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41 [ルーカス/ジュリア] 二人のランチ


▼  [ルーカス] ▼



 10月に入ってすぐ、午前の業務を終えて昼休に入るタイミングで、ジュリアから声をかけられた。

「ルーカスさん、あの……」

 言いにくそうに視線を動かす彼女の様子に、一緒にオフィスに戻ってきたオスカーが不安そうにしている。

「近いうちにお昼、一緒に行ってくれませんか?」

「ん? いいよ。オスカーと三人で?」

 彼女の態度からすると多分違うんだろうなと思いつつ尋ね返す。

「あ、いえ。私と二人で」

 オスカーにとまどいの色が浮かぶ。おもしろい。


「ぼくはいいけど、オスカーは置いていっていいの?」

「ウォード先輩には内緒で、ルーカスさんに相談したいことがあるので」

(まあ、そんなとこだよね)

 ジュリアが自分と二人きりになりたがる理由なんて他にない。オスカー絡みの相談ごとなのは間違いないのに、当のオスカーは全く気づいていないのか、顔が死んでいる。おもしろい。からかってやりたくなる。


「じゃあ、二人でランチに行こう。いつがいい?」

「えっと……、ウォード先輩はいつがいいですか? 私とお昼が別なの」

(それを自分に聞くのか、っていう顔かな)

 この二人は本当に見ていて飽きない。


「自分は……、クルス嬢の都合で構わないが」

「なら、今日これから行こうか、ジュリアちゃん」

 ニコッと笑みを向ける。オスカーの顔がひきつる。この男は未だに、彼女がどれだけオスカー(じぶん)のことしか考えていないのかに気づいていないらしい。おもしろすぎる。


「あ、じゃあ……」

「せっかくだから、ちょっといい雰囲気のお店に連れていってあげるよ。ぼくのおごりで」

「え、それは悪いですよ。私の相談に乗ってもらうのに」

「いいっていいって。ぼくはもう既に楽しいから。楽しませてもらい代? みたいなやつ。あと普通に、先輩としても男としてもカッコつけたいし」

「えっと、じゃあ……。ありがとうございます、ルーカスさん」

 ジュリアがほほえむ。


(申し訳ないのとありがたいのが半々くらいかな)

 申し訳なさが混ざったぶんだけ、ちょっとはにかんで見える。自分じゃなかったら勘違いしてコロッと落ちてしまいそうな笑顔だ。

(百パーセント無自覚なんだろうけど)

 同じ顔を、そこで耳をそば立てているデレク・ストンには向けない方がいいと思う。間違いなくお誘いが増えるはずだ。


 ストンとの四人でのランチの後、予想通りストンはジュリアにちょくちょくとビスケットなどを与えているようだ。

 彼女にだけだと彼女が受けとらないことに早々に気づいて、オスカーやデスク周りの人、通りかかった後輩や声をかけてきた先輩にも気前よく分けている。

 おかげで、とっつきにくいと思われていたストンの株が上がっている。


(オスカーも前よりだいぶ柔らかくなって絡みやすくなったし。クルス氏は入職当初怖かったけど、娘を溺愛してるのを知ってからは怖さが減ったし。

 ジュリアちゃんってカタブツキラーなだけじゃなくて、周りと馴染ませちゃうから不思議だよね)

 それは自分には真似できない、彼女の一種の才能なのかもしれない。

(自覚したらなくなりそうだから教えないけど)


「じゃあね、オスカー。今日はジュリアちゃん借りてくね」

 軽く肩を抱いて、ひらひらと手を振る。彼女に出会った日を思いだして、ちょっと楽しい。

 あの日、自分は女装していて彼女は男装だったから、戻った状態でこうしているのが不思議だ。


 オスカーが捨てられた子犬みたいな顔になっている。ちょっとからかいすぎたかもしれない。





▼  [ジュリア] ▼



 ルーカスの案内で店に向かう。

 肩に手を置かれたのはほんの一瞬で、魔法協会を出たのと同時に外された。

(この時間に戻ってから初めて会った時みたい)

 あの時はオスカーを焚きつけるためにそうした気がした。今日はその必要はないはずだから、なぜかはわからない。ルーカスのことだから何か意味があるのだろう。


 ルーカスと二人でお昼に行きたいと言ったらオスカーがとまどっていた。魔法協会に来るようになってからは当たり前のように一緒にお昼に行っていたから、驚くのは当然だろう。

 驚かせて悪かったと思うけど、お昼以外にルーカスにゆっくり相談できるタイミングを思いつかなかった。

(帰りにするとお父様から色々聞かれそうだし、どっちにしてもオスカーに知られないでっていうのは難しいだろうし)


 連れられて来たのは、ストンとのランチの時とはまた違う店だ。聞き覚えも見覚えもある。

 アマリアのオススメのひとつで、前の時にデートに使ったこともあった。先輩としてのオスカーと来るには少し特別感が出過ぎる気がして避けていたけど、ルーカスと来ていいならオスカーとも来てもよかっただろうか。

 ルーカスが二人と告げると、物腰がやわらかな店員に、一階のテラス席に案内された。秋が深まり始めるこの時期に気持ちいい場所だ。


 注文を終えてひと段落したところで、どう相談を切りだすかを考える。

「で、ぼくに相談って?」

 向こうから言ってくれて助かった。

「ルーカスさん、私、どうしていいかわからなくて」

 飲み物のグラスを軽く握る。

「あの……、ウォード先輩の誕生日、そろそろですよね」

「え、そうなの?」

 完全に予想外の反応だ。ルーカスは知っていると思っていた。


「え、知らなかったんですか?」

「いや、普通知らないって。職場の人の誕生日なんて。むしろジュリアちゃんはなんで知ってるの? オスカーが自分からアピールするとは思えないし」

「……ぁ」

 血の気が引いた。言われてみれば確かにそうだ。

 前の時、一年目はオスカーの誕生日を知らなくて何もしていなかったはずだ。

 つきあうことになったのはもう少し先で、その後も、自分の誕生日を祝ってもらうまでは、不自然でなく聞けるタイミングを見つけられなかった。

 父が言いふらしていたから、魔法協会の中では自分の誕生日を知っている人が多くて、彼はそこから情報を得ていたらしい。

 祝ってもらった時に彼の誕生日を聞いて、出会って二年目から二人で祝うことにしたのだった。


 今の自分が彼の誕生日を知っているのは、完全に前の時の知識による。与えられてばかりだから彼に何か返せないかと思って、誕生日が近いことを思いだしたのだ。

(どうしよう、なんて言えばいいの……?)

 心臓がバクバクだ。


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