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第95話 先生って呼んで、いいですか?

「誰が生徒になるって言った」


「え?」


 ぽかんと目を丸くするリリアに、ロブは面倒くさそうに肩をすくめて返す。


「教師だよ」


「せ、先生……ですか?」


 聞き返したリリアの声が、わずかに裏返る。次の瞬間、


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 リリアが片手を前に差し出し、もう一方の指をピタリとこめかみに当て思考に集中する。

(ロブさんが、先生……?)


 頭の中に、鮮烈なイメージが浮かび上がる。


 眼鏡をかけ、教壇に立ち、厳しくも理知的な声で問いかけるロブ。

 白衣を羽織り、フラスコ片手に魔力溶液を振るいながら、爆発する実験台の前で冷静に指示を飛ばすロブ。

 その横で、なぜか嬉々としてノートを取る自分。


「「……いいかも」」


 ぽつりと漏れたその言葉に、隣からぴたりと重なる声があった。


 同じタイミング。まさかのユニゾン。リリアとライゼは顔を見合わせ、次の瞬間――無言で握手を交わした。


 ガシィッ。


 女子二名、謎の妄想同盟を締結した瞬間である。


「……さっきから何やってるんだ、お前らは」


 ロブがきょとんと首を傾げるが、わかっていないのはロブとゼランのみで、


「もう慣れました」


 カイが無表情で肩をすくめる。


「やれやれ……」


 エドガーは疲れたように眉をひそめた。


 セラフィナはため息をつきながら、微笑んでいる。


 そしてフィリアは、口元を押さえながらぷるぷると肩を揺らして笑いをこらえていた。


「ロブ師匠、魔導学舎の教師ってそんなに簡単になれるもんなんですか?」


 カイがふと疑問を口にする。


「ああ、冒険者ギルドから教師を派遣して、実戦向けの魔法を教えるカリキュラムがあるんだ。……昔、一度やったことがある」


「そういえば、ありましたわね」


 セラフィナが思い出したように頷く。


「魔法使い志望の生徒向けに、戦場での応用や対多戦闘の基本を教える授業が。でも、あまり人気はありませんけど」


「そうなんですか?」


 リリアが首を傾げると、セラフィナは丁寧に説明を重ねる。


「ええ。魔導学舎はどちらかといえば、魔法の理論や研究、開発に重点を置いておりますの。ですから、実戦での魔法の使い方に興味がない生徒が多いのですわ」


「なるほど……」


 リリアは納得したように息をついたが、すぐに続く言葉に、また別の驚きが胸に芽生える。


「冒険者ギルドとは真逆だな」


 ゼランが口を挟んでくる。


「ギルドじゃ、実戦で役に立たない魔法は見向きもされん。理論だけの魔法使いなんて、戦場じゃまず生き残れねぇからな」


 リリアは静かに頷いた。


 理論を学ぶ者たちと、実戦に生きる者たち。

 どちらも“魔法”という同じ言葉で括られているが、その在り方はまるで別世界だ。


 少しだけ――魔導学舎という場所に、興味が湧いてきた。


「それで、お父様に頼み込んで学舎に? 無理だと思いますわよ。あの男は不正の類を一切許さない男ですから」


 セラフィナが露骨に顔をしかめ、鼻を鳴らす。敬語とは裏腹に、感情がダダ漏れだ。


「別に不正ってわけじゃないし、お前さんの親父さんとは話がついてる」


「……は?」


 ゼランのあっさりとした一言に、セラフィナの目がまるで真円に開く。情報過多に処理が追いつかない、完璧なるポンコツ反応。


「ルクスリエル家の令嬢が冒険者ギルドに登録するんだぞ? 慎重に調べるのは当然だ。怪我した後に貴族様から訴えられたらたまらんからな。ちゃんと保護者の同意をもらってる」


「……へ?」


 情報、第二波。セラフィナの反応速度、依然フリーズ中。


「元々、魔導学舎にギルドの若手冒険者を短期入学させて魔導理論を学び、学舎の生徒が冒険者として実戦を経験する、いわゆる交換留学を計画していたんだ。話は九割がた纏まっていたところに今回の件だ。実に都合がいい。さっき伝信したら快諾してくれたよ」


