5 〝迷惑な人間〟との戦い
ブリザードレパードを先頭に、山にいるという人間の方に向かっていると、さっき聞いたのとは違う破壊音がした。目的の方向からだ。
「大体、日に数回、あんなふうに暴れるのです。周りの生き物はみな避難しました」
肩に乗ってきたピカテットが教えてくれる。全長十五センチ程度の小型魔獣だから、それほど重くはない。
「暴れる理由はわかりますか?」
「さっぱりです」
「なるほど……」
ボスのケガの様子から見て、相手は魔法使いで間違いないだろう。それも、強い魔法使いだ。
重症を負ったボスは逃がされていて、捕まった魔物や倒された魔物がいるという話は聞かない。
臨時依頼で魔物を狩るのでも、素材のために狩ったり採取したりするのでもないのなら、なんの目的でこんな辺境の地まで来て、山を破壊しているのかがわからない。
「オスカー」
「なんだ?」
「相手はなぜ、こんなことをしていると思いますか?」
「……自分も考えているが。正直、想像がつかない」
「同じくです」
「こういうのはルーカスの分野だな」
「ですね。ルーカスさんなら、今までの情報で何か推理できたりするんでしょうか」
ルーカスがくしゃみでもしていそうだ。
「戦闘になるかはわからないのですが。突然襲われた場合のために、事前に防御魔法はかけておきましょうか」
「そうだな。ジュリアは魔力を温存した方がいいのだろう? それは自分が」
「ありがとうございます」
オスカーがフェアリー・プロテクションをかけてくれて、次に自身にもかける。中級魔法のひとつふたつは防げるはずだ。その時間があれば反撃できるだろう。
そう経たずに目的のエリアが見えてくる。氷でできたかまくら型の住居、イグルーが作られている。完全に住んでいるようだ。そこを中心に、周りにはいくらか破壊された形跡が見られる。
中年の男性が一人、難しい顔をしてうろうろと歩いている。細身が多い魔法使いの中では比較的体格がいいように見える。
身にまとっているのは温度調整ができるホットローブだろうか。焦茶色のそれは身分を示す色ではなく、普段使いのものだ。
男が顔を上げる。
「……なんだ? このあたりの魔物はすべて逃げたと思っていたが。集団でリベンジか?」
多少の間合いをとった場所で、ブリザードレパードが足を止めた。
老エルフに化けた自分とオスカーがその背から降り、男の方へと向かう。
「ヒトの子よ。我はこの山のヌシである」
(って感じでいいのかしら。師匠は確か最初、私のことヒトの子って呼んでたし)
「山のヌシ? このあたりにエルフの棲家はなかったと思ったが。二人で住んでるのか?」
(二人で住む?! オスカーと?!)
ついそこに反応しそうになったけれど、今はそんな場合ではないと頭の中で打ち消す。
「この山は我が守護している。即刻、立ち去られたい」
なるべく厳かに聞こえるように言いつのると、男が頭をかいた。
「あー、じいさん、エルフでその姿ってことは、かなりの年齢だろうし、それだけ魔物を従えられるってので、そう主張されるのもわからなくはないんだがなあ。こっちにもこっちの事情ってのがあるんだ。はいそうですかってわけにはいかん」
「事情?」
「そうだな……、ここはわかりやすく、この場所の占拠権をかけて力比べってのはどうだ? 俺が負けたら潔く帰るし、事情を聞きたきゃ話してやる」
(なんで男の人ってこんな脳筋なの……)
今朝方もブロンソンから戦う話をされたばかりだ。どうして穏便に対話で解決できないのか、まるでわからない。
「もちろん、俺が勝っても命は保証する。命の取りあいじゃなく、ただの力比べだ」
「断ったら?」
「簡単だ。俺がここを立ち去らないで、居座るだけだな」
ため息が出る。そんなふうに居直られたら、相手をする以外にないではないか。
(帰り方は……、また後で考えるしかないわね……)
「よかろう。……アルティメット・プロテクション・ドーム」
最上位の防御壁でオスカーと魔物たちをおおう。
「相手の力量がわからないので、絶対に出ないでください」
そう言い置いて、一人で前に出る。ブリザードレパードは上級魔獣だ。そのボスを倒せるなら、かなり強いと思った方がいい。
オスカーは何か言いたそうだったが、飲みこんでくれたようだ。
「ほう? 守護っていうのは本当なんだな。これから俺と戦おうってのに、仲間を守る方に先に多くの魔力をさくとは」
「ノーン・インセンテティオ」
相手には聞こえないくらいの小さな声で、古代魔法の中でも対人戦で特に有効な呪文を先に唱えた。呪文の詠唱なしで、しばらく魔法が使えるようになる魔法だ。
至近距離で戦っている時ほど、手を読まれにくくなって戦いやすくなる。魔法使いとしては反則だと思うが、山のヌシとして戦うならアリだろう。
無詠唱で身体強化をかけて、地を蹴る。並の魔法使い相手なら呪文を唱えきれず、これだけで抑えられるはずだ。
「エンハンスド」
(短縮詠唱!)
