第126話 昇格祝いは恋と構文と重たい視線で
「セラフィナさん、なんですか、あれ!」
ギルドのホールに戻るなり、リリアは駆け寄って詰め寄った。声の調子は驚きと呆れと、僅かな賞賛が混ざっている。
セラフィナはきょとんとした顔で、ぱちくりと瞬きを返す。
「なにが、ですの?」
「あの魔法ですよ!一瞬で相手を倒したやつです!そんなの使えるって聞いてません!」
リリアの勢いに、後ろのエドガー、カイ、フィリアも無言でうなずいていた。全員が揃って詰め寄ってくる様子に、セラフィナは平然と胸を張る。
「実は、数日前から構文を作っておりましたの。本当は……対アトラ様用の対策だったのですけれど」
「儂に使うつもりで作ったのか、あの魔法を?」
アトラが面白がるように眉を上げる。
「ええ。わたくしにはリリアさんのように紙一重で物理攻撃をかわすような技術はありませんから。防御と拘束と無力化――この三つを一度に行う魔法なら、なんとかなるかと」
セラフィナはすこぶる得意げだった。フィリアが思わず呻く。
「思いつきで完成するような魔法じゃないわよ。あれ、滅茶苦茶複雑な構文よ?」
カイも腕を組んで、真剣な面持ちでうなった。
「俺には無理」
「カイ君でも?」
リリアは目を丸くする。
イメージだけで呪文を省略できるカイでも出来ないと言う。
ロブが静かに笑いながら言葉を継いだ。
「まあ、あれはイメージでなんとかできる部類じゃないな。ああいう複雑な機能を果たす魔法こそ、構文あっての代物だ」
「その構文を……四日で作ったんですか?」
リリアが素で驚いた声をあげる。アトラとの訓練が始まったのは、まだほんの四日前の話だ。
「まだ未完成ですわ。あの程度の電撃じゃ、アトラ様にはきっと効きませんし」
「当然じゃ!初手の防護結界も、わしが本気なら木っ端微塵じゃぞ」
アトラがドヤ顔で胸を張る。横でエドガーが顎に手をやり考え込むように呟いた。
「けど、人間相手なら効果抜群ってことだな」
そして顔を上げセラフィナに微笑む。
「やっぱセラは頑張り屋だ」
その言葉に、セラフィナが一瞬カクンと硬直して、頬がポッと赤らんだ。
「ま、まあ……わたくしほどになりますと、あれくらいは……ええと、朝食前の……前菜前、ですわっ」
「なんですかそれ?」
リリアが困惑しながら首を傾げる。取り繕いが空回りしているのがバレバレだった。
どうも、エドガーを意識し始めてから、彼の不意の言動にわかりやすく取り乱すようになっていた
その様子を、リリアとフィリアが生温い視線で静かに見守っていた。
その時、ギルドカウンターの奥からクリスが顔を出す。
「おめでとうございます。これより皆様は、Eランクに昇格されました」
黒いカードを一枚ずつ手渡していく。
リリアたちは受けとったカードを手に、顔を見合わせて、ぱっと花が咲くように笑みを広げた。
「やった!」
「へえ。前のより高級感出てるじゃない」
フィリアが興味津々といった様子でカードをくるくる回す。
カイは黒い光沢のカードに目を輝かせる。
エドガーは黙ってはいたが、口元がわずかに緩んでいた。
「当然ですわね」
セラフィナはそうつぶやいたものの、どこか誇らしげだ。
クリスが笑顔で説明を続けた。
「皆さんは、冒険者登録からまだ一ヶ月も経っていないそうですね。それでこの昇格は率直に申し上げて、異例です」
「そうなんですか?」
リリアが首を傾げる。
「はい。通常、Eランクへの昇格には平均して一年近くかかります。実際、ここまで辿り着けるのは冒険者全体の一割程度です」
「えっ、一割……?」
驚きで声が裏返るリリアに、ロブが横から付け加えた。
「冒険者ってのは駆け出しの頃は稼ぎも少ない上に、命がけの仕事が多い。現実を見て辞める奴も多いんだ」
セレニアも肩を竦める。
「死亡者もね。冒険者全体の死者の割合を見ると、GランクやFランクの初心者層が群を抜いて多いの。Eランクは、それを乗り越えた証よ」
それを聞いていたフィリアが、ふと疑問を口にした。
「私たちより早く、Eランクに上がった人っているの?」
