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第117話 崩れた魔力、揺れる剣、そして師が呼ぶ――セラフィナの覚悟が試される件

 午前の陽光が訓練場をまぶしく照らしていた。  リリアとセラフィナは距離を取って対峙している。互いに構えた指先には、ほんのわずかな魔力の揺らぎが見えた。


「フレア・バレット、行きますわよ」


 宣言とともに、セラフィナが紅蓮の弾丸を放つ。その精度、速度、威力――どれを取っても一級品だった。だが。


「はいっ!」


 リリアの応射が鋭かった。  リリアのフレアもまた、正確に軌道を読んで飛来する。両者の魔弾が空中でぶつかり、火花のように四散した――


「えっ」


 わずかに、ほんのわずかに。  遅れたのはセラフィナの対応だった。次の一撃でリリアは的確にカウンターを取り、セラフィナの防御の隙間に炎弾を差し込んだ。


 爆発音とともに、セラフィナのバリアが砕ける。  尻餅をつきながら、彼女は呆然とした。


「え、負け……?」


 思わず口をついて出たその言葉に、自分でも驚いた様子だった。


「セラフィナさん……大丈夫ですか?」


 リリアが駆け寄ると、セラフィナはすぐに立ち上がった。


「……もう一度。お願いします」


 瞳に火が灯る。だがそれは、闘志というより焦燥に近かった。


 二戦目。  先ほどと同様に距離を取って構えるが、セラフィナの魔力がどこか不安定に揺れていた。


 ――集中、しなくては。


 自分に言い聞かせるように呟き、彼女は魔力を収束させる。  しかし、その額にはわずかな汗。心が――別のことで、埋め尽くされていた。


「行きます!」


 今度はリリアが先に動いた。  弾幕のように放たれる連続魔弾。その速さと軌道に、セラフィナはついていけなかった。


「くっ……!」


 防御が間に合わず、セラフィナの右肩に一発がかすめ、よろめいた瞬間、リリアの追撃が炸裂する。


 再び、勝負あり。  

 土煙の中に、肩を落としたセラフィナが立ち尽くしていた。


「セラフィナさん……今日、調子悪いですね…………」


 リリアの声は静かだった。  

 勝者の誇りなどない。心配の混じった、優しい響きだった。


 セラフィナは俯いたまま、唇を噛みしめる。

 心が乱れているのは自覚している。だけど、どうして……。


(こんなはずじゃ、なかったのに……)


 魔力量ではセラフィナの方が上だ。

 それなのに押し負けてしまう。

 

 リリアの眼差しは、ただ彼女の友として、沈んだ横顔を見つめていた。


 ――ああ、これ……完全に引きずってるな。


 魔力の立ち上がりも、集中の冴えも、いつものセラフィナじゃない。

 リリアは、戦いの構えを解いたまま、目の前の彼女をそっと見つめた。


 昨日の夜、あれだけ動揺してたんだ。そりゃ、切り替えろって方が無理か。


 けれど――だからこそ、リリアは胸の奥で静かに歯を食いしばった。

 彼女にとっての「普通」が崩れているのなら、それを立て直す手助けくらい、自分にだって……できるかもしれない。




 一方、訓練場の端では、エドガーが無言で剣を振っていた。

 空を裂くような風音とともに、鋭く、正確に。振り下ろし、薙ぎ払い、また踏み込む。


「……いい気迫だな」

 受け手のゼランが苦笑混じりに呟いた。

 その手にした剣は軽く震えている。手応えは十分すぎた。


 だが、エドガーはその言葉にも反応を返さない。ただ、ひたすらに剣を振るい続けている。

 額に滲む汗も拭おうとせず、目線は真っ直ぐ前だけを見据えていた。


 その姿は、まるで――


 何かを、切り捨てようとしているかのように見えた。

 あるいは、自分自身の感情ごと、打ち払おうとしているような。


 全身を訓練に叩き込むような集中――そこにあったのは、昨日の夜に芽生えた、どうしようもない想いを閉じ込めるための、必死な逃避だったのかもしれない。



 そんな二人の様子を、ロブは訓練場の隅から静かに見つめていた。


 ひとつは、魔力を空に散らして悔しげに唇を噛む少女。

 ひとつは、剣先に魂でも宿したように黙々と振るい続ける少年。


 どちらも、妙だった。


 セラフィナは集中を欠いている。普段ならリリアとの手合わせで連敗するはずがない。

 エドガーの方も、腕が鈍っているわけではないが――やたらと気合が入りすぎている。まるで、何かを忘れたいとでもいうように。


 ロブは腕を組んだまま、そっと眉をひそめた。

 ふたりとも、らしくない。




 「よし、休憩だ」


 ロブの一声で訓練の区切りが告げられ、弟子たちが思い思いに散っていく。緊張感の残る空気のなか、ふらりと足元をよろけさせたのはセラフィナだった。


 すかさずエドガーが一歩踏み出し、肩に手を添える。


「大丈夫か? セラ」


 その声に、セラフィナはわずかに肩を揺らし――そして、触れられたことを自覚すると同時に、顔を一気に紅潮させた。


「だ、大丈夫ですわ!」


 慌てて身体を引き、息を呑んだまま小走りに屋敷の方へ駆けていく。スカートがひるがえり、その背中はいつになく落ち着かない雰囲気を醸していた。


 残されたエドガーは、しばしその背を呆然と見送る。


 