本来の呪文は「エンハンスド・ホールボディ」。自分が今無詠唱でかけたのと同じ、全身の身体強化の魔法だ。
呪文の短縮詠唱はかなり魔法に精通していないとできないし、魔力負荷も高く効率が悪いため、あまり使われることはない。
こちらの動きを見た一瞬でその必要性を判断したのは相手の戦闘センスだろうか。速攻の一撃目を見事に受けとめられる。
同じ身体強化がかかった状態だと、元の身体能力の影響が大きくなる。ここ数ヶ月みっちりオスカーに鍛えられたおかげで並の女性よりは強くなっているはずだけど、今の目の前の相手とは五分といったところか。
後ろに下がって次の手を考える。スピード勝負になっている間は、捕獲系の魔法は相性が悪い。
男の後ろに炎の壁を作る。それから、巨大な火の鳥。更にたたみかけるように無数の雷の鳥。どちらもスピードで避けてもすぐに追い直す、追跡系の魔法だ。
「おいおいおいっ、それは殺しに来てるだろ?! しかも無詠唱って頭おかしいのか??!」
焦りながらも男はなんとか身体能力で避けつつ、
「エンジェル・プロテクション・ドーム! ヘビー・インテンス・レイン、ダートアロー・ストーム」
防御し、水で炎を消し、土の矢で無数の雷の鳥を撃ち落とす。
(この人、強い……!)
相手の対応が終わる前に次の魔法を発動させる。オスカーたちを自分の防御壁で守っているからこそ、気兼ねなく使える最上級魔法だ。
自分にも防御を重ねがけしておく。どちらにも直接は当たらないはずだが、爆風と飛散するカケラから守るためだ。
先の魔法を処理しきった男の上から巨大な高熱の岩がいくつも降りそそぐ。避けられないほどの範囲に落ちるものだが、念のために炎の壁でも囲っておく。
「は?! メテオ?! ウソだろ?!」
男の防御壁にヒビが入る。辺り一体に衝撃が重なって、爆煙に包まれる。
「ゴッデス・プロテクション! っ……!」
最上級とされている防御魔法でしのがれたが、ダメージは入っただろう。
(これで終わり)
相手が次に意識を向ける前に捕獲魔法を発動させる。ミスリルプリズン・ノンマジック。魔獣たちのケンカを止めた、高強度で魔法も使えなくなる檻だ。
「うわー……、マジか。この俺を捕まえられる人……、いや、エルフか? が、この世にいるとはなあ……」
檻の中で男がため息をついて両手を上げる。
「降参だ。完敗だ。すぐにここから出ていく」
「……あなたも、強かったです。驚きました」
ふうと息をついて、男を閉じこめていた檻と、オスカーたちを守っていた防御壁を解除する。
「いやあ、あれだけ圧倒的にやられて、そう言われてもなあ。反撃の余地が微塵もなかったぞ。どうやら俺は井の中の蛙だったようだ」
「ケガはないか?」
壮年のエルフ姿のオスカーが心配そうに駆けよってくる。
「はい。むしろ、あっちの治療をした方がいいかと」
男は複数ヶ所、裂傷や火傷を負っていて血まみれだ。相手が強くて手加減ができなかったとはいえ、ちょっとやりすぎたかと反省する。
「ああ、いい。このくらい自分で治せる。エンジェル・ケア」
男がさらりとケガを治す。まだ魔力には余裕があるようだ。
「この山のヌシと言ったか。あんた、名前は?」
「……マリン・ガイア」
隣のオスカーが吹きだしそうになった。とっさに他に思いつかなかったのだから仕方ないではないか。
「女みたいな名だな。時代によって名前の男女も変わるし、あんたが生まれたくらい遠い昔は、男の名だったのか?」
「そんなところだ」
ヌシっぽい話し方を意識し直す。
「俺はエーブラム・フェアバンクスだ」
(……ん?)
どこかで聞いた名前だ。比較的最近、耳にしている気がする。
オスカーが珍しく、ものすごく驚いた顔になった。
「……まさか……、魔法卿……?」
ぽそりとつぶやかれて、記憶が繋がった。
エーブラム・フェアバンクス。当代の冠位一位、世界最強の魔法使い、魔法卿の名前だ。
(ええええええっ?! 魔法卿?! 魔法卿と戦ってたの??!)
道理で強いはずだ。強くないとおかしい。勝てるかもしれないと思ったことはあるし、ブロンソンからも自分の方が上だと言われていたけれど、本当に勝ったことには驚きだ。
「なんだ、こんなところのエルフも俺の名を知っているのか? そうだ。冠位一位とか魔法卿とか言われて最強なつもりでいたが、上がいたとはな。人間でなかったのは救いだが」
(人間です、ごめんなさい)
「ガイアさん。いや、クロノハック山のヌシ、ガイア様。どうか俺を弟子にしてほしい」
(……はい?)
「頼む、この通りだ」
魔法卿から深々と頭を下げられる。
(ちょっと待って。どうしてこうなったの……)




