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109話 訓練、時々、宴会

 朝靄の残る演習場に、乾いた音が響き渡った。


「もう一丁!」


 エドガーの斬撃が風を裂いた。まっすぐ、迷いなく。横からはカイが無言で踏み込む。連携に言葉は要らない。


 だが――


「惜しいねぇ、でもまだまだ」


 ゼランは腰を落として半身をひねるだけで、その二本の剣をいなしてみせた。


「おらっ!」


「……ふっ」


 エドガーの剣がゼランの袖をかすめる。ギリギリだ。だがその直後、ゼランの肘がエドガーの腹に――


「ぐっ……!」


 鈍い音がした。


「エドガー!」


 カイが即座に動く。刃を水平に走らせるが、ゼランは一歩退いて受け流す。目が笑っていた。


「うん、二人とも素質は十分だ。動きもいい。でもな――」


 バッ、と風を裂く音。


「“狙い”が甘いんだよ。読みやすいってことだ」


 ゼランの足元から跳ねた石が、カイの膝へと打ち込まれた。正確無比な一撃。


「くっ……!」


「カイくん、相変わらず無口だけど、痛みはちゃんと声に出せよ~?」



一方、別の場所では——


「うりゃっ!」


 フィリアが剣を構えて突っ込んだ。目標は、セレニア。


 エルフの少女が放つ連撃は鋭く、重い。だがセレニアは一歩も動かない。


 彼女の銀白の髪がふわりと揺れた次の瞬間、フィリアの剣が寸前で止まった。


 ——いや、止められた。


 セレニアがわずかに手をかざしていた。その手のひらから放たれた光の幕が、目に見えぬ障壁となって剣を受け止めている。


「悪くない動き。でも、刃先の意志が軽すぎるわ。私に通じるほどじゃない」


「くっそ……全然効いてない!」


 涼しい顔で娘を見やるセレニアにフィリアが毒づく。


「これは闘気ブレイズによるヴェール。教えたでしょう?闘気は魔法か、同じ闘気でなければ打ち破れないわ」


「わかってるわよ!」


 フィリアが舌打ちしながら後退する。その刹那——


 空気が熱を帯びた。


「燃え盛れ、我が掌に集いし紅蓮の種子よ——炎弾フレア・バレット!」


 リリアの詠唱と共に、掌に宿った炎が形を成す。


「連携しますわ、リリアさん!」


 セラフィナもまた、杖を構えて詠唱する。


「凍てつけ、静寂に眠りし氷の吐息—―氷矢アイス・ニードル!」


 二人の魔法が同時に放たれた。灼熱と極寒——相反する魔力が絶妙に交錯し、相乗するかのように戦場へ奔流を描く。


 ——だが。


 その熱と冷気は、到達する前に、ふいに霧散した。


「……っ!」


「えっ……なに、これ……」


 ライゼが右手を軽く振り下ろしていた。その指先に、微細な魔力の輝きが煌めいている。


「ふふ……もう少し工夫しないと効かないわよ?」


 紫の瞳が細く笑む。その口調は柔らかいが、実力の差は歴然だった。


 戦いの一部始終を、ロブは穏やかな目で眺めていた。その隣でアトラ・ザルヴァが声を漏らす。


「ふむ、やっぱり見てて飽きんのう。お前の弟子たちは、無駄に真っ直ぐすぎて面白い」


「無駄って言うな。あいつらは、ちゃんと伸びる目を持ってる。……だからこそ、鍛えてやる価値がある」


 ロブの言葉に、皮肉や笑いは一切なかった。ただ、まっすぐな信頼と、静かな誇りが込められていた。


「まあ、いい根性はしとるよ」


 アトラ・ザルヴァは、腕を組んで広場の片隅から弟子たちを眺めていた。彼女の声は呆れと僅かな感心が入り混じった調子だった。


「昨日、儂にあれだけコテンパンにされたというのに、ようもまあ臆せず向かっていけるもんじゃ。あれもひとつの資質よのう。……昔のおぬしを思い出すわ。弱いくせに、諦めることだけは知らんような顔をして、何度でも立ち上がってきおった」