「ふぁ!?」


 ついに出た、知性のベールを脱ぎ捨てた素っ頓狂な悲鳴。まるで魔導書が突然爆発でもしたかのようなテンションである。


「あ、あの偏屈が、ギルドの頼みを聞くなんて……あり得ませんわ……」


 セラフィナは両手で頭を抱えて天を仰ぐ。世界の物理法則が裏返ったような混乱ぶり。空には何もない。あるのは現実だけだ。


「ゼランは昔から人の懐に入るのが上手かったからね」


 とライゼがさらりと補足。リリアが横で「確かに」と小さく頷いた。


「いや、わたくしは何を聞かされたのですの……?」


 セラフィナは呆然とつぶやいた。

 令嬢はまだ、父親が娘の“冒険者デビュー”を快諾した現実を受け止められずにいた。


「まあ、俺もセラフィナの両親とは挨拶してるしな」


 さらにロブの何気ない一言が、見事にセラフィナの急所を突いた。


「ふ、ふえっ!?」


 情けない声が口を突いて出る。お嬢様然とした佇まいはどこへやら、呆然としたままセラフィナは目をこれでもかと見開く。


「王都を出る日、エドガーの親と話をするって言ったろ。あのとき、お前の家にも寄ったんだよ。案内役はエドガーだ」


「エドガーーーーーーっ!!」


 反射的に絶叫。言葉というより、もはや叫びが攻撃。


 セラフィナの怒声が村じゅうに響き渡り、木の枝で休んでいた鳥がばさばさと飛び立った。空気がビリビリする。


「だって、師匠が預かるからにはお前の親父さんともきちんと話しておくべきだって言うから。俺も同意見だったし……」


 エドガーは目をそらして肩をすくめる。無駄に背が高い分、怒りの視線を全身で浴びていた。


「聞いてない、聞いてませんわよそんなの!」


「言ったら怒るだろ」


「当然ですわ!」


 もう止まらない。セラフィナはぷるぷると震える指を突きつけながら、エドガーに詰め寄っていた。


 そんな喧騒の横で、アウロラグナの巨大な尻尾がゆるゆると左右に揺れる。


「よし、今だ!せーの!」


「わっ、跳べたー!」


 子どもたちは、その尻尾を跳び越えるという謎のゲームで盛り上がっていた。セラフィナの怒鳴り声も、エドガーの戸惑いも、彼らには日常の一コマでしかない。


 たぶん、これが平和というやつだ。


「とにかくだ。今回は師匠の命令だと思って俺に従え。学舎にいる間も、お前らに俺の技術を教えてやる」


 セラフィナは、ぐむぅと唸ってから、しぶしぶ頷いた。完全に納得はしてない、でも従うしかないって顔だ。


「よし、決まりだな。これから入試手続きやら、事前の準備がある。特急で一週間くらいってところだ。帰りも転移魔法の世話になる」


 そう言って、ゼランがちらりと視線を横に流す。


 その先には──音もなく、ミルディアが立っていた。


 いつの間に!?


