38 フィンの後処理
「リアちゃーんっ! 会いたかったよ、リアちゃん」
駆けよってくるフィンとの間に父が入ってガードされる。
ワイバーンの襲来から二週間ほどが経っている。そろそろ涼しくなり始めてもいい頃だ。
フィンを振った手前、顔を合わせづらいところはあるけれど、ワイバーン・裏魔法協会戦を一緒に乗りこえたことで大分マシになっている。
「フィン様、お久しぶりです」
「うん。来てくれてありがとう。もう二度と会ってもらえないかと思っていたから、嬉しいよ」
「お言葉ですが、フィン様。ジュリアを連れて来ないと魔法協会に対する補償の話はしないと脅されたように記憶しているのですが?」
「そんなこと言った? まあ、リアちゃんが一緒の方が魔法協会にとっていい結果になるとは思うけど」
笑ってそう言うフィンは、お見合いで会った時より政治的な印象になっている。
「今回の件に関する後処理は、領主様からフィン様に全権委任されたと聞きましたが」
「うん、そう。正確には、そうしてほしいって僕が頼んだんだけどね」
「そうなのですか?」
「うん。好きな子にカッコいいとこ見せたいから。今更だけど」
冗談にも本気にも聞こえる。なんて答えていいかわからない。
「なんて。半分はそうだけど、もう半分は、僕が原因でみんなに迷惑をかけたから。補償できるところはなるべく補償したいって思ったんだ」
「そうなのですね」
そちらがメインだと受けとっておく。
「まあ、とりあえず座って」
領主の館の応接室だ。お見合いの時に最初に、フィンとその両親に会った部屋でもある。
勧められた席に、父とそれぞれ腰かける。
「リアちゃんにも来てもらったのは、もちろん会いたかったのもあるけど、いくつかリアちゃんにも話しておきたいことがあるからなんだ」
「私にですか?」
「うん。まず、あの日の僕の護衛についていた兵士たち。身代わりになって逃げてもらったから、無事か気になるでしょ?」
「はい、それは」
亡くなっていないのは数字で知っているけれど、だからといって五体満足で無事だとは限らない。心の中には引っかかっていたことだ。
「結果的には、僕の失態が彼らを助ける形になったみたい」
フィンの失態。ホウキで飛んだ瞬間に叫んだことか。言うとかわいそうだからスルーしておく。
「裏魔法協会の四人は別れて屋敷の中を探していたみたいで。最初に遭遇していたのは、トールって呼ばれていた紳士風の男だって聞いてる。呪文を詠唱されそうになったところで、僕の声がして方向転換されたって」
「それは、塞翁が馬でしたね」
「うん。それから、赤い服の女、ラヴァに遭遇して。そっちは位置的に、僕の声は聞いていなかったみたいで。服を燃やされて軽いヤケドを負ったけど、すぐに魔法協会の援軍が着いたから助かったみたい」
「なるほど、それでラヴァはこちらに残って戦っていたんですね。
援軍を送ってくれたのはお父様ですか?」
「ああ。ルーカス・ブレアから裏魔法協会とエンカウントした報告を受けた。
ワイバーンより脅威だと判断し、至急領主の館に行って対応するように何人かに連絡を送った。お前たちの移動まで計算に入れられなかったのは、すまなかった」
「いえ。そこは、こちらから連絡すべきことでしたから。ウォード先輩からの連絡を受けて、すぐにお父様が来てくださったのですよね」
「ああ。今度こそは手遅れにしたくなかったからな。思いのほか手こずり、結果的には双方に足止めしていた形になってしまったが」
「いいえ、とても助かりました。あの二人に追われたままだったら、私たちがどこまでもったかわかりませんから」
「そうか。無事だったのは何よりだった」
「すみません、フィン様。こちらの話になってしまって」
「ううん、いいよ。僕らを助けてくれた英雄たちの話だからね」
「魔法使いが英雄と呼ばれるのはしっくりきませんが」
