第122話 昇格と満漢全席。〜冒険者の現実と、師匠の背中〜
「……五十四、五十五、五十六……」
ギルドカウンターの奥。受付嬢のクリスが、ずらりと並べられたオークの耳を手袋越しにひとつずつ数えている。
リリアは視線を逸らしていた。セラフィナは目を閉じ、エドガーもやや遠い目をしている。
そんな中、カイは妙に誇らしげな顔で腕を組んで立っていた。
「お待たせしました。オーク百二十七体、討伐確認いたしました」
クリスは軽く頷くと、冒険者カードを魔法陣にかざしていく。淡く光る転送魔法が順番に発動し、記録がカードへと刻まれていった。
「この功績により、皆さまには昇格試験の受験資格が付与されます。ご希望であれば早期受験も可能ですが――」
「受けさせる。全員な」
ロブの短い言葉に、受付嬢が頷く。
「かしこまりました。一番近い日程は……今日、この後すぐ受けられますね」
「えっ、そんなすぐに!?」
リリアが驚きの声を上げると、セラフィナが二の腕をもみほぐしながらぼやく。
「まだ筋肉痛治ってませんのに……」
「同じく」
フィリアも、肩を回しながら眉をしかめ、エドガーは上を見ながらぶつぶつと呟く。
「俺たち、Fランクの灰梟だから……次って、えーと……」
「Eランクの黒狐ですよ」
リリアが即答する。彼女の頭の中には冒険者ランクが完璧に記憶されている。
「どんどん強そうな名前になってくんだな」
カイが嬉しそうに呟く。
受付嬢はにこやかに告げた。
「では、準備ができ次第、試験会場へご案内しますね」
ギルドの査定が終わり、しばしの休憩を挟んだ後。
一行は、ギルド併設の魔物素材買取所へと足を運んでいた。
武具と革の匂い、薬品と血と油の混じった重たい空気。
熟練の職人たちが並ぶこの場所は、戦いの後の冒険者たちが最も現実に戻される空間でもある。
「さて……じゃ、出すか」
ロブが腰に手を当てて一歩前に出ると、短く呪文を唱えた。
その手のひらから音もなく空間が捻れ、裂ける。黒い穴がゆっくりと開いた。
次の瞬間――。
ズン! ズン! ズズズン!
重たい音を連続で響かせながら、数十体のオークの死体が、まるで滑り落ちるように並べられていく。
地響きと共に広がっていく異様な光景に、職人たちは文字通り目を剥いた。
「お、おい……あれ全部……?」
「うっわ……マジかよ……」
ざわつく空気の中、まだ若い職人のひとりが呆然と呟いた。
「……これが、海老男の満漢全席……」
「は?」
リリアがぽかんと口を開ける。
「ロブさんのことですよ。たま〜に現れては、尋常じゃない量の素材を一気に持ち込んでく。職人たちの間じゃ、そう呼ばれてます」
説明したのは隣にいた別の職人。半笑いでありながらも、どこか畏怖も滲んでいる。
「満漢全席て……」
カイが横で呆れたように眉をひそめる。
セレニアはその光景を見ながら、どこか懐かしげに息をついた。
「皆には迷惑かけたわね」
それに対し、アトラはどこ吹く風であっけらかんと答える。
「貴重な素材を持ち込んだのじゃぞ? 贅沢言うでない」
肩をすくめるセレニアの横で、職人たちは唸りながら死体の山を見つめていた。
リリアたちはまた一つ、自分たちの師匠が歩いてきた“伝説”を知ったのだった。
冷えた石床に整然と並べられたオークの死体群を前に、ベテランの買取職人が唸った。
「……こりゃまた見事な解体だ。筋肉の繊維に沿って刃を入れてあるし、目玉も潰さず抜いてある。処理が丁寧だ」
鋭い目つきで一体ずつ確認しながら、素材価値を一つ一つ査定していく。
「内臓はどれも新鮮。これは薬師が喜ぶな。骨も割れてない。焼いて装飾に使える。皮も厚みが均一で加工向き。――これなら……そうだな。全部で、20万リュークってところか」
数字を聞いたリリアたちは思わず息を呑んだ。
ロブは表情を変えずにうなずく。
「それで頼む」
職人は帳簿に金額を記し、さらさらと書面に記入していく。
「報酬はギルドの分と合わせて、南ヴァルシア信用組合の口座に振り込んでおきます」
書面を渡されながら、リリアがふと首をかしげた。
「現金でやり取りしないんですね?」
その言葉に、ロブは肩をすくめた。
「金貨の袋をぶら下げてたら、どうぞ盗んでくださいって言ってるようなもんだろ。よほどの少額じゃなきゃ現金手渡しはまずしない。トラブルの元だ。――それに、100万リュークを持ち運べるか?」
「あはは、それはそうですね」
リリアは苦笑し、周囲の弟子たちもどこか納得したようにうなずく。
だがカイだけは、どこか思案顔のまま顎に手を当てている。
「どうかしたの?」
フィリアが尋ねると、カイは少し迷った末に答えた。
「なんか……不思議な感じなんだよな」
視線は下を向いたまま答える。
「こういう功績をカードに記録したり、銀行でのやりとりにしたりって……中世っぽい文化レベルの割に、妙に進んでるところがあるっていうか」
