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43 [デレク・ストン] 正しさの優先順位


(我ながらどうしてあの時に声をかけてしまったのか後悔しかないのですが)

 内心で盛大にため息をつく。


 前回ジュリア・クルスを誘って四人で行った時ほどの高級店ではないけれど、そこそこいい店だ。

 なのになぜ男二人で、無言で過ごしているのか。

 向かいの席にオスカー・ウォードがいる。

 テラス席のジュリア・クルスとルーカス・ブレアを見下ろせる二階席だ。


 ジュリア・クルスとルーカス・ブレアが連れだって魔法協会を出て、残されて立ち尽くす後輩が不憫に見えて声をかけた。

「私たちもランチに行くのがいいと思いますが?」

「……あ、ああ……」

 放心したような返事だったけれど、イエスではあったようだ。


 オスカー・ウォードはどことなくふらつくようにして魔法協会を出た。隣に立って歩き始めた時点で、すでに少し後悔していた。

(話すことが何もないのですが)

 思えば、この後輩と仕事以外の話をしたことがない。口数が多い男ではないし、自分もそうだ。似たところがあるからか好感は持っているけれど、間が持たない。


 ジュリア・クルスとルーカス・ブレアの後をつけるつもりはなかった。なんとなく、どの店がいいかと考える間、視界に入れていたらついて来る形になっただけだ。

 二人が入った店の前でオスカー・ウォードが足を止めた。また立ち尽くしている感じだった。


「この店ならまだ、男二人でも入れるかと思いますが」

「……ああ。そうだな」

 店員に希望の場所を聞かれ、オスカー・ウォードは外が見える二階席と答えた。

 案内され、注文が終わって今に至る。


 ものすごく気まずい。

 必然、一階テラス席の二人に視線が向きがちになる。

 オスカー・ウォードは眉間にシワをよせて難しい顔をしている。

 運ばれてきた飲み物にそれぞれ手をつけつつ、ふいに気になったことを聞いてみる。


「結局、ジュリアさんとはおつきあいをしていないのですか」

 途端に、オスカー・ウォードがむせた。

 夏合宿の時に支部長がつきあう許可を出していたが、いまだにそうなった話は聞かない。

「……そうだな」

「そうですか」


 よく見えるわけではないけれど、ジュリア・クルスがルーカス・ブレアの前で恥ずかしそうにしているように見受けられる。


「ジュリアさんの本命はルーカス・ブレアになったのでしょうか」

 前に自分が誘った時も、無関係なはずのルーカス・ブレアまで誘っていた。なんらかの感情があってもおかしくないはずだ。


「いや、そんなことはない、はずだが……」

「それにしては二人の関係はよさそうですが。最近、人の関係は変わっていくものなのではないかと思いました。急接近している途中なのかもしれません」

 オスカー・ウォードは答えない。

 無言で食事を口にし始めて、あっという間に食べ終えている。


「ジュリアさん、かわいいと思うのですが」

「それには全面的に同意する」

「表情が豊かで見ていて飽きませんし、嬉しそうな時には花が咲いたようになる。あんな娘がいたら楽しそうです」


(まったく、なぜよりにもよってルーカス・ブレアなのか。あの男は絶対に腹黒いのに)

 それに比べれば、目の前のこの男の方がいくぶんマシな気がする。が、それはそれでイヤだとも思う。

(そういえば、オスカー・ウォードはジュリアさんの教育係でしたね)


「……ジュリアさん、どうですか?」

「世界で一番かわいいと思う。もはや天使だな」

「研修の進度の話ですが」

「あ、ああ……」

 オスカー・ウォードが気恥ずかしそうだ。

(まあ、先の発言には、私もある程度は同意しますが)


「順調だと思う。センスがいい。大体どの系統もそつなくこなしている印象だ」

「オールラウンダーですか。ここの魔法協会は大きくはないのに、質が高いと思っていましたが。もし彼女が残ってくれたら、また一段と充実しますね」

「そうだな」

「裏魔法協会に追われた時に見せたような才覚はどうですか?」

「なんのことだ?」

「あなたも見ているではないですか。……いや、見ていないことにしていましたか」


 ジュリア・クルス本人とも話した後、色々と考えてみた。

 あの巨大なファイアを、この男が気のせいだと言った意味を。どんなに説明しても、支部長エリック・クルスが自分の言葉を取りあわなかった意味を。

 魔力開花術式では何も異常が記録されていないのに、彼女が異常に見える魔法を使えた意味を。

 術式に立ちあったのが、その二人なのだ。


「……支部長もあなたも、彼女をここに置いておきたいのだろうと推察していますが」

「先の質問の意味はわからないが。それについては、その通りだな」

「絶対的な正しさよりも、正しいことがあるのをこの歳で初めて知りました」

「なんだそれは」

「いえ、こちらの話ですが」


 正しいかどうか。そういう意味では、彼らは間違いを犯している。

 例えば密告のひとつでもあって、ジュリア・クルスの能力の測定し直しが、中央の立ち合いの元で行われたら。

 当初の記録を改ざんして隠蔽したなら十分に処罰の対象になるだろうし、場合によっては冠位の剥奪もありえるかもしれない。


 中央はいつでも、優秀な魔法使いを必要としている。

 巨大な組織をまとめあげるシンボルとしての、絶対的な力を持った最強の魔法使い、冠位一位、魔法卿。

 魔法協会が秩序を保っていられるのも、魔法使いの社会的地位が保たれているのも、裏魔法協会がそれほど台頭しないのも、個々の魔法使いの努力に加えて、抑止力としての魔法卿の存在が大きい。


(さすがにそこまでいくかはわかりませんが。片腕くらいにはなれそうなポテンシャルを感じるのですが)

 そのレベルの才能を中央に差しださないのは、組織としては裏切りだ。以前の自分ならそう結論づけて、いきどおるがままに密告したかもしれない。


 けれど。

 わかってしまったのだ。


(彼女を一人で中央に送りたくないというのは、私も同意せざるをえないですから)


 彼女を守りたい。

 彼女が望まない場所には行かせたくない。

 そう思う気持ちがわかってしまった。


 きっと、正しさの優先順位が違うのだ。絶対的な正しさよりも、一人の女の子の幸せを守る正しさを選んだのだと思う。


「まあ、何か困ったら言ってもらえるとと思いますが。私も多少なりとも力になれるかと」

「? ああ。ありがたく」

 困惑しながらも頷かれたのは、先輩としての顔を立てられたのだろう。


 もしジュリア・クルスがルーカス・ブレアとつきあいを始めたら、この不憫な後輩を慰めるくらいはしてやろうと思った。


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