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46 オスカーの会わせたい人


 日曜、朝、オスカーとの約束の日。

 鏡の前でため息をついた。


 一週間前に彼との約束に浮かれて買った服に袖を通す気にはなれなくて、控えめなワンピースを選ぶ。

(他の女性ひとに会うんだから、抑えた方がいいわよね……)

 新しい思い人ができたから、もう自分のことは気にしなくていい。そう言われる心の準備はできている。


 一週間、なんとか、できる範囲で仕事はした。ルーカスがいろいろと臨時依頼を調節してくれて、研修しか受けていなかった時に比べると、むしろ少し役に立ったくらいだ。

 けれど、オスカーとは気まずいままでいる。

 当たり前のように一緒だったお昼も、この一週間はルーカスと食べていた。女性の先輩たちより、事情を知っているルーカスといるのが楽だった。

 その影響なのか、ストンからはルーカスが本命なのかと言われた。

(ルーカスさんはルーカスさんで「もうそれでいいよ」って、なんか投げやりだし。オスカーはオスカーで気まずそうだし)

 少し前の居心地のよさがウソのようだ。もうどうしていいかわからない。


(今日、彼の話を聞いたら……、キッパリと後輩に戻ろう)

 きっとそれが正解だ。元々ただの後輩でいるつもりで魔法協会に入ったのだから、そこに戻るだけなのだ。

 ペチンと両手でほほを叩いて気合いを入れる。


 指定された待ち合わせ場所に行くと、オスカーはもう着いていた。

(服、新しい……?)

 髪もいつもより整っている気がする。

 自分のためではなく、これから会う誰かのためなのだろうと思うと、ぎゅっと胸が苦しくなる。

「お待たせしました」

「いや、自分も今来たところだ」

 少し緊張しているように見える、彼がやっぱり好きだ。

 隣に並んで、彼の目的地についていく。


「これから会ってもらうのは……」

 心臓が跳ねる。死刑宣告を待つ囚人の気分だ。


「解呪師だ」


「……え」

 全く想定していない言葉だった。

「解呪……?」


「ああ。あなたの呪いが解けたら、と」


(……ぁ)

 彼を好きな気持ちが、全身を駆けぬけた気がした。

 彼に話した時、確かに自分は呪いだと表現した。それを解こうとしてくれているとは思わなかった。


(ルーカスさんが言っていた、オスカーはどうにかする気しかないから、助けられるのを待っていればいいっていうのは、こういうこと……?)


「……よく、見つけましたね」

 解呪師と呼ばれる人がいるのは耳にしたことがある。けれど、世界に一人とか二人とか、時代によってはいないとか、そういうレベルの特殊技能だったはずだ。思いついたとしても中々、本物に会えるものではない。


「魔法協会と冒険者協会への依頼と、噂を頼みに探しに行くのと……、最終的には、知りあいのツテで今日のアポイントがとれた」

「それは、すごいお知りあいですね」

「そうだな。子どもができて引退したが。一時期は剣聖と呼ばれた鳴物入りの冒険者だったらしい」


(……ん?)

 ずっと昔、そんな話を聞いたことがあったような気がする。確か、ほとんどいない、魔法使いと剣で戦えると言われるうちの一人だ。

 だけど、ひっかかったのはそこではない。


「剣聖……、確か、女性の方、ですよね?」

「ああ。知っているのか?」

「すみません、お名前までは思いだせないのですが。すごいなっていう印象があったので」

「剣聖アンドレア・ハントだ」

「アンドレア・ハント……」

 魔法卿の時もそうだったけれど、一度聞くと記憶がクリアになる。


「ウォード先輩とはどんなお知りあいなんですか?」

「自分の剣の師匠にあたる。五、六歳の頃からか。

 師匠の子が一歳を過ぎて何か仕事をしたいと思った時に、近くの子どもに剣を教えるのが手頃だったと聞いている」

「……なるほど」

 可能性はあると思ったけれど、まだ切りこむには情報が足りない。へたなことを聞いて予想を外していたら目も当てられない。


「裏魔法協会の一件があってから、週末に鍛え直してもらっているのだが。

 先週、プレゼントだと言って、今日のアポイントのメモを渡された」

(ぁ……)

 先週聞いた話に繋がった。

 何も、何ひとつ、彼にやましいところはないではないか。完全に勘違いしていた自分を猛省する。


(オスカーが欲しがっていたものって……、私の呪いを解くための解呪師に会う約束……?)


 解呪師を探しながら剣の訓練も受けていたなら、彼が忙しそうにしていたのは当たり前だ。

 むしろそんな中で、お願いすれば都合をつけてくれていたことに感謝するべきだろう。


 確かめたいことが、ひとつだけになった。

「先週末、お師匠様をホウキに乗せていましたか?」

 オスカーが振り向いて目を見開く。

「……見たのか?」

「はい、偶然」

 本当はもっと色々聞いていたけれど、そこは伏せておく。


「まさかとは思うが……、クルス嬢の様子がいつもと違ったのは……」

「……ごめんなさい。普通にしていようとは思っていたのですが」

 オスカーが深く息をついて、力が抜けたように肩を落とす。

「ルーカスに心変わりしたのを言いだせないでいたわけではない、と」

「なんでそうなるんですか?!」

 びっくりだ。誤解もいいところだ。

 そう思ったけれど、人のことは言えない。自分の誤解も大概だった。


「すみません。ちゃんと聞けばよかったのですが。ただの後輩がそんなプライベートなことを聞くのはどうかと思ったので」

「それは……、自分もだ。一応言っておくと、自分が師匠をホウキに乗せるのは親と同じ感覚で……、全く他意はないし、師匠も裏の意味は知らないと思う。が、クルス嬢がイヤならこれからは控える」

「いえ、ほんと、すみません……。そういうことなら全然いいし、そもそも私が落ちこむこと自体が筋違いというか……」


「……泣かせたのは申し訳ないはずなのに、今、実はすごく嬉しい」

 恥ずかしそうにそう言われて、ブワッと全身を熱が駆けた気がした。顔が熱い。


 お互いに何も言えないまま歩いていく。

 言葉は交わしていないのに、そこにある空気がふわふわとして心地いい。

 ほんの少し前までの緊張感がウソのようだ。


 少し歩いて、いくつか個室がある飲食店に入った。向こうから指定された場所と時間とのことだ。


(多分、普通に解呪はできないと思うけど)

 できるかどうかではなくて、彼がそうしようとして動いてくれたことが嬉しい。


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