その言葉に、アトラがくすりと笑って黒髪を揺らす。
「お主にはそう見えるじゃろうな。だが、二千年前に文明が一度滅びたとはいえ、全ての技術が失われたわけではない。むしろ、魔法が文明を引き継いだと考えるべきじゃ」
ロブも続ける。
「特に通貨流通はな。今の時代、金貨よりも書面やカードのほうが早く、安全にやりとりできる。魔法で認証や転送もできるから、不正も起きにくいしな」
「そっか……魔法で経済ごと再構築したって感じか」
「ま、そうだな。金貨を持ち歩いていたら強盗に遭うが、カードなら奪っても認証できなきゃ意味がない。――文明の進化ってのは、案外そういう“必要”から生まれるんだよ」
静かに言いながら、ロブはリリアたちの顔を見渡す。
「今のお前らがそうして冒険してるのも、誰かが必要に迫られて新しい仕組みを作ってきた結果だ。大切にしろよ」
弟子たちは、ひときわ真剣な顔でその言葉を聞いていた。
セレニアが、ひょいと肩をすくめて言った。
「ちなみに、アルトリア初の銀行を作ったのはロブよ」
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
リリアが耳まで真っ赤にして目を剥く。
「ロブさんが……!? 銀行!? え、あの、お金の、あれって、そんな、えぇ……?」
ロブは顔をしかめて、こめかみを指で押さえた。
「おい余計なこと言うなよ……。誰がそんな話しろって言ったんだ」
「だって、ねえ?」
セレニアはいたずらっぽく笑って、リリアの頭をぽんと撫でる。
「師匠のそういう一面も見せておいた方がいいと思って。いつかこの子たちが、その方面に関わる可能性もあるんだから」
「関わらなくていい。俺は必要に迫られてやっただけだ」
ロブはぼやきながら踵を返すと、無言で歩き出した。
「もういいだろ。試験会場に行くぞ」
ロブの背中が、通路の奥へと遠ざかっていく。その歩幅は大きくも小さくもなく、ただまっすぐだった。
アトラは、彼の背中を見送りながら、そっと呟いた。ロブにだけは聞こえないように。
「金や権力に興味のないあやつが、なぜそうまでして制度や仕組みに尽力するのか……よう考えることじゃな。あやつはいつだって、この世界の“当たり前”を疑っとるのじゃ」
その呟きに返す者はいなかった。
けれど誰もが、ロブの背中を、どこか敬意をこめて見送っていた。
ギルドの一角、訓練施設に併設された《昇格試験用訓練場》。
魔力を吸収する特殊な石材で構成された広場に、ギルド職員らしき男たちが二名、待ち構えていた。片方は腕組みしたままの屈強な男、もう一人は記録係らしく書類を手にしている。
「昇格試験希望の新人パーティーか? ――よし、聞いてる。準備はいいな?」
屈強な男の声に、リリアたちは緊張の面持ちで頷いた。
武器を手にしている者もいれば、魔法の準備を整えている者もいる。だが皆、どこか表情に“戦い”とは異なる種類の緊張感が漂っている。
ロブはそんな彼らの背中を見て、軽くあごをしゃくった。
「気張る必要はない。いつも通りでいけ」
「でも試験って、どんなことするんですか?」
リリアが聞いた。
「実地演習だ。三人の試験官が順番に技能を確認してくる。基礎体力、武器術、魔法運用、そして最終評価……だいたいそんな流れだな」
ロブが応えると、試験官のひとりが書類をめくりながら補足する。
「基礎体力は、一定距離の走破、重量物の運搬など。武器術と魔法は模擬戦形式でやらせてもらう。こっちは加減してやるから、思いきりかかってこいよ」
「手加減は必要ないですよ」
エドガーが不敵に笑う。
セラフィナが胸の前で手を組み、小さく息を吸いこんだ。
「……わたくし達の実力、正しく測ってもらいましょう」
「うむ! お主らの実力、あやつらに見せてやれ!」
アトラは満面の笑みで送り出す。
そしてリリアが、深呼吸ひとつ――
「よしっ……! やるぞ、私!」
気合いを入れて、前に一歩踏み出す。
こうして、弟子たちの昇格試験が、静かに幕を開けた。
【リリアの妄想ノート】
えっと……耳を切って、査定してもらって、素材売って……
その結果、20万リューク!?!?
え、そんなに!? オークってそんなに高かったんですか!?!?(今さら)
しかもロブさん、しれっと「銀行システム作った」とか過去にとんでもないことしてるし……
ギルドの報酬も口座振込って、経済仕組まれてるし、魔法で資産管理って、
これもう異世界じゃなくて未来世界ですか!?
あっ、でも!
ロブさんが歩いてきた道が、
こうして世界の“当たり前”になってるんだなって思ったら……
私も、ちゃんと“残せる”弟子になりたいなって思いました。
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