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108話 禁忌に挑む者たち

「それじゃロブさんは、これから……何をするんですか?」


 リリアの問いに、ロブは一瞬だけ視線を逸らした。わずかに揺れたその瞳には、迷いとも躊躇ともつかない色がにじんでいた。


「──長生きしとっても、隠し事は下手なまんまじゃな」


 アトラ・ザルヴァが茶をすすりながら、半ば呆れたように言う。


「しらを切り通す覚悟がないなら、初めから匂わせんことじゃ」


「……うるせぇ」


 短く返したロブの顔は、どこかばつが悪そうだった。


 そのやり取りを見ながら、リリアは思案する。発言を躊躇うということは、時間遡行に関する内容──そう仮定するのが自然だった。


 だが、彼女が答えに辿り着く前に、鋭い声が場の空気を打った。


「まさか……お師匠様が時間遡行の魔法を作るおつもりですか?」


「ええ!?」


 セラフィナの声に、空気が一瞬で凍る。


 リリア、ゼラン、エドガー、カイ、フィリアが、揃って目を見開いた。


 一方、セレニアとライゼは、動じなかった。──予想通り、と言わんばかりに静かに佇んでいる。


 ロブは、注がれる視線を受け止め、観念したように目を閉じた。そして、苦笑を浮かべる。


「よくわかったな」


「えっ、マジで!?」


 カイが目を剥いた。


「俺は、お前らがどうやって過去に来たのか知らないんだ。ヘリオスが作った魔法を解析したのかもしれないし、別の誰かが完成させた魔法を使ったのかもしれない。あるいは──未来の俺自身が作った可能性もある」


 場の空気が再び揺らいだ。


「だが、何が正しいのか分からない以上、俺は“今の自分にできること”をやるしかない。その一つが時間遡行魔法の開発だ」


 彼の目は、もう次を見据えていた。


「三年後──その時が来るまでに、間に合わせる。それだけだ」


 その言に、セラフィナが戸惑いを口にする。


「開発の目処は立っているのですか?魔力粒子の逆位相干渉を応用した時間を操る魔法の構文構築など、わたくしには何から手をつけるのかも想像できませんわ」


 セラフィナの問いに、ロブは即答する。


「進捗は八割ってところだな」


「おっ、それならもうすぐ完成じゃねーか!」


 ゼランが軽く言ってのける。


 ロブはその言葉に、氷のように冷たい視線を向けた。


「ゼラン。二千年で八割ってことは、あとどれくらいかかると思う?」


「え?」


 突然の問いにゼランが固まり、その隣でエドガーが慌てて指折り数え始めた。


「えーっと、二千年割る八で……うーんと……あと……えー……」


 数字に弱いらしく、途中で詰まる。


 そこに、ため息を吐いたセラフィナの声が割り込んだ。


「あと五百年ですわ」


「なにぃっ!?」


「そんなにか!?」


 ゼランとエドガーが声を揃えてのけぞる。


「……単純計算です。魔法の研究というものは、常に一定のペースで進むわけではありません。ゼロに一を足すのに百年かかることもあれば、一晩で指数関数的に飛躍することもあります」


