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第130話 女たちの台所、男たちの剣、ドラゴンの自由

 朝の台所には、温かな湯気と香ばしい香りが漂っていた。


「お姉ちゃん、このスープの味、どう?」


 リリアが木の杓子を小皿に注ぎながら、わずかに不安げな視線を向ける。


「どれどれ……」


 エレナが身を屈めて受け取り、小皿を両手で支えてそのまま口元へ運ぶ。湯気を一息吸い込んでから、静かに一口、直接口をつけて味をみた。


「うん、美味しい。だしの香りがしっかりしてる」


「ほんと? よかった〜!」


 リリアがぱっと笑顔を咲かせる。その表情は、朝日の差す窓辺よりも明るかった。


 と、そのとき。廊下の方から足音が近づき、スッと戸口に影が差した。


「おはよう」


 低めの声とともに、ライゼが現れる。濃紺のローブを羽織り、寝癖一つない銀髪を軽くかきあげながら、優雅な足取りで入ってくる。


「あっ、おはようございます、ライゼ様」


「朝ごはん、作ってるのね」


 エレナが上品に微笑む。


「はい。今日出発するので、せめてお世話になったお礼にと思いまして」


「ふうん……」


 ライゼが興味深げに鍋の中を覗き込む。目元にはまだ眠気の余韻が残っていたが、その声には柔らかな色が混じっていた。


「ライゼ様も、お早いですね」


「まあね。でも、ここの人達って皆、朝が早いわよね」


「そうなんですよ。カイ君やエドガーさんなんて、もう鍛錬してました。あの二人、ここに来る前からずっと続けてるみたいです。偉いですよね」


「ふふっ、勤勉な男は素敵よ。フィリアは?」


「起きてます。弓の手入れしてました。エルフは朝が早いって言ってましたよ」


「ええ、あの子達の種族は、日の出とともに目を覚まし、日の入りとともに眠る生き物だから。人間と暮らすうちに多少は変わるけれどね」


「健康的なんですね……」


 リリアがへらりと笑う。鍋をかき混ぜる手を休めずに。


「セラフィナは?」


 ライゼがふと思い出したように問うと、リリアは少しだけ言いにくそうな顔をして言った。


「……まだ寝てます。セラフィナさんだけは、どうやら朝が苦手みたいで……」


 その返答に、ライゼは一瞬目を瞬かせた後、ふっと肩を揺らして笑った。


「まあ、仕方がないわよね。そういうところも、あの子らしくて可愛いじゃない」


「ロブさんには私、会ったよ」


 エレナが思い出したように言うと、ライゼはふっと目を細めた。


「あいつが一番、朝早いのよね。なんか……いろいろやってるみたい」


「そうなんですよね。素振りしてる姿、よく見かけます。でも、ゼランさんも意外と早起きで、ちょっと驚きました」


 リリアの言葉に、ライゼがくすりと笑った。


「ふふ。ロブに弟子入りするとね、まず朝型の生活に叩き直されるのよ。徹底的に」


「そんなに?」


「ええ。“早起きが人生を変える”って、真顔で言ってたわ」


「……大袈裟ですね、それは」


 肩をすくめるリリアに、ライゼは小さく首を傾ける。


「なんでも、尊敬してる人たちがみんな早起きだったんですって」


「へぇ……」


 リリアが苦笑まじりに頷いたところで、ライゼがふと思い立ったように声を弾ませる。


「私も、何か手伝うわ」


「えっ、そんな。いいですよ、ライゼ様はお客様なんですから」


「私が、やりたいのよ」


 きっぱりとした口調に、リリアは戸惑いながらも頷いた。


「……そうですか? じゃあ、お願いします」


「うん。エプロン、借りるわね」


 ライゼは台所の棚から布製のエプロンを一枚取り出し、ふわりと広げてから、自らの腰に巻いた。


 次の瞬間だった。


 彼女はさらりと紫がかった銀の長髪を後ろへとかき上げ、片手で束ねながら、口に細い紐を咥える。艶やかな髪の動きと、うなじに流れる光の加減が、どこか異様に色っぽい。


 リリアとエレナは、思わず目を見張った。


「「セクシー……」」


「やめてよ」


 呆れたように言いながらも、ライゼの頬がほんのり赤く染まっていた。


 三人は顔を見合わせると、同時に笑い声を上げた。


 そこに――


「うにゃー……いい匂いがするのぉ……ふあ……」


 間の抜けた寝ぼけ声とともに、のそのそと台所に姿を現したのは――アトラだった。


 目は半分閉じたまま。艶やかな長髪はぼさぼさで、寝癖がところどころ跳ねている。身に着けているのは、いつの間にかどこからか調達したダボダボのシャツ一枚。しかも、それが片方の肩からだらしなく落ちかけていて、首元はゆるく、大きく開いていた。


