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127話 帰還と決意と、三千年変わらぬ胸への哲学

 まばゆい光が収まると、そこにはもう、草の匂いと見慣れた木々の輪郭――テルメリア村の広場だった。


「ふう……着きましたね」


 カイが肩の力を抜きつつ、地面を一歩踏みしめる。


「やっぱり便利ですわね、転移魔法。わたくしもそろそろ本格的に習得しなければなりませんわ」


 セラフィナがいつもの調子で言いながら、風になびく髪を手で押さえた。


 その横でロブがふと立ち止まり、ゼランに目を向ける。


「ゼラン。お前、王都に戻らなくていいのか」


「ん? ああ、大丈夫だ。今朝のうちに急ぎの仕事は全部片付けてきた。俺がいなくても回るようにはしてあるさ」


 ゼランがあっけらかんと笑う。


「私も同じ。面倒な書類は今朝終わらせた」


 ライゼもさらりと言い放つ。


 それを聞いたリリアは、ほんの少しだけ目を丸くする。


(二人とも、なんだかんだ言ってちゃんとやることやってるんだ……)


 ライゼは真面目で素敵な女性という印象は変わっていないが、ゼランは普段の軽さや奔放さからは想像しにくい“きちんとした大人”の一面を見せ、少しだけ感心する。


 しかし、その裏にゼランは遊びたいとかライゼはロブと一緒にいたいとか、そういう下心を忍ばせていることにリリアは気付いていない。


 その間に、ロブはすでに歩き出していた。口を開くことも、誰かを待つこともなく、黙って村の小道を進んでいく。


 足取りは速いというほどでもないが、妙に真っ直ぐで、迷いがなくて――それでいて、どこか重たい。


「……あれ?」


 リリアは小さく首をかしげた。


 ロブの背中を目で追いながら、胸の内に、ほんのわずかな違和感を抱えていた。


「ロブさん、何か変じゃないですか?」


 歩きながらリリアが隣のセラフィナにそっと声をかけると、セラフィナは口元に曖昧な笑みを浮かべた。


「それは、ねえ」


 意味ありげに言葉を濁しながら、ちらと隣のフィリアに視線を送る。


「ねえ?」


 フィリアも同じような笑みを返し、リリアはますます首をかしげるばかりだった。


 あのファルクとのやり取り――無邪気すぎる笑顔と宣言。それを聞いた後のロブの背中は、確かにわずかに冷えていた。セラフィナもフィリアも、その変化に気づいている。そして勝手に“そういうことか”と合点していた。


 ロブは、少し先を無言で歩いている。その足取りはいつもより速く、肩にかかるマントが風を裂く音だけがやけに耳に残った。


 その後ろ姿を睨むように見ていたライゼは、明らかに面白くなさそうな顔で無言を貫いていたが、そこへセレニアが気配もなく横に並んだ。


「嫉妬の嫉妬ってわけ?」


「……うるさいわね」


 ぴしゃりと返したものの、ライゼの声音には苛立ちがしっかり混ざっていた。


「十四歳の女の子に嫉妬拗らせるって、気持ち悪いんだけど」


「まあ、それは否定できないけどね」


 ロブの長年の付き合いであるセレニアは、肩をすくめて苦笑した。


 そんな一同のやり取りを後方から眺めていたゼランは、先ほどまでの惚けた表情を引っ込め、どこか考え込むような顔をしていた。




 村――と呼ぶには、あまりに整いすぎていた。


 足元の道はアスファルト舗装。雨のあともぬかるむことなく、硬質で滑らかに磨かれた黒が、遠くまでまっすぐに続いている。左右に立ち並ぶのは、規格化された石造りの建物。美しく手入れされた外壁には、木目調の意匠が施され、どの家にも雨水を効率よく流す傾斜屋根と、魔力感知灯が完備されている。防犯も、断熱も、生活導線も、すべて計算された、極力魔石に頼らない設計だった。

 