「そう? 原初の魔法使いから英雄扱いだと思うけど。話を聞いて憧れない子どもはいないよね」
確かに、前の時には憧れていたところがあった。
(今はほんと、名前も聞きたくないけど)
「あと、父さんやおじさんたちとは、ちゃんと話をしたよ。
僕はリアちゃん以外とは結婚する気も子どもを作る気もないから、父さんの後を継いで領主にはなるけど、その後は甥っ子に領主教育を受けてもらって、継がせるっていうことで合意した」
「……領主に、なることにしたんですね」
自分の名が出たところはスルーしておく。
「うん。君が、君の戦場で前だけを見て戦っていたから。僕も、僕の戦場から目を逸らさないことにしたんだ。
君が困った時にはいつでも頼ってほしい。堂々とそう言えるようになりたいから」
ほんの二週間会わないでいただけなのに、別人のようにしっかりした雰囲気を感じる。あれからフィンなりに色々とがんばってきたのかもしれない。
どう答えていいのかはわからなくて、ただ小さく笑みを返した。
「あ、あと、オスカー・ウォードに泣かされたらいつでもおいで。何歳になっててもウェルカムだよ」
「泣かされませんっ」
反射的にそう答えたけれど、じっとりとした父の視線が痛い。
(泣いてたけど! すっごく泣いてたけど! あれは全部、オスカーのせいじゃないから!!)
「じゃあ、前置きはこのくらいにして」
フィンがやんわり笑ってから、スッと表情を引きしめた。
「ここから、魔法協会ホワイトヒル支部長エリック・クルス氏との本題です。今回の防衛戦の費用の扱いについて」
「ああ。まず、領主代理殿の意見を聞こう」
「この戦いで入手できたワイバーン素材を全て、冒険者協会と協力して、領地の補償費用という扱いで公金に入れてもらえたことに感謝しています」
「こういう時の慣例に従ったに過ぎない。それは気にしなくていい」
「こちらも慣例に従い、臨時依頼として事後依頼という形にさせてください。依頼金額は、街の修復や生活補償にかかった費用を引いた素材残金の全額に、緊急対策予算を上乗せした分として、このくらいを考えています」
計算板に打ちこまれた数字を見て驚いた。自分の感覚の問題かと思って父を見ると、父も驚いているようだ。
「こんなに……?」
「危険手当てを考えると妥当かと。敵の魔法使いの力量からすると、これでも足りないかと思います。冠位のあなたが手こずるくらいですから。
僕の護衛依頼への上乗せとしても少し出す予定です。父の許可も得ています。お金という形でしか誠意を示せませんが、どうぞ十分にみなさんに還元してください」
「そういうことであれば、ありがたく」
「では、合意ということで正式に依頼を」
フィンの使用人が必要なものを用意し、フィンと父が共に書類を作成する。
(仕事っぽい……)
最初の挨拶とはまるで違う。仕事の空気だ。
双方のサインを入れた書類を一部ずつ持って、今日の話しあいは終了となる。
「これからもホワイトヒルをよろしくお願いします」
「ああ、もちろんだ」
「それと……、これは僕個人から。魔法協会のみなさん、そしてジュリア・クルスさん。僕の命を守ってくれて、ありがとうございました」
フィンが深く頭を下げる。
少し意外だったけれど、がんばったことを認めてもらえた気がして嬉しい。色々あったが、フィンを守ると決めた自分の選択は間違っていなかったのだとやっと思えた。
元の姿勢に戻ったフィンが、今までより控えめに声をかけてくる。
「これからも、仕事と……、あと、できれば友だちとして。たまには会ってくれる?」
「そうですね……、たまになら」
「ちゃんと依頼を出したら、僕をリアちゃんのホウキに乗せてくれる?」
「高速で上空を飛ばして、回転を加えていいなら」
「はは。それは怖いなあ」
フィンが気安く笑う。
この距離感なら、いい友人でいられる気がした。




