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44 愛しているから彼の幸せを願う


「ルーカスさん、本当にありがとうございました」

 万年筆の提案を受けてから、ランチの店を出たところで、ほどよい男性ものの小物がある店も教えてもらった。男女兼用のものもあり、女性客も入りやすいそうだ。助かった。


「このお礼は必ず。あ、今度は私にお昼をおごらせてください」

「んー、それは遠慮しようかな。ぼくと二人になるのは、今回みたいな緊急時だけってことで」

 ルーカスの視線が、さっきまでいた店の方に向けられる。なんだろうと思って視線を追う。


「あれ、ウォード先輩と、ストンさん? 珍しい組みあわせですね。いつのまに仲良くなったんですか?」

 男性の二人客が出てくるなと思ったら、完全に顔見知りだった。


「じゃあ、そういうことで。オスカー、ジュリアちゃん返すよ。あ、ストンさんはぼくにつきあって」

「え、イヤですが」

「まあそう言わずに。ジュリアちゃんが好きそうな、日持ちするお菓子の店を教えてあげるから」

 なぜそれを自分じゃなくてストンに教えるのか。しかもなぜ、ストンはそう言われてついて行く気になったのか。ルーカスといると謎だらけだ。


「私たちは魔法協会に戻りましょうか、ウォード先輩」

「……ああ。ルーカスへの相談はもういいのか?」

「はい。スッキリです」

「そうか」

 横に並んで歩きだす。

 オスカーがちょっとしゅんとしているように見える。

(何かあったのかしら)


 少し考えて、さっきも思いだした彼の言葉が浮かんだ。

「あ。……ウォード先輩、あの」

「なんだ?」

「私、一番頼りにしてるのは、ウォード先輩ですよ? 今日はたまたま、ルーカスさんが適任な話だっただけで」

 オスカーが赤くなる。照れているというより恥ずかしそうな感じだ。かわいい。

「……そんなに態度に出ていただろうか」

「どうでしょう。なんとなく、それは伝えたいなと思っただけなので」

「そうか」


「あと……、つきあってもらいたいのですが」

「何にだ?」

「えっと、それは当日ということで。今週末か来週末のお休みのうちのどこか一日。ウォード先輩の時間を私にください」


 オスカーの誕生日は再来週の頭だ。ちゃんと話したいから、職場ではなく休みの日にお祝いしたい。日にちをずらすなら、過ぎてからより前の方がいいだろう。


 オスカーが驚いた顔になり、それから考えるように視線をさまよわせる。


「……わかった。来週の日曜ならあけられると思う」


(ん? あけられる……?)

 少し驚いたのはその表現だけではなく、提示した日の中で一番遅い日だというのもある。彼の誕生日には一番近いから、日にちとしてはベストではあるのだけど。

 多分、無意識に期待していたのだ。彼なら一番早い日を選ぶのではないかと。その場合はいつプレゼントを買いに行こうかと考えていたくらいには。

 自分でも理不尽だと思うモヤモヤを飲みこんで笑顔を返す。


「じゃあ、来週日曜日に。待ちあわせ場所と時間は、もう少ししてから相談しましょう」

「ああ」

 お祝いしようとは決めたけれど、どこで何をするかを考えるのはこれからだ。

 ちょっとだけ、オスカーが何にそんなに忙しいのかが気になったけれど、聞くことはできなかった。



 週末、日曜日の午後。オスカーとの約束の前の週に、プレゼントを買うのと下見を兼ねて一人で出かけた。


(オスカーはどっちかっていうと自然とか、体を動かす方が好きなのよね)

 はるか昔、デートをしていた時の記憶を必死に辿って、何が楽しいだろうかと何日も考えていた。

 自分はどれも楽しかった。彼と一緒の時間は、何をしていても幸せだった。


(天気がよかったらお昼は川原でバーベキューにして……、そのままゆっくりしてもいいし、ホウキでちょっと遠乗りしてもいいし。

 夕方くらいに戻って、ちょっといいお店でおめでとうを言ってプレゼントを渡して……、それから、ちゃんと話してみよう)

 天気が悪かったら、流行りの室内謎解き脱出ゲームとかもおもしろいかもしれない。異国のコンセプトカフェも楽しそうだ。


(どうしよう。すごく楽しみ……)


