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37 反省。そして反省。



(……びっっっっ、くり、したぁっ!)

 唐突にストンから食事に誘われたのも驚いたけれど、話の内容には輪をかけて驚いた。


 父が心配していたことに実感が湧く。

 ストンは善意から言ってくれた印象で、ちゃんと自分の希望は受けとめてくれたからよかったけれど、そうじゃない人もいる可能性は気にするべきだろう。


 前の時に冠位を打診されても断れたのは、断れるだけの実力を示していたからだ。こちらの機嫌を損ねて戦闘になった場合、魔法協会の損害が大きいと判断されていたから、強制ではなかったのだと思う。元々半追放状態で、それ以上機嫌を損ねられないというのもあっただろう。

(あの時の私が裏魔法協会について、魔法協会と本気で敵対したら大損害だものね)

 やろうと思えば壊滅させることもできただろう。古代魔法や禁呪を惜しみなく使えば、魔法卿の暗殺もできるかもしれない。

 しないけれど。


 今も、能力的にはできると思う。ただ、あの時と違って、自分に失いたくないものが多すぎる。だから、どんなに不本意でも、魔法協会と敵対するという選択肢は選べない。

 協会側からしても、可能性を秘めた見習いという扱いになるだろうから、強く出られる。

 必然、言われるがまま従う以外に道はない。


(ちゃんと気をつけよう……)

 本部なんていう面倒なところには行きたくない。現場の魔法使いが好きだし、何より、家族やオスカーと離れたくない。


 帰り道はそんなことを考えていた。戻るとすぐ、ストンが離脱して自席に戻る。

 オスカーと研修室に行こうとしたら、ルーカスがついてきた。

 このメンバーだけになったから聞けることがある。


「……あの、奢ってもらっちゃってよかったんでしょうか」

 ルーカスがニヤッと笑う。

「いいのいいの、あれはわざとだから」

「え?」

「ジュリアちゃんを誘うなら、そのくらいの痛手は負えってこと。ただのイヤガラセ。あれでも店はちょっと手加減したんだけどね」

 予想外だ。ちょっと図々しいだけだと思っていた。

 夏合宿の時に、相手の意図が透けて見えるとイジワルをしたくなると言っていた。こういう部分のことなのだろうか。


「あはは。腹黒いって思った? 嫌いになる?」

 腹黒い、というのとはちょっと違う気がする。今後誘われる可能性が大きく減って、自分は助かった部分が大きい。あの場で話がなんとかなったのもルーカスのおかげだ。

「いえ。色々と助かりました。ありがとうございました」

「うん。きみの信頼には応えられた?」

 想定外の質問だ。

(信頼……)


