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第124話 遅すぎて避けられない!?英才教育の弊害

 ザックは腕を組んだまま、にやりと唇を歪めた。


「ちんちくりんが短剣構えてもなあ……おままごとにしか見えんぞ」


 視線は、上から下まで値踏みするように冷ややかだ。余裕と侮蔑に満ちている。


 リリアは無言のまま、腰を深く落としていた。両手の短剣は逆手に構え、肩の力は抜けている。それでも空気には張り詰めた緊張があった。


 闘技場の隅。セラフィナ、エドガー、カイ、フィリアが言葉もなく並んでいる。視線は一点に注がれ、誰の口からも声は出ない。


 観客席ではロブとセレニアが無言で見守り、拳を握りしめていた。アトラだけが、ほんの僅かに笑みを浮かべていたが、瞳の奥には鋭い光が宿っていた。


「始め!」


 審判の声が響いた瞬間だった。


 リリアの足が地を蹴る。


 空気が圧縮されるような音が鳴り、少女の身体が一閃する。


 風が鳴った。


 空気を切り裂く音とともに、リリアが一瞬でザックの眼前に迫っていた。


 低く沈んだ体勢から、鋭く刃が跳ね上がる。右足を軸に滑るように斬り上げる、見切れぬ速さの一撃。


 だが──


 ガンッ!


 重金属の音が響いた。


 ザックの大剣が、無造作に振り下ろされていた。短剣はあっさりと弾かれ、リリアの勢いは止まる。


「ほう」


 嘲るような笑みの奥に、かすかに瞳が細められる。


「ちっとは骨があるか……少しは遊べそうだな」


 セラフィナたちの周囲で、ざわめきが上がっていた。


 受験者たちは声を潜めることも忘れ、ぽかんと口を開けている。


「え?今、あの子、消えなかったか?」


 青年剣士が困惑混じりに声を漏らし、


「全然動きが見えなかった………」


 女戦士が呆然と呟いた。


 それも無理はない。


 リリアが纏うのは、闘気ブレイズによる速度強化のヴェール。  

 瞬間的な脚力と反応速度を跳ね上げる、魔力を使った技術。


 だが、Fランクの冒険者にとっては、そもそもその存在すら知らない者が大半だった。

 見たことも、感じたこともない。ならば、目の前で起こったことに理解が追いつくはずがない。


 だが──


 そこは、Aランク《白狼》のザック。


 目の前にリリアが迫った瞬間、重たい剣を片手で軽々と振り下ろしていた。


 短剣は弾かれ、距離を取る間もなく間合いを潰される。


 リリアは、切り替えるように刃を交差させて切り込む。二撃、三撃、四撃──怒涛の刺突と斬撃を繰り出す。


 が、それらはすべて、


 “いなされた”。


 回避でも受け止めでもない。  

 最小限の動作で、刃の軌道をずらされていた。


 その隙を突いて、ザックの大剣が横からうなりを上げる。


 リリアの脇腹を、刃引きされた剣が容赦なく打ち据えた。


「あぐ!」


 痛みに顔を歪めた瞬間、追い打ちのように重たい足が突き上げられる。


 ドゴォ!


 鳩尾に食い込んだ衝撃音とともに、リリアの小柄な体が宙を舞った。


 数メートル先まで吹き飛ばされ、床に転がる。


 ゴロ、ゴロ、ゴン。


 身体が止まるまで、三回も転がった。


「かはっ………!!」


 床に伏せ、唾を吐き、呻く。


「リリア!」


 ロブの叫びが、闘技場に鋭く響き渡った。


「よく飛んだなあ。ボール遊びには持って来いだ」


 楽しそうに笑うザックの声を聞きながら、ロブの黒い瞳に静かに宿る殺気を察したのは、セレニアとアトラだけだった。


「Fランク《灰梟》の分際で闘気を使えるのは褒めてやるが、Aランク《白狼》にそんなもんが通用するわけないだろ」


 リリアがよろよろと腹を押さえながら立ち上がる。


 まだ足元が覚束ない。

 だが、ザックの嘲りを前にしても、その表情は崩れなかった。


 変わらぬ嘲笑を浮かべるザックが、肩をすくめる。


「降参するなら今のうちだぞ」


 リリアは顔を上げ、脂汗に濡れた顔に、それでも負けじと笑みを浮かべた。


「さっき、十秒で医務室送りにするって言ってましたよね……」


「あ?」


「とっくに十秒経ちましたよ」


「てめえ……!」


 ザックが憤怒の表情で歯噛みする。


 その様子を見て、思わずロブの口元にわずかに笑みが漏れた。


 その言葉は、かつてロブが紅竜団の幹部ヴォルフに言い放った台詞だった。

 

