45 [ルーカス] 何をやっているんだバカップル
月曜日の朝、いつも通りに出勤した。最近は前より職場が楽しみになっている。
(ジュリアちゃん、下見してみるって楽しそうにしてたし。うまくプレゼント決められたかな)
先週の様子を思いだすだけでニヤニヤしそうになる。
(まったく、二人とも時間かけすぎ)
自分から言わせれば、あんな空気を出しているんだから、さっさとくっつけという話だ。初めてジュリアに会った時からそう思っていた。
「はよ」
オスカーのデスクを通る時に軽く挨拶する。軽い挨拶が返ってくる。平常運転だ。
(一週間後にどんな顔してるか見ものだね)
彼女の計画が成功したら、ニヤけるのを必死にこらえている未来しか浮かばない。
「おはようございます」
全体に挨拶する彼女の声がする。
(……ん?)
明らかに元気がない。先週の今日で何があったというのか。
気になってその場にとどまる。彼女はこの後、オスカーがいるこっちに来るはずだ。
「おはようございます、ウォード先輩、ルーカスさん」
笑えないのに笑おうとしている顔をしている。泣き腫らしたのを必死に化粧でごまかした目元だ。やっと背中を押せた矢先の顔じゃない。先週と別人だ。
(え、本当に、何があったの?)
ぽろりと一筋、彼女が涙をこぼす。
「ぁ……」
「どうした?」
「いえ、なんでも……」
オスカーがオロオロと心配して覗きこむと、彼女がドパッと涙をあふれさせた。
ふいに、その視線が自分に向く。
「ルーカス、さぁん……」
(えええっ?! ぼく?!)
マジ泣きが入った彼女の指名が怖すぎる。
隣のオスカーと、彼女の後から入ってきたクルス氏から殺気を感じる。今すぐ消されてもおかしくないレベルだ。
(いやいやいやいや! ぼくは何もしてないから!!)
「えっと、ジュリアちゃん? ……ちょっとおいで。落ちつくまで話聞くから」
こくりと頷いて彼女がついてくる。その場の全員の注目がいたたまれない。
(待って待って待って。なんでぼくが泣かせたみたいになってるの?!)
彼女が泣く理由なんてオスカー絡みしかないのに、当のオスカーが一番殺気立っている。
(ほんともう、何がどうなってこうなったの……?)
休憩室に入れてお茶を出した。
ジュリアがひと口含んでから、ぽつりぽつりとつぶやいたことを要約する。
「オスカーに他に特定の相手がいる? そんなわけないじゃん」
この子は一体何を言っているのか。
「……それは、いいんです。私の気持ちの問題なだけで。オスカーが幸せなら、それで。
だから今日も普通にしてるつもりだったのに、顔を見たらダメで……」
「いやいやいや、ありえないって。一体何を見……、いや、聞いた? のさ」
毎週の約束、呼びすて、特別な誕生日プレゼント、ホウキに乗せて送った。
概要を聞いただけで頭を抱えたくなる。
(何やってるんだ、バカオスカー……)
彼女が話す相手に心当たりがないわけではない。
男性だと思っていたその人が女性だったなら、ありえるシチュエーションだ。けれど自分が憶測で物を言っていいことではないと思う。
「とりあえず本人に……は、聞けないか」
「聞ける立場ではないので」
「ぼくが見たってことで聞いてみる?」
首を横に振られる。
「本当に。それは、いいので。ただ……、週末、どうしようかとは思っています」
(いやいやいや! よくないから! 本人に確認して!! 絶対に誤解だから!)
全力でそう思うけれど、今の彼女に何を言ってもダメそうだ。
「あと……、こんな状態で二人で研修はムリだと思うので。ルーカスさん、私と臨時依頼を受けてくれませんか?」
「ジュリアちゃん、それなんの解決にもならない……、けど、時間がほしいの?」
こくりと頷かれる。
困った。
彼女がどうしたいかはわかる。けれど絶対、オスカーが面倒なことになる。釈明が入らない可能性が高い。
こういうことは外野から眺めているから楽しいのであって、渦中に巻きこまれたいわけではない。首をつっこむのは好きだけど、巻きこまれるのは勘弁してほしい。
(ちょっと首をつっこみすぎたかな)
先週、彼女を焚きつけてその気にさせてしまった自分にも責任があるのだろうか。
(いやいやいや、完全にオスカーが迂闊でしょ。タイミング最悪でしょ)
あのぼんやりした後輩をしばき倒したい。戦闘面では確実に自分より強いから、本当にやったら返り討ちだろうけれど。
なんかもうどうでもいい気がしてきた。知ったこっちゃない。
「……じゃあ、今日はぼくがきみを連れだしてあげる。明日からはなるべく三人でいれるように、今週だけは手伝う。今週だけ。それでオーケー?」
こくりと頷かれる。
とりあえず涙は止まったようだ。
「お化粧、直そうか?」
「できるんですか?」
「前に女装のぼくに会ったよね。あれ、ぼくが自分で顔を作ってた」
「すごいですね。私よりずっと上手だと思います」
「姉さんたちに遊ばれてきたからね」
職場に置いたままのその時の化粧品を取ってきて直していく。普段は薄化粧だが、今日は少し厚めに塗った感じか。目元を中心に落ちつけて、ちょっとアレンジしてかわいさを足しておく。泣いた分はカバーできたはずだ。
彼女も意識して笑おうとしているようだ。ニコリとできれば、とりあえず大丈夫だろう。
彼女を連れて戻って、ヘイグ氏とブリガム氏に話を通す。臨時依頼の中に、言い訳に最適なものがあってよかった。
「クルス嬢」
自分のデスクにいたオスカーが心配そうにやってくる。
ジュリアが反射的に、自分の後ろに隠れる。
(やめて。ぼくの寿命が縮む……)
「えっと、とりあえず今日一日はジュリアちゃん借りることになったから。オスカーは久しぶりに他の仕事回して」
「……そうか」
完全に納得していない顔だ。ありえないことを勘ぐられている気がする。
「クルス嬢、ひとつ相談があるのだが。少しだけいいだろうか」
「……なんですか?」
「日曜なのだが」
彼女の表情がこわばる。それをどうするかはまだ思案中だったのだろう。あるいは、やはりキャンセルだと言われるとでも思ったのか。
「別の日にとも思ったが、先方の都合をつけてもらうのが難しい。
午前中、先に時間をもらえないだろうか。会わせたい人がいる」
(オスカー?! おまっ、タイミング!!!)
頭を抱えたくなる。明らかに誤解に拍車しかかけないムーブはやめてほしい。せめて誰に会わせたいかはちゃんと言うべきだろう。
「……わかりました」
(わからないで! ジュリアちゃん! そのわかったは絶対、意味が違う!!)
内心でつっこむのに忙しすぎる。この二人は一体、何をやっているんだ。
「では、待ちあわせの場所と時間はウォード先輩の都合に合わせますね」
「助かる」
それだけ言って、オスカーがデスクに戻っていく。自分と彼女が何を話したかを聞いてこないのは、誤解と気づかいが混ざっている気がする。
(とりあえず今週を耐えれば、日曜にお互いの誤解は解けるはず……。
というか、解けてほしい。いや、解いてくれ。頼む。じゃないとぼくが生きた心地がしないから……)
おもしろがる余裕がなくなる日が来るとは思わなかった。
けれど、それもまたちょっとおもしろい。




