47 未来へのヒント
オスカーが店員に待ちあわせ相手の名を告げると、一番奥の個室に通された。
「ブロンソン氏。アンドレア・ハントからの紹介で来た、オスカー・ウォードだ」
「おう! アンドレアの弟子なんだって?」
ものすごくガタイがいい、褐色でガテン系の男性だ。タンクトップを着ていても、全身の筋肉の隆起がよくわかる。
(この人が解呪師……?)
らしくなさすぎて驚いた。
「ああ。師匠には子どもの頃から」
「よし、ならまずは手合わせだな」
(待って。どうしてそうなるの)
「手合わせ……、剣だろうか」
「俺は素手だが。剣と、魔法も使ってもらっていい」
「……師匠の元パーティ仲間で、現役のSランク冒険者だとか」
「おう」
「自分ではまだ役不足かと」
「そうか? 中々おもしろそうだと思ったが」
ブロンソンが残念そうにしてから、ニッと笑ってこっちを向いた。
「嬢ちゃんはどうだ? かなりの魔法使いだろう?」
ゾワッとした。まだ自己紹介すらしていないのに、なぜ魔法使いだと、それも「かなりの」だとわかったのかがわからない。
「いえ、あの。私はまだ見習いなので」
「は? どこにこんな、ゾクゾクする見習いがいるってんだ」
「ゾクゾク、ですか?」
「俺はこれでも世界有数のSランク冒険者だ。前衛の格闘家をしている。相手の実力は肌で感じるんだ。
正直、俺は嬢ちゃんの方が、前に見た今の魔法卿より怖い。勝ち目がないから逃げた方がいいと本能が言っている。
ゾクゾクするってのはそういうことだ。そういう相手の方が戦って楽しいだろう?」
血の気が引いた。
オスカーが庇うように前に立ってくれる。
「っと、アンドレアの弟子が警戒心をむき出しにするってことは、それを隠してるのか? そいつは悪かった」
降参を示すかのようにブロンソンが両手を上げる。
「俺の特殊技能みたいなもんだ。早々そんなのに会うことはないから、心配しなくてもいい。嬢ちゃん、名前は?」
答えていいのか迷ったけれど、オスカーの師匠の紹介なのにウソをつくわけにはいかない。それに、気がいい感じもするから、正直に答えることにする。
「ジュリア・クルスです」
「俺はギルバート・ブロンソンだ。高難易度の時には声を……いや、隠しているならダメだな。忘れてくれていい」
その言葉に胸を撫でおろす。
オスカーもホッとしたように息をついた。
ブロンソンのすすめで席についてから、オスカーが本題を切りだす。
「ブロンソン氏は解呪ができると聞いてきたのだが」
「まあ、できるんだよなあ、それが。危険も大きいし面倒だしで、仲間内にしか知られてないんだが。昔惚れた女に拝み倒されたら、ひと肌脱ぐしかないわな」
「師匠に……?」
「おう。かわいい息子の一人の将来がかかってるってな」
「将来……」
それは二人で歩く未来を想像させる。二人揃ってちょっと照れてしまう。
「ブロンソンさんは魔法使いではないんですね」
「魔道具師にはなれるくらいの魔力量だったんだが、ああいうチマチマしたのは苦手でな。体を鍛える方が向いていて、こうなった。
解呪は、冒険中に仲間を助けようとして偶然発動させられたんだ。その後、また同じような時に使えるよう、安定させる訓練は受けたが」
「そうなんですね」
「で、一緒に来たってことは、嬢ちゃんか?」
「はい」
「どれ、見てみよう」
ブロンソンがひとつ息をつき、集中するように目を細める。
全身に視線を巡らされて、ちょっと落ちつかない。
「……いや、見えないな」
「見えない?」
「呪われているようには見えない。呪いがないと言えばいいか? どこで受けた、どんな呪いだ?」
「えっと……、私自身が呪いを受けたのではなくて。祖先が、世界の摂理と契約したのだと聞いています」
「世界の摂理?」
「はい」
「そうか……、世界の摂理との契約か。悪いな、嬢ちゃん。そのレベルの話は、俺にはどうにもできない」
(まあ、そうよね)
予想通りの答えだ。
「……どうにも、できないのか?」
オスカーが残念そうに食いさがる。
「相手が世界の摂理だからなあ……」
「世界の摂理を知っているんですか?」
少なくとも自分は、前の時に接触するまで知らなかった。
『汝の祖先グレース・ヘイリー。かの者はこの世界を救うために我と契約をした。最も幸福な子孫の幸福を代償に、ヒトが魔法という力を得る契約を』
世界の摂理はそう言ったけれど、貴族教育や魔法協会で習う話にはない。伝わっているのは原初の魔法使いグレース・ヘイリーの名だけだ。
魔力開花術式で『世界に摂理あり』と唱えてはいたけれど、それが固有の存在を示すとは普通は思わない。
「一度だけ、ダンジョンの奥でこんな表記を見たことがある。
『この先、世界の摂理の名を知る者の領域なり』
一歩踏みこんだ瞬間に死にかけた。俺のパーティメンバーはみんなSランクなのに、誰も何もできずに、な。アレはヒトが干渉できるものじゃない」
「……よくわかります」
自分の時も、誰も何もできなかった。魔法も発動しなかったし、剣で切れる何かでもなかった。結果が先にあって、事象が起きていたような感覚だ。抗いようがない超常だった。
だから自分には、解呪という発想がなかったのだ。
「何か方法はないのだろうか」
「それは、直接、世界の摂理に聞くしかないんじゃないか?」
「世界の摂理に聞く?」
「おう。世界の摂理との契約ってんなら、それを書きかえられる者がいるとすれば、世界の摂理以外にないだろう?」
目からウロコが落ちた気がする。その発想はなかった。
「世界の摂理って、こちらから会えるんですか?」
あの時、突然頭の中で声がして、一度話したきりだ。こちらから何を言っても、それ以降は全く反応がなかった。
「さてな? けど、嬢ちゃんの祖先が契約したってんなら、会う方法があるんじゃないか?」
「確かに……」
「俺は神話レベルの魔物の実在を見たこともある。絶対に不可能、ってわけじゃないと思うんだが」
「そう、ですね……」
ブロンソンの話を落としこんでみる。
神話レベルの話。それなら、自分は前に、たくさん見てきた。時を戻す魔法、それに必要な素材。その過程で出会った相手や場所。神話を超えて今がある。
あの時、世界の摂理の声を聞いた。その実在は知っている。会う方法を探してみる価値はあるかもしれない。
「悪いな、結局、力になれそうになくて」
「いえ、助かりました。ありがとうございます」
オスカーも頷いて軽く頭を下げる。
「費用は……」
「いや、いい。アンドレアから前払いされている」
「師匠が……」
「ああ、返そうとは思わない方がいいぞ。この話を受ける代わりに、アンドレアに一日つきあってもらったんだ。返しようがないし、解呪できなかったからといって今更値引きもできない。俺は得したがな」
(代金が一日デート……)
アンドレア・ハントには子どもがいると聞いている。そのくらい好きだったのかと思うと、ちょっと不憫だ。
「久しぶりにあいつと手加減なしで戦えて楽しかった」
(あ、ただの脳筋だったわ)




