4 ヌシじゃないけどヌシになる
「ミスリルプリズン・ノンマジック」
上から見下ろして、争っているフロストバイトベアとブリザードレパードを別の檻に捕える。十メートルを超える魔獣二体が、それぞれ半透明の巨大な板に囲まれた形だ。
ミスリルプリズンは檻を生成する魔法の中では最上位のもので、ドラゴンクラスでも物理で破壊するには時間がかかる。魔法封じもつけたから、双方の魔法もピタリと止まっている。今の二体には檻を破壊する方法はないはずだ。
戦いを止めるだけなら、本当に簡単なのだ。
隣をホウキで飛んできたオスカーが驚いた顔をしている。
(規格外でごめんなさい……)
こんなふうに制限なしで魔法を見せるのは初めてだ。この大きさのミスリルの檻に魔法封じを付与するのは、父にもできないだろう。驚かれるのもムリはない。
檻の方へと舞いおりていく。
それぞれの群れが驚いたように集まってくる。
すぐに攻撃されない距離に、先程自分の周りに集まっていた魔物たちの姿も見える。
「話は聞きました。戦いはやめてください」
「ニンゲン……!」
「オマエラ、ゲンイン!」
ブリザードレパードたちから不満が上がる。
「そう聞いています。それは、すみません。その人間をどうするかが大事で、あなたたちが争ってナワバリを奪いあう必要はないと思います。
だから、まずは一緒に考えてみませんか? みんなで話ができるように魔法をかけるので」
魔物の種類が違うと出せる音が違うため、魔物同士でも言葉が通じやすい魔物と通じにくい魔物がいる印象だ。通常、対話での解決が難しいのはそんな理由もある。
「ラーテ・エクスパンダレ。オムニ・コムニカチオ」
魔法を広域に広げる魔法を唱えてから、会話のための魔法を全体にかける。魔物同士でも話せるし、自分たち以外の人間とも話せる状態になる。
(帰りの空間転移の魔力は残さないと、よね)
ちょっと魔法を使いすぎている気がする。ホワイトヒルとここはかなり離れているから、相当な魔力量が必要だ。そろそろ気をつけないといけない。
「ヌシ様はヌシ様なるぞ! ひれ伏すがいい!!」
最初のピカテットが飛んできて何か言っている。
「ヌシ様ではありません……」
否定したのにも関わらず、魔物たちが姿勢を低くした。いたたまれない。
魔獣たちに戦意がなくなったため、檻の魔法を解除する。
オスカーと並んで、魔獣たちの前に立った。自分たちの後ろに、このエリアから逃げていた魔物たちが控える形だ。
「さて、ブリザードレパードさんたち。まずはその人間について教えてください」
「ニンゲン、オス」
「ヒトリ」
「ツヨイ、マリョク」
「ヤマ、コワス」
「ボスタタカウ、マケル」
「オレタチ、ニゲル」
「えっと……、今ここにいるその方は、ボスではないのですか?」
「ボス、ムスコ」
「じゃあ、前のボスは……」
ブリザードレパードたちが顔を見合わせて、そのうちの一頭がついてくるようにと言って歩きだす。
オスカーと二人でホウキを出して、低空飛行でついていく。最初のピカテットも飛んでついてきた。
雪が積もりだす境目あたりにある洞窟で、身を横たえているブリザードレパードが一頭。
これまで見た個体の中では一番大きいだろうか。全身の火傷がひどく、息も絶え絶えだ。近づいても目を開けることもない。
「ヨワイ、シヌ、シゼン」
案内してきた一頭はそう言うけれど、その声は悲しげだ。
「……まだ助けられます」
「ジュリア?」
「すみません、オスカー。どうやって帰るかは、後で考えさせてください」
「帰り……?」
「アルティメット・ゴッデス・ケア」
オスカーを助けた時の最上級回復魔法だ。ケガの程度はあの時ほどではないが、体が大きい。そのくらいの魔力は必要だと判断した。
ブリザードレパードの傷が癒えていく。表面にわずかな治りかけの状態を残して、ほとんどのケガが消える。
横たわっていたブリザードレパードが、ゆっくりと目を開けた。
「……ナニガオキタ?」
「ヌシ様の魔法なるぞ! ヌシ様にひれ伏すがいい!」