「もちろんいるさ。中には、一ヶ月でBランクにまで上がった奴もいる」
カイが、隣のロブに目を向けた。
「ロブ師匠は、どれくらいかかったんですか?」
「んー……一年くらいだったかな。俺の頃はまだギルドが立ち上がったばっかりで、仕事は山ほどあったし、冒険者も今よりずっと少なかったからな」
そこへ、事務処理をしていた別の職員が口を挟む。
「ちなみに、新人記録の最速昇格者は……新人研修を終えてすぐ、Bランクになった方がいらっしゃいます」
「ええっ!? すご……」
リリアの目がまん丸になる。
だがロブは、どこか遠くを見るような目つきで言った。
「スピードなんて関係ないさ。冒険者にとっていちばん大事なのは――生き残ることだ。成果を急いで死んだら、元も子もない。焦るな。じっくり行け」
その言葉に、リリアたちは改めてギルドカードを見つめ直す。
黒く、艶のあるその証明が、今の自分たちの「立場」であり、「始まり」であることを誰もが静かに噛みしめていた。
そんなリリアに、不意に横から声がかかった。
「リリアさん!」
透明感のある少年の声に振り向くと、赤い瞳が飛び込んできた。
プラチナブロンドの髪が光を受けてふわりと揺れている。絵に描いたような整った顔立ちに、上品な立ち居振る舞い。
まるで物語から抜け出したような少年が、リリアをまっすぐに見つめていた。
「あっ、ファルク君!」
ぱっと笑顔を咲かせたリリアに、少年──ファルクは少し照れたように口元をほころばせた。
「ファルク君も、バルハルトを拠点にしてるの?」
「いえ、今日はギルドから呼ばれたんです。普段は僕の師匠がキャラバンの護衛をしてて、王都とバルハルトを行ったり来たりしてるんです。」
「そっか、護衛の仕事なんだね」
二人の会話を聞いていたセラフィナが、興味深そうに首を傾げた。
「お知り合い……ですの?」
「えーっ、忘れちゃったんですか? 新人研修のとき一緒だったファルク君です!」
「思い出した。リリアがダスク・ウルフから助けた、あの男の子ね」
フィリアが指を鳴らすような仕草で合点がいった顔をする。
「そうです。あの時は、本当にお世話になりました」
ファルクは柔らかく一礼した。頭の下げ方も姿勢も、無駄がない。リリアより年下とは思えぬほどの洗練された所作だった。
「えへへ、私も道に迷ってたとこ、案内してもらったし」
「そんなの、お返しにもなりませんよ」
リリアの言葉に、ファルクはむしろ恐縮したように手を振る。
「リリア………この子に案内されて来たの?」
フィリアが眉を上げる。
その表情は明らか呆れが浮かんでいた。
その横で、会話に耳を傾けていたロブが、ゆっくりと一歩前へ出た。
「君が案内してくれたのか。礼を言うよ、ありがとうな」
黒い目を細めるロブの声に、ファルクはきゅっと背筋を伸ばす。
「いえ、本当に……本当に大したことじゃなくて。それより……」
少しだけ言葉を詰まらせてから、少年はリリアの方に向き直った。
「リリアさん、昇格試験……見てました。おめでとうございます!」
「えっ、見てたの?」
「はい、偶然でしたけど。でも、ほんと凄かったです!Aランクの方と、あんなに渡り合えるなんて……!」
「いやいやいや、ザックさんが手加減してくれてただけだって」
リリアが苦笑いしながら手を振ると、ファルクはきっぱりと首を振った。
「それでも、Fランクの方があそこまで動けるなんて、信じられないですよ。僕なんてまだGランクのままなのに」
感心しきりのファルクは、次の瞬間、セラフィナ達に向き直る。
「エドガーさんは剣術だけでBランクの方と互角に戦っていたし、フィリアさんの閃気術は、あんなに綺麗で正確な魔力の矢、初めて見ました。カイさんの戦い方も、一番迫力があってかっこよかったです。セラフィナさんなんて、一瞬でAランクを倒しちゃうなんて……まさにジャイアント・キリングって感じで……! こんな凄い方々が皆さん同期だなんて……僕、感動しました!」
邪気のかけらもない笑顔と、真っ直ぐすぎる尊敬のまなざし。ファルクの言葉は、一人ひとりの胸にダイレクトヒットする。