 セラフィナは杖の石突きを軽く床にトンと立てて、笑みを浮かべる。


「八割までたどり着いているということは、お師匠様は──三年以内の完成に見通しを立てている、そうおっしゃりたいのでしょう?」


 ロブはわずかに目を細め、嬉しそうに笑った。


「さすが研究者の卵。話が通じるってのは、ほんとにありがたいな」


「お褒めにあずかり光栄ですわ。そして──お師匠様が、さきほどの“もうすぐ完成”という発言にカチンと来たのもよく分かりますわ」


「分かってもらえると涙が出るね」


 ロブが冗談めかして息をつく。


「ロブ……怒ってんのかお前……」


 ゼランが小さく呟いた。


 リリアはこっそりと反省する。

 実は八割完成していると聞いて、リリアもゼランと同じことを思っていたのだ。


 だが、それなら―――


「そんなに忙しいのに、魔導学舎に行っていいんですか?研究の邪魔になるんじゃ」


 その疑問にロブは軽い調子で笑った。


「なに、クォリスがずっと演算してくれるからな。俺は実際何もしてない」


『その通り。この五百年、ロブ様は時間遡行呪文の構築には一切関わっておりません。時々実験するくらいです』


「なんだそれ!お前、自分も何もしてないのに怒ってたのかよ!」


「少なくとも1500年は構文と格闘してたわ。無理だと分かって頓挫してたクォリスの開発に着手したんだよ。こいつの完成にも2500年掛かってるんだぞ」


「にせんごひゃくねん!?」


 リリアが声を上げる。


「三千年前から原型はあったからな。実用段階までこぎつけるまで途方もなかった」


 しみじみ言うロブに、再びクォリスの無機質な声が落ちる。


『ぎゅっと圧縮すると200年ほどですが』


「余計な補足入れるんじゃねえ!」


「なんだよお前、めっちゃサボってんじゃねえか!」


 すかさずゼランが口撃を開始する。


「うるせえ!やること沢山あったんだよ!ギルマスの椅子に腰掛けてハンコ押すだけのお前と一緒にするな!」


「ひど!」


「言い返さないってことは図星なのね……」


 同じギルマスでも実務に日々追われているであろうライゼが軽蔑の目を向ける。


 研究室内はにわかに騒がしくなってきていた。


 そんな中、クォリスの声は淡々と響いていた。


『弁護するわけではありませんが、ロブ様が忙しかったのは事実です。これまで、人類の存亡に関わるような大きな争いや世界規模の災害など数々の困難がありました。ロブ様はそれら全てを乗り越えてきましたが、犠牲も大きかった。戦火の中で積み上げてきた研究の成果が焼失することもありました。その中には私の構築理論もあったのです』


「研究資料が焼失…………考えるだけでゾッとしますわ」


 本当に青ざめた顔でセラフィナが言う。


 同じ研究畑の者として、そのアクシデントは想像もしたくないことだろう。


『ロブ様が俗世との関わりを一切絶ち、仙人のような生活をしていればとっくに時間遡行魔法は完成していたでしょう。しかし、ロブ様は常に激動の歴史とともにあったのです。私から見ても遠回りだらけの人生でした。才ある後進に次々と抜かれる間も、ロブ様は魔法の研究、私の再構成、果ては国の創造までされていたのです。人の生は三千年ですら短かすぎる………そう感じざるをえない生き様でした』


「ドラゴンには三千年も一日も変わらんがの」


「それも極端だろ」


 あっけらかんとするアトラに半眼で突っ込むロブ。


 しかし、そんな二人とは裏腹に、周囲は静まり返っていた。


 ロブの壮絶な生き様に掛ける言葉を誰も見つけきれていなかった。


「しんみりしちまったな。話を戻すぞ。俺が魔導学舎に教師として入り込む意味はちゃんとある」


 沈んだ空気を切り替えるように、ロブは平坦な口調で語った。


「魔導公会は最も魔法構文の研究が進んだ機関だ。魔導学舎はそこで働く研究者を育てる施設。学舎には公会の魔導士も出入りしている。そいつらから情報を手に入れられるかもしれない」


「魔導公会が時間遡行の魔法を研究していると?」


 セラフィナが眉をひそめ、低く問い返す。

 その声音には静かな疑念が滲んでいた。


「……それは、あまりに常軌を逸していますわ。時間遡行は、世界魔法会議でも古くから明確に禁じられた構文の一つ。時を操る魔法は、歴史そのものを揺るがす危険があるため、いかなる機関も研究を表立ってはできないはずです」


 その言葉には、学識と良識を備えた魔導士としての責任感が込められていた。


「可能性はゼロじゃない。俺はこの魔法を完成させるためには手段を選ばない」


 静かに放たれた一言は、重く、鋭く、場の空気を切り裂く。

 そこに宿るのは熱ではなく、冷徹なまでに透き通った意志だった。


 ――ロブさんのこんな顔、初めて見た。


 リリアの心が揺れる。

 ロブはこれまで、必要に応じて戦い、導き、笑い、時に怒ることもあった。どれもが誠実で、誰かのために選び取られた行動だった。


 だが今、彼が語ったのは――誰かの願いではなく、自分の信念だった。


(この人は、自分のやるべきことを、ちゃんと持ってる)


 それは驚きではなく、静かな感動だった。

 リリアは思う。ならば自分も――そのために力になりたい。

 その背中が歩む先を、一緒に見たいと、心から思った。




【リリアの妄想ノート】

 三年以内に、時間を巻き戻す魔法を完成させる。

 そんなの、世界中の誰が聞いても「不可能」って笑うと思う。


 でも、ロブさんが言うと、不思議と本当に思えてしまうんです。

 二千年かけて八割。それって、普通は「諦める」ってことじゃないんですか?


 ……でも、ロブさんはやめなかった。

 笑いながら怒って、冗談を言いながら未来を見てる。

 私は、そんな人に出会えて、本当によかったと思います。

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