48 重なる思い。取り戻したもの。
再度ブロンソンにお礼を言って店を出た。
「すまない、期待させたのに、こんな結果で」
「いえ。私はムリだろうと思っていたので。むしろお話ができて大収穫でした」
笑ってそう伝える。どう見てもオスカーの方が残念そうだ。
「……自分は、期待していた」
「私のために、がんばってくれてありがとうございました」
「いや……。自分のためだから、気にしなくていい」
「ウォード先輩のため?」
「この問題を解決できたら……、あなたの手を取れるのではないか、と。期待していた」
一気に顔が熱くなる。
嬉しい。
嬉しくて泣きそうだ。
この後の予定は白紙に戻っている。今日彼から会う相手を聞くまでは、この後は存在しない可能性も考えていたから。
考えていたプランは持ち越しにして、今の気持ちを優先する。
「ウォード先輩。話したいことがあります」
「ああ。次はクルス嬢の予定の番だな」
「個室が空いていたら、さっきの店の個室でいいですか? 早めのお昼を食べながら」
「ああ、構わない」
出てきた店に戻って個室の空きを尋ねると、大丈夫だという。お昼にはまだ少し早いというのもあるだろう。
通された部屋のテーブルは、二人で使うには大きい。向かいだと遠い気がして、なんとなく彼の隣に座る。
注文を済ませて、ひとつ息をついた。
▼ [オスカー] ▼
ジュリアから時間をもらいたいと言われていたけれど、その目的はわからない。一週間、あまり話せなくて、今日何をするのか聞けないままここにいる。
(改まって、話……?)
いつもの研修室ではダメなのだろうか。そう思わなくもないけれど、休日も一緒にいられるだけで、ものすごく嬉しい。
デートではないはずなのに、彼女にそんな意図はないとわかりつつも、つい気合いを入れて来てしまった。
(?!)
案内された個室で、ジュリアが隣に座った。彼女の方からこんなふうに距離をつめてきたのは初めてだ。緊張しないではいられない。
注文を終えて一息ついたところで、彼女と視線が重なる。
「ウォード先輩」
「なんだ?」
尋ね返すと、彼女が小さく首を横に振ってから、じっと見上げてくる。
「……オスカー」
(??!)
名を呼ばれた音が、未だかつてないほどに甘く聞こえる。瞬時に全身が熱くなる。自分の心音がうるさい。
「私は……、あなたが好きです」
(……待ってくれ。突然、どうした? 何が起きているんだ??)
心の準備ができていなさすぎる。驚いたのと嬉しいのと嬉しいのと嬉しいのとで、意識が飛びそうだ。
(夢か? 夢なのか? どこから??)
彼女がおずおずと続ける。ほほが赤い。かわいすぎる。
「あの……、私は、あんな事情があって。本当は、二度とあなたを巻きこみたくなかったのですが。
ルーカスさんから……、もう巻きこんでいるんだから、二人で考えるように言われて。その通りだなって思って」
(ルーカス……!!)
なんという援護射撃だ。この一週間、ルーカスとの様子にやきもきしていた記憶を消したい。
「それで、今日……、私のことであなたが動いてくれていたのを知って。すごく嬉しくて。……その、あなたの期待も、すごく嬉しくて。……これからは二人で、どうしていくのがいいのかを考えられたらって、思って」
(かわいいかわいいかわいいかわいい。このかわいい生き物をどうしたらいい??)
「それで、その……。……あなたがよければ。おつきあい、しながら……、一緒に、考えてくれませんか?」
「喜んで」
食い気味に答えすぎたかもしれない。そんなの、イエス以外にないだろう。
嬉しすぎて死にそうだ。二度と彼女を泣かせないためにも、長生きをしないといけないが。
「……嬉しい」
「それは自分のセリフだ」
涙が浮かんだ彼女の目元を、指先でそっとぬぐう。
視線が絡まって、お互いに顔が近づいていく。バックン、バックンと心音がうるさい。
「おまたせしましたーっ!」
店員の元気な声と共に扉が開く。同時に反射的に距離をとって反対を向いた。
(ちょっ、待っ……。なんだ今のなんだ今のなんだ今の……)
店員が入ってこなかったら完全に手を出していた。
(いいのか? もう触れてもいいのか? どこまで解禁されているんだ??)