 あの場でルーカスを誘った理由は二つある。

 まず、オスカーだけに頼むと特別な意味が出そうなこと。つきあってはいないのだから、これは避けたかった。

 そして、ストンの意図がわからないから、ルーカスなら、自分とオスカーでは手に負えない時になんとかしてくれるかもしれないと思ったこと。

 後者は確かに、ルーカスの能力に対する信頼だ。その辺りを全て見抜いて言っているのだろうから、返す言葉はひとつしかない。


「はい。ありがとうございます」

「それにしても、ジュリアちゃんはカタブツキラーだよね」

「なんですかそれは」

「ストンさんのあんな顔、初めて見たから楽しかったよ。オスカーほどじゃないけど」

 なんのことかわからない。

 隣のオスカーをチラッと見上げると、そっぽを向いていて顔が見えない。


「そうそう、ストンさんこれからジュリアちゃんに色々食べ物くれる気がするけど、気にしないでもらっておきなね」

「なんの予言ですか」

 苦笑していると、「じゃあ、ぼくはこっちだから」とルーカスがひらひら手を振って去っていく。


 オスカーと二人になる。

「……ルーカスはああ言っていたが。自分は、断ってもいいと思う」

「なんの話ですか?」

「ストンからの差し入れがあった場合、だ」

「ウォード先輩まで。あるかないかわからないし、受けとるかどうかは状況や内容次第だと思います」

「状況や内容?」

「みんなへのお土産ならもちろん受けとりますし。逆に、フィン様からの巨大花束のお菓子版みたいなものなら断ります」

「なるほどな」


 研修室で午後の訓練を開始する。部屋に入るとすぐに、どちらかが父の投影を起動するのが習慣化している。監視効果はバツグンだ。

 軽く体を動かしながら、ちょっと確認したいと思っていたことを尋ねる。


「ストンさんやファーマーさんに聞いた方がいいことかもしれないのですが」

「なんだろうか」

「入職した時に聞いた、宝石の盗難の件に進捗はあったのでしょうか」

「ああ、ルーカスと調査して、管理部門に返した案件か。特には聞いてないな」

「そうなんですね」

 宝石商からも盗んだ魔法使いに連絡がつかなくなったのだったか。その後も何か盗まれていた気はするけれど、人的被害はなかったと思う。優先順位は低いだろう。


「……今度は何をするつもりだ?」

「え」

「フィン様との見合いを受けたような裏を感じるのだが。自分が言ったことを忘れてはいないだろうか」

 迫られた日を思いだして熱くなりそうになったところで、父の姿を見る。効果はバツグンだ。


「えっと、ちゃんと覚えています。多分、私に危険はないと思います」

「フィン様の時にもそう思って出向いたのだろう?」

 それを言われると痛い。確かに、あんな大ごとになるとは思っていなかった。


「何を考えているのか、もう少し共有してもらえるとありがたいのだが。少なくとも自分には、もう隠す必要はないだろう?」

「……そう、ですね」

 オスカーは全部知っている。それなら、彼に相談してもいいのかもしれない。

 独りに慣れすぎて、一人でなんとかしようとするのは悪いクセなのだろう。


「えっと、前の時……、私がここの支部で見習いをしていた二年の間に起きただろう大きな事件は四つでした。記憶があやふやなので、確実とは言いきれませんが」

「四つ?」

「はい」

 指折り数えながら答えていく。


「フィン様、即ち領主の息子の暗殺事件。

 ワイバーンの襲撃事件。

 違法な商品を扱っていた宝石商の摘発。

 そして、ジャイアント・モールの異常繁殖」


「待ってくれ。ワイバーンの襲撃も、フィン様の暗殺と同じように、起こると知っていたのか? クルス嬢が言動を変えた結果ではなく?」

「知っていたといえば知っていたし、知らなかったといえば知らなかった……、フィン様のお見合いと同じです。前の時とは大きく違ってしまって……。

 前の時の襲撃は冬でした。数もあんなに多くなくて、半分以下、三分の一くらいでしょうか。

 目視した時から迎撃の準備に入って、冒険者協会や衛兵などとも連携して、ほとんど街に被害を出さないで収束させることができました。

 そして後から、ワイバーンの卵を持ちこんで適切な処理をしなかった冒険者がいたことが発覚して。卵も素材に加工されたので、ひとつの群れを全滅させたのではないかと思います。

 もう少しして寒くなり始めた頃に、父にさりげなく、空を警戒しておくように進言できそうならするつもりで。できなくても、前と同じように対処できれば問題にはならないことだと思っていました」


「……なるほど。つまり、フィン様の事件の様相が変わり、裏魔法協会が絡んだことで、ワイバーンの襲来が想定外に早まったのと、群れの数が増えて対応が厳しくなった……、というわけか」

「はい。これだけ街に被害が出て、衛兵の持ちこみチェックも厳しくなると思うので、冬にはもう起こらないのではないかと思います」


「なら、今懸念しているのは」

「他のことも時期が変わる可能性があるなら、早めに手を打った方がいいと思っています。

 宝石商の件は前回と変わらないようなので、多分、放置しても大きな問題にはならないはずです」

「そうなると……」

「あとはジャイアント・モールですね。街や周辺の地下が穴だらけになって、地面がもろくなってしまい、ピクニック中のご老人が落ちて亡くなっていました。初夏だったと思います。今年の夏は過ぎたし、私も結構戦力になれていたので、来年かと」


「なるほど? クルス嬢としては、事前になんとかしたい、と」

「はい。そう考えています」

「自分に聞かれなかったら、また一人でどうにかしようとしていた、と」

 オスカーの声が冷えている。間違いなく怒っている。

「……ごめんなさい」

「何度言ったらわかってくれるんだ……」

「ごめんなさい……」


「その件は、一緒に対応を考えるということでいいだろうか」

「はい、お願いします」

「くれぐれも一人で先走らないように」

「はい……」

 なんだかオスカーが父に似てきた気がする。前はそんなことはなかったから、今回の自分のせいなのだろうか。

(……うん、きっとそう……)

 心当たりが多すぎて申し訳なくなった。


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