7 [オスカー] 魔力の回復方法
ジュリアから帰る魔力が足りないと言われ、思考を巡らせる。
どこかの街まで空間転移して、魔法薬の店で魔力回復液を買うというわけにはいかないのだろう。彼女は空間転移を使えることを隠したいから、本来の自分たちの行動圏外に形跡を残したくないのだと思う。
魔力回復液が使えないとなると、ホワイトヒルまで帰るのは難しそうだ。けれど、泊まりになるのは可能な限り避けたい。
気恥ずかしいが、思いついたことを聞いてみる。
「できるかはわからないのだが」
「はい」
「前に……、ジュリアの魔力を分けてもらった魔法の、逆は可能なのだろうか」
「えっと、あなたから私が、魔力を分けてもらうということですか?」
「ああ。自分の魔力で不足分が足りるのかも、自分にも習得できるのかもわからないが」
「全部とまではいかなくても、分けてもらったぶんだけ移動距離を延ばせるし、二人分なら回復時間も早くなるので……、夜のうちには帰れるかもしれません。
古代魔法なのであなたがすぐに習得するのは難しいでしょうが、あなたが習得しなくても、相手から魔力をもらう魔法はあります」
「あるのか」
「はい。効率の考え方も同じで……、その、してもいいなら」
息を飲んだ。恥ずかしそうに見上げてくる彼女がかわいすぎる。
してもいいなら。
何をとは言われないが、何かはわかる。以前、自分が彼女に控えてほしいと頼んでいたことだ。この話を持ちだした時点でそれは考えている。
(キス……。しても、いいのか……? 本当に……?)
緊急事態だと言えば緊急事態だし、あの時とは状況が違う。つきあうことになったなら、もう手を出していいと思っていいのだろうか。
したいかしたくないかで言えば、すごくしたい。彼女がしていいと思っているなら、イエスしかない。
彼女を見つめて答えを告げようとしたところで、ピカテットが間に降ってきて視界が塞がれた。
「ヌシ様! ヌシ様!」
「なんですか?」
「魔力でしたら、セノーテで回復できますよ」
「セノーテ……、地下にある泉でしたっけ。魔力を回復できるところがあるんですね」
「はい。本当は秘密なんですが。ヌシ様なら好きに使ってもらっていいかと」
「ありがたいです」
(もっと早く言ってくれ……)
期待を返してほしい。やり場のない気持ちを、長い息に乗せて密かに吐きだした。
ピカテットに案内されて、ホウキでついていく。
「飲むのには向かないので、水浴びになりますが。地下水はいつでも温かいから、出る時に気をつければ大丈夫かと」
「それなら、空気調整の魔法がかかっているから問題ないと思います」
山をしばらく下っていくと、地面に直径五メートルくらいの穴があいている場所に着く。中はキレイな緑色の泉だ。
「入り口はここしかないのですが。中に入ってこちら側に少し開けた場所があって、その辺りは浅くなっています」
案内されるがままジュリアが入っていく。
見送って引きかえそうとすると、声がかかった。
「オスカーは来ないんですか?」
「水浴びをするなら、自分は見えないところで待っている」
「服のまま入って、上がって魔法で乾かすつもりなので、大丈夫ですよ。
あなたも魔力を使っているし、一緒に入りませんか?」
(一緒に……?)
ホウキから落ちなかった自分を褒めたい。服のままとはいえ、一緒に水浴びをするというのはアウトではないだろうか。
(つきあっているならいいのか……? どこまでいいんだ……?)
わからなさすぎる。
わからないけれど、一緒にいたいとは思う。
「……わかった」
答えて、一緒に降りていく。
ピカテットが言っていたとおり、奥の方に陸がある。一緒に着地してホウキを消す。
パシャッ。ジュリアが抵抗なく踏みこんで、楽しげに水の中に入っていく。
胸元まで浸かって水と戯れる彼女に、筋状に降りそそぐ光が幻想的だ。
もし女神が本当にいるとすれば、それは彼女のような姿をしているのだろう。
(きれいだな……)
別荘で夜に彼女に会った時、つい思ったままを口にしてしまった。彼女は星空のことだと受け取ってくれたようでホッとした。
あの時と同じくらい、あるいはそれ以上に輝いて見える。
「オスカー……? 来て……?」
甘く聞こえる音に鼓動が跳ねる。自分の心音を聞きながら、ゆっくりと水の中へと踏みこむ。
空気を適温にする魔法がかかっているからか、水は少し冷たく感じる。
(これなら落ちつけるはず……)
そうホッとしたのと同時に、彼女が顔を輝かせて嬉しそうに寄ってくる。
(かわっ、ちょっ、かわいいんだが?!)