 ロブは苦笑を浮かべた。


「……自分で言うのもなんだが、俺はかなり特殊だったと思うぞ」


「確かにな。しかしの、それを言うなら、今のおぬしたちの弟子も似たようなもんじゃ。無様でも不器用でも、真っ直ぐ前を向いておる。期待してええのではないか?」


 ロブは少し黙ってから、小さく頷いた。


「期待はしてるよ。……誰よりもな」


 アトラが立ち上がった。


「さて、儂も行くかの」


「……まだ早くないか?」


 ロブが軽く目を細めて問うと、アトラは唇の端を吊り上げて笑った。


「戦場で、敵の増援が来ぬ保証などあるまい?」


 言うが早いか、アトラの背中から黒き竜翼が展開する。一蹴りで地を砕き、天へと跳ね上がった。


「儂も遊ばせ……いや、指導するぞ!」


「いま完全に“遊ぶ”って言いましたよね!?」


 リリアが指を突き立てて抗議の声を上げる。


「まあ……お歴々にとっては、お遊び程度なのでしょうけれど」


 セラフィナが小さく肩をすくめる。皮肉にも聞こえるが、そこには敵わないと悟る素直な認識がにじんでいた。


 ゼランが、唇を片側だけ吊り上げて言った。


「小僧ども。そう思うなら、もっと根性見せてみろ」


 大声ではない。しかし、その声は空気を震わせ、場にいる全員に響いた。


「根性か……俺にはそれしかねぇしな」


 エドガーがにやりと笑い、剣を構え直す。刃先は再びゼランへと向けられた。


「俺は“根性”って言葉、あんまり好きじゃないけど」


 カイは水色の髪をかき上げ、額から汗を払う。そして、掌に紫電を走らせると、にやりと笑った。


「負けるのは、もっと嫌いなんだよ」


 その言葉と同時に雷光が地を裂いた。


「魔法が反則なんて、言いませんよね?」


「おう、なんでも来い。ここからは──パーティー戦だ!」


 ゼランが戦士の笑みを見せると、フィリアが木剣を放り投げ、背から弓を抜いた。


「前衛は任せる。私は後方支援に回るわ」


 矢を番え、鋭く走らせる視線の先にいたのは、母・セレニア。


「……弓なら。いえ、パーティー戦なら、負けない」


 淡々と、しかし確信に満ちたその言葉に、セレニアはわずかに目を見開き、ふっと微笑む。


「まさか、あなたの口からそんな台詞が出るなんてね。いいわ。受けて立つ」


 彼女も弓を構え、弦を引いたまま空へ飛ぶ。母と娘、矢を交える戦場の空が静かに震えた。


「ええい、もうっ! やってやりますよ、ライゼ様!」


 リリアが炎をその両掌に収束させる。背筋を伸ばし、集中の気配を放つ。


「もう一度連携しますわよ、リリアさん」


 セラフィナもまた、杖の先に淡い青白い輝きを宿し、肩を並べる。


 対するライゼは、唇をわずかに緩ませた。紫の瞳が、いたずらっぽく細められる。


「いいわよ。格の差ってものを、見せてあげる。特にあなたにね、リリア」


「え、わたしだけ!? なんで!?」


「お喋りはここまでよ」


 手を掲げると同時に、地を凍らせる冷気が戦場を走った。


 ロブがそれを見て、小さく首を振る。


「……嫉妬か?」


 驚異的な聴力でそのつぶやきを聞いていたアトラがくつくつと笑う。


 かくして、即席ながら最強のドリームチームと新人駆け出し冒険者のチーム戦が幕を開けた。


 そして、夕刻。


「……派手にやったなぁ、旦那」


 演習場を見渡して、最初に口を開いたのはドワーフの職人、ゲルンだった。


 地面は見事なクレーター。木々は何本もなぎ倒され、隅に設置されていた遊具も跡形もない。


 その中心で、リリアたちがまるで抜け殻のように大の字になって転がっていた。


「でけぇ音が響いたから、ああ久々に本気でしごいてんな、とは思ったけどよ……こりゃやりすぎじゃねぇか?」


 ゲルンは呆れ混じりに肩をすくめる。


「これ、治すの俺たちだぞ?」


