42 ルーカスからのアドバイス
何も言えないでいると、ルーカスがニッと笑った。
「まあ、協会内の登録資料は内部の人なら誰でも見られるし。偶然見ちゃったりすることもあるよね」
「あ……、はい。そんな感じです」
(助かったあ……)
ルーカスが本当にそう思ったのか、あるいは何かに勘づいていてあえてそう言ってくれたのかはわからないけれど、乗るしかない。
話を本題に戻す。
「ウォード先輩の誕生日は、十月十四日で」
「もう二週間ないね?」
「そうなんです。それで、色々考えたけど、どうしていいかわからなくて……」
「お祝いとか、プレゼントとか?」
「はい」
「つきあってるわけじゃないんだし、本人から聞いたのでもないなら、知らないていでスルーしてもいいと思うけど」
正論だ。それも少し考えた。前の時のことを思いだすと、むしろそれが自然な気もする。
けれど今回は、前の時以上に彼に助けられっぱなしだから、この機会にお礼の気持ちくらいは伝えたいのだ。
「確かに、それはそうなんですけど。すごくお世話になっているので。でも、ただの後輩が何か贈るのは……、特別な意味を持たせないお祝いって、難しくて」
何を贈っても大好きが入ってしまう気がして、どうしていいかがわからない。
「そう? ジュリアちゃんから何かしてもらえたり、もらえたりするなら、あいつはその辺の落ち葉でも喜ぶと思うけど」
(落ち葉って! ただのイヤガラセじゃない……)
「ルーカスさん……、これでもまじめに悩んでるんですが」
「うん、ぼくはまじめに正論を言ってると思うよ。オスカーがなんでも喜ぶだろうっていうのはわかるけど、ジュリアちゃんとオスカーの間で何がいいかはぼくにはわからない。ぼくはきみたちじゃないし、きみたちの全部を知ってるわけでもないからね」
「……正論ですね」
「でしょ?」
運ばれてきた料理を食べ始めながら考える。
(あ、おいしい)
思ったけれど、話が脱線しそうだから言わないでおく。
考えを整理するためにも、浮かんだことを聞いてもらうことにする。
「……彼は、あんまり物欲がある方じゃなくて。あれがほしいとかこれがほしいとか、そういうのがほとんどないから」
毎年誕生日に何を贈るのかはかなり悩んだし、後半は娘と二人でああでもないこうでもないと言っていた。そういう時間が愛しくもあったけれど。
結婚してからは服や靴などの身の回りのものをよく贈っていたと思う。けれど、今の関係では贈れない。
ルーカスが首をかたむける。ルーカスなりに考えてくれている気はする。
「物欲……は、まあ、確かにそうだね。喉から手が出るくらいほしいものならわかるけど」
「なんですか?」
そんなものがあるならぜひ知りたい。
ルーカスが当然のように言った。
「ジュリアちゃん」
顔から火を吹くかと思った。
(待って。なんてこと言うの……)
「ちゅーのひとつでもしてやったら? 忘れられない誕生日になると思うよ」
「いや、だから……。そういう意味は持たせないで、後輩としてお礼をしたくて……」
「ああ、そっか。きみはそうやって飼い殺しておきたいんだっけ」
「飼いごろ……、ルーカスさん、言葉が悪いです……」
「違う?」
違うけれど、状況的には違くない。オスカーに申し訳なくて視線が下がる。
「……彼には幸せになってほしいです。それは間違いありません。
彼が幸せなら、そばにいるのが私じゃなくてもいいと思っています。……というか、私といると彼は不幸になるから。本当は離れないといけないのはわかっているんです。
でも、今の関係が嬉しくて。これ以上進んじゃいけないのに、戻ることも手放すこともできなくて……。自分がすごくずるいことは、自覚してます」
ルーカスが食べ物を飲みこんでから、どこか改まって話しだす。
「あのね、ジュリアちゃん」
「はい」
「あいつもう、めちゃくちゃジュリアちゃんのこと好きだよ」
ドキッとした。
気づいていないのではなく、気づいていないふりをしてきているのはわかっている。
ルーカスの言葉には頷くしかない。
「で、初恋引きずって、その子以外とは結婚できないタイプ」
「なんですかそれ……」
「もう責任とる以外ないんだから、そろそろあきらめたら?」
「責任って……」
「オスカーの幸せを考えるなら、もうきみがそばにいなきゃ成り立たないってこと。そこを条件から外すのだけはやめてあげて。あいつあれで、人に見せないとこでは結構繊細だから」
(何も知らないくせに)
ふいにそんな黒い感情が浮かんだ。
自分だって彼のそばにいたいのだ。できるならまた彼とつきあいたいし、一緒になりたいのだ。その気持ちはすごくある。
けれど、できないのだ。
できないから、してはいけないから、どれだけのことを飲みこんできたのか、何も知らないで勝手なことを言わないでほしい。
そんな思いが膨れあがって、つい本音がこぼれる。
「……一緒になったら、いつか私が彼やあなたを殺すのだとしても、ルーカスさんは同じことが言えますか?」
巻きこんだ中にはルーカスもいた。ルーカスにとっても他人事ではない。
ルーカスは一瞬驚いたようにして、それから、何かに深く納得したようだった。
(え、何。悪い冗談だってつっこむとこじゃないの? 何を納得されたの??)
「そこも含めて二人で話しあったら? まあ、あいつは解決する気しかなさそうだから、お姫様は助けられるのを待ってるだけでもいいかもしれないけど」
「……解決は、ムリだと思います」
相手は世界の摂理、人に魔法を授けた超常的な力なのだ。太刀打ちできるはずがない。
あの時も、誰ひとり、抗う術はなかった。
(ぁ……、久しぶりにフラッシュバックしそう……)
なんとか意識を逸らせようと、必死に飲み物を流しこむ。
「なんでジュリアちゃんがそう確信しているのかはわからないけど。
一人で抱えこんでオスカーと距離をとるんじゃなくて、二人で一緒に抱えて、一緒にどうしていくかを考えたらどう? ってこと。
オスカーはもう当事者になってるし、少なくともあいつは、その方が嬉しいと思うよ」
(ぁ……)
ルーカスに言われて初めて、そんな道もあるかもしれないと思った。
一人でいた時間が長すぎて、一人で抱えてしまうのは悪いクセだと気づいていたはずなのに、この件についても完全に無意識でそうしていたのだ。
オスカーの言葉を思いだす。
「自分は、そんなに頼りにならないだろうか」
そう言われたのは確か、ワイバーン戦の後だ。
(頼りにしてるけど……、頼っていいの……?)
これは自分の問題だと思っていた。それを二人の問題にしてもいいのか。
(……なんかもう今更な気もしてきたわ)
彼に過去の話をしてしまっている。彼は全て知った上で、自分の気持ちがそうなるまでは待ってくれると言っていた。例え一生そんな日が来ないとしても。
考えてみれば、もうとっくに二人の問題になっている。
「……そう、ですね。ルーカスさんの言う通りかもしれません。ちゃんと誕生日をお祝いして、その辺りも話してみます」
「うん。そうしたらいいと思うよ」
ルーカスが満足そうにニッと笑う。
お会計を済ませて店を出たタイミングで、思いだしたように言われた。
「そうそう、プレゼントなんだけど。日常使いできて目立たないっていうとこで、万年筆とかいいと思うよ。気軽に使える高すぎないやつね」
「……ルーカスさん、もしかして最初から、その案持ってました?」
「あはは。どうだろうね」
どうあがいてもこの先輩に勝ち目はない気がした。