―――よく覚えてるな。


 胸の奥に、静かな誇らしさが広がっていく。


 初めて、ザックの方から仕掛けた。


 膨れあがる闘気と、獣じみた威圧感をそのままぶつけてくる。


 リリアは咄嗟に反応していた。

 両脇に短剣を添え、腰を低く落とす。


 ガギィン!


 左からの一撃が、盾とした短剣に激突する。

 反動で腕が痺れ、肘の奥まで震えた。

 そのまま後ろへ跳ね、間合いを取り直す。


 が、すぐに次。

 真上からの斬撃が襲う。リリアはかろうじて飛び退いたが、ザックの剣はさらに追撃。

 短剣で受けたが、衝撃が残り、腕の力が抜けた。


「さっさと終わらせるつもりだったが、気が変わった。時間ギリギリまで嬲ってやるよ」


 ザックはいやらしい笑みを浮かべている。


 闘技場の隅では、セラフィナ、エドガー、カイ、フィリアが黙って睨んでいた。

 闘技場を囲む観覧席ではロブ、ロブとセレニアは目を細めたまま。アトラだけが、笑みを含んでいた。


「性格は最悪だけど、実力は伊達じゃないわね」


 セレニアが悔しそうに呟く。


「好き放題しやがる。……あれがEランク《黒狐》の昇格試験かよ」


 ロブが眉をひそめる。


「まあ、見ておれ海老男」


 アトラの声が穏やかに響いた。


「なに?」


「リリア嬢、何か狙っておる」


 ロブが視線を戻すと、リリアの足元で、右のつま先がわずかに動いていた。

 トン、トン、とリズムを刻むように、上下している。

 音は聞こえない。だが、リリア本人には、きっと鮮明に響いているはずだ。


「……リズムを取ってる?」


「左様。そもそも、あの男の一撃は速い。新人には回避不能の速さじゃ」


 アトラが答える。


「じゃが――リリア嬢は、なんとか凌いでおる。なぜか?」


「……毎日、俺たちの攻撃を受けてたからか」


「うむ。儂らは手加減などしておらん。じゃからこそ、あやつの中の“基準”が既に違うのじゃ」


 アトラの目が細まる。


「速すぎて見えない攻撃――それが、あやつの日常だったのじゃ。ロブ、お主や儂、ライゼの一撃を何度も何度も、あの子は受け止めようとしてきた。じゃから最近は躱されるようになりおった」


 思い出しながら嬉しそうに笑う。


「ロブ。お主も儂の本気の一撃なぞ目視できまい。しかし貴様は長年の経験と勘で防ぎよるが、リリアはそうはいかん。圧倒的に経験が足りん。それがなぜ躱せるのか」


 問いかけるようにロブを見る。

 ロブはすぐに思い当たった。

 弟子の中でリリアが持つずば抜けた能力に。


「記憶を頼りに避けてるのか」


「左様」


 アトラがにんまりと笑う。


「あやつはな、一度見た攻撃の動き――剣筋、間合い、気配――そういったものを、一度で頭に刻めるのじゃ。並の者なら曖昧にしか覚えられぬ一撃を、細部まで克明に、まるで筆で写したように記録する。じゃから攻撃前の挙動で来る攻撃と方向を予測できれは躱すのは容易い」