「すまん。明日からは場所を変える」


 ロブが素直に頭を下げると、ゲルンは目を細めてあたりを見渡した。


 ……子どもたちが走り回っている。木々の間を縫ってはしゃぎ、歓声を上げる村人たちの輪が広がっていた。


「いや、まあ……村の連中は楽しんでたみてぇだから、それはそれでいいんだがな」


「みんなつよーい!」

「羽の生えたお姉ちゃん、かっこよかった!」

「お兄ちゃんたちも、すごかったよね!」


 あちこちで無邪気な賞賛の声が飛び交う一方——


「すべりだい……壊れちゃった……」


 遊具を指差して涙ぐむ子もいた。


「まぁ、壊れたもんはワシが直すさ。けどな、見返りってもんがあるだろう?」


 ゲルンはロブを見上げ、口元を吊り上げた。


「わかってる。飯も酒も、奢る」


「さっすが、話が早ぇ!」


 パッと手を打ち鳴らし、ゲルンは踵を返すと大声を張り上げた。


「おーい! ロブの旦那が奢ってくれるってよー! 宴の準備だぁ!!」


「ちょ、昨日もやったばかりじゃなかったか!?」


「昨日は新入りの歓迎会! 今日は村の親睦会だよ!」


「酒飲みてえだげだろ!」


 ロブが頭を抱えるも、村人たちはすでに浮き足立っていた。歓声、拍手、太鼓の音。流れるように宴の準備が始まっていく。


「……また、シンシアたちに頼むしかないか」


 ロブは諦めたように空を仰いで、そっとため息をついた。


 フィリアが地面から身を起こし、頭に手を当てて呻いた。


「……いたた。やっぱり敵わないか」


 服は泥にまみれ、髪も草と埃でぐしゃぐしゃだ。すぐ隣ではリリアとセラフィナも、同じように泥だらけで、ふらつきながら立ち上がり始めている。


 一方で、セレニアたちはまるで試合後とは思えぬほど整った姿だった。銀白の髪も衣服も乱れひとつない。


「少しは連携してたわよ。今のあなたたちなら、Dクラスくらいの実力はあるんじゃないの?」


 セレニアが手を差し伸べる。フィリアはその手を見つめ、少しの間を置いてから素直に掴んだ。


「成長はしてるってことね」


「ええ、すごいスピードでね」


 セレニアの声には、喜びが滲んでいた。娘の変化に、確かな手応えを感じているようだった。


「当然でしょ。私達は過去に行って強敵と戦うんだから」


 そう言い放ったフィリアに、セレニアの動きが一瞬止まる。


 が―――


「ついでにロブを助ける」


 続いた言葉に小さく吹き出した。


「主目的が逆よ」


 苦笑混じりの言葉。それでも、そこには責める色はなかった。


 だが、ふとセレニアの笑みが薄れる。


 ほんの一瞬の翳り。それをフィリアは見逃さなかった。


「どうしたの、ママ?」


 表情を覗き込むようにして問うと、セレニアは視線を外しながら、やや静かな声で答えた。


「大丈夫。あなたの心配することじゃないわ」


 その言葉に、フィリアの心にある記憶が思い出され、胸に不安が広がった。


 言葉を重ねるべきか、一瞬迷って——けれど結局、フィリアは黙った。


 胸の奥に、ひとつの小さな疑念がゆっくりと芽を出し始めていた。




【リリアの妄想ノート】


【本日の被害状況】

・腹パン(エドガー)

・ヒザカックン(カイ)

・メンタル削られる(私)


【学んだこと】

・パーティー戦=強くても多勢に無勢では勝てぬ。

・母は弓で容赦しない。

・ライゼ様、なぜ私にだけ厳しいんですか????(泣)


【今日の名言】

「負けるのは、もっと嫌いなんだよ」(カイ)

→イケボで言われると許せてしまう不思議。


【おまけ】

すべりだい:戦死

ドワーフのゲルンさん:ブチギレ未遂

宴会:開催決定(二日連続)

→私のMPはもうゼロよ!!

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