第115話 好きって言った。世界の心臓が動き出した。
「殴ることないだろ。ちょっとした冗談なんだから」
ロブが頭を擦りながらぼやく。
「タチが悪いのよ。あんたの冗談は」
「タイミングもね」
セレニアとライゼの冷ややかな視線が同時に突き刺さる。
加えてリリア、セラフィナ、フィリア、そしてゼランまでが微妙な顔をしている。
エドガーは腕を組みながら小さくため息、カイは困ったように苦笑いを浮かべ、ウィルは沈黙のままグラスの水を傾ける。
全会一致の“冷たい目”。
ただ一人、アトラ・ザルヴァだけがよくわからずにリリアの真似をしてロブをじーっと睨みつけていた。
「まあ、なんだ」
空気を変えるようにロブが言葉を切る。
「二人とも落ち着いたなら、ゆっくり話でもするんだな」
軽く顎で示した視線の先にいたのは――
赤面したまま俯くエレナと、未だ自分に降って湧いた恋慕フラグを処理しきれていないヒューゴだった。
さっきまでの騒ぎで、確実に“何か”が周囲に伝わってしまった。
誰も明言していないのに、空気だけは完全に「そういうこと」に染まっている。
エレナの指先は所在なさげに膝の上を彷徨い、
ヒューゴはというと、自分の皿の肉を見つめたまま固まっている。
テルメリア牛の柔らかさすら届かないほど、思考の肉片が混乱のソースに沈んでいた。
「まあ、こういうのは本人同士で話をするのが一番だが、帰りを気まずくされるのもよくはないしな」
ワインを注ぎながら、ロブがさらりと言う。
「ヒューゴ。お前、エレナに言うことがあるんじゃないのか?」
「…………」
呼ばれた青年は小さく息を吸い、一度だけ目を閉じると、しっかりとエレナを見据えた。
「エレナさん」
名を呼ばれて、エレナの肩が小さく跳ねる。
「………その、さっきのは聞かなかったことにします」
「はあああああああああああああああああああ!?」
リリアが立ち上がり、信じられないものを見る目でヒューゴを睨む。
――お前、マジで姉にあれだけ恥かかせて、それで済むと思ってんの?
その表情がすべてを物語っていた。
(この娘もこんな顔するのね)
ライゼはグラスを口元に運びながら、内心で苦笑。
だがヒューゴは逃げなかった。
「だから……これは僕の気持ちです」
視線はまっすぐ。微かに震える声を押し殺しながら――。
「僕は……エレナさんのことが、ずっと前から、そして今も、好きです」
「……………えっ?」
エレナの目が、ぽかんと開く。
まるで凍りついたみたいに固まって、現実が頭に届いてない顔だった。
「一緒に仕事をするようになって、その気持ちはもっと強くなって……」
「…………ちょ、ちょっと待って」
両手を慌てて前に出しながら、エレナが口をぱくぱくさせる。
混乱と動揺の海を泳ぎながらも、耳まで真っ赤だった。
「…………ほんとに、気付いてなかったんですのね、あの方」
セラフィナが、楽しげに口元を手で隠しながら小声で呟いた。
すかさず、ライゼが笑いを噛み殺すように肩を震わせる。
ライゼに関してはブーメランが飛んできそうである。
「リリアちゃんがいなくなってから、寂しそうにしていたあなたの心の隙間……僕に、埋めさせてもらえませんか?」
真っ直ぐに想いを告げるヒューゴ。
その言葉を聞いた瞬間――
「…………はい」
沈黙のあと、ぽつりと零れたエレナの返事は小さく、けれど確かだった。
「っしゃあああああああああ!!」
リリアが拳を振り上げて大勝利の雄叫び。
フィリアが手を叩き、アトラが「うむうむ、めでたいめでたい!」とご満悦。
そして、頭上からクォリスがぽつりと呟く。
『場の雰囲気を汲み取りながら思いを告げる………これを“空気を読む”というのでしょうね、ロブ様』
「お前が偉そうに言うな!」
ロブの突っ込みが瞬間的に入る。
そのやり取りに皆が笑った。
誰よりも空気を読んでいたのは、皮肉にもAIであった。
夕食を終えた食堂に残っているのは、ロブ、ゼラン、ライゼ、セレニア、アトラそしてウィルの六人だけだった。
リリアたち弟子組はすでに食器を片付け、各部屋へ戻っていった。
テーブルに静けさが落ち着く中、ウィルがグラスの脚を指でくるりと回しながら呟く。
「なかなか、面白い余興でしたね」
何を隠そう、あの騒ぎの中心にいたヒューゴとエレナの話だ。
「人の恋路を余興呼ばわりする奴は、そのうち刺されるぞ」
ゼランが苦々しげに言いながら、ワインを一口。