 アトラのしたり顔にセレニアは異を唱える。


「口で言うのは簡単だけど、それ、とんでもなく集中力がいるわよ。本気出したドラゴンの爪なんて予測してたって避けられないわ」


「リリア嬢の集中力の高さはさっきの魔法テストで実証済みじゃ。自分なりの攻略法を持っているのは強みになる」


「なるほどな……ゼランもライゼも剣速は音より疾いなんて言われてるから、避けるためには癖を見極めるのは大事な戦法だ………」


「うむ。あのザックとか言う男も今のリリア嬢の動体視力では捉えきれんから、同じように試みたのじゃろうが、儂らとあやつではスピードが違う」


 ロブの目が見開く。


「つまり……ザックの攻撃が遅すぎて、逆に戸惑ってたのか」


「その通り。あやつは儂らの速さに慣れすぎておる。同じ目に見えない動きならと同じタイミングで待ち構えておったら遅くて肩透かしをくらった。そこが隙になる」


「仮にもAランクがそんな隙見逃すわけないもんな。序盤やられてたのはそういうことか」


 ロブが唸るように言う。


「リズムを刻んでたのはザックの速さを計ってたってことか………となると、もうザックの動きは頭に入ってるな」


 アトラが、やや誇らしげに言った。


「いや、頭だけではない。身体そのものに、記憶させておる。あやつの中で、“今の敵”がどう動くかは、既に組み上げられておる。あとは、その記録をなぞるだけじゃ」


 アトラはゆっくりと頷いた。


 ロブの目に、ふっと熱が灯る。


 そして、その“常人離れした記憶力”が、今まさに解放されようとしていた。


 リリアが、構えを変えた。

 防御を解き、半身を前に出す。

 トン、トン……右足のつま先が、わずかに拍子を刻む。

 そのリズムの裏に、ザックの動き――癖、癖、癖――すべてが読み込まれている。


「始まるぞ」


 アトラの声が、合図のようにリリアの反撃を告げた。


 ザックが大剣を振りかぶる。


「とどめだ!」


 鋭い一撃。風が裂け、地を穿つ。

 しかし――リリアは、もうそこにいなかった。


 わずかに体をそらしただけで、斬撃は空を切る。

 刃先が床に突き刺さり、粉塵が舞った。


 リリアは微動だにせず構え、ザックの目を真っ直ぐに見ていた。

 その靴先は小さくリズムを刻み続けながら―――。


 顔をしかめたザックが剣を返し、今度は横薙ぎに一閃。

 リリアは小さく踏み込みを外し、それを避ける。


 連続で躱されたことで、ザックの眉間に皺が寄る。

 明らかに――何かが変わった。


「っらあ!!」


 怒声とともに地を蹴る。

 間合いを潰し、大剣が連続で振り下ろされる。

 それら全てを、リリアは紙一重で回避していた。


 空気が変わる。観衆がどよめき、歓声が上がる。


「今の見えた!? 避けたよな、全部!」


「やばいって、マジで当たってない!」


「Aランク相手に、あの子……!」


 闘技場の隅。セラフィナ、エドガー、カイ、フィリアが歓声を上げる。


 ロブも観戦席で立ち上がった。


「いいぞ! リリア!」


 まるで運動会に来た父親のような声で叫んだ。

 セレニアとアトラが顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれる。


「完全に動きを読んでるわね。ザックが動くよりも前に、もう体が先に動いてる」


「うむ。癖を見抜いておるな。あれはもう本気で振っておる」


「闘気を使ってないとはいえ、あれだけの太刀筋を読むなんて……」


「儂らの指導の成果……と言いたいところじゃが、あやつ自身の資質も見過ごせぬのう」


 ロブが言葉を継いだ。


「いや、お前らが相手だったから、リリアは今、ザックを恐れず立っていられる。気持ちの在り方は、相手を大きくも小さくも見せる。あいつにはザックが小さく見えてるんだよ。セレニアやアトラ、ライゼ、ゼラン。伝説級の戦士相手に毎日のように叩きのめされてきたんだ。ザック程度じゃ、あいつの“基準”に届かない」