 絶世の美女であるがゆえに、そのだらしない格好が妙に生々しく映る。シャツの胸元からは、重力に逆らえないほどの豊満な双丘が今にもこぼれそうになっていた。


「ア、アトラ様っ! ちょ、ちょっと前を隠してください!」


 リリアが顔を真っ赤にしながら、慌ててアトラの前に飛び出す。


「ん、なんじゃ? 儂はドラゴンじゃぞ? 元の姿なんて裸じゃし、見られてもどうも思わんぞい」


 悪びれもなく、あくび混じりに言うアトラに、リリアがぷんすか怒りながら声を張り上げた。


「周りが気にするんですっ!」


 両手でアトラの胸元をぐいと引き寄せながら、まるで小言を言う母親のようにぴしゃりと叱る。


 そのやり取りを、エレナとライゼがくすくすと笑いながら見守っていた。


「……ふふ、将来、いいお母さんになりそうね」


 ライゼが肩を揺らしながらつぶやくと、エレナも頷きながら微笑んだ。




 朝の陽が差し込む庭先。


 そこでは、ロブとゼランが無言のまま、木剣を交えていた。


 ロブが斬る。ゼランが受ける。


 受けた刃を、そのまま返す。今度はゼランが攻めに転じる。


 ロブはそれを紙一重で躱す。間髪入れずに反撃、またゼランが受ける。


 一撃一撃が、呼吸を置く暇もなく繰り返されていた。


 剣戟の音が、乾いた音を立てて空気を切り裂く。


 その様子を、エドガーとカイは食い入るようにに見つめていた。


「……エドガー、あれ、見えるか?」


 ぽつりと、カイが問う。


 だが隣の少年は、ただ呆然と首を横に振るだけだった。


「いや……全然、見えない……」


 昨日、自分が剣を交えたBランクの冒険者。その速さは確かに脅威だった。

 だが、それを踏まえてなお、今目の前で繰り広げられている攻防は、別次元だった。


 視線を向けるたびに、木剣の軌道が空中に軌跡を描いて消える。


 目で追おうとしても気づいた時には次の手が繰り出されている。


 その速さも、間合いの読みも、まるで重力から解き放たれたかのようだった。


「……どれだけ離れてるんだ。俺と、あの二人との距離は……」


 呟きは、悔しさというより、憧れに近かった。


 到達したい。あの領域に。


 エドガーの瞳は、ひたむきにその背中を追い続けていた。


 そして――


 乾いた音がひとつ、庭に響いた。


 ゼランの木剣が、ロブの首元へと吸い込まれるように止まっていた。


 ロブは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに小さく笑って木剣を引いた。


「……ロブ師匠が、負けた…………」


 思わず、カイがぽつりと呟いた。


 ゼランはそのまま木剣を肩に担ぎ、息を吐きながらロブを見やる。


「ちょっとばかし腕がなまってるんじゃねえか?」


 挑発めいた笑みを浮かべるその顔には、汗が玉のように光っていた。


 ロブも同じように、木剣を肩に乗せた。額から滴る汗を拭いもせず、それでも負けたとは思えぬ、晴れやかな顔で笑った。


「馬鹿言え。お前が強くなったんだ。……剣じゃもう、お前には敵わないな」


 その言葉に、ゼランが肩をすくめて笑う。


「弟子は師匠を超えるもんだからな。……世代交代ってやつだ」


「年だけなら、お前も乗り越えられる側だろう」