それにかぶせるように、セレニアがどこか懐かしむような口調で呟いた。
「懐かしいわね。私にも、あの子みたいな時があったけれど……」
この場で唯一の既婚者である彼女。先立った夫を思い出しているのかその瞳は優しくも寂しそうだった。
「あなたたちは? その年齢と立場で未婚って、周囲の目も厳しいでしょう」
セレニアが何気ない調子で切り出す。ウィルはすぐに淡々と返した。
「私は独身主義ですので。結婚の予定は、今後もありません」
どこまでも一本調子だが、それがウィルらしいといえばらしい。
一方のゼランは、視線を泳がせながら苦笑いを浮かべた。
「……まあ、なかなかチャンスがなくてな。忙しいんだ、何かと」
その様子を見ていたライゼが、悪気なく口を挟む。
「でもギルマスなんだから、縁談の話なんていくらでも来るでしょ? 貴族連中からも」
それは、自身が同じ立場にいるからこその疑問だった。
ゼランは一瞬言葉を詰まらせ、ちらりとライゼを見やって、やや歯切れ悪く言った。
「……まあ、あってもな。いろいろあるんだよ」
苦笑交じりの声で、肩を竦めてみせる。
ライゼのほうは首を傾げているだけで、特に深くは追及してこない。
その空気に乗じて、ゼランは話題を切り替えるようにライゼへと視線を向ける。
「そっちはどうなんだ? ライゼ、お前もギルマスだろう」
と、話題の矛先をそちらに向ける。
今度はライゼが曖昧な笑みを浮かべながら、ちらりとロブの方を見た。
「あー……まあ、私も似たようなものよ。ギルマスって、なにかと忙しいし。魔王でもあるから釣り合いとか、種族間の問題とか、色々難しいのよ」
ロブはその視線の意味をよくわかっていたが、無言を貫いたまま赤ワインを口に運ぶ。
事情を知っているセレニアとウィルは、顔を見合わせて――それぞれ、何も言わずに小さくため息を吐いた。
「実に面白いのう」
残っていたワインをくい、とあおって、アトラが口角を上げた。
「番を必要とせん儂らドラゴンからすれば、人間の恋愛模様なんぞ絶好の暇つぶしじゃ」
まるで芝居でも観たかのようなご満悦っぷりである。
「……暇つぶし、ねぇ」
ゼランが半眼で呟き、グラスを傾ける。
それを受けてライゼが小首を傾げ、ふと思い出したように言った。
「そういえば、ドラゴンって単為生殖で子を作れるんでしたっけ?」
「うむ、さよう」
アトラはあっさりと頷いた。
「じゃがな、我らドラゴンの寿命は数億年。しかも老化という概念が存在せぬ」
そこまで言って、豪快に骨つき肉をちぎり取る。
「死ぬ瞬間まで、若い肉体のまま。気力も体力も魔力も落ちん」
「うわぁ……」
ゼランが苦笑とも呆れともつかぬ表情を浮かべる。
「つまり、数を増やす必要があまりないのじゃ。なにせ殺されぬ限り死なんしのう」
アトラは骨をしゃぶりながら、どこか他人事のように言った。
「同胞が死んだ記憶も、二千年前の大戦くらいのものじゃな」
その言葉に場が一瞬だけ静まり返る。
二千年前というスケールに、誰もすぐには反応できなかった。
「……その時に、減った分だけ新たなドラゴンを生み出した。それっきりじゃ」
アトラは続ける。
「今はまた、世界のどこかで惰眠を貪っておるじゃろうて。まこと呑気なものよ」
まるで天気の話でもするかのように、あっけらかんと言い放った。
その飄々とした口ぶりに、ロブがグラスを置いて一言だけこぼした。
「……ああ、そりゃ確かに“暇つぶし”だな」
テーブルに乾いた笑いが広がった。
ざわついていた空気が、ウィルの低く落ち着いた声にぴたりと収束した。
「セイラン村の魔石の件について、詳しいお話をしたいのですが」
ロブが頷く。
「……ああ。頼む」
「セイラン村近郊、あの鉱脈地帯の地下深くに、強い魔力の脈動が確認されました。規模、密度、そして発生パターン……。いずれを取っても自然鉱脈の構造とは明らかに異なる。ロブさんのおっしゃる通り、あれは魔石炉である可能性が極めて高いと思われます」
「ほう……。たまげたのう」
とアトラがソースをつけたフォークを握りつつ呟く。
「魔石炉というと、つまりMCCのことじゃな。まだ生きとるのがあったのか……」
「MCC……」
ゼランが腕を組み、記憶を引き起こすように眉をひそめた。
「前に聞いたやつか。古代文明が作った魔石を製造する兵器………。たしか、セイラン鉱区に調査が入った時、魔導公会の報告では“古代戦争時の結晶欠片が一部集中して落ちた地点”とされていたな。大半は表層にある破片群で、地下にあるのは『枯渇寸前の魔力反応』と聞いていた。俺も確かに報告書に目を通したぞ」
