表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/540

6 魔法卿からの弟子入り志願


おそれ多いぞ、ニンゲン! ヌシ様がニンゲンなぞを弟子にするはずがない!」

 いつものピカテットが魔法卿の前で胸を張った。

「は? しゃべるピカテット……?」


「ヌシ様の力だ! 畏れおののけ! オイラだけじゃない。ヌシ様の元では全ての魔物が言葉を話すのだ!」

「ソウダ」

「ニンゲン、カエレ」

「ヌシサマニ、オソレオノノケ」

「ワレラガ、ヌシサマ」


 フロストバイトベア、ブリザードレパード、他にも集まっていた魔物たちが口々に言った。

(翻訳魔法、全体にかけっぱなしだものね……)

 魔物たちにかかっているから、魔法卿にも理解できる言葉として聞こえているはずだ。


「マジか……」

 魔法卿が全力で引いているように見える。

(すみません、ただの古代魔法です……)

「山のヌシっていうより、もう神格を持ってるんじゃないか……? ここまでいくと山神だろ……」

(ダークエルフの弟子のただの人間です、ごめんなさい)


 神に対する感覚には地域差と個人差がある。が、魔法使いはあまり固有の神を信仰していない印象だ。神話をひとつの物語としてとらえていて、神や悪魔は漠然とした超常的なもの、魔法でも実現不可能な事象への形容として使われることが多い。

 魔法卿が言う「山神」も、そのくらい上位の存在という感覚だろう。


「確かに、弟子入りしようなんてのはおこがましいかもしれん」

 そう言われてホッとする。魔法卿の師匠なんて身に余りすぎる。

「だが、あきらめん」

(ちょっ、お願いだからあきらめて……!)

「半年に一度、いや、年に一度! 年に一度でいい。どうせ俺もそう時間が取れる身じゃない。年に一度、一日だけ。ここで修行をつけてくれ。魔法を見せてくれるだけでもいい。勝手に盗むから」


「盗むと公言している者に見せるはずがないだろう」

 オスカーがそう言って、守ろうとするかのように前に出てくれる。

(あれだけ暴れて魔法卿まで下したのに、引かないでくれるオスカーの方が神だと思うわ……)

 普通、というのはわからないけれど、強すぎる女性は好かれないという感覚はある。魔法協会のお姉様方が嘆いているのを耳にしたこともある。

 どれだけ力を見せても味方でいてくれる。守ろうとしてくれる。それが、すごく嬉しい。


「じゃあ、メテオ! せめてメテオを俺が使えるようになるまでっていう魔法限定、期間限定でいいから。無詠唱とは言わない。通常詠唱でいいから!」

「……魔法卿が、使えないのか?」


「簡単に言うな。メテオは最上級魔法の中でも最難関なんだぞ?

 そもそも、魔法は詠唱する呪文が短い方が難しいんだ。だから強力になるほど呪文が長くなるのが普通なんだ。本来であればメテオ級の魔法の呪文は、五倍以上の長さがあるものなんだ。

 それを三文字だぞ? 伝わってはいても、使える者なんているはずがないと言われてきた準伝説級の魔法だ。

 そんなものが無詠唱で降ってくるなんて、規格外にもほどがあるだろ」


(規格外でごめんなさい……。無詠唱は別の魔法の影響だけど)


「使える者がいなくて習えないというのも、習得の大きな妨げになっているんだ。見せてもらえるだけでもヒントになるはずだ。魔法使いになる前から憧れている魔法なんだ。頼む!」

「えっと……、じゃあ、メテオだけ、メテオが使えるようになるまで、年に一度、限定でなら……」

「本当か?!」


「いいのか……?」

 オスカーが心配そうに聞いてくれる。

「これ以上は引き下がってくれない気がするので」

「確かに」


「ありがたい。よろしく頼む、師匠! 一年後にここに来ればまた会えるか?」

「えっと……、この時期は都合が悪いので。九月の最終週の土曜日でどうだ?」

 気を抜くとすぐに元の口調に戻ってしまうから、がんばって威厳を出す。

「もちろん都合は合わせる。一年後、九月の最終週を楽しみにしている。あと、もうここで暴れたりしないと約束しよう」


「そもそもなぜ、魔法卿はここへ?」

「あー……、負けたら事情も話すと言っていたな。格好悪い話なんだが」

 そう言い淀んでから、魔法卿が盛大にため息をついた。


「妻から、仕事と自分のどっちが大事なんだと言われて実家に帰られて、それ以来一切連絡が取れなくてな。もう仕事に追われるのもイヤになって、ボイコットして引きこもっていた」

「え……」

「むしゃくしゃしても、俺が街中で当たり散らすわけにはいかないだろ? ここなら誰にも迷惑がかからないと思っていたが。

 魔物や山に迷惑をかけるとヌシが出てくるとは思わなかった」


「……人が来ない山に引きこもって、八つ当たりをしていた、と」

「面目ない」

「その時間があったら……、えっと、我に下げる頭があるなら、妻の実家の前で頭を下げ続けてみれば?」


「それがなあ……、ここだから見つかっていないだけで、妻の実家の前に行ってもすぐに協会に見つかって連れ戻されるからなあ……」

「魔法卿には有給休暇は?」

「ないな。最高権力者という名目での裁量労働なんだが、実際は相当ブラックだ」

「それは……、ご愁傷様……」

 父から魔法卿になりたいかと聞かれて、断って本当によかったと思う。そこまで働きたくはない。


「本当だよ! 惚れた女を拝み倒してやっとモノにしたのに、全然一緒にいる時間を作れないんだぞ? 本当に愛しているのかと言われても、愛しててもどうにもならないだろ?!

