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9 父への報告と父の決定


「ただいま帰りました」

 ちょうど夕食時だ。両親に続いて食事の席につく。

「あの、お父様、お母様。ご報告したいことと相談したいことがあるのですが」

「なんだ?」

「まず……」


 クロノハック山のヌシになりました。

 魔法卿の師匠になったみたいです。

 どちらもテヘッで済む話ではない。この二つは永久に秘密だ。


「この子を飼いたいのですが」

 自分の肩の上のピカテットを示す。二人ともとっくに視界に入っていて気になっているはずだから、まずはそこからだ。


「かわいいわね」

「ピカテットか?」

「はい。たまたま、通りがかりに懐かれてしまって」

 嘘ではない。経緯を大幅に略しただけだ。


「いいんじゃないかしら? ジュリアはもう自分でお世話ができるでしょうし」

「そうだな。特に反対する理由もないだろう」

「ありがとうございます」

「名前は決めたのかしら?」

「女の子のようなので、ジュエルでどうかと」

「いいと思うが、ジュリアを呼んでいるのと聞き間違えやすくないか?」

「そうですね……」

 父の言うとおりかもしれない。最初の音では判別できないから、呼ばれた時に自分も反応しそうだ。


「命名ジュエル、愛称ユエルでどうでしょう?」

「ユエルちゃん。かわいいわね」

「じゃあその方向で……。一晩考えて、もしかしたら変わるかもしれませんが」

 部屋に戻ってから翻訳魔法をかけて本人に聞いてみるつもりだ。イヤだと言われたら考え直すしかない。

 とりあえず両親と相談するひとつめは完了だ。


「あと、お父様。もしご存知なら、なのですが」

「なんだ?」

「魔力量を、勘が鋭い相手に気づかれないように抑える方法ってありますか?」

 父の顔に緊張が走る。

「……何かあったのか?」

「ちょっと、指摘されて。その相手は大丈夫なのですが、相手によってはあまりよくないように思ったので」

「……そうか。私も聞いたことはないが。調べておく」

「ありがとうございます。自分でも探してみます」

 これで二つめが完了だ。


 報告すべきことはあとひとつ。


(夕食後がいいわよね……)

 今言うと、父が食事できなくなると思う。それに、根掘り葉掘り聞かれないように、話したら早々に部屋に戻った方がいいだろう。

 そんなふうに思って、なるべく普段通りに振る舞う。ニヤけないようにするのが大変だ。


 ユエルに果物を食べさせ、席を立って部屋に戻る前に、一番大事な報告をする。

「最後にひとつ報告があって……」

「なんだ?」


「オスカー……、ウォード先輩と、おつきあいすることになりました」


 父が石化して、ひび割れたような気がした。





▼  [ルーカス] ▼



 いつもより早く職場に着いた。二人がどうなったのかが気になって、そわそわして早く寮を出た形になる。

 まだ誰も来ていない可能性もあると思っていたら、オスカーのデスクに粗大ゴミが突っぷしていた。

「オスカー? 早いね」

 落ちこんでいるのだとしたらダメだったのかとよぎったけれど、机から上がった顔を見た瞬間、認識を訂正した。

 その胸元にはしっかりと、真新しい万年筆が収められている。


「……ルーカスか」

「うまくいったんでしょ? おめでとう。で、仕事に差し支えないように早めに来て切り替えようとしたけど、まだムリそう、と」

 オスカーが盛大にため息をつく。なんでも読むなと言いたげだけど、読めてしまうのだから仕方ない。


「で、どこまでいったの?」

「つきあうことになった」

「うん。それで?」

 オスカーが赤くなって言いよどむ。

「……手を、繋いだ」

「ピュアか!」

 それだけでなんでそんなに恥ずかしそうなんだ。


「あと……」

「あと?」

「キスを」

「おお」

(ジュリアちゃん、アドバイス通りやれたのかな。オスカーの方からとは思えないし)

「ほほにされた」

「ピュアか!!!」

 だからなんでそれだけでそんなに恥ずかしそうなんだ。


「んー……、ジュリアちゃん天然入ってるから、本人意図してないとこで結構きわどいことでもあった?」

 オスカーが真っ赤になって顔を抑える。

(ビンゴか)