ロブが愉快そうに笑う。
「その報告はある意味では正しい。だが、見方を間違えていたんだ」
場の視線がロブに集まる。男はグラスを置き、両肘をテーブルにつき、重く口を開いた。
「古代戦争末期、地上に落下したMCCの一部があの一帯に墜落した。だがその衝撃で、地形自体が変わったんだ。山が一つ崩れ、川の流れが変わり、地層が捻じれ、そして……」
ロブは、テーブルに置かれたナイフを指先で軽く滑らせる。
「本来、地中百メートル以上に埋まっていた結晶圧縮層――MCCの魔力生成部位が、押し上げられて地表近くに露出した。その結果、調査隊が見たのは“魔石の表面供給源”にすぎなかった。つまり、外壁の損壊によって漏れ出した魔力が結晶化した“かさぶた”みたいなもんだ」
ウィルが言葉を継ぐ。
「まさにその通りです。そのかさぶたが目眩ましとなって肝心の“心臓”に気付かなかった。心臓は、未だに健在のまま地下に眠っている。そして……定期的に高濃度の魔力が周辺に噴出している。これは“炉が稼働している証拠”です。MCCの自己修復機構が、いまだ機能している可能性すらある」
ゼランの眉間に皺が寄る。
「……冗談だろう。生きたMCCなんて、もし本当に稼働してるなら国家レベルの争奪戦になるぞ」
ロブは頷いた。
「だから今のうちに手を打つ。セイラン村は、その鍵を握ってるんだ」
「――そして、それがあなたのもう一つの目的ね」
セレニアの声音は静かだったが、剣のような鋭さを帯びていた。
ロブは頷く。それだけで、全てを肯定する意志が伝わった。
「……ヘリオスを倒した後、この世界そのもののあり方を変えるための」
ライゼの言葉もまた、平坦だった。しかしその瞳には、長命の種族ゆえの深い読みと、確かな理解が宿っている。
「魔法に支配された階層構造を破壊する。そのためにあなたは、私たちそれぞれに“役割”を与えていたってわけね」
「ああ」
ロブの声もまた、どこまでも静かだった。
「俺は自分の過去を守りながら、常に未来を見据えてきた。絶望と妥協の中で――それでも捨てなかったものがある。……それがようやく、実を結ぶ時が来たんだ」
言葉の端々に、三千年を生きてきた男の執念と、決意が滲んでいた。
ロブは視線を巡らせる。
――ゼラン。
重責を背負い続けてきた男の瞳には、若干の苛立ちと、それを上回る覚悟が揺れていた。
――セレニア。
かつて彼に恋慕を抱きながら、今なお戦友として傍にある彼女は、どこか寂しげに微笑みながらも、ロブの意志を受け止めていた。
――ライゼ。
静かにグラスを指で撫でていたが、その目は既に次の戦いを見据えていた。王の器を纏う者の威厳が、そこにあった。
――ウィル。
口を挟むことなく、ただ淡々と頷いていた。その瞳は冷静に計算を重ねながらも、ロブの言葉を疑ってはいない。
――そしてアトラ。
気まぐれな仕草の奥に、古き龍としての鋭い眼差しが宿る。唯一、戦略も構図も超越して“ロブ自身”を見ていたのはこの存在かもしれない。
彼らの目を一つ一つ確かめた上で、ロブは告げた。
「これから、俺の計画の全てを話す。――リリアたち弟子は、歴史を守るための戦いに挑む。そして、俺たちは未来を切り開く戦いに挑むんだ」
言葉が落ちた瞬間――
誰一人、口を挟まなかった。
だがその沈黙の中に、明確な“肯定”の気配があった。
誰もが、ロブという男の覚悟を、その未来を、その戦いを――受け入れていた。
【リリアの妄想ノート】
タイトル:姉が「はい」って言った瞬間、私の中の何かが弾け飛んだ件の巻
わ、わ、わ、わあああああ……!!
エレナ姉が……!
ヒューゴさんの告白に……「はい」って言った……!!
正面から、真っすぐ、ちゃんと想いを伝えて……それを、ちゃんと受け取って……!!
うっそ、なにあの空気。眩しすぎて直視できなかった。
いや見てたけど!!ガン見してたけど!!
なんだろう……胸の奥がじんってした。あったかくて、ちょっと苦しくて、でもすごく嬉しくて。
なんか……いいな、って思った。
好きって言われるのも、好きって言うのも、受け取るのも、全部、すごく尊いんだなって。
……ねえロブさん。
私も、ちゃんと“誰かの特別”になれるかな。
感想とブクマ、お願いしますっ!!(恋の花が咲いた家より)