「いえ、ヌシ様ではないのですが。魔法でケガを治しました。体内にも損傷があったとしても、一緒に治っているはずです」
「……ナゼ?」
「人が理不尽に自然に干渉したようなので。私には、私にできることしかできませんが、できる範囲で力になれたらと思います。
一旦、あなたの仲間が待っているところに一緒に行きませんか?」
「……ヨカロウ」
横たわっていたブリザードレパードのボスがゆっくりと立ち上がる。動くのにも問題はなさそうだ。ホッとした。
二頭のブリザードレパードと共に、先ほどの場所へと向かう。
「ジュリア」
「はい」
「もしやと思うのだが……、前の襲撃の後、息があるワイバーンを治して逃した、などということは……」
ギクッとした。けれど、今更オスカーに隠しても仕方ない。
「……はい。あの子たちは巻きこまれただけなので」
「そうか」
「すみません」
「いや、多少の騒ぎにはなったが、それを悪いとは思わない」
「ヒトの利益には反しますよね」
「それによる被害はないし、残された素材で街の補償も足りていたから、そう問題ではないだろう。ジュリアの正義なのだろう?」
「正義、というほどのものではないと思います。ただ、なんとなくイヤだったので」
「そうか」
受け止めてくれる音がやわらかい。
「実は、もっと謝らないといけないことがあって」
「なんだ?」
「ちょっと魔力を使いすぎています。ホワイトヒルの近くまで空間転移できるか、ギリギリかと」
「そのくらいなら問題はないだろう。残りはホウキで飛べばいい」
「ありがとうございます」
オスカーの言葉は安心する。自分がなぜそう判断したかを大事にしてくれるからだろう。
(大好き)
魔物たちが集まっているところに戻ると、元気になったボスの姿にブリザードレパードたちが飛びあがって喜んだ。
ボスが治療について伝えると、群全体がいっそう低姿勢になる。
「ヌシサマ!」
「ヌシサマ、アリガタイ」
「ヌシサマ、ワレラガヌシサマ!」
「ワレラガヌシサマ!」
「いえ、あの、ほんと、ヌシ様じゃないです……」
ただ治しただけなのに持ちあげられすぎていたたまれない。
「ヌシ様! いいことを思いつきました!」
ついて回っていたピカテットが飛びあがる。
「いいこと?」
そろそろ呼び方につっこむのも疲れてきたから放置した。
「ヌシ様にヌシ様になってもらえたらいいかと」
「意味がわかりません」
「この山のヌシとして、ニンゲンに警告してもらえたらと」
「あ、なるほど……。山のヌシを演じるっていうことですね。正体がバレないなら、いいかもしれません。オスカーはどう思いますか?」
「その人間と関わらざるを得ないのであれば、妥当な方法だと思う」
「じゃあ、バケリンクスさん。私たちを老エルフの姿に見せることはできますか?」
「できるニャ。ヌシ様がヌシ様なら、もう一人はお付きとして少し若くしておくニャ。魔力もエルフの色に見せておくニャよ」
バケリンクスはそう答えると、翻訳がかかっていても鳴き声にしか聞こえない音を出す。
「……どうでしょう?」
そう尋ねた自分の声が、しわがれたおじいちゃんのものになって耳に返る。
「エルフの老人にしか見えないな」
答えたオスカーも、壮年のエルフの男性の姿だ。彼だけでも威厳は十分だろう。
「山のヌシらしさを出すために、みんなにも一緒に来てもらっても?」
「もちろんです、ヌシ様!」
その場の全ての魔物が同意する。かなりの大所帯だ。
「ヌシサマ、セナカ、ノル」
「ヌシサマノオツキ、セナカ、ノル」
ブリザードレパードのボスとその息子が率先して前に出てくれる。演出としてよさそうだから、好意に甘えることにする。
「……すみません、オスカー。なんだかオマケみたいな扱いになってしまって」
「いや、これだけのことが起きていて何も知らずにいるより、一緒に来させてもらえる方がよっぽどいい」
「ありがとうございます。少しでも早く解決して、早く帰りましょう」
「ああ、そうだな」
今日の予定のどこにも、山のヌシになるというものはなかった。まだオスカーの誕生日を祝えていないから、なるべく早く帰りたい。




