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第94話 潜入、魔導学舎――師弟(と変態)の覚醒

「――ぜっっったいに、学舎には戻りませんわッ!!」


 セラフィナの絶叫が静寂を裂いた。周囲の木々がざわめき、アウロラグナの尻尾に登っていた子どもがびくっと跳ねる。


 誰もが固まる中で、リリアがおそるおそる口を開いた。


「えっと……でも、その“魔導学舎”って、そもそも普通の人でも入れる場所なんですか?」


 素朴な疑問に、ゼランが「お、来たな」とばかりにニヤリと口角を吊り上げる。


「いい質問だ、リリアちゃん。気を取り直して答えてやるけどな――」


 ゼランは両手を広げて、芝居がかった口調で語り始める。


「魔導学舎ってのは、基本的に貴族や大商人のご子息ご令嬢が通う、エリート養成機関ってやつだ。魔導公会直下の、“見込みある奴だけ拾う”場所だな」


 リリアがうなずく。


「じゃあ平民は無理なんですか?」


「それが、そうでもない。年に一度の一般試験ってのがある。実技と筆記を突破すれば、誰でも入れるって建前になってんだ」


 ゼランが顎でエドガーを指す。


「エドガーは、その一般試験の剣術部門でトップだった。堂々の特待生扱いだ」


「……筆記はギリギリでしたけどね」


 エドガーが渋い顔で肩をすくめる。


「ウチは貧乏だったんで、学費免除はありがたかったですよ」


「じゃあ、私たちもその試験を受けるんですか?」


 リリアがそっと口を開く。どこか遠回しな口調だが、目は本気だ。


「……っていうかさ、その試験って年に一回なんじゃないの? そんなタイミングよく受けられるもんなの?」


 フィリアが眉をひそめて、もっともな疑問を投げかける。


 するとゼランが、待ってましたとばかりにニッと笑った。


「普通はな。無理。だが――コネを使えば話は別だ」


「コネ……?」


 リリアとフィリアが声を揃える。訝しむように。


「あるんだよ。今すぐ編入試験をぶち込める、超ド級のコネがな」


 それを聞いて、セラフィナの眉がピクリと跳ね上がる。


 まるで雷でも落ちる前触れのような予兆を感じながら、彼女がじりじりとゼランを睨んだ。


「……その言い方、嫌な予感がいたしますわ」


「正解。お前の親父さん――ルクスリエル学長のコネだ」


「なっ……!?」


 セラフィナが両手をぶるぶる震わせながら後ずさる。


「え!? セラフィナさんのお父さん、学長さんなんですか!?」


 リリアの素っ頓狂な声が村中に響く。


 ロブが淡々とした声で補足を入れる。


「ルクスリエル家は、アルトリア王国の建国時から続く名門だ。代々、魔導公会の上層部に名を連ねている」


 カイが呆れたように目を細め、ぽつりとつぶやいた。


「……そんな家に生まれて、よく退学なんてできたな」


 言われて、エドガーが頭をかきながら遠い目になる。


「いや、ほんと騒動だったよ。ある日いきなり俺ん家に来てさ、『わたくし、家を出ますわ!』って――しかも宣言だけして荷物すら持ってなかった」


 ゼランが笑いを堪える。


「そりゃあ、無鉄砲もいいところだな。普通はしばらくして頭が冷えるところだが、そのまま退学して冒険者になってるんだから大した行動力だ」


「俺の両親も必死に止めたけど聞かなくて。結局、俺も一緒に出るってことでセラのお袋さんはしぶしぶ了承。でも、親父さんとは最後まで顔すら合わせずに出ていったんだよな、セラ?」


 セラフィナはぷいっと顔を背ける。


「……あの男とは、もう関わりたくありませんわ」


 リリアは乾いた笑いを漏らした。


(……なんか想像しちゃった)


 エドガーの家に駆け込み「家を出ますわあああ!!」と叫ぶセラフィナがエドガーに「うるさ!ちょ、落ち着けよ!」と宥められている情景が、妙にリアルに浮かぶ。


 ――あれ?ちょっと違う気がする。


 たしか、セラフィナさんは前にこう言ってた。


 ***


『……幼馴染でして、小さな頃からずっと一緒に育ってきた仲ですわ。

 わたくしが退学することを告げた時も、一言だけでしたのよ』


 思い出すようにそっと目を細めて。


『『お前が行くなら、俺も行く』って……』


 ***


(え、違くない?もっとドラマチックな感じしたんだけど)


 リリアは思わず隣に視線を送った。


 すると、フィリアもちょうど同じタイミングで上を見ていた。

 遠い記憶を手繰るような表情のまま、ゆっくりと首を傾ける。


 二人の視線がぴたりと交差し、互いの疑問が無言のまま伝わる。


(セラフィナさん……かなり盛ってません?)


(いや、エドガーが忘れてるだけ……かも?)


