1 心あたりと二人乗り
「世界の摂理に会う方法、なのですが」
食べ終えたころにはだいぶ落ちついた。オスカーとこれからについて話す。
「心あたりが?」
「心あたりがありそうな知りあいなら。会ったのは前の時ですが」
「例えば?」
「ダークエルフ、ドワーフの長老、インビジブルフェアリー。あと、エイシェントドラゴン。
みんなヒトよりずっと長生きなので、何か知っている可能性があるかなと」
「……ちょっと待ってくれ」
オスカーが頭を抱える。
「ほとんど神話や伝説上の存在では? ドワーフの長老は唯一現実的だが。ドワーフは偏屈で、特に年齢が上の者はヒトと話すのを嫌うだろう?」
「はい。作ったものを買う以外の話は嫌いますね。長老に会うのに何年……? 毎日通って、多分十年くらいはかかりました」
「前回、会ったのか? 全部?」
「はい。全部、時間を戻すのに必要なアイテムに関わるので」
「……何年かかったんだ?」
「方法を探していた時期も合わせて八十年弱ですかね」
オスカーがため息をつく。完全に呆れていると思う。
「ジュリア」
「はい」
名前で呼んでくれることに浮かれそうになったところで、軽く抱きよせられる。
「?! オスカー……?」
「がんばったなんていう言葉じゃ、全然足りなかったな」
「ぁ……」
大切そうに頭を撫でてくれて、ぽろりと涙がこぼれる。
そういえば、何をして戻ってきたかは話したことがなかった。山のような苦労が報われた気がする。
「いいんです。私が、なんとしてでもあなたを失いたくなかっただけだから」
「絶対に、もう同じ思いはさせない」
愛しい音が心の奥に沁みこんでいく。何より一番、嬉しいことだ。涙があふれてしまうのは仕方ない。
「……はい」
少しだけ。
そう思って、そっと甘える。彼の腕の中はどこよりも安心する。その鼓動が力強くて、愛おしい。
少しして、オスカーがゆっくりと解放してくれる。名残惜しいけれど、ずっと甘えているわけにもいかない。
「……すまない。つい……」
「いえ……。その、嬉しい、です……」
「ん……」
顔が熱い。すぐには彼を見られなくて、残っていた水を口に含む。
「少し聞いても?」
「なんでしょう?」
「居場所はわかるのだろうか」
「えっと、ダークエルフは年に一日なら確実に。ドワーフの長老は隠れ里に定住していて、インビジブルフェアリーは定まらないですね。エイシェントドラゴンは……、わかるけどかなり大変な場所です……」
エイシェントドラゴンのダンジョンには、正直、二度と行きたくない。
「だと、ダークエルフとドワーフからあたるのが現実的か。その場所には空間転移で行けるのだろうか」
「あ……。考えたことなかったです。確かに、空間転移で行けたら大幅に時間短縮になりますね。
どうでしょう……、この体は行ったことがないので。あの時とっさに夏の別荘を選んだのは、この体を含めて間違いなく行っている場所だったからで。
でも、魔力開花術式なしで魔法は使えたから。精神に紐づいて、行ける可能性はあります」
「なるほど。試してみるのがいいだろうな」
「そうですね。今度、試してみます」
「……自分も同行したいのだが」
「え」
「一人で行くつもりだっただろう? 二人で考えると言った舌の根も乾かないうちに」
「……そうでした。すみません、ついクセで。でも、一緒に行ってもらえるのは心強いです」
オスカーが嬉しそうに頷いてくれる。
ルーカスの言う通りだった。ここまできたらもう、二人で考えた方がずっといい。
(先週はバカとか思ってごめんなさい、ルーカス様様)
心の中でちょっと拝んでおく。
昼食の会計を済ませて店を出る。払わせてほしいと言ったけれど、このくらいはカッコつけたいと言われたから、今回だけと加えてありがたく甘えた。
(今日は彼の誕生日のお祝いだから出せた方がよかったけど。まだその話はしていないものね)
あの場でそう言ってムリに払うのは違う気がした。
(この後、返していければいいかしら)
ホウキで遠乗りや雨の日プランがいいかと思いつつ、ひとまず彼の希望を聞いてみる。
「この後は決めていなくて……、どこか行きたいところはありますか?」
オスカーがあごに手を当てて、考えるようにしながら言葉をこぼす。
「二人になれる場所に……、いや、失言だった。……いや、むしろ人目につかないところで……」
(オスカー?! ちょっと待って)
嬉しいけど嬉しいけど嬉しいけど。一足飛び過ぎやしないか。前の時には、結婚するまでは清いつきあいをしていたはずだ。
(彼が望むなら……?)
