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3 ヌシ様ではありません


 破壊音が耳に届いたのと同時に、オスカーが守るように前に立ってくれる。今は自分の方が強いのに、前と変わらない年下の女の子として居させてくれるのが嬉しい。

 雪の終わりと今いる位置の間くらいだろうか。岩場で、ビビッドなピンク色のクマ型の魔獣と、水色のヒョウ型の魔獣が、氷や吹雪の魔法をまといながら戦っている。どちらも十メートルくらいはあるだろうか。

 辺りにいる小動物や小魔獣がいくつかの塊になって下方に逃げてきている。


「なんだアレは……」

「フロストバイトベアとブリザードレパードのナワバリ争いみたいですね。

 どちらも普通は安定したナワバリを持って過ごしていますし、あの辺りまで降りてくるのも珍しいと思います」


「ああ……、ここは野生の魔物の巣窟のひとつだったな。……改めて、よく登ったな」

「まあ、魔物たちの行動原理は人間よりずっとシンプルですから。彼らの生存に関わる部分以外では襲われませんし、相手より明らかに強いことを示せばすぐに逃げるので、人間よりずっと安全でつきあいやすいと思います」

「……そうか」

 ちょっと不憫そうにされる。何か変なことを言っただろうか。


「目的は果たしたし、戻るか?」

「そうですね。自然は干渉しない方がいいでしょうし」

 そう話していたところに、逃げてきていた小魔獣の一団が転がりこんでくる。そのまま通過していくものと思っていたら、一羽のピカテットが動きを止め、そのまま他の魔獣たちも止まり、周りを囲まれた。


 ピカテットはペットとしても人気のかわいい小型魔獣だ。白くて丸い体をしていて、短いウサギ耳があり、翼だけが灰色をしている。小さな丸い目とクチバシがちょこんとついていて、顔つきもかわいらしい。普段は岩場の隙間に隠れて生活している。

 最初に足を止めたピカテットが自分の前をパタパタと飛び回る。


「これは……」

「私にもわかりません。こんなことは初めてです。空間転移で帰ることには問題ありませんが。気にはなるので、話を聞いてもいいですか?」

「……魔物と話せるのか?」

「はい」

 オスカーが驚きを通り越した顔になる。常識外すぎて申し訳なくなってきた。

「オムニ・コムニカチオ。あ、あなたにもかけておきますね」


「ヌシ様ー! ヌシ様! お助けください!」

 言葉が通じるようになったとたん、そう聞こえた。ワイバーンのようなつたなさはない。ピカテットは頭がいい魔獣だとされているが、本当にそのようだ。

「えっと、すみません。私は『ヌシ様』ではないと思います」

「いいえ! いいえ! この山のどの魔物をもしのぐ魔力! オイラと話せるのも何よりの証!」


 そう言われた瞬間、面倒ごとに首を突っこまなければよかったと後悔した。

(カンが鋭い相手から魔力を隠す方法ってないかしら……)

 ブロンソンからは魔力が多いとは言われなかったけれど、影響がないとは思えない。前の時には魔力量の多さで困ったことはなかったが、知られたくない今は早いうちになんとかしないといけない。


 ひとつ息をつく。

「ヌシ様ではないけど、何があって、なぜあなたたちが助けてほしいと思っているのかは聞いてもいいです」

 足元にいる魔獣たちがものすごくかしこまっている気がする。ちょっといたたまれない。


「ヌシ様にお会いできたのは何よりの僥倖ぎょうこう! オイラたちはナワバリ争いの被害を避けて逃げてきたのですが、そもそもあのナワバリ争い自体が、本当は必要ないのです」

「というと?」

「ブリザードレパードは、もっと上の方をナワバリにして治めていた魔物です。この山は安定していました。数日前にあのニンゲンが来るまでは」


「人間……?」

「ヌシ様ほどではないのですが、強い魔力を持ったニンゲンです。ブリザードレパードはそのニンゲンから逃げて、群れで降りてきたのです。

 ブリザードレパードは新しいナワバリを得るために、フロストバイトベアは自分のナワバリを守るために、代表同士で戦っています。

 中々決着がつかなくて、少しずつ場所を移動しながら、ここ数日毎日」


「えっと、つまり、その人間がいなくなって、ブリザードレパードが帰れれば、なんの問題もなくなると?」

「はい。なのでどうか、ヌシ様のお力をお貸しください。あのニンゲンをしのぐ者は、ここにはヌシ様をおいて他にありません」


「えっと……、その人と戦って勝てという意味なら、ごめんなさい。事情があって、できません。

 それに、今の私はここにいること自体がおかしいので、できれば人とは関わりたくなくて……」

「そう言わずに、ヌシ様。どうか、どうか」

 いつの間にか、囲んでいる魔物たちが増えている。そこそこの大きさの魔物も身を低くして様子を伺っている。


「発言をお許しください、ヌシ様」

 他のピカテットが一歩前に出た。最初の一匹より少し体格がよくて、声が低い。

(やめて。ヌシ様呼びを定着させないで……)

 なんともいたたまれない。

「えっと……、ヌシ様ではないですが。なんでしょう?」


「今のお話ですと、お姿がわからなければ問題がないように聞こえました」

「……そう、ですね。私が私だと相手からわからなければ、話くらいはしてもいいかもしれません」

「でしたら、バケリンクスがなんとかできるかと」

「バケリンクス?」

「呼んできます」


「いるニャよ」

 魔物たちの後方から、身軽な動きで一頭、ぴょんと前に飛びだしてくる。

 着地したのは、二足歩行の大きなネコのような魔物だ。色味は黄色地に茶の点々で、ヒョウに近い。自分より頭ひとつくらい低いだろうか。二本の尾がゆらめいている。


「アッチの魔法なら違う姿に見せたり、魔力の色や匂いも違うように感じさせたりできるニャ」

「とのことです! ヌシ様! どうかあの凶悪なニンゲンを追い返してください!」

「凶悪な人間……」

(待って、その情報は聞いてない)


 どうしたものかと思ってオスカーを見る。完全に話についてこられてない顔をしている。

(私もついていけてない……)

「……ちょっと、時間をください。とりあえず、フロストバイトベアとブリザードレパードの不毛な戦いは止めます。それだけならすぐにできるので。……オスカーも、それでいいですか?」


「……あ、ああ。……二頭の戦いを止めるのは、簡単にできるのか?」

「止めようと思えば。自然の摂理として争っているなら止めませんが、原因が人間なら話は違ってくるかなって」

「そうだな……」

 困惑の色を残しながらもオスカーが頷いてくれる。


 魔物たちに向き直る。

「みんなもついてきてください。また知恵を借りる必要があるかもしれません」

「喜んで! ヌシ様!」

「ヌシ様ではありません……」


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