 彼を楽しませる側なはずなのに、すっかり気分が初デートだ。

 バーベキューの道具や食材の準備を使用人に頼めるようにチェックして、川原にも行ってみて、雨の日のためのお店も外から見ておく。

 アウトドア向きの素材で、デザインもかわいい新しい服も買ってみた。


 それから、ルーカスに教えてもらった店でプレゼントを選ぶ。

「あの、衝撃耐性とか魔法耐性が付与された万年筆はありますか?」

「付与して置いているものはないですね。提携している魔道具師に依頼する形になります」

「どのくらいかかりますか?」

「平日で三日ほど見ていただいています」

「あ、じゃあ、お願いしたいです」


 自分は道具への魔法付与ができない。それを行うには魔力が多すぎるのだ。魔力が増えた今だからではなく、前の時の魔力量でも難しい。

 大きな水瓶から一滴の水を注ぐような作業になってしまう。元々が小さなカップの方が魔道具師には向いている。適材適所だ。


 元になるものはどれでも可能だと言われ、深い緑色の万年筆を選んだ。海の色と迷ったけれど、ちょっとだけ自分を思いだしやすそうな色にした。ルーカスにあんなことを言われた影響もあると思う。

(気に入ってくれるといいんだけど)

 水曜日の夕方以降に受け取れると言われた。土曜日に来ることもできるし、だいぶ余裕がある。


(こんなものかしら)

 他に何か忘れていることはないか。考えながら辺りを見ていた時だ。

(あ、オスカー……)

 人の間にその姿を見つけた。嬉しい。偶然が多いと運命を感じる。

 彼は背が高い方だからこちらからは見つけやすいけれど、向こうからはまだ気づかれていないようだ。


 声をかけようとして、直後、パッと物陰に隠れた。

 隣に知らない女性がいる。

 もちろん、家族ではない。ルーカスでもない。女性の中では背が高い方だろうか。いくらか年上だと思う。

 バクン、バクンと心臓がうるさい。

 隠れたまま意識を向けていると、かすかに会話が聞こえてくる。


「今日はこっちに来れてよかったよ。じゃあ、来週はなしで。また次の週に待ってるからな」

「ああ」

「そうだ、オスカー。そろそろ誕生日だっただろ? 少し早いけど、おめでとう」

「……これは?」

「お前が欲しがっていたものさ。結構大変だったんだから、感謝しろよ?」

「……! ……ありがたい」

「おう」


 鳥が一羽、頭の上を横切って彼らの方に飛んでいく。形状からして、連絡用の魔道具だろう。

「……あー、呼びだしだ」

「急ぎか?」

「みたいだね。送ってもらっていいかな?」

「ウッズハイムに戻ればいいのか?」

「そうだね」

「わかった」

「助かるよ」

(ウッズハイム……)

 オスカーの実家がある、結婚してから住んでいた街だ。


 そう経たずに、ホウキで飛んでいくオスカーの姿が目に入った。

 後ろに、横座りの女性を乗せている。

(ちょっと待って。どういうこと……?)

 魔法使いが異性をホウキに乗せるのには特別な意味がある。先輩たちがそう話していたのを彼も聞いているのだから、知らないはずはない。

(そういうこと……?)

 泣きそうになって、慌てて家に帰って自分の部屋に戻り、ベッドに飛びこむ。


 気安い関係に見えた。

 オスカーの名前を呼び捨てにしていた。

 彼の実家がある街にいるなら、昔から知っている人なのかもしれない。それなのに結婚後に会ったことがないのは、何か事情があるのだろうと思ってしまう。


 来週とその次の話をしていた。


(毎週、会ってるの……?)


 前の時、つきあう前のオスカーの休日の過ごし方は知らないけれど、つきあうようになってからは、ほとんど毎週一緒に出かけていた。そこにはやはり特別な意味を感じてしまう。


(誕生日と、彼がほしいものを知ってた……)

 前者は今回改めて彼から聞いていないし、後者は自分も知らないことだ。それが何かは見られなかったけれど、苦労して用意したようだった。


(ホウキ、乗せてた……)

 急ぎだと言っていたけれど、本当の緊急時ではなさそうだった。依頼でもない。プライベートだ。

 そんなのはもう、そうとしか思えないではないか。


 少しだけ前に進む勇気を持ったけれど、もう遅かったのだろう。

(ルーカスのバカ)

 全然、言っていたことと違うではないか。

 彼は、自分より早く前に進んでいる。


(……おめでとうの意味、変えなきゃ)


 むしろ予定通り、自分が来週彼を連れだしてしまっていいのだろうか。そういうことならキャンセルした方がいいのかもしれない。

 オスカーの幸せが一番大事だ。


 頭ではそう思うのに、流れ続ける涙を止められない。


 今回は彼の手を取らないと決めていたはずなのに、最近は幸せすぎて、どんどん欲ばりになっていた。期待し始めてしまっていた。


(オスカー……。……愛してる)


 だから、ちゃんと飲みこむことに決めた。


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