 ふたたび視線を逸らしながら、二人とも何も言わずに飲み込んだ。

 どうでもいいけど、真相は闇の中だ。


 セラフィナ本人はというと、誰もツッコまないのをいいことに得意げな顔でふんすと胸を張っている。


 そしてエドガーは、そんな彼女の背中を何も知らずに見ながら、


「ま、結果的に付いてきてよかったですよ。おかげで毎日がイベントだらけで退屈しないっす」


 などと、実にのんきなことを言っていた。


「しかし、その妹を守るって……どうするんだよ? 四六時中そばにいろってのか?」


 ロブの問いに、ライゼが静かに答える。


「護衛そのものが目的じゃない。抑止よ。――妹か、あんたたちに何かあれば、今回の“ドラゴン討伐と偽装殺人”の件をすぐに公にする。それだけじゃない。紅竜団との繋がりも暴露するつもりよ」


 ピリッと空気が張り詰めた。


「つまり、“私たちが近くにいる”ことで、手を出しづらくさせるわけか」


 フィリアが理解を示すと、ゼランがにやりと頷く。


「ああ。今回の件は、魔導公会にとっても外部に漏れたくない一件だ。逆に言えば、こっちはこれを“交渉材料”として使える。魔族領との国交正常化に協力させる方向で動く」


「なるほど……」


「ただ、状況が悪化して“妹が危ない”と判断したら、即座に保護する。学舎から連れ出し、安全な場所に移送する手段も用意してある」


「つまり、俺たちはその間だけ“抑止力”としてそばにいればいい……」


 エドガーが呟いたその瞬間だった。


「それでも! それでもわたくしは絶対に学舎になんて戻りませんわぁぁ!!」


 セラフィナの絶叫が、寒村の空気をきれいにぶち壊した。


 リリアはこめかみを押さえた。


 目の前では、セラフィナが子供のように「イヤですわ!」を繰り返し、頑なに魔導学舎行きを拒否している。両手を腰に当て、つんと顔を背けるその姿は――正直、だいぶ手に負えない。


 (……いつものセラフィナさん、どこ行ったんですか……)


 普段の彼女は、ロブの発言に誰よりも早く頷き、学識に裏打ちされた分析力で状況を俯瞰しようとする――そう、まるで司令官のような冷静さを見せていたはずだ。それが今はもう、感情むき出しの駄々っ子。


 リリアはため息をつきながら、密かに思った。


 ――人は苦手分野にぶつかると、こうも壊れるんだな。


「セラフィナ」


 ロブが静かな声で名を呼ぶ。怒りも咎めもない。ただ、まっすぐに届くような落ち着いた声音だった。


「一度やめた学舎に戻るのが嫌なのは、分かる。……きっと、苦い経験ばかりしてきたんだろう」


 その言葉は、遠い過去に手を伸ばすような、静かな重みがあった。


「でも今回は、お前の気持ちだけで済む話じゃない。ひとりの命がかかってる。それだけじゃない。この国の未来にだって関わることになる」


 その場にいた全員が、しんと静まる。


 リリアは思わず息をのんだ。


 ロブの言う「この国」が、ほんの少し前までは自分たちと遠く離れた存在だったはずなのに、気づけばいつの間にか、自分たちの足元にまで迫ってきている。


 もはや、他人事ではいられない。


 旅人でも、冒険者でもない。選ばれた者として――自分たちは、今まさに時代の渦中に立っているのだ。


 セラフィナは口をつぐんだまま、ぷいと頬を膨らませる。

 横でエドガーが「やれやれ」とでも言いたげに、ひとつ深いため息をついた。


「それに――」

 ロブが淡々と続ける。

「学舎に潜入してる間、お前に指導できないのは痛い。全員、魔導学舎に行くべきだ」


 その一言に、フィリアが「うん?」と小さく手を上げた。


「ちょっと待って。エルフの私も行くの?」


「当然だ。魔導学舎は“すべての種族に門戸を開く”のが建前だからな」


 さらりと答えるロブ。まるで当然のことのように。


 だが、リリアの眉が微かにひそむ。

 全員が学舎へ行く、ということは――


「あの、ロブさんも魔導学舎に?」


「ああ」


 何でもないことのようにロブは答えた。


「はあっ!?」


 先に反応したのはフィリアだった。素で素っ頓狂な声が出てしまったらしい。


「いやいやいや、師匠はたしかに若く見えるけど……学生は、ねえ?」


「お、お師匠様が……制服とか……」


 エドガーが遠回しに呟き、セラフィナは遠慮がちに目をそらす。想像したらしい。いろいろと。


(……ロブさんの、制服姿……)


 リリアの中で何かが暴走を始めた。勝手に、制服姿のロブが脳内再生される。しかも妙に似合ってる。

 そして気づけば、親指を口元に持っていっていた。無意識。完全に無意識。


 ふと横を見ると――


 ライゼも、同じく親指を咥えていた。


 二人の目が合う。

 しばし沈黙。


(……あ)


(……やば)


 その後、二人は何事もなかったかのように無言で親指を戻した。


 ライゼは咳払いを一つして、


「まあ、似合わないこともないかもね」


 と言う。


 リリアも心のなかで激しく同意した。





【リリアの妄想ノート】


・今日の名言:「お前が行くなら、俺も行く(お兄ちゃん属性の極み)」

・今日の衝撃:「教師として魔導学舎に潜入します(制服姿、確定)」


ロブさんが、制服姿で学舎に……?

ふつうに考えたら無理があるよね。でも、でも、

ロブさんは、あの誰よりも似合ってしまいそうな圧倒的な存在感があるから……!


……って思ってたら、まさかのライゼ様も同じ妄想してたっぽい!?

私たち、もしかして気が合う?(いや、これは戦友的なやつだよね?)


セラフィナさんが口をとがらせてるのもかわいいし、

エドガーさんのやれやれ顔もお約束だし、

カイくんのツッコミが光ってたし、

このチーム、最高すぎるんですけど!


魔導学舎潜入作戦、開幕!

……の前に、ロブさんの制服姿をどうか見せてください

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