 リリアが目を丸くして驚いていると、ミルディアはこちらに微笑みを返してきた。静かで、でも妙に存在感のある笑みだった。


「そういえばゼラン。あんたがミルディアと一緒にいたってことは、私が伝信した時点でバルハルトにいたってことよね」


 ライゼが思い出したように口を開いた。


 ゼランがいる王都からバルハルトまでは、馬車で三日。そしてバルハルトからこの村まではさらに二日。計五日かかる距離だ。


 それなのに、ゼランは昨日の伝信から今日ここに来ている。


 つまり──あの時点ですでに、ゼランは近くまで来ていた、ということになる。


「バルハルトに用事があったの? 何も聞いてないけど」


「そりゃあ、お前に会いに来たんだよ」


「……私に? なんで?」


「いや、それは……その……顔を見に……」


「暇なの?」


「いや、お前が故郷から離れてギルマスなんて激務をこなしてるんだ。俺にはちゃんとやってるか視察義務がある」


「そんなの伝信すればいいじゃない。定期報告もしてるでしょ」


「いや、顔を直に見るのもマネジメントの一つというか………」


 しどろもどろになるゼランに、ライゼが眉をひそめる。ゼランの目は泳ぎ、手はそわそわ。見てるこっちが恥ずかしくなるくらい、挙動不審だった。


 その様子に、ロブが深くため息をつき、左右に首を振る。


 その光景を見ていたリリアは、ぽかんと口を開けていたが──


「ねえねえ」


 フィリアにツンツンと腕をつつかれて振り返ると、セラフィナたちが輪になっていた。エドガー、カイも一緒だ。


「ギルマスって、ライゼ様のこと……」


 エドガーが低い声で呟く。


「そのようですわね。ライゼ様は、まったく気づいていないようですが」


 セラフィナが肩をすくめて答える。


「てか、ロブ師匠の反応見るに、これ毎回やってない?」


 カイが言った。


「ライゼ様、ロブ師匠より鈍感なんじゃ……」


 小さく溜息をつきながら、カイは続ける。


「……こっちもクソボケか……」


 フィリアがボソッと吐き捨てる。


「まったく困ったものです」


「ひゃっ!?」


 その声に、五人が一斉に飛び上がった。輪の中に、いつの間にかミルディアが加わっていたのだ。


「ゼラン様は、ああして不器用にアプローチしているのですが……魔王様はまったく気づかず。他にも、魔王様に好意を寄せる殿方はたくさんいらっしゃるのに、ロブ様しか眼中にないもので」


 溜息まじりの言葉に、リリアたちは顔を見合わせる。


 ……え? それ、今ここで言う? 初対面なんですけど?


 と、みんなが心の中で総ツッコミを入れたが、ミルディアの顔は至って真剣だった。彼女の心の中は、相当、じれているらしい。


「まあ、元気そうで何よりだ」


 ゼランが強引に話を打ち切った。その声はどこか空元気で、会話の終わりを無理やり押し込める力技だった。


 と、不意にゼランが真面目な顔をする。眉間にしわを寄せ、ぐっと視線をライゼに向けて――。


「お前に聞きたいことがある」


「え?」


 にわかに空気が張り詰め、ロブが「お?」という顔で目を細めた。何か面白いことが始まりそうな予感でもしているような、そんな顔だ。


 するとミルディアがスッと身を乗り出す。揺れる。具体的には胸が。


 リリアはその光景に目を見開き、心の中で叫んだ。


(こいつもか!!)


 なんでこの世界の巨乳は皆、こう無意識に揺れるんだ。


「なによ?」


 ライゼが小首を傾げる。きょとんとした無垢な表情。だが、その純真さは刃となってゼランに向けられることになる。


 ゼランは厳かに、神聖な儀式のような口ぶりで訊ねた。


「お前、処女って本当か?」


 時間が止まった。


 ライゼの顔から表情が消える。


 その場の空気が、しん――と音を立てて凍てついた。


 アウロラグナが吹雪を呼んだときの寒気など、比にならなかった。リリアたち弟子は、その場にいながら背筋を氷の刃で斬られるような、そんな感覚に襲われた。


 そして、刹那。


 どごぉっ!!


 ゼランの巨体が、音速で宙を舞った。


 ライゼの鉄拳が顎にクリーンヒットしていた。


 まるでコントのように綺麗な放物線を描き、ドサッと地面に沈むゼラン。その無様な姿に、誰もが言葉を失った。


「なんつうこと言うんだ。お前は」


 ロブが呆れたように、信じられないものを見る目で呟いた。


 だが、弟子たちはそのセリフに対して、揃って心の中で叫んでいた。


((((あんたも似たようなこと言ってリリアに殴られただろ!?))))


(ロブさんも私の胸、小さいって言ったじゃないですか!!)


 リリアの心中で、静かな抗議が爆発音を立てて燃え上がった。


【リリアの妄想ノート】


『教師ロブ、誕生です!』


ロブさんが黒板に呪文構文を書いている……。 しかも、眼鏡かけてます!前髪がちょっと乱れてるのがまた良い!


「この公式を覚えるまで帰さん」


……なんて言われたら、わたし、徹夜してでも覚えます!


実験中、フラスコが爆発して煙の中から現れるロブさん……あぁ、白衣似合いすぎ。


授業中、意味もなく私の方だけちょっと優しく教えてくれたりしないかな……。


でもライゼさんと目が合って「いいですね」って握手されたとき、ちょっとライバル心が芽生えました。


でもでも、魔導学舎に潜入して、生徒たちに“自由な魔法”を教えるロブさん……かっこよすぎませんか?


わたし、その教え、魂に刻みます。



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