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第101話 温泉!カレー!食べ放題!

 ザバアアアアアァンッ!!


 滝だ。


 水しぶきが容赦なく降り注ぎ、筋肉に打ちつけてくる。


 その滝に、上半身裸で仁王立ちしているのは――ロブ。


「……冷てぇ!いや、冷たいどころか痛ぇ!」


 その叫びは滝の音に紛れ掻き消える。

 俺は何をしてるんだ。


 滝の下で悟りでも開くつもりか。バカか俺は。


 滝の音に混じって、頭の中に無機質な声が割り込んできた。


『あのままキスしてたら、どうするつもりだったんですか』


「ぐっ……!」


 頭を抱えるロブ。


「お前、今それ言うか!?」


『タイミングと呼ばれる概念が存在しないのはお互い様では?』


 …………ぐうの音も出ねえ。


 しかもその淡々とした言い方が、余計に心に刺さる。


「……っていうか、何なんだ俺……。あんな、いきなり頭撫でられて甘えて、うっかり膝枕して、気づいたら……」


『接触距離12センチまで接近。そこからさらに3センチ、頭部が傾き――』


「やめろォォォ!!」


 ロブの絶叫が滝壺にこだました。


 どこかでカエルが跳ねた。


『自我の暴走は、記録上この五百年で三度目です。なお、最大の暴走は――』


「うるせえな!!記録残してんじゃねぇよ、削除しとけ!!」


『了解しました。データ削除――と、言いたいところですが、バックアップは永久保存仕様です』


「お前って時々、マジで悪魔だよな……」


 ロブはため息をつき、冷たい滝の水を手で払うようにして顔をこすった。


 ……まあ、誰にも見られてなかったから、よしとする。


 ……村長はノーカンだ。


 ひとしきり自分をいじめたところで、クォリスの声が少しだけトーンを変えた。


『ところで、本題があります。ウィル様から伝信がありまして、セイラン村で採掘される魔石の取引契約を成立させたとのことで、詳細の報告のためにテルメリア村に向かっているとのことです』


「ほう?」


『二日ほどで到着するとのことですが、返事はいかが致しましょう』


 ロブは小さくうなった。


 ウィルのことだ。他にも伝えたいことがあるだろう。魔導学舎入学のための準備もある。村の様子を見に帰っておくに越したことはない。


「――よし。テルメリアに一度戻るか。了解したと伝えてくれ」


 そう呟いて、ロブは滝から抜け出す。


 びしょ濡れのまま、どこかスッキリした顔で、服を掴んでその場を後にした。






 ロブは、滝で心身を冷やしたのち、焚き火で体を乾かしてから村に戻った。


 焚き火の匂いがほんのり残るまま、弟子たちの前に立ち、言った。


「一旦、テルメリアに戻る。ウィルが来るらしい」


 「ウィル?」と、弟子たちは首を傾げる。


 ロブは補足するように説明した。


「王都のディアル商会――その代表だ。セイラン村の魔石、あいつが新しい取引相手になる予定なんだ。リリア、お前の村の話だな」


 リリアは「あ……はいっ」と小さく頷く。


「テルメリア村というのは海老男の住む村のことかえ?」


 アトラ・ザルヴァが問う。


「そうだ」


 ロブが答えると


「おぉ、それは良いのう! 儂も行くぞ!」


 と元気に目を輝かせた。


「ついてくるのか?」


「うむ!アウロを操った者を見つけ出さねばならんし、そやつが海老男を狙っておるのなら儂も同行したほうがええじゃろ」


 嬉しそうにその場でぴょんぴょんと跳ねて手を挙げる。一応は大義名分を掲げているが、その目は完全に好奇心に染まっていた。


「アウロ。お主は巣に戻るなり村に残るなり好きにして良いぞ」


 蒼竜に言葉を投げると、アウロラグナは「御意」と短く答えた。


 その隣で、ゼランが顎をしゃくってニヤリと笑う。


「なら俺も久しぶりに顔を出すか。ゲルン達とも長いこと会ってないし、村の飯も気になるし」


「いいのか? ギルド本部は」


 ロブが問うと、ゼランはあっさりと答えた。


「いいんだよ。俺がいなくっても滞りなく回る」


「それもどうなんだ……」


 ロブは苦笑した。


 この二人が同行を表明したことで、空気がぐっと色めき立つ――というより、明らかにライゼがもじもじと『私も行きたいです』オーラを放ち始めたのを、リリアはすかさず察知していた。