初めてのことで、何もわからない。
とりあえず水でも飲んで落ちつこうと思う。情報処理が追いついていない。
ちらりと恥ずかしげに見上げてくる視線がかわいすぎる。もうとにかくかわいくて、愛おしい。
「ふふ。ご飯、食べましょうか」
つきものが落ちたように笑う彼女がかわいい。そのそばに居られる権利が嬉しい。
ふわふわしてしまって、それ以上何も考えられない。
「ああ」
うなずいて食べ始めたけれど、食べ物の味に意識が向かない。まだ夢の中にいるかのようだ。
(夢、ではない、よな……?)
▼ [ジュリア] ▼
(「喜んで」って。「喜んで」って!!)
頭の中がお花畑だ。
手と口は動かしているのに、何を食べているのかもよくわからない。
(オスカー。オスカー、大好き)
危うくキスをするところだった。あれはそのまま、そうしてもよかったのかがわからない。
彼からは控えてほしいと言われた。つきあうことになったらいいのか、あるいは、それでも控えた方がいいのかわからない。
自分がしたいかしたくないかだけで言えば、したいが。
食事を進める彼の顔を見る。目が合うと、どこか照れくさそうに笑ってくれる。
自分がニヤけてしまっているのを感じる。恥ずかしい。
(オスカーはなんであんなに落ちついているの……)
そんなところも大好きだけど、自分ばかりいっぱいいっぱいになっている気がする。
もう一度彼のそばに居られるのが、天に昇るくらい嬉しい。幸せすぎて、あの契約が発動してしまわないか心配になるくらいだ。
嬉しすぎてもくもくと食べるしかできないでいると、オスカーの方から話し始めてくれた。
「……世界の摂理について、ク……、ジュリアは……、どこまで知っているんだ?」
(ひゃあああああっっ!!! 名前っっっ!!!)
呼び変えられただけで頭が溶けそうだ。
同僚として周りに合わせた「ジュリアさん」を超えた、特別な「ジュリア」。またそう呼んでくれるのが嬉しすぎる。
(真面目な話! 彼がしてるのは真面目な話!!)
必死に理性をかき集めて、必死に顔の筋肉を落ちつかせる。
「えっと……、私が全てを失った、後。なぜ、何が起きたのかと問いかけた時に、答えてくれたきりです」
「なんと?」
「えっと……」
何度も反すうした言葉だ。あの感じは出せないけれど、なるべく近くなるようにして音にする。
『汝の祖先グレース・ヘイリー。かの者はこの世界を救うために我と契約をした。最も幸福な子孫の幸福を代償に、ヒトが魔法という力を得る契約を』
「原初の魔法使いグレース・ヘイリーが、ジュリアの祖先……?」
「らしいです。私もその時に知りました。そんな話は伝わっていなかったので」
「最も幸福な子孫の幸福を代償に……」
「はい。それが、たまたま私だったみたいです。
私一人を犠牲にすればよかった、と言いました。そうしたら、私の犠牲は私の幸福を貰い受けたことにはならないと。私の幸福は、私が大切にしている人たちなのだと。
あなたや……、娘、両親……、ルーカスさんやヘイグさんも、その時の親しい友人も、娘の大切な人たちまで、みんな……」
ただの事実を伝えるつもりが、涙があふれてしまう。
(違う。今は泣きたいわけじゃないのに……)
「……ジュリア」
「はい……」
「今は、みんないる」
(ぁ……)
「娘は……、クレアは難しいかもしれないが。それだけでも身を引き裂かれる思いだろうが。
自分も、クルス氏も、シェリーさんも。ルーカスやヘイグ氏も。今は、ちゃんとここにいる」
「……はい」
「ジュリアががんばったから、だろう?」
「……はい」
「戻ってきてくれて、もう一度出会ってくれて、感謝している」
涙があふれて止まらない。
今のそれは、とても暖かい。