 店の前には、整然とした商品棚。外からでも分かる価格表。ゴミひとつない歩道。整備された街路樹と、定期巡回の見回り組――。


 ここが“村”だと聞かされなければ、王都か、あるいは中立都市バルハルトの一角と錯覚してもおかしくなかった。


 テルメリア村。


 ロブが廃村を一から再建したこの地は、名目こそ“村”だが、実態は、インフラと設計思想において王国最先端の都市のひとつに数えられる、奇跡のような地方拠点である。


 そんな整備された村の中を歩いていた時――


「リリア!」


 聞き慣れた声が響いた。


 リリアが振り向くと、やはりそこには、予想通りの姿があった。


 姉、エレナが駆けてくる。長く紅い髪が肩のあたりで跳ねていた。どこか心配そうな、それでいて嬉しそうな顔。


「おかえり、怪我はなかった?」


 その声に、リリアは自然と笑みを浮かべて――


「うん、ただいま!」


 と、胸を張った。


 エレナの隣には、ヒューゴの姿があった。


 手には何枚かの紙束。ちらりと見るとびっしりと文字が書かれていて、真面目な性格が読み取れる。


「買い物?」


 リリアが尋ねると、エレナは首を横に振った。


「ううん。村の視察よ」


「視察?」


 リリアが首をかしげたその問いには、ヒューゴが答えた。


「セイラン村は、これから魔石採掘の拠点になるからね。各地から労働者が集まってくる。中には、家族ごと引っ越してくる人たちも出てくると思う」


 ヒューゴの言葉は淡々としていたが、その眼差しは真剣だった。


「だから、テルメリア村のインフラ整備を参考にさせてもらおうと思ってるんだ。舗装や排水、照明、住宅の構造、教育や医療の体制まで。整った生活環境がないと、人は根付かないからね」


「インフラって?」


 フィリアが小さく首をかしげて問い返す。


 代わりに口を開いたのはセラフィナだった。


「わかりやすく言いますと……“人が快適に暮らすための仕組み”ですわ。道や水道、灯りや家、学校やお医者様なども含まれますの。そうした基盤があるかないかで、村の価値はまるで違ってきますわよ」


 フィリアは、なるほどと頷く。リリアは「ふーん」と口を尖らせながら、舗装された道を見下ろした。


「ロブさんやウィルさんにも、いろいろ教えてもらってるんだ」


 ヒューゴの言葉には、どこか誇らしげな響きがあった。


「セイランはこれから、すごく発展していくよ。……絶対に」


 その横顔には、確かな未来を信じる青年のまなざしが宿っていた。


「確かに、三十億リュークなんて規模の工業なら、生活基盤がしっかりしてないと頓挫する可能性もあるな」


 カイが、ぼそりと呟く。その声には、転生前に現代日本のインフラを経験した者ならではの現実感がにじんでいた。


 その横で、ロブがぽつりと口を開く。


「魔石が採掘できる間に、村の独自の産業を確立させるべきだ。鉱床が枯渇したとき、それに依存していたら共倒れになるからな。魔石はあくまで村の隆盛のきっかけに過ぎない」


 静かだが、芯のある声だった。


「……どうして、セイラン村のために、そこまでしてくれるんですか?」


 リリアが立ち止まって、ロブを見上げた。


 その問いに、ロブはすぐには答えなかった。ひと呼吸置いて、ゆっくりと口を開く。


「村が豊かになれば、人が集まる。人が集まれば、また村が豊かになる。その輪が広がっていけば、いずれ王国全体に波及する。少なくとも、明日の食い物に困る奴は減るだろう」