「お前も来るか? ライゼ」


 ロブが問うと、ライゼはびくりと肩を揺らした。


「わ、私は……ギルマスとして……その……何日もバルハルトを空けるわけには……」


 目が泳ぐ。言葉を濁すその様子は、行きたいけど素直になれない、そんな“めんどくさいツンデレ魔王”の本領発揮だった。


 そのときだった。


「なぜゼラン統括が、ライゼ様の“処女説”を知っているか……気になりませんか?」


 ひゅっと冷気が走るような声が、すっと背後から差し込んだ。


「ま、まさか……!」


 ぎくりとしたライゼがゼランを見ると、彼はさっき殴られたせいか、気まずそうに目をそらしていた。


「……はい。現在、バルハルトでは“ギルマス処女説”で話題が持ちきりです」


「なッ――!?」


「ほとぼりが冷めるまで、少し避難されたほうがよろしいかと」


 耳元でささやいたのは、忠義と毒舌が売りの秘書、ミルディアである。


「……私も、行くわ」


 ライゼの目が死んだ。


 こうして、旅のメンバーがぞろぞろと増えていくのだった。


「となると、あとはセレニアにも声かけておくか。今後のことも話したいしな」


 ロブがぽつりと呟く。


「ママも?」


 フィリアが小首をかしげて訊いた。


「ああ」


 短く答えながら、ロブはゼラン、ライゼ、アトラ・ザルヴァの三人へと視線を移した。


「お前たちにも話しておきたいことがある。ライゼには少しだけ話したが……大事なことだ」


 ゼランはわずかに眉をひそめ、嫌そうに溜め息をついた。


「……あんたが“そういう口調”になるときって、マジでろくな話じゃないから、正直聞きたくないんだが……そういうわけにもいかんか」


 その返事を聞いたロブは、今度は弟子たちをぐるりと見渡し、イタズラを仕掛けるような顔でニヤリと笑った。


「学舎に入るまでに、この偉大な先輩方にお前らを叩き直してもらう。魔法も、闘気ブレイズも、剣術も、全部だ。報酬は――温泉とカレー食べ放題でどうだ?」


 ―――偉大な先輩にそれでいいの?とリリア達全員の頭に疑問が浮かぶ。


「温泉!!」


 北の魔王ライゼが顔を赤らめながら前のめりに叫ぶ。


「カレー!!」


 統括ギルドマスターゼランが目を輝かせ、拳を握る。


「食べ放題ぃぃ!!」


 最強のドラゴン、アトラ・ザルヴァがぴょんぴょん跳ねながら絶叫する。


 あなたたち、本当にその肩書きで合ってます?

 誰もがそうツッコミたくなるようなノリだった。


 その三人のテンションを見た弟子たちは、いっせいに顔を青くした。


(……この三人に修行されるって、どう考えても地獄じゃないですか……!)


 魔法も、闘気ブレイズも、剣術も――

 全てをぶっ壊される未来が、今、見えた気がした。


 だが、彼らは知っている。

 自分達がいつか必ず――歴史を越える時が来る。

 

 経験したことがない、巨大な戦いの渦中へと。


 その時、後悔しないためにも。


「わかりました……! お願いします、師匠!」


 ロブは満足げに頷いた。


「いい返事だ。泣いても笑っても、戻る頃にはお前ら全員、別人になってるぞ」


 かくして。


 統括ギルマス。

 伝説のSクラス冒険者。

 魔王。

 古代竜。

 そして、不老不死の最強凡人――ロブ。


 この5人による地獄の合宿編、開幕である。


【リリアの妄想ノート】


『えっ、師匠の修行って地獄仕様なんですか!?』


あの、なんですかこのメンバー。


ギルドの統括マスター、元魔王、古代竜。

それを、ロブさんが一言でまとめて「地獄の合宿始めます」とか言い出して。


ちょっと待ってください!?

ぜったい“地獄”って比喩じゃないですよね!?

これ物理的に痛いやつじゃないですか!?!?


それに、ライゼさんが温泉!ゼランさんがカレー!アトラさんが食べ放題ぃぃ!!って――

そんなことで釣られる最強メンバー、逆にすごいです。


……でも。


ロブさんが言いました。「入学するころには別人になってるぞ」って。


あの言葉、ちょっとだけ怖かった。

でも、ちょっとだけ、楽しみでもあるんです。


だって私たちは、ロブさんの弟子だから。

――いつか、ロブさんの横に並ぶために。


……と、かっこよく締めようとしたら。


アトラさんが「おやつはバナナに含まれますか?」って聞いてきて全部台無しになりました。

この人が一番危ない気がしてきました。


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