「そりゃ、儂に比べればあやつなぞミジンコみたいなもんじゃ」


 えへんと胸を張るアトラを横目に、視線を闘技場へ戻す。

 中央では、なおも剣戟が交わり続けていた――が、その流れに、確かな“変化”が訪れ始めていた。


 ザックが大剣を振りかぶる。


「この………!!」


 怒気に満ちた声と共に、体重ごとリリアへ突っ込む。

 剣は振らず、ほぼ体当たりの突進。その迫力に観客席がざわついた。


 だが、リリアの青い瞳は冷静だった。

 ザックの全身を捉えたまま、ひとつ息を吸い――右手を前に突き出す。


「《フレア・バレット》!」


 詠唱を省略した魔法が一点から閃光のように放たれる。

 紅蓮の弾がザックの目前で炸裂した。


「ぐおっ!?」


 咄嗟に腕をかざし、顔面への直撃を回避するが――突進の勢いは完全に殺された。


 リリアはその一瞬の隙を逃さない。

 軽く地を蹴り、跳躍。左手に握られた短剣が、逆手のまま閃きを帯びてザックの喉元へ――

 刃先が首筋に触れたところで、静かに止まった。


「そこまで!時間切れだ!両者、距離を取れ!」


 試験官の鋭い声が場内に響き渡る。

 リリアは素早く飛び退き、無言で開始位置に戻った。


「時間いっぱい耐久により――リリア・エルメア、合格!」


 判定の声が高らかに響く。しかし、会場の空気はどこかざわついていた。


「ちょっと今の、絶対リリアの勝ちでしょ!」


 フィリアが抗議めいた声を上げる。

 他の観客からも、異議とも落胆ともつかない声があがった。


 試験官はやや困った顔で言葉を続けた。


「リリア・エルメアの最終攻撃は、タイムアップのあとに成立したため、無効と判断した。ゆえに勝敗の決定は行わない」


 どよめきが続く中、ロブが椅子の背にもたれ、口の端を吊り上げた。


「……計算してやがったな、あいつ」


 セレニアが腕を組んで目を細める。


「時間ぎりぎりを狙って、ザックの顔を潰さず試験を終わらせたってわけね。あの状況でそれをやるとか、大した器よ」


「計算と言えば」


 アトラが思い出したように呟く。


「さっきの《フレア・バレット》も、無詠唱なら防ぎきれんかったじゃろうに、わざと名前を叫びおったな。天晴なやつよ」


 嘆息して笑みを漏らす。


 当のリリアは、どこまでも爽やかな笑顔だった。


「ありがとうございました!」


 試験官へ深く頭を下げる。

 続いてザックの方を向くと、躊躇いなく進み出て――


「ザックさん!」


「あ?」


 ぶっきらぼうに返すザックに、リリアは満面の笑顔を向ける。


「本当にありがとうございました!やっぱりAランク《白狼》の方は強くて、尊敬します!」


 その笑みは、まさに“光”だった。

 清廉で、まっすぐで――まるで祝福を受けたかのような。


「…………天使かな?」


 カイの呟きに、セラフィナもフィリアも、そしてエドガーも、無言で頷いた。


 ザックすら、ぽかんとしたままリリアを見返していた。


 彼女はもう一度、深々と礼をして背を向ける。

 歩き出したその背中に、ザックの声が飛ぶ。


「待てよ、嬢ちゃん」


 リリアが立ち止まると、ザックはバツが悪そうに頭を掻いた。


「今のは……俺の負けだ。正直、お前のこと、ナメてた。油断もしてた。だが、普通それでもFランクに負けたりしねえ。お前さんは……強かったよ」


 今度はリリアが目を丸くする番だった。


「リリア、って言ったな」


 ザックはまじまじと彼女を見つめ、続けた。


「海老野郎は嫌いだが、お前さんは気に入った。……立派な冒険者になれよ」


 そう言って、右手を差し出す。

 リリアは戸惑いながらも手を差し出し、しっかりと握手を交わした。


「悪かったな、蹴っちまって。……痛かったろ?」


「いえ。ヴェールを使っていたので、平気です」


 二人の間に、穏やかな空気が流れた。


 その場にいた試験官も、つい口元を綻ばせる。


「いや、本当に天使か何かか、あいつ……」


 ロブが呆れ声でぼやいた。


 試験前にはバチバチだったはずの相手を、最後には丸め込んで味方にしてしまう。

 笑顔一つで、空気ごと持っていった。


「いろんな意味で末恐ろしい子ね……」


「将来が楽しみじゃのう。のう、海老男よ」


「……だな」


 ロブが困ったように笑う。


 この時、まだ誰も知らなかった。

 後にギルド内に“リリア・エルメア後援会”――通称“リリアファンクラブ”なるものが設立されることを。







【リリアの妄想ノート】


避けられなかったんじゃないんです……!

遅すぎて、逆にどう動けばいいのかわからなかったんです……!


毎日、師匠とアトラさんとセレニアさんに命懸けでぶん殴られてきたせいで、

身体が“本気の殺意”基準で動くようになっちゃったんですよ。

あんなにゆっくり来られると、逆にタイミングがズレるっていうか、ええ。


これ、もしや“英才教育の弊害”ってやつですか……?


でも、最後はちゃんと勝った(?)のでヨシ!


感想とブクマ、お願いします!

くれたらリリアファンクラブから公式グッズを差し上げます!(嘘)



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