129話 海老男に恋する魔王と弟子の夜語り
ロブの家の広い庭。
宴の喧騒から離れ、リリアは一人、子供たちが遊んでいた木陰の方へと歩いていた。
そこにあったのは、手作りのブランコ。滑車に縄を通した簡素な造りだが、しっかりと枝に結ばれている。木の枝の太さと、ロブの几帳面さが垣間見えるようだった。
リリアはそれを見上げる。初めて見る遊具だった。だが、どこか懐かしい。三千年前の記憶を辿って、ロブが作ったと聞いている。
ブランコに腰を下ろし、思考を巡らせる。
三千年、という響きが、胸を刺した。
ロブさんは、私と過去のどこかで会ってる。
それは、私もこれから体験する出来事のはず。でも、その“私”は今の私と同じじゃない。
ロブさんにとって、その“私”と今の私は、本当に同じ存在なんだろうか。
……私って、ロブさんのなんなんだろう。
思考が深みに嵌っていく。ふと、誰かの気配に顔を上げた。
「どうしたの? こんなとこで」
声と共に、夜の風が揺れた。
そこに立っていたのは、銀髪の魔王――ライゼ。
「ライゼ様………」
咄嗟に名を呼ぶ。
ライゼ様より、私を選んだ。そう聞いた時、うれしかった。でも……それは、たまたま私のほうが先に出会ったから?
ライゼ様は美しい。強くて、優しくて、年齢を重ねてなお魅力に満ちている。
そんな女性を、ロブさんが異性として見ない理由があるとすれば――それは、見ないようにしてるだけなんじゃないか。
自分がそこに割り込んでしまったせいじゃないか。そんな気がして、胸がざらついた。
沈黙が流れる。やがてライゼは隣のブランコに腰を下ろす。地に足をつけたまま、揺れを作る。
「今日の主役が、何しょげてるのよ。皆、探してるんじゃないの?」
「ライゼ様こそ、こんなところに来てどうしたんですか?」
「私もちょっと、考えごとしたくてね」
軽く笑って、足元の地面を揺するように足を動かす。
「それより、質問に質問で返さないでくれる?」
少しだけ意地悪そうに口角を上げる。
その横顔が、あまりにも綺麗で。
リリアは、どきりと心臓を鳴らした。
リリアは目を伏せたまま、ぽつりと口を開いた。
「私、焼きもち焼いてるんです。きっと」
不意を突かれた言葉に、ライゼが目を瞬く。
「誰に?」
「私に」
「……どういうこと?」
ライゼが小首を傾げた。明らかに意味がわからないという顔だ。
リリアは、少しだけ唇を噛んでから、静かに言葉を紡ぐ。
「私、ロブさんの過去でロブさんと会ってるんですけど、その記憶はロブさんの中にはあって、今の私にはないんです」
ライゼは眉をわずかに寄せる。リリアはそのまま続けた。
「だから、私の知らないロブさんを、未来の私は知っている。それが、なんか……悔しいんです」
自分でもおかしいと感じているのか、リリアの声はどこか縮こまっていた。
その言葉を聞いたライゼは、ふっと空を仰ぐ。
「えーっと……でもそれは、あなたもいずれ経験することでしょう? だったら気にする必要ないんじゃないの?」
「そう思いますよね」
リリアは苦笑を浮かべるように肩をすくめた。
「自分でもなんでこんなこと考えちゃうのか分からないんです」
夜風が通り抜ける。
二人の間に沈黙が落ちたが、それは気まずさではなく、優しい静けさだった。
「それに関しては私じゃ力になれないわね」
ライゼが、ゆるく揺れるブランコの鎖を見つめながら言った。
「ですよね。すみません。こんなこと言っちゃって」
「謝る必要ないわよ。私が聞いたんだし」
穏やかな声。けれど、そのあとに少し間を置いて、ライゼが言った。
「ねえ、私の悩みも……聞いてもらっていい?」
リリアは驚いたように目を丸くし、こくりと頷く。
