかすら分からず立ち尽くす、一人の“子供”だった。
(相手の言葉一つでこんなにも惑わされる、か。俺も他人のこと言えないけど)
カイもフィリアが男に興味がないと言った事に対し、少なからずショックを受けたいたのだから。
カイはふっと、ほんの少しだけ口元を緩めた。 皮肉ではない。 見下しでもない。 ただ──少し、微笑んだ。
いじらしくも見える眼の前の少女を、少しだけ助けてやりたくなった。
助ける、というのは偉そうな言い方かもしれないけど。 それでも今、自分にできることがあるなら──。
カイは、静かに一歩踏み出した。
「あのさ」
カイがそう切り出すと、フィリアの肩が小さく跳ねた。まるで、急所を突かれたみたいに。
「君に嫌われてるわけじゃないって分かって──ちょっと安心した。……俺、君に嫌われたくないんだ」
ゆっくり、言い聞かせるように。語尾を濁すことなく、まっすぐに。
「俺もさ、正直そんなに人付き合いが上手い方じゃない。女の子だって……苦手だし。けど」
そこまで言って、ほんの一瞬だけ視線を落とす。自分の中にある言葉を選ぶように。
そしてまた、まっすぐに彼女を見る。
「君とは──仲良くなりたい。仲間の中で、一番」
フィリアが顔を上げた。
その目が、カイを捉える。
大きく見開かれた薄紫の瞳。その揺れが、まるごとカイの胸に刺さった。
「だからさ、色々話そう。君が“分からない”って言ってたことも、嫌だったことも、好きなものも……そういうの、全部」
自分でも気づいていなかった想いが、口にするたびに輪郭を得ていく。
慈しむ、という感情があるなら──それに近い何か。そんな温かさが、胸の内でじんわりと広がっていた。
「俺も話すから。俺のことも、ちゃんと話す。……だから──」
ふと、言葉が途切れた。
うまく言えない、というより、言ってしまうと戻れないような気がして。
「だから?」
促されたのは、フィリアの声だった。
怒った顔じゃない。
拗ねた顔でもない。
ただ、真剣な目で続きを待つ──そんな顔だった。
「みんなを呼びに行こう。朝ごはん冷めちゃうよ。せっかく君と一緒に作ったスープが台無しだ」
カイがわざとらしく肩をすくめて言うと、フィリアがふっと吹き出した。
「なによ、それ。こっちは真面目に聞いてたのに」
「朝から深刻な顔はしたくないからね。君とは、こんなふうに笑いながら話がしたいんだ」
軽く水色の瞳で笑いかける。どこか照れたようにフィリアが目を逸らし──それでも、頬をほんのり赤く染めていた。
「……わかった。さっきのは私が悪かった。ごめん」
ぺこり、と頭を下げる。
「………」
「なによ。なんで黙るのよ」
「いや、君が謝るとこ初めて見たと思って」
本気で驚いた顔をしたら、案の定フィリアの目が吊り上がった。
「なによそれ!私をなんだと思ってるの!」
「えーと、自称七十二歳の、感情豊かな面白エルフ少女?」
「はああああっ!?」
バチバチと火花の走るやりとり。だがその空気は、先ほどまでのピリついたものではなく、ただのじゃれ合いのようだった。
お互い、どこかで安堵しているのが分かる。
そのとき──背後から足音。
「おはよう。今日の当番はお前らか」
ロブの低い声とともに、リリアとライゼも現れた。三人そろって、一汗をかいた後のスッキリした顔をしている。
「おはようございます」
カイがいつも通りに頭を下げる。フィリアは素っ気なく「おはよう」とだけ。これが彼女のロブに対するデフォルトである。
「三人で朝からトレーニングですか?」
「いつも通り素振りしてたら、この二人が来てな。一緒に鍛錬してた」
ロブの両隣では、リリアとライゼが笑顔で「ねー?」と視線を合わせる。
──だが、視線の交差点からは軽く火花が散って見えた。
「二人とも熱心だよな。感心するよ」
ロブは変わらぬ調子で、心底楽しそうにそう言った。
フィリアがひそっとカイの耳元に寄る。
「ねえ、あれって本気で言ってると思う?」
「……多分。二人の“気持ち”には気づいてるけど、張り合ってることには気づいてないんじゃないかな」
「…………新しいタイプのくそボケね」
その毒のある呟きに、カイはこらえきれず吹き出した。
「どうした?二人とも」
ロブが首を傾げる。
本当にこの人は察しが良い時悪い時の落差が激しすぎるとカイは苦笑した。
「ロブ師匠、味見してくれませんか? このスープ、フィリアが頑張ったんです」
カイが深皿を差し出す。ロブは黙って受け取り、ゆっくりと一口、スープを口に含んだ。
「……美味いな。しっかり味がついてる。けど、しつこくない。ちょうどいい」
「ですよね。フィリアが人間の味覚に合わせて、調整してくれたんです」
「……仕上げはカイがしてくれたじゃない」
フィリアはぽつりとつぶやき、視線を落としたまま、小さく言った。
そのとき、すぐそばにいたリリアが、ふと目を細める。
「……ふふ。なんだか、いい感じですね。フィリアさんとカイさん」
「あ?」
フィリアが聞き返す前に、今度はライゼが笑った。
「息が合ってるわね。キッチンに、あたたかい空気が流れてるわ」
フィリアがちらとカイを見る。カイもまた、何かを探るようにフィリアの表情を伺う。だが、どちらもそれ以上は言葉にしなかった。
ふと、テーブルの奥から立ちのぼるスープの湯気が、二人のあいだを揺らす。
その匂いは、どこか甘くて、優しい。
そしてカイはふと思った。
──こうしてこの時代で、仲間と笑い合いながら朝を迎える。
誰かと一緒に、何かを作って、それを認めてもらえる。
「……悪くないな、転生してきたのも」
小さくつぶやいた言葉は、誰にも聞こえなかったが、スープの湯気とともに、確かに朝の空気に溶け込んでいた。
【リリアの妄想ノート】
カイ君とフィリアさん、いつの間にあんなにいい雰囲気になってたんですか?
言葉の端々に、なんというか……特別な距離感を感じました。
いいなあ、って思います。向き合って、伝えようとして、ぶつかって、それでも隣にいる。
……自分も、ロブさんと──なんでもないです。
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