「何言ってやがる。俺はまだまだ若者だ。そのへんのひよっこには影も踏ませねえよ」


「昨日の話は、結論出たのか?」


「……………秘密」


 軽口を叩き合うふたりの姿に、カイが目を細める。


「なんか、いいな。……認め合う仲って感じ」


「…………だな」


 隣で聞いていたエドガーも、静かに頷いた。


「おーい、飯じゃぞ男どもー」


 けだるげな声が庭に響き、アトラがのそのそと現れた。


 膝丈までのシャツ一枚。肩は片方ずり落ち、胸元は大きく開いている。髪は寝癖でボサボサ、シャツの裾は風にふわふわと揺れていた。


 それだけに、絶世の美女という彼女の容姿が一層際立ち、見る者の視線を釘付けにする――いや、視線を逸らさざるを得ない。


 カイとエドガーは真っ赤になって顔をそむけた。


 ゼランは口を半開きにしたまま、微動だにしなくなった。


「なんでそんな格好で外に出てくるんだ!」


 ロブが額に青筋を浮かべて怒鳴る。


「んあ〜? リリアの次はロブか。まったく堅いこと言うでない」


 アトラはへらりと笑い、片手でシャツの裾を直そうとするが、その拍子に風が吹いた。


 ぶわり、とシャツが捲れ上がる。


 一瞬で、その下の柔らかそうな肌――そして見る者に衝撃を与える“何もない領域”が露わになった。


 その光景に、カイは凍りつき、エドガーは目を見開き、ゼランは肩をぴくりと震わせた。


 三人とも言葉を失ったまま、動けずにいた。


「な、なんで下着を履いてないんだお前!」


 ロブの怒声が庭に響き渡る。


「儂、あれ嫌いなんじゃ。締め付けるし。ドラゴンじゃから元の姿は裸じゃし、見られても何とも思わんのじゃよ」


「思わないのはお前だけだ! 周りが気にするんだよ!」


 ロブが怒鳴ったその時――


「アトラ様ぁーーっ!!」


 家のほうからリリアが全速力で駆けてきた。


「着替えてって言ったじゃないですかっ!」


 アトラは面食らったような顔をして、


「おお……あやつ、怒ると怖いのじゃ」


 と呟くや否や、シャツを押さえながら逃げ出した。


「ま、待ちなさーいっ!!」


 鬼のような形相で追いかけるリリア。


 その背中を、ロブたち男衆は呆れたように見送っていた。


 カイはうなだれたまま顔を隠し、エドガーは耳まで赤く染めてうつむいている。


 ゼランは額を押さえながら小さくため息をついた。


「……あのドラゴン、どこまで自由なんだか……」


 静寂のあとの、妙ににぎやかな朝だった。



【リリアの妄想ノート】

今日は朝からバタバタでした……!


でも、台所でライゼ様と料理できたの、すごくうれしかったです。

あんな綺麗な人と並んで、スープをかき混ぜる日が来るなんて思わなかった……!


それに、ロブさんとゼランさんの勝負も、すごかった……あのレベルって、もう見えるとかじゃなくて、感じるしかないんですね。

エドガーさんも、カイ君も、きっと悔しいって思ったはず。でも、だからこそまた頑張れる。私も負けてられません!


……アトラ様は、あれ、ダメです。

もう絶対、寝起きで外出禁止ですっ!!(涙)


感想とブクマ、よければぜひお願いします!


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