 ちょっとおもしろい。


「ルーカス。つきあったらどこまでしていいんだ……?」

「おまっ、それぼくに聞く? ぼくが長続きしなくて、先に進んだ経験がないの知ってるでしょ?」

「ないのか?」

「何度も言わせないで」

「つきあいが短くても先に行くことは……」

「あるかもしれないけど、ぼくはない。っていうか、ぼくは短いつきあいでそうしたいって思える相手に出会ったことはない。

 大体、そういうのは正解があるものじゃなくて、二人の間で決めていくことでしょ?」

「それは、そうなのだろうが」


「まあ、クルス氏のお嬢さんってとこを考えると、一線は引いておいた方がいいと思うけど。命が惜しかったら」

「……それは、そうだな」

「相手が悪かったね。結婚するまでは生殺しのままがんばって」

「それは応援してるんじゃなくて、おもしろがってるだろ……」

「もちろん」

 オスカーが深くため息をつく。

 それから、もそもそと始業の準備を始める。ジュリアの指導計画のようだ。なんだかんだ仕事はちゃんとやる男だと思う。


「ちなみに、ジュリアちゃんの問題の方も解決したの?」

「いや……、それは当てが外れた」

「ふーん? の割に、そんなに気にしてない?」

「彼女に当てがあるらしいから、二人でなんとかしてみようと思っている」

「そっか」

(ジュリアちゃん、ちゃんと二人の問題にできたんだね)

 とりあえず満足だ。


 自分のデスクに行こうとしたところで、ダッジが出勤してきた。

「おい、ウォード」

「なんだ?」

(ん?)

 驚いて足を止める。

 ジュリアとの一件以来、ダッジがオスカーに絡むところを初めて見る。今は仕事で関わる案件もないはずだ。


「お前……、昨日、ジュリアさんをホウキに乗せてなかったか?」

「オスカー?!」

 全力でつっこみたい。手を繋いだとか、ほほにキスされたとか、無意識に何かされたとか、それどころではないではないか。


「……なぜ」

(あ、これ、「なぜそれを知っているのか」の方の「なぜ」だ)

 完全にクロだ。間違いない。

 ダッジは「なぜそれを聞くのか」と捉えたようだけど。


「たまたま見かけて。お前一人かと思ったんだが、こう、ここに。知った姿があるなと。驚いて三度見くらいした」

 説明する手つきがヤバい。

 それが正しければ、ただ乗せただけという話ではなく、完全に密着する方の乗り方だ。恋人同士か、親が小さい子どもを乗せる時にしかしないやつだ。完全に真っ黒だ。


 オスカーが気恥ずかしそうにしながら、ほんのわずかに頷いた。

「マジか?! いつからそうなってるんだ?! え、ホウキに乗せたってことはその先も……?」

「誰が、誰を、ホウキに乗せたと?」

 冷えきった声がして、瞬時に辺りが静まる。


「クルス氏……」

「えっと……、おはようございます……」

 後ろからジュリアも顔を出す。恥ずかしさと困ったのとが半々か。


「オスカー・ウォード」

「ああ」

「昨夜ジュリアから報告を受けている。合宿の時に言ったことに二言はない。が、節度はわきまえるように」

「……了解した」

「お父様、それは公私混合です」

「今はお前の父親としてしか言っていないから問題ない。

 そして、ここからはこの魔法協会の最高責任者としての決定だ」


 クルス氏が一層、おごそかに言った。


「オスカー・ウォードはジュリア・クルスの教育係を解任。今日からは通常業務に戻るように」


「お父様?!」

「ジュリアは、今月中は育成部門の女性たちから残りの座学を習うように。魔法は、私が時間を見て教える。来月からは外部研修に行ってもらう」

「外部研修って普通、研修二年目ですよね? 私、まだ二ヶ月ちょっとですよ?」

「これまでの報告と合わせて、残り半月で内部研修は足りると判断した。最初はシェリーのところでの受け入れを打診してもらっている。不足分はそこで習うといい」

「お母様のところ……」

「以上だ」


 クルス氏が言いきってデスクに向かう。

 残されたオスカーとジュリアがオロオロしている。ジュリアも今ここで初めて聞いたのだろう。


「まあ、二人からしたら寝耳に水だろうけど。上司としては妥当な判断じゃない? 教育係を従来の二人一組にするのは今更ムリだろうし、クルス氏としてはシェリーさんのところは安心だろうし。

 まあ、本音は、二度と研修室みっしつに二人きりになんてしてなるものか、だろうけど」

「……だろうな」

「……でしょうね」

 二人とも苦笑しているけれど、空気は柔らかい。


「二人乗りについてはまた後で詳しく聞かせてね」

 二人にだけ聞こえるようにこっそり言ったら、二人揃って真っ赤になった。おもしろい。しばらくはこのネタでからかえそうだ。


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