 せめて有能な二位でもいれば助かるんだが。残念ながらもう随分長く空位だ。


 先代の魔法卿がなってくれると思っていたら、さっさと俺に押しつけて隠居生活に入るし!

 俺だってこんなもんさっさと次代に渡したいわ。もう少しで落ちつくから待ってほしいと言い続けて十年以上……。痺れを切らせる側の気持ちもわからなくはない。だからって俺にどうしろというんだ?」


 隣のオスカーがものすごく同情しているように見える。

 どうしろというんだと言われても、どうしようもない。


「……早く次代に任せる、とか?」

「それもなあ、中々難しい。この地位を継がせるには、かなりの魔力量が必要になる。魔力開花術式でそれを示す者が現れないと、次代の教育すら始められない。

 先代も俺が術式を受けるまで、相当待ったみたいだ。絶賛、世界中で探しているところなんだが、そう簡単にはいかんだろ」


(……重ね重ね、ごめんなさい)

 自分の術式の結果がそのまま報告されていたら、自分の犠牲の元に、この人はいくらか気が楽になっていたのだろう。けれど、そこは譲りたくない。

 とはいえ、申し訳なさがないわけではない。一人の女性としてアドバイスをするくらいならできるだろうか。


「なら……、結婚記念日、お互いの誕生日、セイント・デイ。この四日だけは絶対に仕事を入れないで、妻と過ごすように。

 会える日は毎日一度は気持ちを伝えて、顔を見られない日は手紙を一筆。ものの数分で済むことをきちんと積み重ねるように」

「……それでなんとかなると思うか?」


「やらずにこんなところで腐っているよりは可能性が上がるかと。まだ離縁まではされていないなら、尚更」

「向こうの誕生日はわかるが。俺の誕生日もか?」

「当然。好きな人の誕生日を祝いたいと思って準備したのを、もし十年以上無碍(むげ)にしてきたなら、その積み重ねは相当かと」

「それは……、考えたことがなかったな」

「会えるようになるまでは手紙で、その辺りも含めて誠心誠意謝るように」

「……やってみる」

「うむ」

(よし、最後の最後で威厳出たはず!)


「まずは彼女の方にできることをして、仕事に穴をあけた分もなんとかするか……」

 そう言って、魔法卿がホウキを出す。空間転移は使わないのか、使えないのかわからない。

(魔力量だけじゃない、特殊な魔法だものね。使えることは知られないようにしよう……)

 もし魔法卿が使えなくて、使えることが知られたら、メテオと同じように拝み倒される気がする。


「それでは、ガイア師匠。来年の九月最終週の土曜日は、必ずあけてここに来る」

「うむ」

(私も忘れないようにしなきゃ……)

 話し終えると、魔法卿のホウキが一気に加速した。さすがと言うべきか、父の最高速度より速い。音速に近い速さで飛んでいき、あっという間に見えなくなる。


 肩の力が抜ける。

「……終わったあ」

「終わったな。お疲れ」

「ありがとうございます」

「さすがヌシ様でした! あたり一帯がボロボロですが」

 ピカテットは笑い話のように言ったけれど、いたたまれない。


「それは……、ごめんなさい」

 特にメテオの被害で、あたりが穴だらけだ。

「平らにならすくらいはしておきますね」

 土魔法で、魔獣たちが生活に困らない程度に戻しておく。元々雪のエリアだから、草は生やさなくていいだろう。


「姿を変える魔法を解除してもいいニャ?」

「はい、ありがとうございました。あなたの魔法がなかったら、とても困るところでした」

「ああ。まさか魔法卿だとはな……」

「本当に」

 相手に老エルフだと思わせたのは本当に正解だった。


「勝手に約束して申し訳ないのですが、毎年一日だけ、また力を貸してもらえますか?」

「もちろんニャ。年に一日と言わずに、ヌシ様が必要な時にはいつでも力になるニャ。

 アッチはリンセニャ。大体あの辺の森にいるから呼んでニャ」

「ありがとうございます」

 魔物たちが改めてお礼を言って、それぞれの元のナワバリに散っていく。


 残ったのは、最初に足を止めたピカテットだけだ。

「あなたは帰らないのですか?」

「オイラはヌシ様のしもべになります!」

「え……」

「ヒトは魔物を使い魔にすることがあるのでしょう? ヌシ様! ヌシ様の使い魔にしてください!」

「えっと……」

 ピカテットは、ペットとしても飼われている魔獣だ。飼うこと自体は難しくないだろう。

「……両親が飼ってもいいと言えば?」

「必ずや! お力になります!」


「ジュリアは少し、人が良すぎると思う……」

「押しに弱いのかもしれません……」

 二人で苦笑する。

 空間転移のテストをしただけなのに、まさか魔法卿の師匠になったり、使い魔(ペット)を飼うことになるとは思ってもみなかった。


「とりあえず当面の問題は、もう帰る魔力がないことですね。空間転移では半分も行けないかと。がんばって中央魔法協会のあたりまででしょうか」

「……そうか。さすがに残る距離をホウキというわけにはいかないな」

 ほとんど休みをとらなくても何日もかかってしまう距離だ。魔力の回復待ちをしてから再度空間転移をした方がまだ早い。

「ごめんなさい……」

 その点については謝るしかない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