 そして、短く言い切る。


「俺は――世の中に、常に良くなってほしいのさ」


 それは、飾り気のない声だった。


 だがその瞳には、確かにあった。


 疲れの色を隠しきれないはずの目の奥に、未来をまっすぐ見据える強い光が――静かに、燃えていた。


 リリアは、知らず知らずのうちに息を呑んでいた。


 心の奥から湧いてくる感情が、気づけば言葉になっていた。


「……カッコいい」


 そのひとことを聞いて、ロブの口元が――ぴくりと動いた。


 ふいに、ほんの一瞬だけ、唇の端がつり上がる。


 ……あきらかに、ニヤけていた。


「嬉しそうですわね」


「ね。わかりやすい」


 セラフィナとフィリアが、こそこそと小声で囁き合う。


 そんな様子を見て、エドガーが呆れて眉をしかめた。


「……女って、どうしてこう、他人の色恋ばっか気にするんだか」


「三千年前から変わらないよ」


 カイが溜息まじりに相槌を打つ。


 ライゼはというと、無言のままムスッとしている。


「リリア、お前。エレナに報告することあるんじゃないか?」


 ロブがふいに振り返って、ぽつりとそう言った。


「あっ……そうだ!」


 リリアが手を打って、目を輝かせる。


「お姉ちゃん! 私、Eランクに昇格したよ!」


「えっ、そうなの!? おめでとう!」


 エレナがぱっと顔を輝かせて、迷いなくその身体をぎゅっと抱きしめた。


「わっ、ちょ、ちょっと……く、苦しい……!」


 リリアの顔は、エレナの豊かな胸に深く沈み込んでいた。

 喜びと同時に襲いかかる窒息の危機。


 赤毛の美女の大きな膨らみに押しつぶされる妹――


 そんな光景を視界に収め


「「「…………」」」


 エドガー、カイ、ゼランまでもが呆然と絶句していた。


 間抜けな顔で見とれていた男たちに、女性陣の視線が一斉に突き刺さる。どれも冷たく、容赦のないものだった。


「まったく……男ってやつは」

 

 フィリアが肩をすくめる。


「不潔ですわ」

 

 セラフィナがぴしゃりと言い放つ。


「人間も魔族も、男のこういうとこは変わらないわね」

 

 ライゼが呆れたように吐き捨てる。


「エルフも似たようなものよ」


 セレニアが静かに同意を重ねる。


「男にとって大きい胸は、広くて偉大な宇宙なのじゃ。三千年前の哲学者がそう言っておった」


 アトラがまるで名言のように頷いた。


「「全然変わってない」」

 

 フィリアとセラフィナが同時にため息をつく。


 男と女の価値観は、結局のところ――三千年前から何一つ変わっていないのかもしれなかった。


 男たちの視線があらぬ方向に吸い寄せられるなか、ロブだけはかろうじて表情を崩さず、ひとつ咳払いをした。


 それを合図にしたように、エレナの抱擁からリリアがようやく解放される。頬に赤みを残したまま、肩で息をついていた。


「エレナとヒューゴ、明日セイラン村に戻るんだろ?」


 ロブがふいに振り返り、ぽつりと告げる。


「せっかくだし、リリアたちの昇格祝いも兼ねて、晩飯は俺が出す。好きなもん食わせてやるよ」


 さっきまでの不機嫌顔は鳴りを潜め提案すると、皆目を輝かせる。


「ほんとか!?」


 ゼランが目を輝かせて前のめりになる。


「儂、テルメリア牛のステーキが食べたいのじゃ!」


 アトラも即座に手を挙げた。声だけでなく、耳までぴくぴく動いていた。


「お前らじゃねえ!」


 ロブが即座にツッコミを入れる。珍しく語気強めだった。


 そのやり取りが妙に可笑しくて、リリアはつい、吹き出してしまった。


 自然と笑いが広がる。セラフィナも、フィリアも、カイもエドガーも、つられるように表情を緩めた。


 ――その輪の中で、リリアはふと心の中で呟く。


(今、幸せだな……)


 そう思った。心からそう思えた。


 けれど、その直後だった。


(でも、もしかすると……三年後。この幸せが、なくなっちゃうかもしれないんだ)


 胸の奥にひやりと入り込んでくる不安と恐怖。それは、ほんの少し前まで感じなかった種類の感情だった。


 リリアは、小さく拳を握りしめる。


(私、絶対にロブさんを助ける。世界を守る)


 誰に向けるでもない、強い想いが胸の奥に灯る。


 けれどその決意が、思ったよりも早く試されることになるとは、今のリリアはまだ知らない。



【リリアの妄想ノート】


ただいま、テルメリア村!

村の空気って、やっぱり落ち着きますよね。草の匂いと、舗装された道の感じと……そして何より、お姉ちゃん!


でも今日いちばん心に残ったのは、やっぱりロブさんの言葉でした。

「俺は、世の中に、常に良くなってほしいのさ」って……ズルいでしょ。かっこよすぎですってば。


ただ、さっきからフィリアさんとセラフィナさんのニヤニヤ顔が鬱陶しいのでなんとかしてほしいです。


最後は、みんなで笑って、晩ご飯はロブさんのおごり!

幸せな夜。……でも、だからこそ、怖くなっちゃうんです。


この日常を、絶対に守りたい。

三年後の未来に、みんなで笑っていたい。


私、もっともっと強くなります。ロブさん、見ててくださいね。


感想とブクマ、お願いします。



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