期待してしまう自分もいて、少し恥ずかしい。
「……さっそく空間転移のテストをしてみるか?」
(そっち?!)
あらぬことを想像していた自分が、ものすごく恥ずかしくなった。
▼ [オスカー] ▼
「じゃあ……、私の部屋に来ますか?」
(??!)
空間転移のテストを人目につかない場所でと提案したら、想定外の提案が返ってきた。
(待ってくれ……)
行きたいに決まっている。
けれど、彼女の部屋は二重にまずい。たとえ手を出すのに耐えられたとしても、もっと大きな問題がある。
「それは……、クルス氏に消される気がする」
「え、大丈夫じゃないですか? 父からつきあう許可は出てますし。少なくとも前の時は……、あ、共用スペースまでしか入れてなかったかも」
「ジュリアの部屋に入るとして。空間転移でどこかに行くなら、扉を閉めきらないといけないだろう? クルス氏にあらぬことを勘ぐられると思う」
「あらぬこと……」
彼女が真っ赤になる。かわいい。が、言った自分も恥ずかしい。
「じゃあ、遠乗りとかどうですか? ホウキに乗って人のいない方にピクニックに行って、そこから空間転移を試すのは」
「それはいいアイディアだな。今日だけでなく、天気さえよければ今後も怪しまれずに使えると思う。何より、健全なデートをしているという印象を与えられるのがいい」
「健全なデート……」
彼女がつぶやいて顔を赤らめる。つい不健全な想像をしそうになって必死に打ち消す。
往来の真ん中でホウキを出すと目立つから、少しわき道に入った。
彼女がおずおずと恥ずかしそうな上目遣いで見上げてくる。
「私があなたのホウキに乗るのと、あなたが私のホウキに乗るの、どっちがいいですか?」
気を失うかと思った。なんてことを言うのか。
女性の魔法使いが男性のホウキに乗る意味は、『あなたに身を委ねます』。
男性をホウキに乗せる意味は、『あなたには何をされてもかまわない』。
それはもう恋人たちのゴールだ。
フィンの時に、彼女に聞こえる形でそういうやりとりもあった。師匠を乗せたことも気にしていた。意味を知らずに言っている、という可能性はない。
(いいのか……? いやダメだろう……)
お互いに気持ちの上ではいいとしても、筋を通してからにすべきだと思う。
(気持ちの上で……)
それだけを受け取るなら、天に昇りそうなくらい嬉しい。そういうことにして、ホウキに乗せるだけなら許されるだろうか。
「……なら、自分のホウキに。フライオンア・ブルーム」
「前がいいですか? 後ろがいいですか?」
恥ずかしそうに尋ねられて冷静でいられるはずがない。
(クルス氏クルス氏クルス氏……)
これまでもお世話になってきた上司を思いだして、なんとか落ちつく。
「……よければ、前に」
「はい」
彼女が、自分のホウキにまたがって柄を握る。思わず息を飲んだ。
スカートがめくれないように調整が終わったところで、その後ろに乗る。抱きこんで手を回し、彼女の脚と手の間の柄を握った。彼女の頭と自分のほほが触れあう。
心臓が破裂しそうだ。
(これは……、ヤバイ……)
ホウキの二人乗りが特別だと言われても、ただの記号だと思っていた。師匠を乗せても仕事で乗せても、全く特別な感じはしなかったから。
前に彼女を乗せたこともあったけれど、あの時は緊急だった。魔力の限界をなんとかして、意識を失っている彼女を早く安全に運ぶ以外のことは考えられなかったし、体勢も違う。
改めて、こうして好きな子と後ろから密着するとよくわかる。
これは恋人同士の特権だ。
歯を食いしばって必死に雑念を払う。安全に彼女を運ばないといけない。
「出発する」
「はい……」
ただの返事のはずなのに、その音までも特別に甘く聞こえる。
(クルス氏クルス氏クルス氏……)
幸せすぎる一方で、いっそう忍耐を試されている気がする。