水の冷たさなんていうものは一瞬で吹っ飛んだ。
「ふふ。気持ちいいですね」
「……そうだな」
平静を装って答えたけれど、心臓がうるさすぎる。
胸から上が水から上がった状態だ。服の生地はしっかりしていて透けてはいないが、体に密着してラインがハッキリ見える。長い髪から水滴がしたたって、湯上がりを思わせる。
ドキドキしないでいられるわけがない。
「……自分は、それほど魔法を使っていないから。先に上がっている」
「わかりました。すみません、待たせてしまいますが」
「構わない。十分だと思ってから上がってくるといい」
ホウキを出して浮かびあがる。
「あ。魔法がかかっていて寒くは感じないと思いますが。ちゃんと服を乾かしてくださいね」
「わかった」
セノーテの入り口近くへ舞いおりて、ふうと息をついた。
(危なかった……)
あのままあの場にいたら、どこまで手を出してしまったかわからない。彼女といると理性が簡単に姿を消しそうになる。
熱を逃すように長く息を吐いてから、初級の乾燥魔法で濡れた服を乾かしていく。
穴の中からピカテットが追ってきた。
「オイ、雄」
(雄……)
動物的な性別では間違っていない。ジュリアに対する態度とはだいぶ違うが、魔獣に腹を立てても仕方ない。
「オスカー・ウォードだ。なんだ?」
「大して違わないだろ。オスカーはヌシ様とどういう関係なんだ?」
「どういう……、つきあってはいる、な」
今日から正式に、だが、そのあたりは伏せておく。元夫らしいという情報も伝える必要はないだろう。誤解しか招かない気がする。
「つきあう? 番ってはいないのか?」
「番う……?」
「雄と雌が好きあったら番うだろ?」
ピカテットがそう言って腰を振る。
「……丸焼きにしていいか?」
「いいと言うわけがない! どうしてそうなった!」
「人間は複雑なんだ。結婚という制度があって、そこで初めて正式に番になる。つきあうっていうのは、その前段階だな」
「なんだそれは。生殺しじゃないか」
「……ああ、そうだな」
それは正にその通りだ。まさか魔物に理解される日が来るとは思わなかった。
泊まりを避けたいのは、社会的な部分やクルス氏への体裁もある。けれど、何より、理性を保てる自信がない。つきあえることになって浮かれているのもあると思う。
(普通こんなものなのか……? それとも自分がおかしいのか……?)
彼女に出会う前は、異性には淡白な方だと思っていた。こんなにも焦がれて、求めてやまない自分は知らなかった。
「ニンゲンって魔獣よりずっと大変なんだな」
「そうか?」
「本能を抑えるなんて考えられないね。特に繁殖は、種の繁栄に繋がるんだから、抑える意味がわからない」
「……そうか」
「まあ、ガンバレ」
「励まし方が雑だが……、反対はしないんだな」
「反対? オイラが? 何に?」
「関係を聞かれた時には、てっきり、ヌシ様は渡さないとでも言われるかと」
「オイラはヌシ様の幸せを応援するに決まっている。雌同士なんだし」
「……雌、なのか?」
「何を驚いている? 見たままのプリティさなのに」
「すまない。ピカテットの性別の見分け方は皆目見当がつかない」
「ニンゲンはそうなのか? じゃあ、ヌシ様にも言わないと。名前をもらう時に間違えられたら困る」
「名前をもらう?」
「そうだ。魔物には名はないからな。使い魔になる時に主人から名前をもらうって聞いたことがある」
「そうか」
確かに、ピカテットは種族名であって個の名前ではない。周りに使い魔を従えている魔法使いがいないから、名づけについては知らなかった。
「オイラが関係を聞いたのは、ヌシ様からお前と番いたそうな匂いがしてたからだ。お前からもしているのに、どっちも指一本触れないから不思議に思っただけだ」
「……待ってくれ。なんだそれは……」
「なんだとは?」
「その……、ジュリアが……? 番いたそう……?」
自分からというのはわかる。匂いというのはわからないけれど、魔物だからこそ感じるものがあるのだろう。
けれど、彼女が?? そこは疑問だ。
「なんだ、ニンゲンは感じないのか? 雌から出てるゴーサインがわからないなんて不便だな」
(ゴーサイン……。なんてことを言うんだ……)
なけなしの理性が一瞬崩れかけて、必死に修復する。
頭を冷やせたらと思って上を脱いだが、温度調整の魔法が快適すぎる。