その場の空気が、妙に静まった。
しばしの沈黙のあと、エドガーがぽつりと呟く。
「……混じりっけゼロの好意って……ほんとに存在するんだな……」
セラフィナがその横で、しみじみと同意する。
「天使って、リリアさんだけではなかったのですわね……」
「なんか私、自分がちっちゃく感じてきた……」
フィリアは眉尻を下げながら肩をすくめる。照れではなく、妙な自己嫌悪の色すら見えた。
「……俺も、昔、こんな性格だったら……もっと友達できてたかもな……」
カイの呟きは、誰にも拾われなかった。というか、誰も拾えなかった。
その場にいた全員が、それぞれに謎の自己反省モードに入っていた。完全無垢なファルクという名の小さな爆弾が、彼らの価値観に小さく穴を空けていたのだった。
「みんな、揃ってるわね」
低く靴音が響き、ギルドホールの階段を降りてきたのは、バルハルト支部のギルマスター・ライゼ。そしてその隣には、統括ギルドマスターのゼランの姿もあった。
「よぉ、お前ら。聞いたぞ。五人全員、Eランク昇格だってな」
ゼランが歯を見せて笑う。肩の力を抜いたような物腰だが、その目にはしっかりと実力を認めた色があった。対してライゼは、ギルマスターという立場を弁えてか、特に昇格の件については何も言わなかった。ただ静かに弟子たちを見ていた。
「ファルク。あなたもいたのね。ちょうどよかったわ」
ライゼが、柱の陰にいた少年へと声をかける。プラチナブロンドの髪が、ほんの少し揺れた。
「実はね、魔導学舎の編入試験の日程が決まったの。一週間後よ」
「そうか」
ロブが短く頷く。関係者たちの空気は既に次のステージを見据えていた。
「ファルク君がいてちょうど良かったって……どういうことですか?」
リリアが首を傾げて尋ねると、ライゼが意地の悪い微笑みを浮かべた。
「彼も、学舎に編入する予定なのよ」
「えっ!?」
リリアの瞳が丸くなる。その反応に、ファルクは照れくさそうに後頭部をかいた。
「僕は冒険者の中では一番年下なので年齢も丁度いいから勉強してこいって言われて……。あ、でも、試験に受かるかはわからないですけど……」
「そうなんだ。一緒に行けるといいね!」
ぱっと花が咲くように、リリアが笑う。その眩しさに、ファルクは思わず顔を赤らめ目を伏せた。
そして。
「…………おや?」
セラフィナがニマニマ。
「…………これはこれは?」
フィリアもニマニマ。
二人の女子の視線を感じ取ったエドガーとカイは、同時に静かにため息をついた。
そんな空気を一切読まないファルクが、再び顔を上げた。
「はいっ! 僕、リリアさんと一緒に通えるように、試験頑張ります!」
その声には一切の打算も見栄もない。混じりっけゼロ、純度百パーセントの真っ直ぐな宣言だった。
――無垢な笑顔が、一人の少年の恋心に火を点けたことに、リリアはまるで気付いていなかった。
そして。
ロブが黒い瞳をどんよりと細めてこちらを見つめていることにも気付いていなかった。
静かに、重たく、じっとリリアとファルクの間に立つ“何か”を見つめるように。
その表情に気付いたのは――少年と少女を除いた全員だった。
「ねえ……あれって……」
「はい……妬いてますわ、絶対に……」
セラフィナとフィリアが小声で顔を見合わせる。
ライゼはそんなロブをちらりと横目で見て、なぜか不機嫌そうに鼻を鳴らした。
陽が傾き始めたバルハルト。その片隅で一人の男だけが暗く重い雰囲気を身にまとっていた。
【リリアの妄想ノート】
セラフィナさんの魔法、ほんとに一瞬だったんです。
結界で守って、拘束して、麻痺までして……って、なにそれ怖い!
しかも四日で作ったって言ってましたよ?
そんなの聞いてませんってば!
でも今回いちばんびっくりしたのは、やっぱりファルク君かも……
なんかこう、キラキラしてて、素直で、褒め上手で……うん、天使でした。
え?
ロブさんの顔がちょっと怖かった?
気のせいですよね?……ね?
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