 ロブはそれを見届けると、すぐ近くにいたリリアの方へ視線を向け、声を掛けた。


「なあ、リリア。セラフィナ、何があったんだ?」


 リリアは一瞬だけ黙ったのち、周囲を気にしつつロブに耳打ちする。


 ――昨夜の女子会の内容を、簡潔に、しかし要点を外さぬように伝えた。

 セラフィナは自分の中にあるエドガーへの想いにようやく気づきかけ、そのことに混乱していること。


 幼馴染みとして当然のように隣にいた存在が、いつか他人のものになるかもしれないという現実に初めて触れたこと。


 そして、それが自覚を伴わない不安となって、今朝から明らかに様子がおかしいこと。


 ロブは最後まで黙って聞き、そして小さく吹き出した。


「そりゃまた、らしくねぇな……あいつ」


「笑い事じゃないですよ」


 リリアが睨むと、ロブは肩をすくめ、軽く咳払いをして誤魔化した。


「……たしかに、あのままだと訓練にならんか。怪我されちゃ困るしな」


 そう言いながら顎に手を添え、視線を遠くに投げるロブ。その視界の端に、歩み寄るひとりの少年の姿が映る。


「カイ」


 ロブが名を呼ぶと、カイはきょとんとした顔で足を止めた。


「お前にも、ちょっと聞きたいことがある」


 その声音に、空気が再び張りつめる気配を見せた。




「ええっ!? セラフィナさんの婚約者って、王子様なんですか!?」


 リリアの素っ頓狂な声が、訓練場の空に高く響いた。


「声が大きい」


 カイが人差し指を立てて「しーっ」と口元で静かに合図する。


 慌てて口を両手で塞ぎ、周囲をぐるりと見回すリリア。幸いにも他の弟子たちは各自の休憩に夢中で、こちらの騒ぎには気づいていないようだった。


「口止めされてるわけじゃないけど……まあ、いずれセラフィナが自分で言うだろうしな」


 カイはロブの目をまっすぐ見ながら、淡々と口を開いた。


「……だからこそ、エドガーは自分の気持ちにずっと蓋をしてた。いや、蓋っていうより……最初から“見ないようにしてた”んだと思う」


 その声音は、年齢に似つかわしくないほど静かで、深かった。


 リリアが彼の顔をそっと覗き込むと、カイは目を細めて遠くを見るように言葉を継いだ。


「昨日、俺たちと話して、引っ込めてた想いが……顔を出したんだろうな」


 どこか諦めを帯びたその言葉に、リリアの胸が少しだけ痛んだ。


 ――この少年は、前の人生の記憶を抱えている。


 その事実をふと思い出して、リリアは小さく息をのむ。


(前世、今世あわせて三十歳……か。うん、やっぱり老けて見える)


 まるで年相応の少年らしさを一時的に脱ぎ捨てたような、カイの静けさだった。


「なるほどなあ。王子と……か」


 ロブは空を見上げるようにして、ぼんやりと呟いた。


 淡く差す昼の陽が、訓練場の埃を優しく照らしている。微風が草の香りを運ぶ中で、彼の言葉だけがやけに重く響いた。


「他人がとやかく言ってもしょうがないが……俺としては、そうも言ってられないしな」


 その声に、隣で耳を傾けていたリリアが振り向いた。


「なにか、妙案があるんですか?」


 希望を込めて問う彼女に、ロブは小さく肩をすくめる。


「そんな大げさなもんじゃない。ただ、今の問題は―――セラフィナのほうだな」


 


 ―――昼食時。


 四人部屋のテーブルで、セラフィナは静かにパンをちぎっていた。普段なら誰よりも早く食べ終わるほど食べるのが早い彼女だったが、今日は珍しく箸が進まない。


 かりっ、と小さな音を立てて齧った硬めのパン。その味がやけに空虚に感じた。


(……あんな負け方、初めてですわ)


 午前の訓練―――リリアとの魔法の打ち合いで、連敗した。魔力量で劣るはずの相手に。技術で上回るはずの後輩に。


(集中が、できていませんでしたわ……)


 自分でも、理由はわかっている。わかっていながら、立て直すことができなかった。


 手元の皿を見つめながら、セラフィナは小さくため息を漏らす。


 そして、昨日の夜のこと―――エレナに言われた言葉が脳裏をよぎった。


《あなたが彼をどう思っているのか、どうなりたいのか》


 ―――また、ため息。


 そのときだった。


「セラフィナ」


 不意に、低く落ち着いた声が背後からかけられた。


 ロブだった。


 その場にいた誰もが彼に気づいていたが、声をかけられたのはセラフィナだけだった。


「食い終わったら、研究室に来い」


 短く、それだけ告げて、ロブはすぐに背を向けた。


 セラフィナは、ぽかんとした顔のまま、パンを持つ手を止めていた。






【リリアの妄想ノート】


タイトル:セラフィナさんがポンコツになってるので私が全力で心配してますの巻


午前中の訓練、やりました!二連勝!

でも、全然うれしくなかったです……。


だってセラフィナさん、魔力の立ち上がりもタイミングも、ぜんぶズレてて。

私の炎弾が当たった時、あの人、呆然と立ち尽くしてました。


……昨日の夜のこと、まだ引きずってるんだ。


あの涙も、あの混乱も、

あれが“自分の想いに気づく”ってことなんだろうけど……

気づいたからって、すぐに受け止められるとは限らないんですよね。


エドガーさんがセラフィナさんを支えてきたのと同じように、

今は、私が彼女の隣にいようと思いました。


でも正直……ちょっとだけ、思ったんです。


(王子様との婚約に悩んでる貴族令嬢を、背中で支えてくれる不器用な幼馴染み……)


これ、ラブコメだったら絶対くっつく流れですよ!?

そんでもって、お金で揉めたり、家の格差とか出てきたりして、

「俺が一生かけてお前を幸せにする!」みたいなやつ!財力ゼロのくせに!


……うん、やっぱり、お金って大事ですね。


感想とブクマ、お願いしますっ!!(訓練勝ったけど負けた気分の弟子より)

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