その仕草に安堵したように息を吐いて、ライゼはぽつりと呟いた。
「私も、嫉妬してたんだよね。あなたに」
不意打ちのような言葉に、リリアの呼吸が止まった。
「ロブは、あなたのことばかり見てる」
ライゼは目を伏せる。
「私になんて、見向きもしないの」
どこか遠い声だった。
「私とリリアと、どう違うのかなって……。もし、リリアじゃなくて私が過去でロブに会ってたら、あいつは……私のことを好きになってたのかなって」
リリアは言葉を失った。
本当に、そうなったら――どうなっていたのだろう。
「あれ……? ライゼ様、ロブさんが私のこと……」
「好きってこと? 知ってるわよ。多分、皆」
さらりと、けれど苦笑気味に。
「その様子じゃ、気付いたのね。ロブは自分からは言わないだろうし。あいつも、ほんと、迂闊よね」
リリアは何も言えなかった。
そして、ふっとライゼが肩をすくめた。
「でも、あなたも自分に嫉妬して……なんか、くだらないわね」
ふたりのブランコが、カタン、と同時に鳴った。
夜の風が、ふたりの頬をかすめていった。
リリアはまっすぐライゼを見つめた。
「悩んだって意味ないんです。いくら考えても、私たちがロブさんのこと、好きだってことは変わらないんですから」
「……」
ライゼがわずかに目を見開く。
そのまま視線を外し、足元の芝を見つめた。
「好き、ね……そうよね。そうなのよね……」
呟くような声。少しだけ苦笑して、目を細める。
「だったら、今の自分をもっと知ってもらって、好きになってもらうしかないんです」
まっすぐすぎるその言葉に、ライゼは肩をすくめて笑った。
「……ふふっ。まさか私の教えたことで諭されるなんてね。そのとおりだわ。なにウジウジ考えてたのかしら」
言いながら、ふと空を仰ぐ。月明かりに照らされるその横顔は、どこか清々しく見えた。
「三年よ」
「え?」
リリアが思わず聞き返す。
「三年後。すべてが終わったら、私はロブに好きだって言うわ。それまでに、あなたより私のほうがいい女だって気づかせてみせる」
きっぱりと言い切ったその口調に、リリアは笑うしかなかった。
「う……勝てる気がしません。特に胸の大きさ……」
ポツリと呟いた言葉に、ライゼが肩を揺らして笑う。
しばらく二人でくすくすと笑ったあと、ライゼがふと真顔になった。
「ねえ、今気づいたんだけど」
「はい?」
「私たち、ロブのこと好きって、言っちゃってるわよ。内緒のつもりだったのに」
言われて、リリアは小さく「あ」と声を漏らした。
指先を口元に当てて、考えるふりをしてから照れくさそうに笑う。
「本当ですね」
二人の視線が合い、同時に吹き出す。
ブランコの鎖が、きぃ、と静かに揺れた。
ライゼは立ち上がると、軽く伸びをした。
「そうと決まったら、明日から忙しいわよ。女を磨いて、強くもなって……今のうちに、いっぱい食べて力つけておかなきゃ」
「はい!」
「リリア、明日もビシバシ鍛えるから覚悟してよ」
「ふふ、望むところです!」
静かな夜の庭で。
ふたりの恋する乙女は親友のように笑い合った。
【リリアの妄想ノート】
初めて、ライゼ様と本音で話せた気がする。
強くて綺麗で、いつも余裕がある大人の女性だと思ってたけど……
そのライゼ様も、ロブさんのことで悩んだり、嫉妬したりしてたんだ。
なんだか、ちょっとだけ親近感。
ロブさんの“好き”は、まだ信じられないけど、
それでも、私たちはお互いに笑って、
“同じ人が好き”って言い合えた。
ライゼ様と私、恋のライバルだけど……
きっと、戦友でもあるんだと思う。
ふたりで、明日からもっと頑張ろうって、
ちょっとだけ前向きになれた夜でした。
……感想とブクマ、お願いします。




